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リアクション
十四章 絶望へのカウントダウン
十七時四十五分。空京、街外れ。
誘拐されたナタリーを追いかけたここまでやって来たトーマ・サイオン(とーま・さいおん)と日比谷 皐月(ひびや・さつき)は物陰に隠れていた。
「あいつらを先に行かせたのはいいが……これは、やベーな」
皐月はそう言って物陰から少し身を乗り出し、自分達の前に立ち塞がった第三勢力の敵を見る。
人通りの少ない街外れの道路を悠々と歩くのはエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)だ。
「ど、どうすんだよ。あんた?」
トーマは皐月に問いかける。
皐月は少し考えたあと、トーマを見て真剣な表情で口を開いた。
「……トーマ。おまえ、廃倉庫に戻ってみんなに伝えてこい。ここはオレが引き受けるから」
「でも……!」
「オレを心配してくれんなら、一刻も早く救援を呼んできてくれ。
……大丈夫。あいつはオレの知り合いだ。手の内はだいたい分かる。そう簡単に死にはしねーよ」
「! わ、分かった。絶対、死ぬんじゃねーぞ!」
トーマはそう言うと、物陰から飛び出して機晶爆弾をエッツェルに目掛けて投擲。
途中で起爆させ、爆発を起こす。そうして目くらましをしたあと、千里走りの術と麒麟走りの術を駆使して思い切り走り去る。
「おやおや、逃げてしまいましたか。これは追いかけないと不味いことになりそうですねぇ」
エッツェルは爆弾の破片を全身に浴びながらも、余裕そうな表情を浮かべ死骸翼「シャンタク」を広げた。
が、広げきる前に、爆煙に紛れて物陰から飛び出た皐月が魔装を展開した強化した蹴りを裂帛の気合と共に彼の脇腹に打ち込んだ。
「ふふ……やはりあなたが残りましたか。皐月さん」
エッツェルは脇腹に蹴撃を蹴り込まれながらも、痛みを感じていないのか笑う。
そして、歪な肋骨――身体の両脇腹辺りから生えている異常に鋭い六本の刃を皐月に奔らせた。
「ちぃ……くそっ」
皐月は身体のあちこちを傷つけられながら、もう一度爆煙に紛れて後退。
そして、物陰に隠れて考える。
(表層に惑わされず、本質を見抜け。
例え相手がどれだけの異貌を晒そうと、眼で物を見て耳で聞き、触れる事で確かめる、五感の揃った人間だ。
完全に地力で劣るオレが勝つには、そういったところを突いていく他にない)
皐月は黎明槍デイブレイクを一本だけの腕で抜いた。
朝の太陽の光のような輝きを放つ刃が、弱々しくなった太陽光よりも強く輝く。
(天秤をこちらに傾ける方法を――考えろ)
――――――――――
空京、街外れの廃墟前。
皐月にエッツェルを任せ、誘拐されたナタリーを追いかける夜月 鴉(やづき・からす)の前に第三勢力の敵が立ち塞がる。
それは鴉の友人でもある佐野 和輝(さの・かずき)と、彼のパートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)だ。
「敵は……はは、マジかよ。佐野、お前が敵かよ……」
鴉は信じられない、といった表情で呟いた。
和輝は無表情で両手の曙光銃エルドリッジの狙いを彼に定める。
「悪いが、こっちも命が掛かっているんだ。邪魔しないで貰おうか」
「チッ、本気かよ! なら、こっちも全力だ!」
和輝はためらいもなく引き金を引いた。
飛来する二つの銃弾を鴉は<地獄の天使>で飛翔することで回避。
戦い始めた二人の背後で遅れてやってきたユベール トゥーナ(ゆべーる・とぅーな)が目を見開けて、叫ぶ。
「あれは……敵? え……和輝君とアニスちゃん?
嘘……どうしてあなた達が!? 無理だよ……あたし、友達と何て戦えない! ねぇ、こんな事止めようよ!」
トゥーナの声は二人には届かない。
和輝は侵食型:陽炎蟲で強化した脚力で地面を強く蹴り、鴉は<バーストダッシュ>で疾走。
高速で二人が衝突して、和輝はレガースを装着した上段蹴りを、鴉はブレード・フォンの刃を放った。
(悪い奴等を倒す依頼を受けた、って言うけど、皆『普通の人』に見えるよ……?)
その背後で、いつもとは違う雰囲気のアニスが<歴戦の魔術>の魔法陣を展開する。
「ア、アニス!? どうしてお前が……」
無属性の魔法が御剣 渚(みつるぎ・なぎさ)に向けて飛翔。彼女は辛うじて、それを避けた。
「くっ!? お前と、戦わねばならないのか!?」
アニスは止まらずに<歴戦の魔術>の魔法陣を展開する。
渚はシングルアクションアーミーを取り出し、銃口を彼女に向ける。が。
「ダメだ。撃てる訳がない……私には、アニスは殺せない……」
渚は引き金に指をかけながら、そう唇を噛み締めて呟いた。
――――――――――
空京、街外れ。
皐月は全面のガラスを壊しつつ、無人の商店に突っ込んだ。
一瞬遅れて、さっきまで皐月がいた場所に<クライオクラズム>による闇色の凍気が炸裂。
衝撃により辺りの建物が欠損し、崩れた建物と舞い散る埃のなかから、エッツェルが現れた。
「さあ、鬼ごっこは終わりにしましょうか」
エッツェルが皐月を見つめ、そう呟いた。
しかし、これは皐月の策の一つ。飛び込んだ商店に積まれた小麦の袋を一つ拝借して、闊歩するエッツェルに投擲。
エッツェルはこれを歪な肋骨の刃で受け止める。と、小麦がその閉所に散布された。
「なぁ、粉塵爆発って知ってるかー?」
皐月はそう問いかけると、ジッポーライターで火を起こす。
エッツェルが危険を感じて、身構える。
そして皐月はニヤリと笑みを浮かべながら、ライターごとエッツェルに向けて放り投げた。
「ま、そんなの起こるはずがねーけどな!」
空中の小麦が燃焼して、炎の粒が空中のあちこちに生まれた。
その炎に紛れて、皐月は黎明槍を抱えて、飛燕の速度で突進。
<チャージブレイク>で守ることは考えず、渾身の力をこめた<ランスバレスト>。
黎明槍の輝く刃がエッツェルの胸を深く貫通。そのまま壁に縫い付けて、そして――。
「ああ、酷いですね。今のは私じゃなければ死んでいましたよ」
素早くエッツェルは皐月の喉を右腕で捕まえた。
「――その健闘を賞賛して、あなたを捕食いたしましょう」
自己再生により傷口が修復される。
肉によって黎明槍の刃が押し戻す。
床に落ちた黎明槍は清廉な音を響かせた。
そう、それはまるで、戦いの幕引きを知らせる鐘のように。
「皐月さん。あなたは私のなかで生きていってくださいね」
エッツェルがそう嗤うのと同時に、肥大化した蟲のような左腕がどくん、どくん、と応えるように脈打つ。
いたるところにある目が一斉に皐月を捉えて、普通なら手のひらに位置する巨大な口が彼の頭にかぶりついた。