百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

バトルロ笑イヤル

リアクション公開中!

バトルロ笑イヤル

リアクション


【雅羅タウン・IN・学生寮 其之壱】

 ニルヴァーナ創世学園の南側エリアに建てられた学生寮。本来なら若々しい学生たちの生気にあふれ、陽光に輝いているはずのそこは今、不穏な気配に包まれていた。
 目に見えてこれがそうと言えるものはない。例えるならば高湿度な曇り空の夏場のような『肌で感じ取れる不快な何か』がある一定の濃度でそこはかとなく漂っている感じだ。
 しんと静まり返った廊下、整然と並ぶ閉じたままのドア、あかりのついていない電灯――それは平日の昼間、生徒がいない以上至極当然のものなのだが、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)にはなにやら不気味に感じられて仕方がなかった。少々大げさな表現ではあるが、イレイザーの潜む魔窟にでも迷い込んでしまったかのように。
 まさに嵐の前の静けさ。
 しかしパートナーの小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)にはそんなもの、感じている様子は一切なかった。自翼で飛行するコハクにお姫さま抱っこされる格好で掴まりながら、カッカカッカ感情を煮えたぎらせている。頭の先からつま先まで、そんな微妙な空気感などおよびでないというオーラがびんびんに放出されていた。
 その怒り具合はまさに怒髪天。今にもコハクの腕のなかから飛び出して、自慢の足でコナン走りでもして最短距離を突っ走っていきそうな形相だ。そうしないのは、ひとえに恋人に抱っこされているという一点からだ。今までも何度かこういう運ばれ方をしたことはあったが、やっぱり両想いになってからの抱っこは意味が全然違う。コハクは全くそういうことに気がきかず、今も周囲に絶えず目を配っている様子からして甘いものを感じている余裕はなさそうだったが、美羽にとっては恋人になりたての抱っこは貴重なものなのだ。
 しかしそんな状況を作り出してくれたこの企画に対する感謝の気持ちなどはさらさらない。あるのはただひたすらに、映像で見た紙袋をかぶったたゆんたゆんの謎(?)の人物、ムッシュWへの怒りである。
「『仁瑠華壮聖五十連制覇』って何よ、全然意味分かんない! きっとたゆんたゆんだから変なこと思いつくんだね!」
とか
「ひとの口座から勝手に100G取ってまでこんな悪ふざけするのも、あのたゆんたゆんのせいなんだ!」
とか、ぶつぶつつぶやいている。そのいずれもふた言目には必ず「たゆんたゆん」がくっついていた。
 たゆんたゆんと『仁瑠華壮聖五十連制覇』に何の因果関係があるのかは全く謎だ。しかしぺったんことたゆんたゆんには人類の歴史上常に相容れないうらみつらみがときに陰となりときに日向となって悠然と存在し続けてきたために、美羽の主張は一定の賛同と理解を得られるものだろう。特に貧乳仲間には。
「たゆんたゆんが諸悪の根源! たゆんたゆんこそ滅びるべし!」
 感極まって叫んだ美羽の宣言がこだまする。胸フェチでないコハクには全く理解できない原動力だ。もはや主目的がズレすぎているのではないかと懸念しつつも美羽の指示に従い階段へと通じる曲がり角を曲がったとき。階段に落ちた人影に、はっとなって彼は飛行を止めた。
 見上げれば、踊り場に人が立っている。背中に背負った窓からの光で細部は判然としないながらも、体の輪郭や赤いロングヘアで2人にはそれが何者か分かった。たとえ顔を羽根つきラメ入りパピヨンマスクで隠していようがその一風独特な外見的特徴でバレバレである。
「出たわね、キロス! いいえ、ムッシュWの刺客!」
 コハクの腕のなかから下りて、美羽はキロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)に指を突きつけた。
「威勢がいいな、チャレンジャー。だがここまでだ。この先はオレが一歩も通さねえぜ」
 ニヤリと笑……いそうになって、キロスはあわててごふんげふん咳き込んでごまかした。こほ、と最後に空咳をして聞き耳を立てるが、周囲から何かが出てくる気配は一切ない。どうやらアウト判定は免れたらしい。
 あやうく出オチるとこだった、と冷や汗を垂らしているキロスの前、美羽はコハクを助手に着々と笑撃の準備を進めていた。
「これをてっぺんにセットして準備完了っと。
 待たせたわね、キロス!」
「なんだ? 力ずくでいこうってわけか?」
 美羽の手に握られた抜き身の剣を見たキロスの面白がっているような発言を、美羽は首を振って退けた。
「これはこうするのよ!」
 体を半歩横にずらして自分の影に隠してあった大樽を見せる。そしてえいっとばかりに剣を大樽へと突き刺した。
 この大樽、前もって剣が刺さるためのスリットを入れられている。そして側面には『暴れん坊龍騎士危機一髪』の張り紙。
 ようは黒ヒゲ危機一髪のキロスバージョンというわけだ。立てられた大樽の天井部には美羽手作りのスーパーキロスくん人形がセットされており、刺さった瞬間ケタケタ笑いながらキロスが射出されるという代物だった。
 剣がスリットに柄まで収まると同時にカチッという手応えが美羽に伝わる。
 ケタケタ笑い出すスーパーキロスくん人形。
(よっしゃあ!)
 あとは射出されるのみとなったところで、しかしスーパーキロスくん人形は何かに引っかかってしまったらしく、一向に飛び出す気配を見せなかった。
「ええっ?」
 あせる美羽の前、ボムッと大樽のなかで爆発が起きる。
 このスーパーキロスくん人形、実はバネ射出ではない。これだけ大きいとバネだけでは弱すぎて勢いよく飛び出さないため、美羽は増力用にと火薬を用いていたのだ。煙が晴れたあとには中身のなくなったスーパーキロスくん人形の首から下だけが残っていた。
「あ、頭が…」
 もげた!
「美羽、あそこ!」
「えっ?」
 つられて振り返った美羽が見たものは、吹っ飛んだスーパーキロスくん人形の頭がキロスの頭にポクッと当たる瞬間だった。
 見る者によっては吹き出す光景だが、美羽もコハクもキロスの放つ殺気に気圧されて笑うどころではない。
「……おまえが吹っ飛べ!!」
 電光石火の早業で繰り出されたキロスのツッコミハリセンが美羽にクリーンヒットした。美羽は反応することもできず、残像を残してこの場から消え去る。
「美羽!!」
 コハクはあわてて翼を広げると、窓から飛んでいった美羽を追って飛び立った。
「ったく、不吉なモン見せやがって」
 『仁瑠華壮聖五十連制覇』で有効とされる攻撃方法は笑撃のみだ。しかしそれは刺客に限ってのこと。
 美羽はキロスを刺客と呼んだがそれは正確ではなかった。乳母車やケツバット要員と同じく、彼は雅羅タウンにおいて不正者を取り締まり、制裁を加える役目を負っている。そしてそのなかには提出書類の不備者も残念ながら含まれていた。
「雅羅の呪いあふれる雅羅タウンへようこそ」
 だれ1人聞く者のない廊下で、ハリセンを肩に担いだキロスがしたり顔で言う。
 窓の外ではルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)が押してきた乳母車のなかへ夏來 香菜(なつき・かな)がひょひょいとグルグル目で気絶している美羽を放り込んでいた。




