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リアクション
十七章 支える者の戦い
激戦が繰り広げられている遺跡の戦場から離れた小高い丘。
フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)はそこで座り、戦闘に参加することなく遠巻きに行方を見守っていた。
眼下に広がるのは忘れられた英雄と次世代を生きる者の戦い。ここからは、その全ての戦闘を見ることが出来た。
「……あら、あなた。ここで何をしているの?」
不意に、後ろから声がした。
フレンディスは振り返り、声の主を見る。そこには、幾らかの生傷を負ったエリザロッテ・フィアーネ(えりざろって・ふぃあーね)が立っていた。
「……私は忍者ですから、彼らのように正攻法で戦う者達の邪魔はできません」
「そんなものかしら……?」
「ええ。私が出るまでもなく彼らは皆様の手にかかり死ぬでしょうし、それにお手伝いをしましたらレティシアさんに怒られてしまいますしね」
フレンディスはエリザロッテから視線を外し、もう一度戦場に目を移した。
そう思えば、先ほど自分のパートナーのレティシアが戦っているところだった。
傷だらけで血を流しながらも、命を賭しての全力で立ち向かう。
命が奪われることのある戦場だからこそ、一瞬の命の煌きが一層と引き立つ。
それはそれは美しい姿だった、とフレンディスは思う。
そして、それは戦場に立つ誰もが同じだ、とも。
「ですので……私は僭越ながら一つの伝説の結末を――」
敵の英雄達は、傷を負いながらも戦いを緩めることは無く、激闘を繰り広げる。
戦い続けるその姿は狂気に支配されたものに見える。
しかしフレンディスの目には、次世代を生きる者達に何かを刻み込もうとしているようにも思えた。
「名も無き彼らの最期の勇姿を見届けたく存じます」
フレンディスの言葉が荒野の静かな風に吹かれて消えていく。
それを聞いたエリザロッテは黙ったまま、フレンディスの側まで歩いていき隣に腰かけた。
「……なら、あなた。これから起こることを見逃さないほうがいいわよ」
「これから起こること……?」
エリザロッテの忠告に、フレンディスは首をかかげた。
「ええ。この戦いはもうすぐクライマックスを迎えるわ。……あなたは彼らの結末を最後まで見届けたいのでしょう?」
「……一体、何が起こるというのですか?」
エリザロッテは空を見上げた。
月はいつの間にか姿を消し、太陽が地平線からゆっくりと迫上がる。
朝焼けの色は藍と橙。暁の空は夜が明けることを示していた。
(あたしは巻き添えを食らわないようにあの場所から離れた。ここで全体を見渡すのもありかもしれないわね……)
エリザロッテはくすりと笑った。
これは物語の最後を迎えるには最高の空模様ではないか、と。
明けない夜はない。これほどまでにこの戦いを象徴する言葉はないのではないか、とも。
「あいつ風に言うなら……そうね。……とびっきりのトリックプレー、かしら」
「……?」
――――――――――
遺跡の遥か上空。空飛ぶ箒に跨り空を飛び戦況を見守る二人組がいた。
一人はアニス。パートナーの和輝に頼られて、空から戦闘の様子を記録していた。
「えと、その……空からの戦況情報を、その……送る、ね?」
通信機を通して泪に、空からの戦況を伝える。
ところどころで緊張してどもりながらも、しっかりと話していった。
「えと、その……戦況は、硬直化してるかな。その……原因、は……えっと」
「……双方共に決め手に欠けているようだ。流石英雄と呼ばれる者であるな、隙が生まれない」
途中、言葉に詰まったアニスを見かねて、後ろに座る禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)が介入した。
「何か大きな変化があれば……英雄達を打ち倒すことが出来るかもしれんな」
