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リアクション
空京、街外れの廃墟前。
鴉が<バーストダッシュ>で低空飛行を維持し、通り過ぎざまに斬りつけていく。
和輝はアニスが心配なのか攻撃に精彩を欠き、徐々にだが確実に傷を増やしていった。
和輝は一旦距離を置くために後方に跳躍。後ろで魔法を放っていたアニスと合流する。
「ちっ。……アニス、ここは一旦退くぞ」
「……ぁっ」
「アニス?」
その時、和輝が恐れていたことが現実となった。
(こんな時に体が――)
それは強化手術の失敗による後遺症。身体の制御が利かず無理に身体を行使してしまう暴走、と呼ばれる症状。
アニスの意思を無視して前方に<レジェンドレイ>の魔法陣が展開する。それも一つではなく、何十も。
「――アニス!!」
和輝がアニスに手を伸ばし、抱きしめた。
<レジェンドレイ>はそれぞれが向ける方向も威力も全てがバラバラで、敵、味方、果てには自分にも無差別に襲い掛かる。
「ちょ、トゥーナ!? いきなり飛び出すな!」
そんな時、鴉の前方にトゥーナが身を割り込んだ。
と、同時。聖なる輝きをもった光が彼女の胴体を貫通する。
「え……トゥー……ナ?」
目を見開ける鴉の前でトゥーナがゆっくりと倒れた。
鴉は駆け寄り、慌てて彼女の体を支える。
「トゥーナ……トゥーナ!!」
「あ、あはは……あたしのせいで……いつも、あたしが引っ張り回してたよね……でも、ね?
やっぱり、友達同士で戦う何て、ダメ……。悪いことも、ダメだよ……鴉、こんなこと、絶対に……止めて……」
「お、おい……嘘だろ? 起きろよ、起きてくれよ!」
トゥーナは瞼を閉じると、もう二度と目を覚ますことはなかった。
「和輝?」
アニスは自分を抱きしめた和輝の顔を見上げた。
その顔は青ざめていて、血色が悪い。それに、彼自身の身体のあちこちの傷口から吹き出た血で汚れていた。
「……アニス、無事、か?
そっか……良かった。……ごめん、な……お前と、最後まで……一緒に、いられ、ない……よう……だ」
「どうしたの和輝、顔色が悪いよ? 何で、お別れするするみたいなこと言うの? 和輝、寝ちゃダメだよ? まだ太陽が出てるよ」
和輝は力なく倒れる。
アニスがいくら揺さぶっても、彼はもうなにも応えない。
「和輝? ねぇ和輝? ……ぁ……ぁぁっ――――っ!!」
アニスは一人、声にならない悲鳴をあげた。
それと、共に能力が暴走する。周囲へと無差別に攻撃を行い始める。
「トゥーナが、やられた!? クソッ! 佐野も……死んだ!?
アニスが暴走している……楽に、させてやるしか……!」
渚はアニスに拳銃を向けるが、引き金を引けずただ立ちすくむ。
「駄目だ、撃てない……!」
「ぁ……ぁぁっ……ぁ……ぁぁっ」
アニスの目にはもうなにも映らない。アニスの耳にはもう誰の声も届かない。
筋肉が千切れていく音がした。骨が砕けていく音がした。生命がこわれていく音がした。
だが、彼女は止まらない。いや、誰にも止めることは出来ない。
だって、彼女のことを止められる唯一の人は死んでしまったのだから――。
「……ぁ…ぁぁっ……ぁ――っ、」
「攻撃が、止んだ……? はっ! アニスは!? ……!」
アニスは最後にそう呻き声をあげて、暴走した反動に体が耐え切れず、人形の糸がプツリと切れたように動かなくなっていた。
渚はおぼつかない足取りでアニスのもとへと近寄り、信じられないような表情のままぺたりと地面に座り込んだ。
「死んで、いる? ……ああ、死んでる……嫌だ、嫌だ! アニスが、アニスが居なくちゃ私は……!!」
渚は震える手で拳銃を口にねじ込む。
それに気がついた鴉は、彼女を止めに動く。
「渚!? ……おい、待て――っ!」
鴉が渚に駆け寄る時間より、渚が引き金を引く時間のほうが短かった。
長い長い鴉の絶叫が、誰も居なくなった路地裏に響く。