 そのころ、階上の廊下ではエルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)がムッシュWの刺客セテカ・タイフォン(せてか・たいふぉん)と向き合って立っていた。
 セテカはやはりキロスと同じくラメ入りパピヨンマスク――ただしこちらはもっと地味――をつけていたが、その程度の小細工、友人であるエルシュには間違いようもない。
「セテカ、そこを通してくれ。僕はムッシュWの正体に気付いている。あの映像を見て、みんなハイナだと見当をつけているだろう。しかし僕にはそれだけとは思えないんだ。きっとそう見せかけて、裏には真のボスがいる。その真実を暴くためなら、僕はたとえ友が相手だろうと戦う! ……というか、東カナン人のおまえがどうしてここにいるんだ」
 幾分警戒を伴っての質問に、対するセテカはあっさり答えた。
「暮れの元気なごあいさつ、お歳暮を届けに」
 それを聞いた一瞬、くだらなさにエルシュの頬筋がむずむずした。だが遠い目をして、笑撃はすでに始まっていたのかと考えている間に笑いのピークは過ぎて、なんとか耐えることに成功する。そして、そうくるならばと後ろに控えていたディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)に目で合図を送った。
 ディオロスはあらかじめ持参してきていたバレーボールをエルシュにぶつけようとする。それをエルシュは前回り受身で床に落ちる寸前に打ち返した。
「コーチ、もう1球お願いします!」
 往年の某バレーボールアニメを彷彿とさせるスポ根リアクション芸だ。なつかしさから神は吹き出しそうになったが、肝心のセテカはただ見守るだけだった。
 残念ながら東カナンにはバレーボール競技は存在しない。ピンとこず、意味を考えさせてしまったのがエルシュたちの敗因だろう。
「くっ…!」
 ならばセテカにも通じる芸をしようではないか。
 立ち上がったエルシュは先手必勝と背後に隠し持っていた黒髪ヅラをかぶって立つ。そして苦悩するポーズをとり、気苦労の絶えない東カナン領主バァル・ハダド(ばぁる・はだど)のモノマネを披露した。
「セテカ……おまえは今どこで、何をしているんだ?」
 ニルヴァーナでなぜかパピヨンマスク付けて笑撃の刺客やってます。

