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第18章 カノン、回収される

 カノン隊長がやられた!?
 その事実が、隊員たちに与えた衝撃は多かった。
 みな、しばらくは身体を動かすこともできず、宙を旋回する黒鬼の頭部をぽかんとしてみつめている。
「ふわっはっはっは! あの狂った隊長さえやってしまえば、後は烏合の衆よ!! さっさと殲滅して、身体をゆっくり再生させるとしよう!! 海京はもうオシマイだ、だが、それだけではすまさんぞ、ゆくゆくはパラミタ全土を、そして地球の国々の全てを、ワシが支配してくれよう!!」
 回転する頭部の口からもれる声が、聞く者に不気味な戦慄を与える。
 よくみると、黒鬼の目は既に光を失っており、いま聞こえる声は、頭部の中にある何かが勝手にしゃべっているようであった。
「う、うわー、カノン、カノーン!!!」
 さっきまでの強気はどこへやら、すっかり動揺してしまった天空寺鬼羅(てんくうじ・きら)は、【アモン】を海中へ潜航させて、墜落したカノンの機体を引き上げようと躍起になった。
「ちょっと、鬼羅ちゃん! もうエネルギーなくて、潜航には耐えられないですって! お願いだから、もう少し冷静になって欲しいですね!! って、聞いてないですね。本当にいくんですか? きゃー!!!」
 天空寺サキ(てんくうじ・さき)の制止も虚しく、【アモン】は海の深みへと潜航していく。
 果たして戻ってこられるのだろうか?

