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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)
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第1章 バルバトス

「うふふ……いい子たちねぇ。ちゃあんと私の言いつけを守れたのね〜」
 天使と見まごうばかりの4枚羽と竜の尾を持つ美貌の魔神 バルバトス(まじん・ばるばとす)は、勢揃いした人間たちをねめつけた。
 嫣然と笑みを浮かべてはいるが、その目はいかなる感情も映してはいない。ヘビやトカゲといった爬虫類を想起させる目。
「当然、ほかの人間たちには見つかってないでしょうねぇ?」
 言葉は問いのかたちをしていたが、答えが返ってくるとは思っていない。そう言わんばかりに彼女は人間たちに背を向け、自分のいる迎賓館とは対角の位置にある、領主の居城を仰ぐ。

 小高い岩山の上、陽の光を浴びてきらきらと輝く優美な城――。

「さぁ、手はじめにあなたたちの力でこの美しい都を跡形もなく消し去ってあげましょう〜。人間など、だれひとり残さずね。
 あ、でも、会談が始まるのは夕方からだから、それまでは何もしちゃダメよ〜。じゃないとロノウェちゃんが怒っちゃうから〜」
 ロノウェちゃんがむくれると、あとあと面倒なのよね〜。
「でもそれ以外だったら何をしてもあなたたちの自由。せいぜい派手に暴れて、魔を内側に入れたここの愚か者たちにその力を見せつけてやりなさい〜」
 何をしてもいいとのバルバトスの言葉ににやつきながら、彼らはここへ忍び込んだときと同じく、人目につかないよう散じていった。
「あのー」
 去りかけたバルバトスを音無 終(おとなし・しゅう)が呼び止める。
「なぁに〜?」
 おずおずと前に進み出た子どもを見下ろし、バルバトスは髪を肩向こうへ払い込む。
 上機嫌だ。これならかなうかもしれない。終は内心を隠し、あくまで彼女に怖じるふうに見せかけてちらちら下から様子を伺った。
「僕、こんな体ですから。直接戦うのは難しいんです。それで、皆さんのお手伝いを内側からしようと思って…。
 お城の食事か、できなかったら井戸にでも毒を入れようと思うんですが、ザナドゥの毒をいただけないでしょうか。遅行性で、治療ができないような」
「ふぅん。ようはおねだりなのね。かわいいコね〜」
 と、バルバトスの手が終の頭にかかる。
「でも戦闘力もない、そんな物も自分で用意できないような無能は、いらないかしら〜?」
 瞬間。
 終は全身の毛穴という毛穴が一度に開いたような怖気に襲われ、気がつくと引きはがすようにしてその場から飛び退いていた。
「バルバトス様のお手を煩わせるような真似をして、申し訳ありません。手に入れる努力を怠りました。まず自分でしてみて、それからあらためてご相談にまいりたいと思います……」
「あらそぉ? じゃあそうして〜」
 ひらひらと肩の所で手を振って、バルバトスは今度こそ去って行く。
「……ち。仕方ない。手持ちで何とかするか」
 少し離れた所でしゃがみ込んでいた銀 静(しろがね・しずか)に合図を送り、終もまた背を向けた。
「〜♪」
 ふんふん鼻歌を歌いながら、バルバトスは迎賓館の表に回ろうとする。角を曲がったところで、壁に背を預けて立っている六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)と、やはり少し先で立っている九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)シン・クーリッジ(しん・くーりっじ)にはち合わせした。
「あら〜、あなたたちは行かなかったの〜?」
「お忘れですか? 私は研究者です。戦闘は私向きじゃないんですよ」
「じゃあどうしてここに来たの〜?」
「それは……」
 東カナンとは縁のある鼎。初めての者に道案内させられ、潜り込む手筈を整える手伝いをさせられた、と言うのはなんだか間が抜けて聞こえる気がしたので、顔をしかめると話題を変えることにした。
「それより、ぜひ教えていただきたいことがひとつふたつありまして。ここで待たせていただいたんですよ」
「んんっ? なぁに〜?」
「魂ってどう取るんですかね? 悪魔なら誰でもできるのか。それと、悪魔が悪魔の魂を奪うことはできるのか」
「そんなこと知ってどうするの? あなた、悪魔じゃないじゃない〜」
 発言の意図をうさんくさがるように小首を傾げてこちらをじっと覗き見るバルバトスは、指のひと振りで彼を殺すことができる魔神。何がきっかけとなるかもしれず、鼎は冷や汗の出る思いでそうと気付かないフリを続ける。
「いえ、純粋に研究対象として気になっているだけです。私が悪魔側にいる理由のひとつは『悪魔の力に関する調査』ですから。興味を惹かれる現象について、なんとしても解明したい衝動にかられるのは科学者のさがです」
「ふぅ〜ん。まぁ、いいわ。魂を抜く方法について、ねぇ……」
 唇を指でトントン叩きながら、鼎の正面へと回り込む。
