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リアクション
二十章 紅花の射手 後編
爆弾による遺跡の崩壊に気を取られ、ニーナの弓を引く手が止まった。
「攻めるなら……今だ」
恭司は構えを解きニーナに向かって一直線に走る。
「……こりゃあ不味いかねぇ」
ニーナは恭司の動向を見て、隠れる場所を変えようと踵を返した。
そこに、遠回りでニーナの元へ向かっていた四人が到着した。
「……あらら、回り込まれちまったかい」
ニーナはそう呟くと、弓に矢を番え放とうとした。
だが、それよりも早く雫澄が可変型複合兵装『カラドリウス』のライフルで射撃をした。
「……ッ。そう簡単にはやらしてくれないかい」
弓を利用した近接戦を行うために、ニーナは射撃を避けながら、四人に向かう。
「殺す事に、躊躇いなどない」
シェスティンが光刃宝具『深紅の断罪』を長大化。
大きく振りかぶり、周りの遮蔽物ごと切り払った。
ニーナは屈むことでそれを紙一重で避け、バーストダッシュで一気に距離を詰めた。
行人は歴戦の立ち回りで素早く対応し、弓の本体による攻撃をブレイブハートで受け止めた。
持ち主の心の状態によってその刀身は様々な色に輝くといわれる刀身も、今は微弱ながらも力強い輝きを見せる。
ニーナは片手で弓を振るい、もう一方の手で矢を持つ変則の二刀流。
手数で行人を押し、やがて剣を弾き、隙を生み出したが。
「そうはさせないよ」
託がチャクラムを投擲し、ニーナに横やりを入れる。
ニーナはスウェーでこれを回避するが、僅かに動作が鈍った。
行人はその間に体勢を立て直し、またブレイブハートを構える。
今度は託と連携して、攻撃を開始した。
託がチャクラムで翻弄しながら、そして生まれた隙に行人が精一杯剣を振るった。
「ッ、やっぱ接近戦は苦手だねぇ……」
二人による連携で傷を負いながら、ニーナは苦笑いを浮かべた。
「……本当は、戦いたくなんてないけど」
雫澄が可変型複合兵装『カラドリウス』を両剣に変え、ニーナとの間合いを詰めた。
二人による連携が三人に。
見る間に、ニーナは押されていく。
「でもそれでしか救えないなら……油断も、迷いもしない……!」
雫澄がニーナの弓を弾き、遠くへと飛ばした。
そこに、シェスティンが介入し、刀身を縮めた光刃宝具『深紅の断罪』を構える。
「……我が、討つ」
ぽつりと洩らしたその言葉と共に、シェスティンは天に舞い、スタンクラッシュを放った。
ニーナは矢でこれを防御しようとしたが、深紅に輝く光の刃はこれを砕き。
「っ、は……ッ!」
ニーナの身体を軽装の鎧ごと、深く切り裂いた。
続いて、雫澄が止めを刺すために可変型複合兵装『カラドリウス』を大剣に可変。
大剣を水平に構え、腰を深く落とし――死角から強力な一撃を放った。
その一閃は、ニーナの身体を深く、半分以上切り裂いて。
血を撒き散らしながら、ニーナはその場に倒れるのだった。
――――――――――
倒れるニーナの側に行人が歩み寄る。
それを見たニーナは、狂気など微塵も残っていない声で尋ねた。
「あんたが、止めを刺してくれるのかい……?」
ニーナのその言葉に、行人は唇を噛み締めながら、ブレイブハートを振り上げた。
が。
「……戦うのもいい、倒すのだって大丈夫だ」
行人は声を絞り出す。
頬を伝う涙と共に弱々しい輝きを放つブレイブハートが地面に落ちる。
「でも、俺には……死なせる、何てこと出来ないよ……」
涙声が混じった声で、小さな肩を震わせながら行人は呟く。
そして、力無く膝を尽いた。
「そうかい……あんたは優しいんだねぇ」
目の前で倒れる英雄は、行人の頬に手を伸ばす。
ニーナの身体はとても冷たい。
それは、戦いで火照った体を冷ますようで、気持ちが良かった。
「厳しい現状を理解しながらも、自分の感情を優先出来ることは――とても強いことだとあたしは思うよ」
ニーナは優しく語りかける。
その言葉に行人は首を横に振った。
「……強くなんてないよ。感情を、割り切れないぐらいだもん……」
「そんなことは、ないさ。理屈で全てを行動出来るのなら、感情なんてものは最初からいらない」
そして、ニーナは言葉を紡ぐ。
自分のために目を真っ赤にさせる行人の涙を止めるために。
「厳しい現状を理解しながらも、自分の感情を優先出来るあんたの優しさは――なによりも強い武器になるだろう?
あんたならなれるさ、あたしが断言してやるよ。どこまでも甘くても、揺るぎない強さを持った――唯一無二のヒーローに」
ニーナがそこまで言い終えると、行人は声を上げて泣いた。
その慟哭が続く間、ニーナは優しく行人の頭を撫で続けた。
やがて、泣き止んだ行人の代わりに託がやって来た。
「おや、色っぽい男だね。あんたがあたいを殺してくれるのかい……?」
「あぁ。……行人を成長させてくれて、ありがとねぇ」
託はニーナに小さく頭を下げた。
その姿を見てニーナは薄っすらと笑みを浮かべた。
「なに言ってんだい。あの子を成長させたのはあんただろう? あたしはきっかけを与えたに過ぎないさ」
託は小さくありがとうと感謝を述べ、言葉を紡いだ。
「……君とは、また違った出会い方をしたかったもんだねぇ」
「ははっ、あたいもそう思うよ。……さて、時間をかけても名残惜しくなるだけだ。ひと思いにやってくんな、色男さん」
託はこくりと頷き、チャクラムを振り上げる。
曲線を描く刀身は、月の光を浴びて妖艶に輝いた。
「……これでやっと死ねるんだね。ほんとに長かった。
ずっと、心待ちにしてたんだ。この時を、この瞬間を」
その刀身を見ながら、ニーナは呟いた。
そして、託を見た後、戦ってくれた戦士達に目をやった。
「――世話をかけたね、あんたたち」
戦う前から行人の代わりに止めを刺すことを、託は元より覚悟は決めていた。
それが、彼女たちにとっても最大の供養であることも理解していた。
だからこそ、託は早めに振り下ろそうと決めた。
もし、ここで躊躇をすれば行人のためにも、自分のためにも――そして何より彼女のためにも良くないと考えたからだった。
「……じゃあ、さよならだねぇ。――ニーナ・シュタイナーさん」
託はチャクラムを振り下す。
その刀身に、最大限の感謝と心よりの冥福を託して――。