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リアクション
「あのぶん回される大剣をなんとかしねぇと……けど補助魔法はないし……。
いや……なら相手の力を奪えばいいわけか。
レクイエム……なんてガラじゃねぇが悲しみの歌、弾かせてもらうぜ」
シリウスは妖精鳴弦ライラプスを弾き始めた。
流れるのは悲しい旋律。
まるでレクイエムのようなその音楽は、エレンの狂気に支配された心にも届き、無意識的に力をセーブさせた。
「では、僭越ながら我が最後のお相手をつとめさせていただこうかの」
裁と共にやって来た、パートナーの蜃気楼の怪異 蛤貝比売命(しんきろうのかいい・うむぎひめのみこと)は呟くと同時にミラージュの分身に紛れて隠れ身を行った。
自身にミラージュをかぶせてソートグラフティで映像を幻影に映して周囲の風景に溶け込む。
また、焔のフラワシで足元に炎を揺らめかせ、影の有無による実体の見分けを防ぐよう試みた。
「……見た目に惑わされぬようにの」
蛤貝比売命は焔のフラワシで目晦ましをかねた炎での攻撃。
生み出した死角。そこから炎に紛れて強力な一撃を放った。
その技の名は――ブラインドナイブス。
「……ッ!」
意識外からの攻撃に、思わずエレンが呻き声を上げた。
エレンの足が止まる。それを皮切りに、裁が駆けた。
「ボクは風、風(ボク)の動きを捉えきれる?」
裁の戦術の基本は移動。攻撃される前に動く。
軽身功も用いたフリーランニングによる地形を最大限利用したアクロバットな移動術。
メンタルアサルトで翻弄しつつ、ドラゴンアーツとナラカの闘技を組み合わせたXMAによる蹴り技を放った。
古今東西の蹴り技を組み合わせた芸術的なコンビネーションがエレンを襲う。
「……ッく、捉えきれない」
エレンは自分の斜め上を行く機動を視界に止めきれず、防戦一方に陥った。
裁は攻撃と同時に即移動。着地と同時に即移動。
行動予測しながら隠れ身でエレンの意識の死角へと潜り込み、戦場を所狭しと駆け回る。
嵐の使い手で暴風を呼び起こし、巻き上げた小石を軽身功を使って足場とする。
裁が行うのは三次元的な機動。
「行くよ〜っ! 嵐神憑依!!」
裁はエレンとの距離を詰めサマーソルトキックで蹴り上げる。
メーアルーアジフレンチ、ティミョ・パンデトルリョチョギ、540キック、アルマーダ・コン・マルテイロゥ。
空中で華麗に繋がる蹴り技は、七曜拳による七連コンボ。
「フィニッシュ☆」
最後に一回転してからのかかと落としで、エレンを地面に叩き落す。
「風を呼び、風に乗り、風を駆る、ボクこそは『風の駆り手』」
裁は元気良くそう言いながら、荒れ狂う嵐を従え風を纏う。
そして、嵐の使い手で暴風を呼び起こし、魔鎧のドールによるカタコクリズムで更に勢いをつけたダウンバースト。
――二重三重の風が生み出した強烈な下降気流はエレンを飲み込み、地面に勢い良く叩きつけた。
「ッ……!」
声にもならない呻き声がエレンの口から洩れた。
「うわっ……ちょっと無茶な機動し過ぎちゃったかな。
疲れちゃったかも。後よろしく、ね☆」
「……ええ、承りました」
最後まで元気一杯で襷を渡す裁に、フィアナは感謝を込めて丁寧に返事をした。
フィアナは裁が生み出した流れを崩さないために、すぐさま駆ける。
満身創痍の身体を引きずりながらも、その整った口元は僅かに歪んでいた。
(……もしかしたら私もあの方々と同属なのかもしれません……。
格上の敵と……勝つか負けるかも解らない死闘の中で、ボロボロになって血反吐を吐きながらも……私は確かに、この戦いを楽しんでいる。
生きるか死ぬかも解らぬ死線に至上の快楽を感じるなんて、まるで狂戦士ですね……)
天を舞い、改式ランドグリーズを抜き取る。
数多くの生き血を啜ったその刀身は淡く光り輝いており、その光はさながら人の命が光り輝いているかのよう。
(……でも、貴女に勝つ事ができたなら。
私自身、何のために戦うか見つけられるかもしれません。だから――)
そう思いながら、地へと駆ける。
(――さぁ、今は名も無き英雄に派手な死に花をささげようじゃありませんか……!)