「愚か者ども! せいぜい動揺するんだな!! いくら足掻いてもあの隊長はもう帰らぬ人だ!! 怒れ、そして悲しめ!!! 貴様らが負の感情を募らせるたびに、ワシの力は強化される!!! もはや、この無限の力の上昇を誰にも止めることはできん!!!」
 黒鬼の頭部に潜む何かは、勝ち誇ったような口調でいった。
「くっ、もう機体がボロボロだ! どうすれば?」
 生徒たちは、唇を噛んで悪の首魁を見上げた。
 攻撃しようにも、エネルギー切れの機体が多く、宙を舞う悪の生首に対して、対抗策をとろうとする生徒はなかなか出ない。
 特に、海中に特攻した機体は、文字どおりボロボロの状態で、動いているのがやっとの有様だった。
 だが、そんな中で、1機のイコンが敢然と生首に立ち向かっていった。
「絶対許せません!!! よくも私より先にカノンをやってくれましたね!!!」
 白滝奏音(しらたき・かのん)が、怒りに歯を剥き出して機体を飛翔させようとした。
「誰にも止められないですって? ふざけたことをいわないで下さい!! 諸行無常という言葉、知ってますか? この世に絶対止められないものなんてないんですよ!!! そのことを私が証明してあげます!!!」
 怒鳴りながら機体を操作する白滝だが、イコンはなかなか上昇しない。
「奏音、無理だよ。さっき、海中にも特攻して、限界ぎりぎりまで闘ってただろ? もう機体は機能停止寸前で、耐久力もないんだよ。悔しいのはわかるけど、ここは、いったん帰還して補給を受けて、態勢を立て直して……」
 白滝とともにイコン、コームラント【ホークアイ】を操縦する天司御空(あまつかさ・みそら)が、恐る恐るパートナーをなだめようとする。
 だが。
「御空、何ふざけたことをいってるんですか! いまここでこいつを倒さないでどうするんです!! いったん帰還してたら、こいつはこれまで以上に力をつけて、いつまで経っても倒せくなりますよ。悔しいですけど、カノンのいったことはこの点当たってますよ。全てはスピード。あなたが何といおうと、いまここでこいつをブッ倒します!!! でなきゃ、私の気だってすまないんですよ!!!」
 天司が危惧したとおり、白滝はかんかんになって怒り出した。
 怒りの矛先が自分に向けられるような展開は嫌だったが、それでも、天司は忠告せずにいられなかった。
「で、でも、どうやってやるんだよ? いくらやったって、機体はもう飛行できないし、最悪、救援隊を待つしか……」
「ああ、もういいです!!! 発言しないで下さい!!! 私がやります!!!」
 白滝はついにマジギレしてしまった。
 そして。
 天司が驚いたことに、動かないと思われた機体が上昇を始めたのである。
「こ、これは!? そ、そうか。サイコキネシスで浮かせているんだな。でも、これじゃ飛ぶのが精一杯で、とても闘いなんか!!」
 天司は、発言禁止の指令も忘れて叫びまくった。
「御空、ビームキャノンはまだ撃てますね? 全弾発射して下さい。これより、あの生首に特攻します!!!」
 白滝は情け容赦なく指示を出す。
「えっ? あっ、そうか。キャノンに予備エネルギーパックをつけといたんだった。でも、これ使ったら、本当に空だよ? ああ、もういいよ。わかったよ。どうにでもなれー!! くそっ!!!」
 天司は、学友たちが自分の葬儀で涙を流す姿を想い浮かべながら、キャノンに火を点し、指示どおり全弾発射の構えに入る。
「でも、どうしてもこれはいいたいんだけど、コームラントって特攻向きじゃないよね? サイコキネシスで飛ばして、実体剣使ったって、致命傷はまず与えられな……」
「【ホークアイ】特攻します!!!」
 天司の発言を実力行使で封じて、白滝は絶叫した。
 自力での推進力を失っている【ホークアイ】は、カノンを先に倒されて怒りに燃える白滝のサイコキネシスによって恐るべき速度で動き始め、宙を旋回して笑い続ける黒鬼の生首に数秒で激突する勢いになった。
 天司の操作で、突進する【ホークアイ】の大型ビームキャノンがたて続けに唸り声をあげて、全弾をターゲットに叩きこんでいく。
「ふはははははは! きかぬ、きかぬわ!!! そのような小細工、いくら弄したところで! もう負けを認めよ! 見苦しいぞ! 恨みの感情が最高潮に達している貴様は、先ほどの隊長のようにプラスの精神エネルギーを活用することもできないだろうからな!!!」
 ビームキャノンの攻撃を全てくらい、黒鬼の頭部は肉が裂けて血が飛び散ってめちゃくちゃになってしまったが、にも関わらず笑い声はやまないのである。
「そうですね。いまの私は、どっちかというとマイナスエネルギーに満ちています!! ですが、プラスかマイナスかなんて、本来は関係ないはずです!!! 物理的な力が単純にあなたを上回っているかどうかで勝負をつけさせて頂きましょう!!!」
 白滝は怒鳴った。
 空中を突進する【ホークアイ】が実体剣を構えて、ターゲットである生首を力ずくで斬り裂く構えをみせる。
「ほう、面白いことをいうが、その機体でどこまでやれるというのだ? バカも休み休みいえ、身の程知らずが!!!」
「私は本気で怒っているんですから、何が起きるかわかりませんよ!!! さあ、この世の全てに別れを告げ、私の許可も得ずにカノンを葬ったことをあの世で後悔するんです!!! 地獄の業火に焼かれながら!!! ケルベロスに噛み砕かれる!!! それがあなたの運命、私がはめ込んであげる宿命の罠です!!! 潔く散って!!! 舞って!!! 堕ちてぇぇぇぇぇぇぇ!!!
 絶叫とともに、白滝は念を凝らした。
 めかっ
 サイコキネシスによって、巨大な黒鬼の頭部に、微妙な裂け目が生じる。
 白滝の機体は、その裂け目を狙って、実体剣を構えたまま激突していった。
 どごごごごごごーん!!
 大爆発が巻き起こった。
 黒鬼の頭部は粉々に砕け、肉片が海に沈んで魚の餌になった。
「バカな、バカなー!!! しょ、諸行無常!!
 しわがれた声をもらしながら、黒鬼の頭部だった肉片の合間を抜けて、不気味に光り輝く宝石が砂浜に落下した。

