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リアクション
十三章 変化定石
十七時三十分。空京、街外れの教会。
既にシスターは撤退しきり、迎撃に残った第三勢力と調査組との熾烈な戦いが行われていた。
上空に飛行するノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)は戦況を確認し、同じ狙撃役の<迷彩塗装>で姿を消して隠れているロウ・ブラックハウンド(ろう・ぶらっくはうんど)と<テレパシー>で会話を行った。
『我輩はあの女子を狙撃する。ロウ殿も合わせてくれるとありがたい』
『承知。君に合わせよう。タイミングはお任せするよ』
ノールは返信を聞き、戦場の中央で野獣の如き戦闘を繰り広げているウォルターに、フュージョンガンの狙いをあわす。
そして、引き金に手をかけながら、タイミングを計り、互いの射線上に人がいなくなるやいな<テレパシー>でロウに連絡を送った。
『三、二、一――発射!』
上空と地上。二つの地点から同時に発砲音が響く。
空からは核融合により生じたプラズマが、地上からニルヴァーナライフルによるビームが、ウォルターに飛来する。
「か! おいおい、マジかァ?」
ウォルターは戦いが嬉しいのだろう歯を剥き出しにしながら野獣のような笑みを浮かべ、迫ってくる二つの弾に向けて二丁拳銃を発砲。
銃弾ゆえ発射された弾はそれぞれプラズマとビームのなかで焼ききれたが、それでも僅かながら速度を落とすことは出来る。
その隙に彼女は地を蹴り、回避。一瞬遅れて、その場にプラズマとビームが着弾。地面が焼け焦げ、独特の匂いを放つ。
だが、調査組の攻勢はまだ終わらない。
「喰らいやがれぇぇ!」
シャロンが両手に持つヤクシャとラクシャサを交差、発射して<クロスファイア>で圧倒的な火力の十字砲火。
しかし、その十字砲火はウォルターの前方の空間で全て弾け、銃弾が力なく地面へと落ちた。
「人体生贄系実験は私も超・興味津々! 故に、超・サポート!」
狂ったように笑いながらそう叫んだのはゼブル。
シャロンの十字砲火からウォルターを守ったのは、彼の<降霊>した鉄のフラワシだ。
「邪魔するならば……シャットダウン!」
ゼブルは<メンタルアサルト>と<ミラージュ>を併用。
そのせいで不意をつかれたシャロンに、リターニングダガーを手裏剣の如く投擲した。
が、放たれたリターニングダガーは傍にいた伊東 一刀斎(いとう・いっとうさい)の不殺刀により受け流される。
「さて、火元になっておる輩には、三途の川を渡ってもらうかのう」
一刀斎は静かに冷たくそう言い放つと、不殺刀を抱えてゼブルに接近を試みる。
が、アユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が二人の間に<レジェンドレイ>の光条を放ち距離を詰めることを許さない。
「ふふ、うふふふ……」
アユナは不気味に笑いながら、もう一度<レジェンドレイ>の魔法陣を展開。
しかし、その魔法陣を則徐が<火術>で生み出した小さな炎が焼き払う。
「まだまだ、行くわよ……!」
則徐は<朱の飛沫>による炎熱を帯びさせた秘湯の飛刀をアユナに投擲。
アユナはこれをナタを振るうことで弾く。が、その隙に則徐は電脳術式『迦楼羅焔』を起動。迦楼羅の焔が使用者の魔力により顕現。
その荒れ狂う巨大な焔は第三勢力の全員を焼き払おうとし――。
「まだまだァ。そんな炎じゃ逝けねぇよォォ!」
ウォルターはそう叫びつつ、<パイロキネシス>により圧縮された炎を片手に生み出す。
彼女はその炎を迦楼羅の焔に向かって放り投げる。二つの炎が衝突。辺りの気温が急上昇して、陽炎が生まれた。
「っくは。足りない足りない足りない足りねぇ。もっと死ぬ気でかかってこいやゴルァァッ!」
「……そうですか。では、私の相手をしていただきましょう」
陽炎を突っ切りルイ・フリード(るい・ふりーど)が、ウォルターとの間合いを詰めるため疾走。
彼女は天性の勘でそれに感づいて、二丁の拳銃を連射。が、それは彼を狙っているのではなく、彼のはるか後ろの電柱。
電柱に直撃し跳弾した数多の銃弾は、そのどれもがルイの背中に向かって飛翔。死角から迫るそれに、ルイは気づかない。が。
「あらら、そんなのでルイを傷つけられたら、たまんないなぁ」
シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)が跳弾した銃弾とルイの間に身体を割り込み、<炎の聖霊>を行使。
炎の聖霊の身体に飲まれた銃弾は焼け焦げ、炭となって空中に散布した。
「思いっきりいきますよぉ!!」
ウォルターの懐に潜り込んだルイは、<自在>により龍の頭部へと形状を変化させたオーラを纏った堅強な右拳を、彼女の鳩尾に目掛けて振りぬく。
轟、と風を切る音と共に迫る拳を、彼女は身体を逸らして回避。が、僅かに触れただけで骨が軋み、内臓が破裂しそうになった。
「くくっ、ははははッ!!」