フィアナは望みを込めて、両手で改式ランドグリーズを精一杯握った。
気づいたエレンが歪んだ体勢のまま、迎え撃とうと刀身に炎を纏わせて振りかぶり。
フィアナのがら空きの胴体に一閃しようと煉獄斬を。
「させない……ッ!」
和麻が歴戦の防御術で立ち回り、フィアナとエレンの間に身体を割り入れ、刀で受け流す。
それと、ほぼ同時に。
――神聖な力がエレンに炸裂した。
その魔法はバニッシュ。
エレンがバニシュが飛来した方向を振り向いた。
そこにいたのはなぶら。
傷だらけの身体に鞭を打ち、最後の力を振り絞りフィアナをサポートした。
なぶらのバニッシュがエレンの行動を僅かに鈍らせる。
そこで、生まれたのは僅かな誤差。
それは、雌雄を決するほどの大きすぎる差。
防御無用で、僅かに残った全力を一撃に込めた。
極められたラヴェイジャーの剣技が、エレンの身体を深く切り裂いた。
「終わりにしよう……!」
息をつく間もなく、和麻が音速を超えた一撃を振り下ろす。
生まれた真空の刃は、エレンの胴体に一文字の傷を刻み込んだ。
「……ッ、まだまだ……ッ!」
それでも、エレンは倒れない。
身体の至る所から血を流し、鎧がほとんど破損しても。
――戦い続けようとした。
「……見ていて忍びない。終わりにしよう」
サビクは空中から、エレンに抑え込みを発動させた。
エレンの四肢の自由を奪い、動かせない様にして、行動ができないようにした。
「切り札を――切る」
裁きの刀を構え、振るう。
放たれるのは女王の剣、それは古王国時代に失われた必殺の剣技。
「……戦士の弔いには、ちょうどいいだろうさ」
サビクの小さな呟きと共に振るわれた一閃は。
光の軌跡を描きながら。
――エレンの命を貫いた。
――――――――――
「……、負けちゃったなぁ」
エレンは空を仰ぎながら、狂気を感じない声でそう呟いた。
目の縁から流れるのは、血の涙。瞳は透明感のある青になっていた。
エレンは自分を倒してくれた戦士達を見る。
自分と同じぼろぼろの身体。それでも、自分が誰も殺していないことに心の底から安堵した。
「願いは、叶えられたのかい……?」
サビクがエレンに近寄り、そう問いかけた。
エレンは薄っすらと笑みを浮かべた。
「うん……決して叶うことのない願いだと思ってた。
こんな身体に成り果てて、絶望しかあり得ないと思っていた。
……それでも、あなたちたちは叶えてくれた。化け物ではなく、戦士としての気高き死を。これ以上の誉れはきっとないよ」
そう一息に言うと、エレンは年相応の笑みを浮かべた。
そして、ゆっくりと感謝の言葉を述べた。
「……だから、ありがとうね。あなたたち」
「……別に礼には及ばないよ」
サビクは全員を代表して、言葉を返す。
そして、血だらけのエレンの手を両手で握った。
「ボクたちは同じ国につかえた戦友さ。……いや、ボクたちだけじゃない。
本気で刃を交えればそれは戦友になるだろう? だから、ボクたち全員に感謝の言葉なんて必要ないよ」
サビクのその言葉にエレンは目を丸くして、そして笑った。
「ははっ、そうかもね。
……じゃあ、お別れのときは何て言ようか? 戦友さん」
「……またね、でいいんじゃないかい?
これが今生の別れになるなんて分からないんだから」
サビクのその言葉にエレンは薄っすらと笑みを浮かべた。
そして、サビクを含めた戦士達の顔を見て、一言一句区切るようにしっかりと別れの言葉を口にする。
「またね、みんな」