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リアクション
六章 独自に動く者達
十五時十五分。空京、大通りの路地裏。
笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)は大通りから離れ、路地裏で今回のことについて考えていた。
(ボクは未来から来た契約者達と偶然に出会って、理由を聞いて協力しようと思ったけど……)
紅鵡は耳を澄ます。だんだんと激しさを増すその戦場での戦いの音が、耳をつんざくほど聞こえてくる。
(話し合いで解決できるレベルじゃないから、こうやって生死を賭けた戦いになってるんだ。
未来からやって来た人が命を捨ててでも空京の惨劇を阻止したい、と考えるほどに。
……ボクだって、彼らが言う空京の惨劇が起きるのは、絶対避けたい。でも、本当にナタリーさんを殺すことで解決するのだろうか?)
紅鵡は思う。
そのことについてはホープはあまり教えてくれなかった。
ただその方法が最も被害が少なくて、確実に惨劇を阻止することが出来るのだとは言っていた。
(……例えば最近、空京で起きている神隠しとか、すごく怪しい。
もしかしたら、裏で惨劇を引き起こそうとしている人が居ると思う……。
でも、たぶんだけど……ホープさんはその人達のことを知っているはず。その上で狙わないってことは、)
(うーん。やっぱ、なにか思いつくためには材料が全く足りない。
神隠しのことは少女を守ろうとする契約者達が調べると思うから、出来れば接触したい。でも、どうやって――)
「動かないで」
不意に背後からかけられた声に、紅鵡の思考が中断させられた。
首筋に仕込み番傘を当てられ、思わず紅鵡の額に大粒の汗が浮かぶ。
「そのままその手の銃を下ろして。両手を頭の後ろにやって、膝をついて」
紅鵡は言われた通りに地面に対物機晶ライフルを置き、両手を頭の後ろにやった。
「大丈夫。殺しはしないよ。僕はまだ君たちの敵と決まったわけじゃないからねぇ」
「え……?」
「ただ、僕は君たちがしようとすることの目的と理由が知りたいんだ」
(もしかして、これって……願ってもないチャンス……? 今なら他の未来の部隊の人達も来ないだろうし……)
紅鵡はそう思い、意を決して口を開いた。
「待って、ボクは蒼空学園の紅鵡だよ。ボクもちょっと教えて欲しいことがあるんだ」
「蒼空学園の紅鵡……。もしかして、笹奈 紅鵡……?」
「うん。それにキミはさっきまだ敵と決まったわけじゃない。目的と理由を知りたい、って言ったよね。
ボクの知ってる範囲でよければ教えるよ、情報交換しないかい? そっちのほうが色々と上手くいくと思うんだ。だから、今は解放して欲しい。
……こんなこと言っても信じてくれるかどうかは分からないけど、ボクは誰かを殺すつもりはない。もちろん、背後のキミもね」
「いいや、信じるよ。君の噂はかねがね耳にしている。嘘をつくような人じゃないことは分かってるからねぇ」
背後の彼はそう言うと、紅鵡の首筋から仕込み番傘を引いた。
紅鵡は深く息を吐いて安堵してから、振り返る。そこにいたのは永井 託(ながい・たく)だった。
――――――――――
十五時三十分。空京、繁華街。
近くの大通りでの戦いによりこちらでもほとんどの人がどこかへ逃げてしまったが、繁華街の一角にある喫茶店の店外テーブルでセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)と玉藻 御前(たまも・ごぜん)は素知らぬ様子でお茶をしていた。
「……そうか。御前の言うとおりなら、木を隠すなら森と言ったところか」
「ふむ、そうじゃのぅ。しっくりとくる例えじゃな、それは」
御前はそう言うとテーブルの上のカップを両手で持ち、中に満たされた抹茶オレを啜る。
おおっ、美味いのうこれは、と満足そうに呟いてから、彼女は青く晴れた空を見上げた。
「それにしても、この世界はなんとも嘘くさいのう」
御前の唐突なその一言に、セリスは不思議そうに首をかしげた。
「……嘘くさい?」
「そうじゃ。嘘のにおいがプンプンしておる」
「……どういうことだ?」
「そう聞かれても困るのう。感覚的なものじゃから、上手く表現はできぬ。それについて説明する言葉をわらわは持ち合わせてはおらぬよ」
ますます不思議そうに首をかしげるセリスをよそに、御前は抹茶オレを口に運ぶ。
そして、西洋と東洋の融合、もはやこれは神秘じゃな、と頬をゆるませながら呟くと、彼女は少しばかり目を細めて口にした。
「まあ、一つ言うのなら。この世界には秘密がある、かのう」
「……秘密?」
「そうじゃ。もっと言うなれば、わらわ達にはそれぞれ役回りが割り振られている」
「……役回り?」
「そう。わらわとおぬしの役回りはあえていうなら、盤上の観測者じゃな」
「……マイキーは?」
セリスは人通りの少なくなった繁華街の路上で複数のドッペルゴーストと踊りに興じているマイキー・ウォーリー(まいきー・うぉーりー)を指差した。
彼は時々ポージングを決めながら、ボクは、マイキー 愛の戦士さ! などと、誰も聞いていないのに叫んでいる。
