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リアクション
十章 行動、開始
十六時四十五分。空京、外苑の廃倉庫。
ますますと激しさを増した戦場。
ナタリーの周りには人が少なくなっている。それは未来の部隊の猛攻を迎撃するため、戦闘の渦中に赴いたからだ。
そんな時。
「ばあっ。お迎えに来たわよ、可愛いお嬢ちゃん」
ナタリーの背中にぞわり、と冷たいものが這い上がる。
幼い彼女は驚いて振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたヴィータが立っていた。
「あなた、は……?」
「シスターから聞いてるでしょ? ここで会う予定になってた、待ち人よ」
ヴィータはそう言って、ナタリーに笑いかける。
親しみも、好意も、関心も。その笑顔には感情が存在しない、仮面のような笑み。
幼い少女はそれが怖い、と感じた。恐怖に足が竦む。誰かを呼ぼうとするが、声が上手くでない。
そして、ヴィータは動けないナタリーの細い腕を掴もうと手を伸ばしたとき。
乾いた銃声が響き、吐き出された銃弾がヴィータに飛来。
だが、それを察知したヴィータは恐るべき反射速度で鞘から狩猟刀を引き抜き、自分に当たる前に肉迫した銃弾を切断した。
「……やっと、見つけたぞ。ヴィータ」
呪魂道の銃口をヴィータに向けたまま、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は忌々しげに呟いた。
「初対面のあなたに、名前で気安く呼ばれるいわれはないんだけど」
「……初対面か。確かに、この時代ではな」
「ってことは、あなたは噂の未来の部隊ってわけ?」
「未来からやってきたが、その部隊の一員ってわけではない。
……俺はただ、十年前に殺されたあいつの仇を取るために、この時代に来ただけだ」
「へー、そう。ならその仇がわたしってわけだ。ふーん……」
彼女はにやにやと笑みを浮かべながら、獲物を見つけた肉食獣のような視線を彼にむける。
「きゃはっ。これは楽しくなりそうな予感♪」
「楽しむ余裕なんて与えないさ。おまえは殺して、バラして、細切れにしてやる」
真司は殺意を孕んだ声でそう吐き捨てると、左手で鞘から大剣を引き抜く。
その大剣はソーマ・ティオン(そーま・てぃおん)の集合状態。刃に刻まれた文字が強く光り輝いていた。
「ふーん。そんなに勝てる気でいるんだ、わたしに」
ヴィータはくすくすと可笑しそうに笑う。
そして、魔法陣の描かれた手袋を嵌めた片手をあげ、パチンと指を鳴らす。モルスが背後に降霊する。
「あんまり舐めてると、食べちゃうぞ?」
ナタリーはヴィータの視線が真司に向いているうちに、その場を逃げ出そうとした。
しかし、その行動は、修道服の裾をハツネによって握られ、中断させられる。
「クスクス……へんなことはしないほうがいいの。……壊しちゃうよ?」
「……ひっ」
ハツネの不気味な笑顔を見て、ナタリーの口から恐怖の声が漏れ出す。
「クスクス……それでいいの」
ハツネは満足そうにそう呟くと、真司の背後からやってくる契約者達を見る。
激しい戦闘の最中、こちらの様子に気づいた者達もいるようだ。
「クスクス……敵さんがいーっぱいいるの。……楽しめそうなの」
ハツネはギルティ・オブ・ポイズンドールを降霊する。
彼女の傍で、超霊の面を付けた身も凍るような目と口を持つ粘液上の怪物が蠢いた。
――――――――――
廃倉庫の戦場にて、出来るだけ雑踏のなか戦うことを避けていた御凪 真人(みなぎ・まこと)は<ディテクトエビル>でナタリー達の様子に気づき、走っていた。
(……あの人達が件の黒幕だと判断してもいいでしょう)
真人は自分の魔法が届く間合いに到着するやいな、前方に<雷術>の魔法陣を描く。
