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【有刺鉄線電流爆破スパ 其之弐】

 ところ変わって、露天風呂スペース。
 こちらは、全部が全部、有刺鉄線と電流爆破地雷でコーディネートされている訳ではなく、一部は通常営業となっている為、普通に利用出来る湯船や洗髪場などが確保されている。
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、パートナーがピンでバトルロ笑イヤルに挑むということで、一応は応援してやらないといけないという最低限の義務感だけを持って、このスパ内に足を踏み入れていた。
 しかし、折角これだけ沢山の種類豊富な湯船があるのだから堪能しなければ損であろう。
 わざわざ入館料まで支払っているのだから、ひとっ風呂浴びてゆくのも悪くない。
 という訳で、今のダリルはのんびりと湯船に浸かる休憩モード全開であった。
 そのダリルの目の前で、ほんの少し前から、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)芦原 郁乃(あはら・いくの)荀 灌(じゅん・かん)のコンビとのバトルに突入している。
 ルカルカは、サニーさんとの戦いを想定してこの予選ブロックに臨んでいたのだが、運悪く、既にサニーさんは自爆の形でスチームサウナを後にしていた。
 となれば、残る他の参加者を蹴落としてサニーさんの分も頑張る、という意気込みを露わにするしかない。
 対する郁乃と荀灌ペアは、二人羽織での熱々おでんを用いたリアクション芸で、ルカルカに挑む。
 構成は、郁乃が荀灌の背後に廻った形で半纏を羽織り、郁乃が手探りで熱々おでんを荀灌の口元に持っていくものの、全く見えない為に、熱々おでんが荀灌の口周りを次々に襲撃する、というものだ。
「あ、あつっ、あつっ、あつっ! あ、熱いんですってばぁ!」
 半ばマジギレしながら、荀灌が涙目になって必死に訴えるも、郁乃は容赦なく熱々おでんを荀灌の口周り、或いは鼻先にぐいぐいと押し付けてくる。
 これは中々の破壊力であった。
(このコンビ……で、出来る!)
 決して自らのツボではなかったが、しかしその絶妙な間の取り方と荀灌のマジギレに近いリアクションに、あわや口元が緩みそうになったルカルカ。
 強敵だ、と認識するまでに然程の時間を要しなかった。
 だが、ここで手をこまぬいている訳にはいかない。
 相手がリアクション芸でくるならば、こちらも――ルカルカはハンムラビ法典ばりの発想で、自らもリアクション芸で対抗することにした。
「ぶふ〜っ!」
 まるでサニーさんを彷彿とさせる豪快なスベリっぷりを披露したルカルカは、その拍子に、何故かカーディガンが、すぽーんと脱げてしまった。
「あつあつあつあつあつあつっ!」
「ぶふ〜っ!」
「あつあつあつあつあつあつっ!」
「ぶふ〜っ!」
「あつあつあつあつあつあつっ!」
「ぶふ〜っ!」
「あつあつあつあつあつあつっ!」
「ぶふ〜っ!」
 ダリルが真剣な眼差しを向ける先で、おでんと脱衣スベリの熾烈な戦いが繰り広げられる。
 ルカルカの衣服はシャツ、ベルト、Gパン、そしてブラといった順に取り払われていき、いつの間にか超絶お色気路線に突入していた。
 マシュマロのように柔らかくて豊満な乳房を両手で覆い隠し、残るは布地面積が極めて少ないセクスィー紐パンのみとなったルカルカは、最早絶対絶命であった。
 次に荀灌の熱々おでんリアクション芸が炸裂した時、ルカルカは己の芸道を突き進むか、女の恥じらいを優先するかの岐路に立たされるのである。
(ど、どうしよう……!)
 ルカルカが愕然たる表情を浮かべる前で、荀灌が顔面をおでんの汁だらけにしながら、猛禽類の如き獰猛な眼差しを突き刺してくる。
 さぁ、次でとどめだといわんばかりに、郁乃の箸先がつまんだ熱々おでん(辛子たっぷりの蒟蒻)が荀灌の目元にヒットし、
「目がぁ! 目がぁ!」
 と、どこかの某天空の城の悪役ばりに悲鳴をあげていると、最早ルカルカに逃げ道は無い。
 自然と体が反応し、ルカルカは矢張り、
「ぶふ〜っ!」
 スベってしまった。
(あぁ、駄目……助けて倫理の神様!)
