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忘れられた英雄たち

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忘れられた英雄たち

リアクション

 孝高は、孝明と共に、又兵衛達のサポートをする為に動き出す。

「天禰はお前達を解き放つ事を望んでいる。俺も、お前達を自由にしたい」

「呪われて生き続けるなんて、哀しいだけだからな」

 孝高は両手に得物を構え、隊長を見詰める。
 その威圧感は確かに、一筋縄ではいかない相手のようだ。

「隊長の動きを、少しは封じられればいいのだが……」

 すると孝明が奈落の鉄鎖を放ち、隊長を戒めた!

「孝高、今だ!」
「親父! お前なんかに言われなくてもわかっている!」

 孝高は言い、駆け出し、芭蕉扇を隊長の首に叩き込む。

 襲い掛かる刃をレーザーマインゴーシュで抑え、空蝉の術でかわした。
 孝高が飛び退くと同時に、孝明は鉄鎖を解き、陰府の毒杯を放った!

「クソッ……諸に受けちまったか……!」

 陰府の毒杯により、鎧が石化を始める。
 鉄よりも脆く、重くなった石の鎧はネイトの動きを妨げた。

 薫は、ぽつりと呟いた。

「……そう、だよね。自由に生きる事を、死ぬ事を、許してもらえないなんて、辛いよね。苦しいよね…」

 英雄たちの哀しい姿を前に、薫は言った。
 手にしていた弓を下げ、痛みを抱く胸に、そっと手を当てる。
 その『痛み』が何なのかは、わからない。
 それだけじゃない。英雄たちの哀しい生を見ていると、胸がいっそう痛んだ。

 それは、自分自身も同じように、自由を奪われていた事があったから。

「我も、わかる。自由を奪われるの、嫌だった。自分のやりたい事を許してもらえないの、辛かったのだ」


(……我は、泣く事さえも、出来なかった)