「おい……どうして……どうして……どうして、皆が死ななきゃならねぇんだ! 俺が弱いなら俺が死ねばいいのに!」
涙も枯れ、叫び続けた喉は潰れた。地面や喉や顔を掻き毟った両手のすべての指先には、爪がなくなっていた。
パートナーロストで負担がかかった身体は、倒れたまま動かない。それでも彼は地面を掴みながら、呟く。
「……復讐、してやる」
鴉は心の深く暗い底から湧き出た言葉を、辛うじて搾り出した声で口にする。
「弱い俺にも、このゲームをしようとしてる奴ら全員にも……! 人を捨て、復讐してやるぞ!」
鴉の双眸から、黒い血が涙のように流れた。
「トゥーナ。約束は、果たす!」
一人の復讐鬼が、産声をあげた。
――――――――――
空京、街外れの廃墟。
様々な罠を避けつつ、ただ一人廃墟に侵入した七枷 陣(ななかせ・じん)は、辺りを見回した。
(血で描かれた魔法陣をぶち壊しに来たのはいいが。なんや? なんか、おかしい)
陣は廃墟の中央に血で描かれた魔法陣を見た。
それは赤黒く、非常に不吉な様相をしている。が、それ以外、人も生贄もその廃墟には居なかった。
「とにかく、魔法陣を壊さんと」
陣は頭を左右に振って、考えを追い払い、<ヒロイックアサルト>を発動。
五色が混じり合った不思議な色合いの魔法陣を前方に展開する。
「唸れ、業火よ! 轟け、雷鳴よ! 穿て、凍牙よ!
侵せ、暗黒よ! そして指し示せ……光明よ! セット! クウィンタプルパゥア!」
詠唱の終わりと共に魔法陣から物理を除く五属性の魔力波を一斉発射。
そのクウィンタプルパゥアという陣のオリジナルの秘技は、血の魔法陣に直撃する。
「――爆ぜろ!」
陣のその一言と同時にクウィンタプルパゥアは爆発。
血の魔法陣は錆びれた床ごと破壊された。
その時、パチパチパチパチと廃墟に拍手の音が響きわたった。
「ッ!? 誰や」
陣は拍手のしたほうに視線を移す。
廃墟の影からゆっくりと姿を現したのは十六凪だった。
「いやはや、素晴らしい魔法ですね。初めて拝見しましたよ」
「……あんたは、黒幕の一人か?」
「ええ、そうです。
ついでに自己紹介をするのなら、僕はオリュンポスの参謀、天樹十六凪です。以後、お見知りおきを」
十六凪の場違いなほど丁寧な名乗りに、陣は身構える。
それを見た彼は穏やかな笑みを浮かべて、口を開いた。
「それと、もう一つ。いいことを教えて差し上げましょう」
そして、十六凪は粉々に破壊された血の魔法陣を見て、呟く。
「一番防御の固いこの地点の魔法陣は、ダミーですよ」
「な、なんやと!?」
「驚かれるのも無理はありません。
わざわざナタリーさんをこちらに迂回させてから、本当の魔法陣がある廃墟へと移動してもらいましたからね。さ、デメテール」
「りょーかい」
気の抜けるような返事とは裏腹に、背後に鋭い殺気を陣は感じた。
彼は素早く地面に伏せる。その上をデメテールが振るったデモニックナイフが通過していく。
「このデメテールちゃんに背後を見せたのは、ちめーてきなミスだったねっ! ご褒美のお菓子のために、死んでもらうよー!」
デメテールは片手に持つデモニックナイフを振るいながら、陣を追い詰める。
その刃には、<毒使い>による猛毒が塗られていた。
「ふっふっふ、このナイフには毒が塗ってあるから、カスリでもすればイチコロなのだー」
デメテールの予期しにくい刃の軌道に、陣は回避に専念をすることとなった。
そんな二人の戦いを見つめながら、ハデスが大きな声で言い放つ。
「フハハハ! 召喚を防ぎたくば、我らを倒していくのだな! ……と、言いたいところだが」
ハデスはそう呟くと、廃墟の窓から見える、暗くなり始めた空を見上げた。
「もう間に合わんだろう。本当の廃墟には、全てが揃ったのだからな!」
そして、ハデスは空に向けて両手を掲げて、高笑いを行う。
「フハハハ!
さあ、目に焼き付けるがいい。肉眼で見えるぐらいすぐ近くに――」
ハデスはニヤリと口元を吊り上げて、言い放った。
「悪夢が、来るぞ」