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リアクション
一章 闇の中の影なる者達
十三時三十分。空京、街外れの廃墟。
そこは異様な場所だった。
充満する血の香り。錆びた床や壁に飛び散る赤い彩色。そして何より、人の血液により描かれた中央の魔法陣。
普段何気なく過ごしていれば滅多にお目にかかることのない異常が集約したその場所。そこには、これまた一風変わった人間達が集まっていた。
「ククク、最強の魔物の力があれば、我らの世界征服も進展するというものだ!」
寂れた廃墟に響く大声でそう語るのはドクター・ハデス(どくたー・はです)。
彼は興奮した様子で赤い魔法陣の中心に立ち、両手を目一杯広げた。そして、同じ調子で大音声を発する。
「ククク、恐らく、召喚を妨害しようとする者が現れるであろう。
我が部下たちよ! 何者もこの魔法陣に近づけるでないぞ!」
ハデスは顔だけ振り返り、背後のデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)と天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)を見た。
デメテールは気だるそうに握り拳をつくった手を振り上げ、十六凪は胸に手を当てて小さく頷く。
「りょーかい、マスター」
「了解しました」
十六凪は辺りを見回し廃墟の全体を確認してから、ハデスに声をかけた。
「ふむ、この地形ですと、敵はここから陽動をかけつつ、こちらから攻撃してきますね。
……ハデス。僕は敵の襲撃を予測し<防衛計画>を立てます。あなたは敵の<行動予測>をして下さい。防衛作戦を立てましょう」
「フハハハ、承ったぞ、天樹十六凪。では、思い立ったが吉日だ。即座に取り掛かろうぞ!」
デメテールは十六凪のほうを振り向き、問いかける。
「ねー、デメテールはなにをすればいいのー?」
「デメテールは……そうですね。襲撃者に対して罠を仕掛けてもらえますか?」
「りょーかい」
三人のそんなやり取りを見ながら、松岡 徹雄(まつおか・てつお)は汚れた壁にもたれかかり煙草に火をつけた。
じりじりと音をたて煙草が焼けつき、彼は満足そうに紫煙を吐き出す。それは壊れた窓から吹き込む風に乗り、一筋の流れとして空気に溶け込んでいった。
徹雄はそれを眺めてから、同じく壁に背を預けるウォルターに声をかけた。
「少しいいかな。ウォルター」
「ああ? なんだ?」
彼女はその声に反応して、ふわりとした金髪のロングヘアをなびかし徹雄を見上げた。
「依頼の再確認をしたい。あと、依頼主の要望と手段もな」
「……面倒くせぇ。どこの真面目ちゃんだよ、てめぇは」
「そう言ってくれるな。お仕事前は必ずやっておくことだからさ」
ウォルターはチッと舌打ちしてから、面倒くさそうに小さく整った唇を開いた。
「……依頼は化け物の召喚に必要なものを揃えること。
依頼主からの要望は特になし。手段はまあ、少人数で行動してそれぞれが達成するってとこだな」
「必要なもの、か。確か必要なのは十二人の純潔の少女とあの修道服の彼女だったよな?」
「ああ、その通りだ。生贄はもう直に集まる。問題は修道服のやつだが――」
「ん? それなら、わたしが行くわよ」
二人に近づき、そう声をかけたのはヴィータ。
徹雄は煙草を口にくわえながら、彼女に問いかける。
「相手の人数も多いぞ。大丈夫なのか?」
「おー? 心配してくれるんだ、徹雄。いやーん、わたしって罪なお・ん・なー♪」
「うっせー、年齢詐称ロリ。寝言は寝て言え」
ウォルターがそう言い放った瞬間、空気が凍った。
ヴィータはじとーと三白眼で彼女を睨み、人差し指を向ける。
「あ・ん・た、ねぇー。あんまり舐めたクチ聞いてるとモルスに食べさせちゃうわよ?」
「へぇー、やってみろよ。インフレスパイラル、バ・バ・ア」
「おいぃぃぃ! おまえふざけんなあああああ!」
ヴィータはパチンと指を鳴らして、背後にモルスを<降霊>させた。
ウォルターはモルスが見えないはずなのに、野生の勘で気がついたのか、腰から二丁の拳銃を抜き出してその醜悪なフラワシの眉間を狙う。
「はいはーい。ストップ、ストップー。あんまりおじさんを困らせないでおくれー」
徹雄は両者の間に身を割り込み、仲裁に入る。
それを見た二人は仕方なく武器を納め、ついでにウォルターは小さく舌打ちをした。
「ふぅ。……それで、ヴィータは本当に大丈夫なのか?」
「やーねぇ、たぶん大丈夫よ。他にも何人かついてきてもらうし。
……それになによりこんな楽しそうなこと参加しないと。なんか他にも未来からやって来た? っていう人達もいるそうじゃない」
そう言ったヴィータの傍に、斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)が近寄り、彼女が身を包むゆったりとした黒いケープの袖をクイクイと引っ張る。
「んー、どうしたの。ハツネちゃん」
「クスクス……ハツネはヴィータお姉ちゃんについていくの」
「いやーん! なにこの子可愛い、もしかして天使!?」
ヴィータはハツネに抱きつき、頬ずりを始めた。
ハツネはされるがままになり、クスクスと不気味な笑顔を浮かべ続けている。
「それにしても……ヴィータお姉ちゃんのフラワシも可愛いの。
でも……ハツネの『ギルティ』も可愛いでしょ?」
ハツネはそう言うと、ギルティ・オブ・ポイズンドールを<降霊>させる。
その姿は超霊の面を付け、身も凍るような目と口を持つ粘液上の怪物。目にするだけで嫌悪感を抱く醜悪なフラワシだ。
「あら……ハツネちゃんもこんなに可愛らしいフラワシを持ってるんだ。ふーん……」
ヴィータは猫のような瞳でハツネとギルティ・オブ・ポイズンドールを交互に見渡した後、もう一回目を瞑り――。
数秒後にヴィータが目を見開いた時には、先刻までの楽しそうな表情が全て消え去り、新しい笑顔が浮かび上がった。
「ますますハツネちゃんのことが気に入っちゃった。わたし♪」
その笑顔は笑顔でありながら仮面のように無表情であり、笑顔でありながらどこまでも冷淡で、そして――笑顔であるが故に、見る者に果てしない恐怖を与える。そんな笑顔だった。
「クスクス……よろしくなの」
ハツネもつられて笑みを浮かべる。それはあまりにも無垢で、底知れぬほど不気味で、狂人が浮かべるであろう笑顔。
そんな様子の二人とモルスとギルティ・オブ・ポイズンドールを見て、ゼブル・ナウレィージ(ぜぶる・なうれぃーじ)はパチパチと拍手をする。
「そこの二人! あなたたちのフラワシは非常に……素晴らしい!
ことが終わりましたら是非血と臓物に塗れたフラワシトーキングをよろしくぅ!」
「おっけー、美味しい紅茶でも飲みながらお話しましょう。ねえ、ハツネちゃん」
「クスクス……おっけーなの」
そう約束をすると、ヴィータは廃墟の壊れた時計を見上げた。
錆びだらけの短い針が二の文字を刺している。
「おやー、もう二時過ぎちゃったか。相手が行動するよりも先に動きたいし、そろそろお仕事始めちゃいましょうか」
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