「ん〜、そうね〜、抜くこと自体はだれでもできるけど、抜けるかどうかは対象物によるってとこかしらぁ。たとえば私クラスになると相手が魔神でもやりようによっては抜けるけど、ただの悪魔に魔神の魂が抜けるはずないでしょ〜?
 どう抜くか見たいっていうなら、連れてくれば見せてあげるわよぉ? それとも研究者としては、実際に自分で体験してみたい〜?」
 のどに触れた指が、思わせぶりに鼎の胸を伝い下りて心臓の真上でぴたりと止まった。
「いえ、遠慮しておきます。私はあくまで研究者、観察する者ですから」
「あら。つまんないわね〜」
 名残惜しげに、バルバトスはその指を唇で挟んだ。
「それで? もうひとつは?」
「抜いた魂を封じる壺? でしたっけ。あれ、ひとつもらえないものですかねぇ。空壺でいいんですけどね。気になるんですよ。霊体である魂が何故それで閉じ込められるのか」
 バルバトスの目が明度を増したように見えたのは、光の加減かそれとも目の錯覚か。腰のあたりで、冷たい震えがぞくりと起きる。
 バルバトスはにっこり笑った。
「ざーんねん。あげられないわぁ。あれは私専用の壺なの。あなたにあげたらなくなっちゃうもの〜。
 でね。ひとついいコト教えてあげる。相手の壺をほしがるっていうのはね、果たし状を送るも一緒なのよ。他の生き物の魂を持つってことは、私たちにとってステータスなんだから〜。より強い、より立派な魂はみんな奪ってでもほしいのよ〜。
 あなた、今私に殺し合いを挑んだも同然って、気付いてた?」
 一瞬で血の気を失い、絶句した鼎の面を見て、クスクス笑う。
「うふふっ。分かったら、今度から言葉には気をつけるのね〜。ロノウェちゃんとか大真面目だから、ほしいなんて言ったらその瞬間に魂抜かれちゃうわよぉ。「魂がなぜ閉じ込められるか、自分の魂で体験してみなさい」とか言っちゃって」
 思い描いてか、バルバトスの笑いがひときわ強まった。
「私の機嫌が良くて、よかったわね〜」
 小さな子どもを諌めるようにぱんぱんと頬をはたくと、バルバトスはジェライザたちに向き直った。
「それで〜? あなたたちは何の用なの〜?」
「私は……その……」
「なぁに? はっきり言ったらどう?」
 ジェライザはそれまで、バルバトスを見ないように俯いていたのだが、意を決して面を上げた。
「少し無謀なのではないかと、進言にまいりました」
「あら〜? 私に意見しようというの? 赤薔薇ちゃん」
「イナンナの結界の中、魔族は入れず、われわれだけでこの都を落とすというのは聞こえはいいですが、やはり無茶です。コントラクターは強く、彼らの力をもってすれば相当の被害を出すことはできるでしょう。しかし数の差は圧倒的です。彼らの側にもコントラクターはいます。そしてこちらはわずか十数名。不意打ちは成功するでしょうが、すぐに形勢は逆転し、われわれは抑え込まれてしまうでしょう」
「ふふっ。じゃあなぜあなた以外の者たちは、そう言わなかったのかしらぁ?」
「彼らは……多分、暴れたいだけなのです。落とすことが目的ではなく……」
「せいかーい」
 ぱんぱん、と手を叩き、彼女の方へ歩み寄る。竜の尾が少し持ち上がり、小刻みに揺れていた。
「それで、赤薔薇ちゃんはどうしたらいいと考えているのかしら〜? まさか案もなく、そんなこと口にしてたりはしないわよね〜?」
「……ロノウェ様は、今度の襲撃を知っておられるのでしょうか? ロノウェ様のご協力も得られれば、あるいは――」
「そうね〜。ロノウェちゃんと私だったら、こんな都、す〜ぐ落とせちゃうわね〜」
 私たちが来るからと、あっさり武装を解いたこんな腑抜けきった都、敵にもならない。
「ならばなぜ?」
「見せつけてやりなさいと言ったでしょう〜? 同胞を裏切った、その覚悟を見せなさいと。だから暴れればいいのよ〜。彼らはちゃーんと私の意図を汲んでると思うわよ〜?
 でも、あいにくあなたたちはそうはしたくないみたいだけどー?」
 バルバトスの言葉には、当然背後の鼎も含まれていた。聞こえないフリか、無表情でそこで腕を組んでいる鼎を横目で見る。
「私は……治療者です。数において不利となる今回の戦闘では、傷ついた彼らを回復し、再び戦える状態にする者が必要でしょう」
「ああ、そう。なるほどねぇ」
 そういうことにしておいてあげましょうか〜。
 バルバトスはジェライザの背後に回ると、そっと肩に手を添えた。
「ねぇ、赤薔薇ちゃん。じゃああなたたち、昼間は暇なのね〜?」
「え? あの……はい」
 ジェライザは当初、治療を行うための場所を用意しておくつもりだった。都の人々はほとんどが避難しており、空いた家屋はいくらもある。適当な場所を見繕って、そこを整えるつもりだったのだが、同じく魔族側についた本郷 翔(ほんごう・かける)が、そういった場所を用意しておいてくれると言ったので、彼に任せたのだった。
 それで自分たちは、陽動のため街に出るバルバトスの荷物持ちでもしようかと思っていたのだが…。
「じゃあ、ちょっとお使いに出てもらっちゃおーかしら〜。あなたたち3人でね」
 バルバトスの手で、小さな袋がプラプラ揺れていた。