「えと、そう、みたい……だよ」
『……分かりました。ありがとうございます。引き続き、空から戦況観察をお願いしますね』
泪のお礼の言葉と共に通信が切れた。
禁書は真下で行われる戦いに目をやった。
相変わらず鳴り響く剣戟は止むことはなく、疲労も感じさせず孤軍奮闘で戦い続けている。
(これは、ゾンビゆえか……? ……いいや、違う。これが英雄と呼ばれる者の人間の可能性の形象なのだろう)
禁書はそう思い、もう一度心に強く誓った。
(だとすれば、私がやるべきことは一つ。この、人間がたどり着いた一つの結末の具現化である彼らのことを後世に残すだけだ。……この世の智を収めた『ダンタリオンの書』としてな)
「リオン? どうしたの?」
「……ああ、すまないな。アニス」
アニスの言葉で禁書は我に返った。
そして、また戦場を見下ろしぽつりと言葉を洩らした。
「……だから、今は大人しく眠れ。過去の英雄達よ」
――――――――――
遺跡より離れた場所で急遽設置された作戦本部の中。
通信機器が充実したその中で、泪は画面に浮かび上がる戦況の情報を見つめながら呟いた。
「……何か大きな変化、ですか。どうしたら……」
泪はアニスと禁書の言葉を思い出す。はっきり言って戦況はあまり良くない。
数では上回っているが、相手はゾンビ。疲労を感じず、痛みすら感じることは無い者達なのだ。
「そうね。本当にどうしたものかしら……」
泪の横で同じくオペレーターとして今回の作戦に参加したリカインも一緒になって考える。
長期戦は不利。予想以上に相手は手強い。何かこの状況を打破出来る案はないものか。
「…………」
しかし、いくら経ってもいい案が思い浮かばなかった。
「おーいっ、泪、リカインー!」
そんな二人の元に、空飛ぶ箒で飛び回り、負傷者の治療のために飛び回っていたアレイがやって来た。
「……アレイ君、どうしたの?」
リカインが目をやると、アレイの空飛ぶ箒の後ろに乗せられていたのはヴェルデ・グラント(う゛ぇるで・ぐらんと)。
見れば傷だらけで、どうやら疲労困憊のように見えた。
「いや、ヴェルデが治療する前にここにつれて来てくれ、って言ったから」
「――いよっと、サンキューな。助かったぜ、アレイ」
空飛ぶ箒から飛び降りて、ヴェルデはおぼつかない足取りでリカインの元へと向かう。
「お、おい。大丈夫かよ、先に治療したほうが」
「あ? 大丈夫だよ、こんぐらい。戦闘に巻き込まれて怪我しただけだからな。今はそれよりも――っと」
もつれて転びそうになったところを、リカインがすかさず受け止めた。
「悪ぃな、リカイン。……っと、それで、その通信機を貸してほしいんだが」
「……これ? 別にいいけど」
リカインはヘッドセット型の通信機を外し、ヴェルデに渡す。
ヴェルデはそれを装着し、回線を全員に繋いだ。
「あー、テステス。……ん、大丈夫そうだな。よし、皆さん、聞いてくれ」
通信機越しにヴェルデの声が戦場で戦う戦士達に届く。
「戦況は硬直化、はっきり言ってどこも分が悪い。だから、俺は好機に繋がるきっかけを作る。
これが好機になるかどうかは、皆さんにかかっている。戦況の混乱に繋がるかもしれないし、所詮は無差別の妨害行為だ」
ヴェルデはそこで言葉を一旦切り、息を深く吸った。
そして、力強い声で通信機に向かって言葉を紡ぐ。
「――だが、これが戦況に変化を与えることは違いない、と俺は思う。……いくぜー」
ヴェルデは言葉と共に取り出したスイッチを押した。
瞬間、大気を揺るがすほどの轟音があちこちで起こり始めた。
「うわわっ!?」
リカインが驚き、声を上げた。
それを見たヴェルデがにやりと笑みを浮かべ、言い放つ。
「これが俺の、とびっきりのトリックプレーだ!」
戦闘が始まる前からヴェルデがあちこちに設置し続けた罠。
ヴェルデの真価とも言える膨大な量の罠は、一斉に作動し戦場に居る敵味方関係なく妨害を開始する。
――硬直化した戦場に、確かな変化が訪れた。