ウォルターは身体を駆け巡る痛みを感じつつ、拳を振るったことでがら空きとなったルイの右脇腹に、閃光のような速度の蹴りを放った。
彼の鍛えぬかれた筋肉の束の腹筋でなければ内蔵破裂していただろう。
さらに連動するウォルターの右手の拳銃による頭部への発砲を、彼は引き金を引ききる前に左手で銃口を掴んで逸らすことで回避。
彼女は咄嗟の判断で拳銃を手放し、後退。何も持っていないその手の平に<サンダークラップ>による強力な電気を発生させ、ルイに向けて放電。
迫る雷電を彼は避けることもなにもせず、ただ右腕を素早く構え渾身のストレートで迎撃。強力な電撃をぶち壊した。
「っくは。てめえ、本当に人間かァ?」
それを見たウォルターは嬉々とした笑みで右手の拳銃を構え、頭部に向けて発砲。ルイは頭を逸らすことで回避。
そして、彼はもう一度彼女との接近戦を演じようと、軸足を一歩踏み込んだ。その時。
「――準備が終わった。下がれ!」
教会の庭に響いた誠一の声に、ルイは後方に大きく跳躍。
ウォルターは突然の後退を不思議に思うが、とにかく彼を追撃しようと両足に力を込める。
「むう、少しばかりそこで立ち止まっておくといいのだよ」
ウォルターの目の前で光が爆発した。
それはオフィーリアによる<バニッシュ>で生み出された神聖な光。
まばゆい光はウォルターは目をくらませ、少しばかりの時間視界を奪った。
「『封滅陣・朱霞』砕け散れ……」
誠一は教会の庭を包囲するほど伸ばし、巨大な網を編み上げた想念鋼糸を一気に引き抜く。
急速に縮められたその網は内部にいる敵を鋼糸の網で絡め取る。
身動きのとれなくなった敵を、鋼糸から<真空波>を放ちながら引き抜き、徹底的に切刻んだ。
「っく、は。こりゃ、ちーっとばかし、キツイか」
身体のあちこちが切り刻まれ、血を垂れ流すウォルターは、どうにか想念鋼糸の拘束から抜け出す。
と、同時。それを見たマイトが彼女との間合いを詰めるため、駆ける。
「っくは。めんどくせぇ……!」
ウォルターによる拳銃の発砲を、マイトは<行動予測>で先読みした避ける。
そして、そのまま、<ゴルダ投げ>をするためにポケットからありたっけの小銭を掴む。
ウォルターはそれを察知して、腕を交差し急所を守る。が、マイトは手に掴んだ小銭を彼女に向けて投げるでもなく、上空に撒き捨てた。
「はァ!?」
ウォルターはマイトの突然のその行動に、目を丸くした。
しかし、その反応はマイトの予測どおり。小銭を空へ投げ捨てた目的は、<メンタルアサルト>で彼女の隙をつくること。
「悪いが……縛について貰う!」」
マイトはそう吼えると、ウォルターの懐に飛び込み、肉薄。
彼女は一瞬遅れて、彼の首に雷光の速度の右貫手を放つ。
が、それは避けられ、マイトに右腕と襟元をつかまれ、見事な一本背負いを決められた。
すかさず、マイトは<抑え込み>で彼女の腕の関節を極め、確保した。
その時。
(『あららー、捕まっちゃったね。ヘマうっちゃったねー、ウォルター』)
ウォルターの脳裏に、一人の女性の声が響いた。
(『って、ことはどうでもいいんだけど。まあまあ、聞いてよ。わたしの前の身体、死んぢゃってさー』)
忘れるはずもない。間違えるはずもない。その声は――。
(『だからさ、あなたの身体。――ちょーだい♪』)
そのやけに調子の良い声が脳裏に響いた瞬間、ウォルターに異変が起こる。
「あ……あ……」
呻き声をあげ、可憐な顔立ちを歪ませ、額にはべったりと脂汗が浮かぶ。
「ああ、ああ、あああ。は、入ってくるなぁ! あたしのなかに入ってくるなぁぁぁーッ!!」
その様子に嫌な予感がしたマイトはスタンスタッフを腰から引き抜く。
そして、ウォルターを気絶させるため押し当てようとして――。
彼女の指先が交錯して、彼の目の前でパチンと小さく指を鳴らした。
「来なさい、モルス」
彼女がそう呟いた瞬間、その場に<降霊>したモルスがマイトに襲い掛かる。
マイトの横腹に噛み付いたモルスは、無理やり彼女の右腕から、彼の身体を離させた。
「あーぁ、痛いいたい。右腕が外れるかと思ったわ」
そう言って、右腕をぷらぷらさせる彼女に、徹雄は<疾風迅雷>で素早く近づき、問いかけた。
「君は……誰だ?」
その問いに彼女は嗤いながら、答える。
「あらら、忘れちゃうなんて心外ねー。わたしはヴィータよ。ヴィータ・インケルタ」
「……どういうことだ?」
「そうねー。簡単に言うなら、わたしは実は奈落人で、憑依していた身体が死んで、こっちを支配したってわけ。おっけー?」
「……だいたいは」
「そ、なら上等よ。とりあえず、廃墟についてから詳しく話すわ。今は――」
ヴィータは自分の傷だらけの身体と戦況を見て、徹雄に言った。
「撤退できる? 徹雄」
「了解だ」
徹雄は煙幕ファンデーションと<しびれ粉>の煙幕を展開。
続けて、それに気づいたアユナが魔女のフラスコで作った猛毒を振りまく。
麻痺と毒の二重奏の煙幕。第三勢力の者達は早速、全員で撤退を開始した。
「ばいばい。また縁があったら、会いましょうね」
煙幕が風に流されたときには、第三勢力の者はもう消えてどこにもいなくなっていた。