「あやつは……なにかの間違いで紛れこんでしまったのじゃろう」
二人の哀れむような視線を受けながら、マイキーは抜群にキレの良い踊りを止めない。
それどころか、ポゥッ! などとビシッとポージングを決めて、愉悦に浸っていた。
もしこの世界がロールプレイングゲームだとしたら、彼の不思議な踊りの効果には、見た者にバーサクを与える力があるのだろう。我を忘れて凶暴になれるほど、果てしなくウザイのだから。
「……話を戻そうか、御前」
「……そうじゃのう」
二人はそう会話を交わすと、落ち着くために互いの飲み物を口に運んだ。
「……だが、御前。君のいいたいことはある程度、分かった」
「ほう。……では、どうするのじゃ? おぬしは」
御前の問いかけに、セリスは静かな声で答える。
「……与えられた役回りを全うするまでだ。……それが、必要なことなのだろ……?」
「ふむ。それもまた一興。ならばわらわ達はあまり干渉せず、最後まで見届けようではないか」
御前は抹茶オレの入った容器を傾け、不敵に言い放つ。
「在るはずのない世界で起こる、紡がれることのない御伽噺をな」
――――――――――
十五時四十五分。空京、大通りの路地裏。
そこでは、紅鵡と託の情報交換が行われていた。
「なるほどねぇ。空京の惨劇。少なくともそれが起こるという前提で君たちは行動してるんだねぇ」
「そうだね。それを止めるためにボク達はナタリーさんを殺そうとしている」
「それが本当だとして、原因は彼女だけでもないよね。それを突き止めて、取り除けばあるいは……」
託の言葉を聞いて、紅鵡はしっかりと頷いた。
「うん。ナタリーさんは死なずに、起こるはずの惨劇も阻止できるかもしれない」
「……そうなれば、一番いいんだけどねぇ」
「そのためにも、そっちには神隠しのことを調べているんだよね。それはどうなのかな?」
「逐一、報告はきているけれど、まだ詳しいことは分かっていないのが現状かな。
報道やニュースで流されているのと同じぐらいのことしかまだ分かってないよ」
「……そうかぁ」
二人は同時にうつむいてため息をつく。
と、その時。
「なにをこそこそしている。お前等」
路地裏の大通り方面からそんな声が聞こえてき、近づいてきているのかだんだんと足音が大きくなっていく。
その声に聞き覚えのある紅鵡は、焦った様子で託に小声で相談し始めた。
「ど、どうしよう……! この声、未来の部隊の人だよ!
こんなところで敵対する部隊と情報交換なんてしていたってばれたら、裏切り者扱いされる」
「そうだねぇ。どうしようかなぁ」
「なんでそんなに余裕なの!? 託さんの身も危ないんだよ!?」
紅鵡が託の襟元を両手で握り、ぶんぶんと上下に振る。
託はされるがままになり、そんなことをしている間に、足音はすぐその場まで来てぴたりと止んだ。
紅鵡は恐る恐るといった様子で足音が止んだほうを見る。そこ立っていたのは拳銃を腰に差した男と、黒いローブを着た人物だった。
「お前は確か、紅鵡といったな。そっちの奴は見覚えがない。
……武装をしているところを見ると、おまえは現代の部隊の一員か?」
「……よく分かったねぇ」
託はそう呟くと、素早く桜花手裏剣を手に取り、構えた。
しかし、拳銃を腰に差した男はそれを見てもぴくりとも反応せず、言い放った。
「生憎、部隊員の名前と顔は全部把握しているからな。
……武器を下ろせ。今はお前と交戦するつもりはない」
「そんなこと、信じられないねぇ」
「信じられないなら、信じなくともいい。俺が武器を抜かなければいいだけだからな。
あと、紅鵡。お前を裏切り者扱いはしないから、そのびくびくするのを止めろ」
拳銃を腰に差した男にそう言われると、紅鵡は安堵のため息を吐いた。
彼はそれを見ると、託に視線を移して、口を開いた。
「さっきのお前等の話、少しだけだが聞かせてもらったぞ。情報が欲しいらしいな。
……いい機会だ。全部は教えれないが、今から少しだけ話してやる。正しく使え」
そう言って拳銃を腰に差した男は自分が経験したことを話し出した。
神隠し事件は化け物の召喚のための生贄を集めるため、黒幕の勢力が誘拐しているのだということ。
召喚された化け物は剣や魔法が通じにくい、特殊な皮膚を持った醜悪で巨大な怪物だということ。
「俺から話せることはこれぐらいか」
「……なんでそんなことを話してくれるのかねぇ」
「これから起こる悲劇を、少しでも避けるためさ」
拳銃を腰に差した男はそう言って、おい、と黒いローブを着た人物を呼ぶ。
「そろそろ、行くぞ」
「…………」
黒のローブを着た人物がこくり、と頷く。
そして二人は踵を返して、その路地裏から去っていった。
取り残された紅鵡と託は互いの顔を見合わせて、会話を交わす。
「君はこれからどうする?」
「……そうだね。ボクはナタリーが殺される前に捕縛できるよう頑張るよ」
「そっか。じゃあ、僕は本当にやるべきことはわかったから、このことは他の契約者にも伝えておこうかなぁ」
「うん。じゃあ、ここでお別れだね」
二人は互いを見て、同時に口を開いた。
「「お互い、上手く動こう」」
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