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All I Need Is Kill

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 七章 譲れないもの

 十六時。空京、外辺の廃倉庫。
 そこはそれぞれに番号が記された古びた倉庫が連なっているだけで、街灯や普段なら人影もない寂れた場所。
 しかし、そこには今しがた到着したナタリー達だけではなく、穏やかな様子ではない武装した多くの契約者がいた。

「……やっと、来ましたか」

 その先客達から足を一歩踏み出して、ホープが静かな声で言葉を続ける。

「私達の正体や目的はもう分かっているでしょうし、面倒くさい前置きはなしにしましょう。
 こちらの用件はナタリーを殺すこと。邪魔をするというのなら、あなた達も殺す」

 ホープが殺意を孕んだ視線でナタリーを睨んだ。びくり、と幼い少女の身体が恐怖で身震いをする。
 耀助はその小さな肩をぽんと叩いて、ホープに視線を移し口を開いた。

「……やめなって。そんな険しい顔をしてたら、綺麗なお顔が台無しだよ。お嬢さん」

 一瞬、耀助を目にしたホープの瞳が揺れた。
 しかし、彼女はすぐさま表情をもとの険しいものへと戻して、硬い声で言い放つ。

「……茶化さないでください。耀助さん」
「おろ? なんでオレの名前を知ってるの?」
「知ってますよ。だって、私は――」

 ホープはナタリーを指で示す。

「そこにいる過去の私の、十年後なんですから」

 耀助の目が驚きで見開かれる。同じく、現代の部隊の面々にも動揺がはしった。

「だから、私は知っています。ここに過去の私が来ることも。このままだと空京の惨劇が起こることも。
 そして、それを確実に止めるための方法も一つ知っています。それは惨劇の核である過去の私を殺すこと。
 私は……いや、私達は未来を変えるためにここまでやって来ました。それの邪魔をするというのなら、あなた達を殺すことも厭いません」

 ホープの言葉を聞き、多くの契約者が押し黙るなか、ぴょんぴょんと跳ねて一団から前へ飛び出たケセラン・パサラン(けせらん・ぱさらん)が彼女に質問をする。

「……歴史とは、いわば大樹。ある枝が気に食わないからと幹を下り傷をつけ新たな枝を生やしたところで陽を浴びるは元の枝のみ。
 ならばとその枝を切り落としたところでそこにも新たな枝が生えるだろう。……その瞬間、全てを失うのだ」

 ケセランの言ったことを訳せば、過去に干渉したところで未来が変わるのではなく、新たな未来が生まれるだけ。その新たな未来にはその歴史を歩んだ自分がいてしまうのだからそこは自分の居場所たりえない。それでも実行するのか? というホープの覚悟を問うための質問だ。
 彼女は、少しばかり悲しそうな表情をして口を開く。

「あなたの言った通りですよ。本当の意味で未来は変わるわけではありません。そこに自分の居場所がないことも分かっています。
 ……ですが、この世界には私達が失った空京と大切な人達がまだ生きています。それだけで、実行する価値はある」

 ホープはそう強く言い切った。
 それを聞いて、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は彼女に声をかけた。

「一つ、聞いてもいい?」

 ホープはなにも答えない。
 それを了承だととったリカインは、よく通る声で問いかける。

「いくら過去を変えたって、納得しない誰かがまた変えようとするだけじゃないの?」
「……それはそうかもしれませんね。その可能性は否定はしませんよ」

 ホープは自嘲気味の笑顔を浮かべた。
 それを見つめながらリカインは、もう一度彼女に質問をした。

「なら、ホープくん達はなんで犠牲者を出さないのではなく、すり替える方法を選ぶの?」
「それが最も確実な方法ですから。それに、私はこのやり方以外に空京の惨劇を止められるとは思えません」
「あなたは、人を喪う悲しみを知っているはずだよね。
 未来を変えるならもっともっと欲張ったっていいはずだし、それだけの意志もなしに変えられるほど今はきっと甘くないわよ?」
「甘くない、ですか。確かにそうでしょう。
 ……ですが、犠牲を出さずに、誰もが納得する方法なんてきっとありませんよ」
「……なんでそう言い切れるの?」

 リカインの問いを聞いて、ホープは意思のこもった強い声で答える。

「それは――十年間、私が考えに考え抜いて、やっと出した結論だからです」

 そして、ホープは残念そうな表情をして言葉を続けた。

「お話はここまでにしましょう。きっと、平行線のまま終わらない。
 ……今ならまだ間に合いますが、こちらにつくという方はいませんか?」

 ホープの言葉を聞いて、リカインのパートナーの空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)はしばし考えたあと、数歩前へと踏み出した。
 
「ふむ。少女を殺すことが最も確実な方法というのなら、是非もなし。手前はそちらにつきましょう。あなたはどうしますか、リカイン?」

 リカインはナタリーをちらりと横目で見てから、ホープのほうを向きなおして力強い声で言い放った。

「……そうね。やっぱり私にはこの子を見殺しになんて出来ないわ。だから、敵対させてもらうわよ」
「そうですか。残念です。――皆さん」

 ホープが一言語るごとに、その場の全員に緊張がはしる。
 そして、それは――。

「戦いを、始めましょう」

 そのホープの言葉をきっかけに、爆発した。