 そう考えたディオロスの方こそ吹き出しそうになって、彼はあわてて視線をよそへ向けた。そんな彼の視界に、退路を断つようにして立つもう1人の刺客の姿が入る。
 そしてエルシュの体を張ったモノマネだが、セテカに面白いと思わせることには成功していたが、残念ながら彼の笑いのツボを突くことはできなかったようだった。
 今度は自分の番と、セテカはおもむろに長ネギを取り出し、頭に立てた。
「バァル!」
 セテカの頭上で、窓から入った微風にそよそよとアホ毛長ネギが揺れた。しかもこの長ネギ、ずい分前から用意されていたのだろう、水気を失って張りを失った長ネギはヘチャッとヘタりこむ。あるいはこれも計算の内か。まるでバァルがショックを受けた際のシオシオになったアホ毛を連想させて、そのくだらなさに反射的、ププッとエルシュは吹き出してしまっていた。
 ――ピーーーーーーーッ!
 どこからともなく判定のホイッスルが吹き渡る。
「しまった!」
 警戒し、周囲に視線を走らせるエルシュの背後には、くだらない企画だけれど参加する以上は完璧になるよう努力しなくてはとの委員長魂を燃え立たせてバットを握り締めた香菜と、これ押すだけで楽しいと言わんばかりにガラガラガラガラ乳母車を鳴らしているルシアのコンビが迫っていた。
「えーーーいっ!」
 エルシュがあっけにとられている隙に、香菜は完璧なケツバットを披露する。もちろん委員長として、予習してくるのは当然といえば当然。
「うわあああああっ」
 尻を中心に沸き起こった稲妻のような痛みにバランスを崩し、一歩二歩とよろめいたエルシュは、待ち構えていたルシアの乳母車の車輪にけつまずいた。そして自ら飛び込むようになかへダイブする。なかで目を回していた美羽もそろそろ気付くころあいだったが、グルグル目が元に戻ったとたん、上から降ってきたエルシュに押しつぶされて「ふきゅう!」とかわいらしく息を吐き出した。
「……くそっ」
 エルシュは乳母車のへりにひじをかけ、身を引っ張り起こす。
「潔く認めよう、僕の負けだ。だがセテカ、最後に1つだけおまえに言っておきたいことがある。
 たった1度の出来事でギャグ要員に墜ちる。それが蒼フロなんだ」
 そして彼は尻の痛みに抵抗するのをやめて、ずるずると乳母車内に埋没していった。
「敗者回収完了したわよ、ハイ……ムッシュW!」
 廊下の監視カメラに向かい、ミッションコンプリートばりの宣言をする香菜。
 一方彼らの後ろでは、エルシュのことなど全くアウト・オブ・眼中でしゃがみこんだディオロスが、ザナドゥから来たもう1人の刺客ヨミに持参したチョコレートをふるまっていた。
 ヨミは箱ごとひざに抱え込み、かわいらしい造形のアソートチョコを口いっぱいにほおばっている。
「おいしいですか? ヨミちゃん」
 頭なでなで。
「おいしいのですー。でもこんなことでヨミは懐柔されたりはしないのですっ。食べ終わったら、ちゃんとおまえを笑撃してやるから待ってるのですっ」
 ぱくぱく。
「はいはい。あ、口元にチョコがついてますよ」