「今だ、あいつら行っちまったぞ」
 見回りの騎士たちらしき者が道の向こうに消えたのを確認して、シンが手を振った。
 外壁近くの地面にしゃがみ込んだジェライザは袋の口を開け、ぎっしり詰まったナツメ型の黒曜石――に、ジェライザには見えた――を1つ、地面に指で押し込む。
「これくらいでいいのかな」
「さあ……とにかく、全部埋もれればいいって彼女は言ってたから、いいんじゃないか?」
 上から覗き込んでいたシンは、そう言うと背を伸ばした。
 ジェライザはたった今、自分が押し込んだ地面を見ている。
 そこだけ、微妙に色が変わっている気がした。そこに何かあると、入れた者にしか気づかない程度……しかし確実に、今埋めた物を中心に数センチほどの範囲で、ほんの少し、輝きが薄れている。
 地面が輝いているなど、おかしな話だが。そうなっているのを見て、初めてここの大地が少し白っぽい輝きを発しているのが分かった。
(……腐食している……のか?)

『できるだけ等間隔に、外壁のそばに埋めてちょうだい〜。あ、門の前にも忘れないようにね〜』

 あらためて袋の中を覗き込む。そこにぎっしりと詰まった黒曜石――これがただの黒曜石であるはずがない。
(まさかこれが、この都を守護するイナンナの結界を破壊するのか……?)
「……何も変化は起きないな」
 同じことをシンも考えてか、空を見上げてつぶやいた。
「見えるのか?」
「ん? いや、感じ取るのがせいぜいだけど。それもおまえと契約してるからで、多分本来ならここに入ることだってできないんだ、オレ程度だと」
「そうか」
 ジェライザも一応空を仰いで見たが、やはり青空が広がっているだけで、何も見ることも感じることもできなかった。
 だが不安は消えない。
「うーん……」
 シンの指がひょいと袋の中からそれをつまみ上げ、しげしげと見入った。
「これにそんな力があるようには見えないんだよなぁ。せいぜい4〜5センチぐらいしかないし」
「そうか」
「……なぁ」袋に戻しつつ、シンは切り出した。「なんだったらこれ、オレだけでやろうか?」
「何を――」
「1人で十分できることだろ。あの、六鶯ってやつは、1人で行ったし」
 一緒に回ることはないと反対方向へ埋めながら歩いて行った鼎を例に挙げ、シンはそっぽを向く。
「オレだけの方が、きっと効率だっていい」
 彼がなぜ突然こんなことを言い出したのか、ジェライザには分かっていた。
「ばかを言ってないで、さあ行くぞ。夕方までに全部埋めてしまわなければならないんだからな」
 ぽん、と肩を叩き、その横を抜けた。
 そう思ってくれるだけで、十分だと……。