 その瞬間、ルカルカが装備していた変身ブレスレットが眩い輝きを発した。

 なんということであろう。
 あわやルカルカのセクスィー紐パンも脱げ落ちて読者サービスに突入するかと思われた矢先、変身ブレスレット内に収められていた【ルカルカ用リングコスチューム】が華麗に展開され、彼女のダイナマイトバディを、ボディラインを絶妙に残しながら覆い隠してゆく。
 その間、僅か0.2秒――の筈なのだが、やけにそのバンクシーンが長い。
 例えるなら、魔法少女系アニメの主人公が、視聴者に向けてこれ見よがしに変身シーンを見せつけているような展開である。
 リングコスチュームが足元と胸元の双方からウエストに向かって装着されてゆく間、ルカルカの均整の取れた肢体は美しく舞い続け、トリプルアクセルからトリプルルッツへのジャンプコンビネーション、更にレイバックスピンからのイナバウアーと決めた。
 しかしダリルの採点は7.5。
 ジャンプの合間に軸が僅かにずれたところを減点したのだろう。辛い点数である。
「あ、危なかった……ヒーローでなければヤラれていたわ……!」
 変身を遂げたルカルカを前にして、二人羽織怪人イクノ・ザ・ジュンカーンは悔しげに唸る。
 最早、何の勝負をしているのかよく分からなくなってきているが、リアクション芸対決はドローに終わったと見て良い。
 両者、次なるネタで勝負に出なければならない。
 郁乃は二人羽織態勢を解除し、おでんの汁のみならず、辛子にも彩られた荀灌の悲惨な顔の隣に素早く移動すると、一発ギャグを繰り出す態勢に入っているルカルカに、ノリツッコミで対抗しようと決めた。
「隣の柿はよく客食う……あ、違う」
 先手必勝とばかりに繰り出されたルカルカの一発ギャグには、どこか親父ギャグに通じるものがあったが、しかし郁乃は耐えた。
 恐ろしく寒い親父ギャグには弱い郁乃だが、ルカルカの一発ギャグは却って洗練され過ぎ、郁乃のツボを微妙に刺激する程度で終わってしまったのである。
 だが、一瞬郁乃の頬は緩みかけた。これは効果がある――ルカルカは尚も、攻撃の手を緩めない。
「十二指腸を自由にしちょー」
 今度は、中々の破壊力であった。少なくとも、郁乃にとっては。
(あ……危ないです!)
 郁乃が微妙な反応を見せた為、荀灌はノリツッコミのフリを早く仕掛けるよう、目線で郁乃に合図した。
 ルカルカの強烈な一撃に轟沈しかかった郁乃は、何とかこらえつつも荀灌の要請に応じる。
「いやぁ〜、それにしてもルカルカさんのおっぱいも凄いけど、私達のおっぱいも超デンジャラスセクスィーでございますなぁ〜」
 荀灌の、このフリに対して、郁乃は。
「なんでやね〜ん」
 手首のスナップを利かせて荀灌の胸にツッコミを入れよう、とした。
 ところが、郁乃の手は荀灌の胸元にヒットせず、虚しく空を切るばかりである。
 一体、何が起きたのか。
「……どうして、ちゃんと突っ込まずに止めたんですか?」
「いやぁ」
 荀灌の問いかけに、郁乃は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ほんとはね、ちゃんと当たるはずだったんだよ。だけどね、つるぺたで、当たんなかったんだよ」
 次の瞬間。
 郁乃は、手近の電流爆破地雷に突き飛ばされていた。

 激しく火花を散らしながら、豪快に宙空へと舞う郁乃。思わぬ形でノリツッコミがリアクション芸に早変わりした。
 単純にそれだけなら何の問題も無かった。
 ルカルカには、このリアクション芸自体は通用しなかったのだから。
 だが問題は、ダリルにあった。
 郁乃と荀灌のやり取りが極めて素に近かった為、ほとんど天然ボケに等しい破壊力を発揮していたのだ。
 湯船にゆったりと浸かりながらこの戦いを眺めていたダリルが、不覚にも、鼻の奥でぶほっ、と変な音を立てて中途半端に笑いを堪えているのである。
 その様子が、ルカルカのドツボにはまった。
(ちょ、ちょっと……ダリル!)
