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All I Need Is Kill

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 二章 未来を背負う者達

 十四時。空京、郊外。
 行き交う人の姿も、車のいななきさえ存在しない、人の目から隔離された場所。
 そこに一つの部隊が留まっていた。彼らの顔は一様にしてみな暗く、険しく、そして疲れ果てていた。
 例えるならそう――まるで激戦区に送られて数ヶ月経ち、心身共に疲弊した兵士のように。

「……やはり、この日の青空は変わっていませんね」

 その部隊の一人、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は遠近感が狂うほどの晴天を見上げながら呟いた。
 そんな様子の彼の隣で、パートナーの全身鎧 ノガルド(ぷれーとあーまー・のがるど)が口を開いた。

「……さて、過去にきたはいいが」

 ノガルドは隣の霜月を値踏むような視線で見つめ、問いかけた。

「パートナーロストの影響で長時間戦えなくなった赤嶺はどこまで行けるかな?」

 ノガルドの問いに霜月は答えない。
 しかし霜月は空を見つめる目を閉じて、ゆっくりと語り出した。

「……妻も子供達もみんな死にました。自分たちは戦いましたが敗れました。自分は助かりましたが家族が……」

 霜月は瞼の裏に焼きついている十年前のことを思い出す。それは巨大で醜悪な化け物が空京を蹂躙した事件のこと。
 悲鳴をあげ逃げまとう無数の人々。化け物に打ち倒されていく空京の建物。襲われて無残な死体となった大切な人達。
 空京の惨劇と呼ばれ、自分達の未来では小学校の教科書にも載ることとなった、パラミタの歴史に名を刻んだあの忌むべき事件を。

「十年……、十年間ずっと何とかする方法を探してきました。だから、今度は、絶対に家族を救う」

 霜月の声は硬く、そして確固たる決意が含まれていた。

「この時代の自分がいれば必ず目的の少女を護ろうとするでしょう。そしてこの時代の自分の仲間も……可能な限り殺したくはありません」

 霜月は言い終えると両目を開き、腰に差した狐月【龍】の美しい狐の模様が彫られた鞘に手を置いた。

「この戦いに狐月は使えませんね……これは『護るための刀』ですから……」

 霜月の一部始終を見終えたノガルドは、少し愉快そうに言う。

「やはり赤嶺は甘い、自身の愛刀を封じ戦うか……だが、愚かしいがそれが赤嶺霜月というニンゲンだ。最後まで付き合おう」

 言い終えるやいな、ノガルドは魔鎧状態と変化した。その形状は頭の先から足の先まで覆い尽くす全身鎧。
 その魔鎧に身を包んだ霜月の表情はもう見えない。ただ小さな声で、けれど強い響きをもった言葉で、彼は最後に呟いた。

「自分は、化け物の復活を阻止します、どんなことをしてでも」

 ――――――――――

「なあ、ホープ」

 空京を見つめるホープに、ライガが近寄り声をかけた。
 ホープは空京から視線を外し、切れ長な瞳を彼に向ける。

「ライガさん? どうしたんですか」

 ホープの問いかけに、ライガは少し考える素振りを見せてから、言いにくそうに質問をした。

「本当に、過去の君を殺すしか方法がないのか?」
「……なぜ、そんなことを聞くんですか?」

 ホープが僅かに首をかしげる。
 それは、今さらなにを言っているんですか? という意味も込めて。

「あの化け物に俺の家族は殺された。俺は余りに無力だった。
 その出来事をなかったことに出来るのなら俺はなんでもする。……そう、思っていた」
「……思ってた?」
「ああ。けれど……でも、過去の君を殺すことは、本当に正しいことなのか? それしか方法はないのか?
 俺は迷っている。迷いはいけない。刃を曇らせる……。だから、この気持ちを払拭するために教えてくれないか」

 ほんの数秒間、ホープは俯いて目を伏せ、少しだけ悲しそうな顔をした。
 しかし、次に彼女が顔を振り上げた時には悲しげな様子など微塵もなく、意思の強そうな瞳でライガを見つめた。

「……私は、正しいかなんて考えていません。それしか方法がないかどうかも分かりません」
「なら……!」
「でも、私はこれ以外に化け物の召喚を確実に阻止する方法を知りません。
 ……この惨劇の核である過去の私を殺すことで、確実に化け物の召喚を止めることは出来ます。それは保証します」

 そう言い切ったホープは空を見上げて、言葉を続けて紡いでいく。

「……ライガさん。空を見上げてくれませんか?」

 ホープに促がされ、ライガは空を仰ぎ見た。
 それは十年前と同じ光景。雲一つない、抜けるような蒼穹。

「ライガさん。この空、怖いでしょう?」
「……ああ。嫌でもあの時を思い出してしまう」
「ええ。私も同じです。こんなに晴れた空を見ると、あの日のトラウマを思い出してしまう。
 ……このままだと、多くの人がこんな空を見上げて、怖いと思ってしまう日が来るんです」
「…………」
「ライガさんは覚えていますか? 十年前、空京の惨劇で、何人の人が死んだのか?」
「……忘れるはずがないよ。空京の全人口の半数以上だ」
「そう。それだけの人の命を……過去の私は奪ってしまった。
 当たり前に来るはずだった明日を、私は奪ってしまいました。……それはライガさんの家族さえも」

 そうして空を見上げるのを止めて、ホープはライガを見た。
 深いコバルトブルーの色をした彼女の瞳には、迷いなど一切なかった。

「だから、あの時のありったけの恨みを過去の私に向けてください。
 ……そうすれば、迷いなんて消えるでしょう? それでも感情が収まりきらなかったら、ことが終わった後で私を殺してもいいですから」

 そしてホープはライガに笑いかける。
 しかし彼には彼女のその笑顔が、悲しいものにしか思えなかった。

「……そろそろ行きましょうか。時間は待ってはくれません」

 ホープはそう言って踵を返し、歩き出した。
 ライガは離れていく華奢な背中を見ながら、一人決意する。

(……それでも、俺は――君を――)