「奏音、わかったよ!! サイコキネシスで浮かせたコームラントの機体の全重量をそのまま剣に乗せてぶつけていけば、すごい破壊力になるんだね!! 斬るというより打つ感じだけど、肉の筋に入れた裂け目にぶつければ、組織をバラバラにすることも可能だ!!! すごい、まいったよ、さすが!!!」
 闘いが終わり、砂浜に降りたってゆく【ホークアイ】のコクピットで、天司はパートナーを絶賛した。
 だが、白滝は無言だ。
 大ボスに完全にとどめを刺せても、カノンが帰ってくるわけではない。
 何でこの程度の相手にカノンが、という想いが白滝には強かった。
 カノンがコクピットを貫かれたのは、油断していたからとしか考えられなかった。
「しかし、何だろうね、あの宝石は?」
 天司は、砂浜に投げ出された、不気味に光り輝く宝石をみていった。
 すると。
「それこそ、全ての元凶。マイナスエネルギーを増幅させ、強大な力を生み出す幻の宝石、ウォーマインドだ。この宝石は、以前、闇龍の影響でシャンバラ大荒野にて発生し、あるカメの死骸にとりついて、荒野に巨大な泥の沼地と黒鬼を発生させ、通行人を苦しめた。その後、沼地に迷い込んだゆるスターを救出する闘いの中で、巨大化までしていたカメをある生徒に破壊されて、カメの中にあったその宝石は、自分が破壊される運命から逃れるため、海京近辺の海底にまで飛んできて、身を隠していたんだ!!」
 御剣紫音(みつるぎ・しおん)の通信が全機に入った。
「御剣、無事だったのか!!」
 多くの生徒が、御剣の無事を喜んだ。
 黒鬼の頭部に機体をしがみつかせてサイコダイブを行い、敵の正体を探っていた御剣は、闘いの中で海中に落下してしまっていたのだ。
「みんな、かなり邪魔だったみたいで悪かったよ。でも、おかげで全てがわかったんだ。海底に沈んでから、ウォーマインドに近寄るものは皆無だったけど、たまたま、ゴーストイコンの一体が接触してしまったんだ。そのゴーストイコンはたちまち活性化して、巨大な黒鬼に姿を変えた。そして、かつて、航海の途中で嵐にあい、生命を落として海原をさまよっていた船乗りたちの魂をイコンに宿らせて、次々にゴーストイコンを生み出し、強化していったのさ」
 御剣の説明に、生徒たちは固唾を飲んで聞き入っていた。
「なるほど。そして、このウォーマインドは、ゴーストイコンとの相互作用で、ナラカ化も引き起こすことができるんだね。非常に危険な物質だといえるわけか」
 【アガートラーム】の榊朝斗(さかき・あさと)がいった。
「コリマ校長からの指令。ナラカ化を引き起こせる物質を可能な限り回収せよとのこと。実行しますか?」
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が榊に尋ねた。
「そうだ。確かに校長は回収して欲しいといったけど、正直、迷うな。学院で保管するには危険すぎる物質なんだ。学術研究の資料として貴重なのはわかるけど、校長がこれを回収して何をするつもりなのかも気になる」
 榊は、腕組みして、考え込んでしまった。
「校長からの指令無視の指示と認識してよろしいですか? もちろんパートナーの指示を優先します」
「あっ、別に、無視しようってわけじゃ。頼むから、僕のいったことをそのまま校長に報告しないでくれよ」
 榊は、冷や冷やしながらアイビスの認識を修正しようとした。
 そのとき。
「おーい、カノンの機体を引き上げたぞー!!!」
 他の生徒たちの声があがる。
 ウォーマインド周辺にいた生徒たちの興味は、そっちに引きつけられた。

 海中に沈んだカノンの機体は、隊員である生徒たちのイコンが、ワイヤーを放り投げてひっかけ、地道に引きずりあげることで回収された。
 多くのイコンは消耗が激しく、潜航能力を失っていたので、海上から引き上げる方法に頼るしかなかったのである。
 カノンの機体を探して海中に潜っていった天空寺の機体は、途中で機能停止して沖に流されてしまったのか、いっこうに姿をみせなかった。
「カノン、カノーン!!」
 平等院鳳凰堂レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)が、涙を流しながら、砂浜にあがったカノンの機体に駆け寄ってきた。
「早く開けようよ! カノンはきっと無事だ! ケガしてるなら、学院に救急搬送しなきゃ!」
 レオは機体によじ登ると、鍵のかかっていないコクピットを開けた。
 その場の誰もが、一瞬目をそらした。
 カノンの無事を信じるレオには悪かったが、客観的に考えて、カノンが生きているとは考えにくかったのだ。
 だが。
「う、うわっ、こ、これは!! どうなってるんだ、いったい!!!」
 レオが、心の底から驚いたといった声をあげて、コクピット内部を覗きこんだまま、立ち尽くしている。
 目をそらしていた生徒たちは、何があったのかと気になり、レオの脇から、恐る恐る覗きこんでみた。
 すると。
 そこには、あらゆる想像を超えた光景が広がっていた。
 コクピットの奥に、失神しているものの、ケガひとつみえないカノンが横たわっている。
 それだけなら喜ぶべきことだが、コクピットの中央には、なぜそこにいるのか全くわからない男が、えぐられた胸から大量の鮮血をしぶかせながら、身体をぴくぴくさせて横たわっていたのだ。
 男の名は、パラ実生、国頭武尊(くにがみ・たける)
 国頭の手には、カノンのものと思われる、生あたたかいパンツが握られていた。
「みろ、オレは、カノンのパンツを! くっ、もう死んでも、悔いは……!!」
 国頭は、口をぽかんと開けてみつめている生徒たちを振り返り、かすかな笑みを浮かべて、いった。
 その口から、ごふっと血がもれる。
「き、貴様! カノンから離れろ!! カノーン!!!」
 レオの絶叫が、海岸に響きわたった。