 心の中でパートナーに怒声を浴びせるも、最早、時既に遅し。
 ダリルの素面から繰り出される妙な反応に耐え切れなくなったルカルカは、頬が僅かに緩んでしまった。
「ルカルカ! うぬは今、笑ったな!」
 まさに、いきなり。
 ダリルの隣の浴槽から湯柱を噴き上げて、正子が大型乳母車を担ぎ上げながら飛び出してきた。
 ルカルカの笑顔は、青ざめたまま引きつる。いつの間にか背後では、ラバー製ケツバットを携えたなななが、ヒッティング態勢に入っていた。
「大尉殿、失礼けつまくります!」
 いうが早いか、ルカルカの豊かな肉厚を誇るヒップラインがばしーんと渇いた音を立てた。
「きゃぁん!」
「どっせぇーい!」
 妙に可愛らしい悲鳴をあげるルカルカに、今度は正子が襲いかかる。
 ボディリフトの要領でルカルカの体躯を持ち上げると、据え置いた乳母車にぽいっと放り投げてしまった。
 この時、ルカルカの面には何故か、清々しい笑みが浮かんでいた。
 勝負に負けはしたが、悔いはない――全力を出し切って満足感を得たアスリートの如き心境であろうか。
 そのまま頭から乳母車内に突っ込んでいったが、着弾と同時に、蛙が潰れたような呻き声が響いた。
 どうやらルカルカのたんぽぽダイビングヘッドバットが、乳母車内のセレンフィリティの顔面に直撃したようである。
「なんだ、ルカのやつ……もう終わりか」
 自分が敗因となったにも関わらず、まるで他人事のように小さく呟くダリル。
 更によく見れば、いつの間にか湯船に盆を浮かべ、銚子で一杯やっているではないか。どこまでマイワールドを突き進むのだろうか、この男。
 ところで、郁乃には荀灌の他にもうひとり、守護天使のパートナー秋月 桃花(あきづき・とうか)が同じ露天風呂スペースに姿を見せていた――筈なのだが、今はどこに目をやっても見当たらない。
 実のところ桃花は、洗髪場で陰毛を丁寧に洗っていた行殺の悪魔ラインキルド・フォン・リニエトゥテンシィの放つ【自分の存在感が恐ろしく希薄なってしまったような感覚に襲われる亜空間】に囚われ、一瞬で姿を消してしまっていたのである。
 そのあまりの空気っぷりに、存在感が抹殺されたことすら誰にも気づかれなかったという有様であった。
 そんな桃花の悲哀など知ってか知らずか、ルカルカという強敵を打ち破ったことで安堵の吐息を漏らしていた郁乃と荀灌であったが、しかし彼女達に安らぎの時間は無い。
「ふっふふふ、体を張ったネタで体力を消耗した今こそがチャンス!」
 不意に、ありきたりなマッチョ体型とありきたりな風貌の中年親父が、郁乃と荀灌の前に躍り出てきた。
「ほう、あれはガチハンティーか」
 湯船で一杯やりながら、ダリルが新たな登場人物の名を告げる。
 ガチハンティー・ボツと名乗るその男は、強いのか弱いのかよく分からないところが却って恐ろしいとされているが、郁乃と荀灌にとっては果たしてどうなのか。
「くっ……ま、負けないよ!」
 全身ズタボロになりながらもよろよろと立ち上がる郁乃(いや、この状態自体は単なる自業自得であったが)に、ガチハンティーは弱者を見下ろす不遜な視線を投げかける。
 体力の消耗が激しく、すぐに次のネタを繰り出せない郁乃に対し、ガチハンティーは新品の陶器の皿を持ち出して、ひと言。
「この皿は、まっさらだ!」
 郁乃、絶対絶命。
 あまりにもくだらなく、あまりにも寒過ぎる親父ギャグだったが、郁乃には最大の弱点であった。
 ガチハンティーは尚も容赦無く畳み掛ける。
「そこのダンディー、お銚子の中身はどんな調子だい!?」
「うむ、グッドだ」
 いきなり振られたダリルも、つい反応して銚子を軽く掲げてみせたものだから、もう堪らない。
 郁乃は顔面が笑みの形に引きつり、
「がはっ」
 と吐血するような勢いで、その場に仰け反ってしまった。