彼の魔力を受けて光り輝いた魔法陣は、一番厄介そうなヴィータ目掛けて大きな雷電を放出しようとする。しかし。
「必然だの、宿命だの、運命だの」
黒幕達の一人、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)が普段とは違う口調でそう呟きながら、間合いを詰めた。
と、同時。真人の前方の魔法陣が雷を放出よりも先に、彼に放たれた拳によって破壊される。
「――等しく滑稽だ」
裕輝は続けて、<羅刹の武術>による徒手空拳を超えた威力の拳を振りぬく。
危険を察知した真人は素早く、後方に跳躍。二人の間に距離が開いた。
「なあ、そう思わないか。今を生きるあんた」
「……君はなにを――」
真人は裕輝の言葉の真意が読み取れず、問いかけようとした。
が、彼の背後で、ナタリーが見知らぬ契約者に連れていかれようとしているのを見て、言葉をそこで遮りパートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の名前を呼んだ。
「セルファ! ナタリーが連れて行かれようとしています、君は彼女を追ってください!!」
「分かった! 今すぐにでも追うわ!!」
セルファは強化光翼を広げ、上空から追跡しようと地を蹴った。が。
「――させるわけがないだろう?」
裕輝はそう呟くと、セルファとの間合いを詰めるために、<メンタルアサルト>で真人の虚をつき移動を開始。
少しばかり遅れて、真人は<雷術>の魔法陣を複数展開。全ての魔法陣を同時に発動。複数の雷を放出。
が、裕輝は自らに襲い掛かる雷を巧みに回避しながら、セルファとの距離を詰める。
それは数十秒の出来事。
「やばっ――」
セルファが危険を感じて強化光翼をはためかせ、浮遊する。が、裕輝が大きく跳躍して、上空から彼女の鳩尾を打ち据えた。
彼女が勢い良く真下に落下して、バウンドする。その後に続いて、裕輝も地面に着地した。
「浅ましい、過去を変えるなど。過去を変えれば未来が変わる? どうしてそんな事になる。理屈は? 理論は?」
セルファが身体を駆け巡る激痛に咳きつく間、裕輝は戦場で戦う者達を―特に未来の部隊の者達を見ながら―見下すような目で捉える。
「自分が他と違うなど、当たり前の事だろうに」
「……なにを、言っているの? あなた」
ゆっくりと立ち上がったセルファが、不可解な言動を発する裕輝に問いかける。
「因が起こり果に至る。これが全て。
因と果は繋がっている。例え、因から向かう筋道が違っていたとしても必ず、果へと至る」
「……それは、私達や、未来からやって来た人達がしようとしていることを、無駄だと言いたいの?」
「然り。過去を変える、ということは現在の己の否定である。
過去が在り、今と成し、未来へ続く。過去がなくては、今も未来もない」
「……そんなこと、どうして言えるのよ?」
「因果は関係性の賜物だからだ。それを崩せば、無関係となる。
つまり、過去は『変えられない』のではなく『変えてはいけない』というわけか。『代えられない』というべきか」
裕輝は続けるために言葉を紡いでいく。
「そもそも、変えてどうする。
不遇な過去の劣等感に溺れてるのか。変えた未来の優越感に浸りたいのか」
裕輝はくくく、と喉を震わせて嗤いながら続ける。
真人が隙をついて、<雷術>を発動するも、裕輝は身体を逸らすことで雷を避けた。
その隙に、セルファは真人の傍へと駆け寄り、合流する。
「オレにはちっとも理解できない。が、面白い」
そんな二人に見ながら、裕輝は両手を広げて、言い放つ。
「だが、物足りない。
ならば、もっと害意を、なおも醜悪を、いっそう殺意を、そして更なる最悪を」
そして、裕輝は僅かに暗くなってきた空を見上げ、宣言した。
「俺達は最低を、最悪を、最厄こそを――担おう」
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