「カノンは気を失っているだけです。じきに目を覚ますでしょう」
 生徒たちは、コクピットから運び出したカノンの身体を砂浜に横たえ、ホッと安堵の息をついた。
 作戦は終わり、カノンは救出できた。
 撃墜された生徒たちにも、死人は出ていない。
 気分としては、最高といってもいい状態だ。
 だが、それでも、謎は謎として残った。
 なぜ、カノンは助かったのか。
 そして、国頭はなぜそこにいたのか?
 それがわかるまでは、国頭を治療する気さえ起きないのである。
「謎を探ろう。サイコダイブ、開始!」
 御剣は、瀕死の重傷を負った状態で砂浜に横たえられた国頭の側にひざまずき、その精神を相手の内部へと送り込んだ。
 国頭の記憶を探り、真相を解明しようとする。
 御剣は、目的をかなり絞っていたので、今回のサイコダイブはすぐに終わった。
「なるほど。わかったよ。みんな、聞いて!」
 御剣の口から語られたのは、まさに衝撃の事実としかいいようのないものだった。

 カノンが、巨大な黒鬼の首を斬り落とし、勝利を確信したとき。
 コクピットの奥にそれまで身を潜めていた国頭がカノンに襲いかかってきたのだ。
 戦闘に夢中だったカノンは、あまりにも近くにいた国頭の存在に気づけなかったのである。
「だっはっは! これで君が死ぬ心配はなくなった! さあ、パンツを寄越してもらおう!!」
 勝ち誇った笑みを浮かべながら、カノンのお尻に手をかける国頭。
 カノンは、思わぬ敵の登場に驚いたものの、乱暴されてマジギレした。
「あなたは、まだそんなことを!! コロス!! 絶対にコロス!! 女に乱暴する男は絶対許しません!!」
 精神が不安定になり、イコンの操縦そっちのけで暴れまわるカノン。
 さすがの国頭もたじたじになった、そのとき。
 どごーん!!!
 旋回しながらぶつかってきた黒鬼の頭部の角が、イコンのコクピットをえぐり抜いた。
 ちょうどコクピットの中央に立っていた国頭は、角の一撃をモロにくらって、胸を貫かれてしまった。
「ご、ごわああああ! オ、オレは死ぬのか?」
 血を吹きあがらせ、うずくまる国頭。
 みると、カノンはいまの衝撃で床に倒れて、気を失ってしまっていた。
「チャ、チャンスだ、いまなら、パンツを!!」
 海中に沈んだイコンの中で、国頭はカノンの衣に手を差し入れて、何とかパンツを奪うことに成功したのである。

「そ、そうだったのか。すげー!」
 御剣によって真相を知ることができた生徒たちは、口々に驚きの叫び声をあげる。
 だが、誰も、国頭を助けようとはいわない。
「結果的にカノンは助かったけどさ、いくら話を聞いても、ちっとも国頭を許せる気にならないぜ!!」
 それが、大半の生徒たちの共通見解だった。
「くっ!! 許さなくていい!! オレは、このパンツがあれば、満足だ。たとえ、このまま死のうとも!!!」
 国頭は、握りしめたパンツに頬をすりよせながらいった。
 カノンの匂いを鼻いっぱいに吸い込んで、国頭は、幸せそうにさえみえた。
 そこに、一人の男子が近寄ってきた。
 その男子は、国頭が必死で握りしめていたカノンのパンツを、ものすごい力で奪い取ってしまった!!
「わっはっは! 国頭、無様な姿だな。悪いが、このパンツはもともと俺がデザインして、カノンを始め部隊の女生徒たちに使用してもらったものだ!! だから、返してもらうぞ!! わっはっは!!! 今回は俺の勝ちだな!!!」
 南鮪(みなみ・まぐろ)は、カノンのパンツを握りしめて、満足そうな笑いを浮かべていた。
「な!!! 南!!! 君は!!! やめろ、それはオレの!!!」
 国頭は、瀕死の身体で、手を伸ばして、南を引きようとする。
 ばしいっ!!
 だが、南はその手を打ち払っていた。
「だから、これは俺のものだ。俺が与えたパンツを使用したから、今回の作戦は成功し、カノンも無事だった。この効能は素晴らしいぜ!! 俺は、このパンツをもとに、さらに深いパンツ愛を説いていく!!! じゃあな、国頭。今回は俺の勝ちだが、この次の闘いも楽しみにしてるぜ!!! まあ、この次があったら、だけどな。ハハハハハハハ!」
 南は完全勝利者の笑みを浮かべながら、国頭に背を向け、姿を消した。
「待て!! ぐ、ぐああ!!」
 国頭は南を追おうと身体を起こそうとして、激痛に顔を歪め、再び血を吐いた。