 薫は目を伏せた。それから顔を上げて、英雄たちを見詰める。

「あなた達の事は決して忘れないのだ。我は、あなた達が頑張った事を覚えているのだ。そうすれば『忘れられた英雄』じゃなくなるのだっ」

「この世界の為に頑張ってくれたあなた達の望みを叶える為に、我は、全力で立ち向かうのだ!」

 そして再び、弓を引いた。
 力一杯引き絞り、狙う先は石化した鎧。
 矢は美しい軌道を描き、石化した場所に命中。

「ッ……!」

 ネイトの鎧は音を立てて、崩れ落ちる。
 それと、同時に。

 大助は鬼神力を発動。金盞花の二刀流を用いて斬撃を繰り出す。
 鎧の無くなったネイトは斬撃を刻み込まれ、しびれ粉を放った。

 ネイトの身体の動きが鈍くなる。

「ッ、ラァァ!!」

 無理やりネイトは身体を動かし、長剣を振るった。
 狙い側にいる大助。長剣は大助の身体を真っ二つにせんと迫り――。

 神速を使い速度を強化した存英が、速度を生かした一撃をネイトに入れた。
 ネイトの動きが止まる。

「戦は何も作らない。壊すだけだ……終わりにするぞ……」

 存英は先手を取ることを優先する構えを取った。
 剣を振るう前に攻撃を削ぎ、盾を振るう前に攻撃を削ぐ。
 ことごとくネイトの全ての攻撃を初手で潰した。

 その隙に子桓が隠れ身と神速、回山倒海之拳を併用。
 目にも止まらぬ速度でネイトの目をかいくぐり、ネイトの身体に破壊工作の技術で爆薬を仕掛けていく。

「よし、十分だ! 下がれ!」

 子桓のその声と同時に存英は大きく後退。
 子桓は存英が後退したのを見てから、ネイトの身体に仕掛け爆薬を一斉に爆発させた。

 爆炎がネイトを包み、衝撃がネイトを襲う。

 存英は炎に包まれるネイトに向けて、龍の波動を放つ。
 余った鎧の箇所をできるだけ脆くした。

 クリスチャンは記憶の中の魔道書の『模倣・暗唱』により自らの能力を向上させた。
 グリモワール・オブ・エムというクリスチャン独自の魔技。

 マーマン・チェダを手にネイトに詰め寄る。

 鋼の防御を引き剥がし、壊れた鎧を引き剥がす。
 遂には、クリスチャンに盾すら引き剥がされた。

 ネイトの護りを鋏で文字通り、こじ開けた。

 又兵衛が槍を構え、走る。
 自身の全力を一撃に乗せ、ネイトの胸を貫いた。

反動でネイトが吹っ飛ぶ。

 盾はない、鎧は壊れた。
 それでも、身体は倒れることなく立ち上がる。

「潔く散るも良し、死に花を咲かすもまた良し。だが今の世に爪痕を残す事……これだけはまかりならぬ」

 ネイトまでの切り開かれた活路を幸村は駆ける。

「――大人しく眠れ、名も無き英雄」

 幸村は轟咆器【天上天下無双】を抜き取った。

「……ぉぉおおお!」

 幸村の捨て身の一撃はラヴェイジャーの剣技の極み、アナイアレーション。
 幸村の咆哮と武具の唸りが、大気を、さらにはネイトの心を震撼させた。

「……ァァアアア!」

 ネイトも咆哮に呼応するよう叫びを上げ、小手先の一切を彼は捨てた。
 最大の力をかけて忘れられた英雄は、名を残した英雄に真紅の長剣を振り下ろし。


 ――――無が訪れた。


「……ははは」

 その無を打ち消したのは、忘れられた英雄だった。
 声は穏やかで、狂気一つ残ってはいない。

「迷惑かけたな、お前ら」

 悪い、なんて、軽い言葉まで口に漏らす。

 幸村は答えない。かしゃりと金属と金属が重なる音が響いた。忘れられた英雄が、幸村の肩を小さく叩いたのだ。
 幸村は答えない。彼の剣から手から、ぱたぱたと零れ落ちる命の雫があることを。
 幸村は答えない。忘れられた英雄の胸を深く切り裂いたことを。

 頬を伝う涙は赤黒い血の色。
 瞳は透き通るような青色に変わった。

 紅の騎士――ネイトは薄っすらと微笑んだ。

 ――――――――――

「あんたが、ネイト・レーヴァンテイルか」

 涼司はネイトの絶命の瞬間に立ち会うことが出来た。

「……ああ、そうだ。お前は?」
「俺は山葉涼司。あんたの討伐を計画した張本人だ」
「そうか。あんたが……」

 ネイトは涼司を見て、微笑む。
 そして、言葉を紡いだ。
 
「……運命ってのは最後に粋なことをしてくれるもんだな」

 ネイトは目を細め、穏やかに笑った。
 そして、小さく良かったと呟いた。

「我がままついでに、ひとつ頼みてぇことがあるんだが」
「……なんだ?」
「これは、お前ら全員。この戦闘に関わった奴らに頼みたいことなんだがな」
 
 ネイトは涼司を見てから、自分を倒してくれた者達に目をやった。

「次世代の英雄たち、貴公らにこの平和を託した。
 ――この美しい現世で、俺たちみてぇのが生まれねぇように頼む」

 その言葉に戦士達、いや次世代の英雄達は頷いた。
 その場にいる全員を代表して、涼司が口を開いた。

「任せてくれ。ネームレス戦隊が守ったこの世界。
 俺達全員が責任を持って守り続ける」

 それを見てネイトは微笑を零し、満足そうに呟いた。

「……これで思い残すことはねぇな」

 ネイトは思う。

(今こそ感謝をしよう。
 呪われた俺達にこれほどの美しき戦場を用意した残酷な運命に。
 そして、心の底から惜しまれる魂すら華々しく散れる戦場を与えてくれたお前達に。

 俺達に未来を生きる者達の強さを刻み込んでくれた。
 たった数時間の戦いの思い出も、これから続くであろう彼らの輝かしい未来も。
 その全ての思いを彼らは各々の武器に乗せて叩きつけてくれる。
 それが、俺達にとって唯一にして最高の餞別だった)

 そう考え、全てを口にしようとしたが、止めた。
 どうやら、自分に残された時間はあと僅からしい。
 だから、ネイトは一言だけ口にすることにした。

「……ありがとよ」

 ネイトは言い終えた後、日が昇り始めた空を見上げた。
 暁に染まった世界。
 太陽が地平線からゆっくりと迫上がり、光を世界に灯す。
 その赤い光はネイトを確かに照らし、ありありと彼を染めていき、死者ではない事を明かす。

「ああ――この世界は眩しいな」

 呪いから解放された英雄はそう呟いた。
 美しき現世を夢見、戦場を駆けた紅の騎士は満足そうに眼を閉じる。

 朝焼けの色は藍と橙。
 新たな英雄の門出を祝うかのように、彼を優しく包んだ。