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リアクション
第1章 ヴォルロス議会場にて
“原色の海”(プライマリー・シー)中央に存在する小さな島、自由交易都市ヴォルロス。
その中心部、ヴォルロス議会場の円卓が設けられた会議室から姿を現したフランセット・ドゥラクロワ(ふらんせっと・どぅらくろわ)は、早速部下やメイドのヴィオレッタにあれこれと指示を出した。
再び議会場に引き返そうとした時、その背に声を掛けた者がいた。
「ヴァイス・マム」
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)と、そのパートナーたちだ。
「ああ、君か。私に話があるのか?」
ローザマリアが普段よりも真剣で、だがどこか生き生きした顔つきをしているのに気付き、フランセットは、どうした、と重ねて問った。
「はい。現況を確認しましたが、はっきり言えば、ジリ貧です」
ローザマリアは、手元にある戦力を少数ずつの投入になっている事、対して幽霊船を始めとした敵は無尽蔵にも近い形で今も尚、増え続けており戦力差は開く一方──と事実を告げた。
「現状の敵に加えて巨大な海蛇ともなれば、此方の総力をもってしても手に余る存在です。包帯が破れて露出した傷口は、取り返しが付かなくなる前に大病院で対処しないと」
「戦力の増強は考えている。ただ、君も知っての通りこの海域には対抗しうる戦力と──つまり、それを造る設備がない」
「はい。そこで、考えたのですが……代理の聖像(イコン)の投入という選択肢は、ありませんか?」
「サロゲート・エイコーン……か」
「三部族に存在する文律『海域の自然を守り、壊さぬこと』。これは勿論ですが、原色の海の外まで敵を誘い出す事で間接的に海域の自然を守り、壊さない努力は出来ます。
ただ、誘い出す為の作業は大掛かりで仕込みも時間が掛かると予想されますから、イコン投入自体はそれらに目途が立った後になりますが……」
傍らで聞いていた、両目に眼帯を付けた海賊風の英霊の男・フランシス・ドレーク(ふらんしす・どれーく)も、捕捉する。
「なけなしのフネを火船に使っちまった、その必死さは分かりますぜ。けど、フネだってタダじゃあねぇんです。このままじゃ内海のフネ全部に火を点けて敵を一掃した所で中心部から湧き出て来る敵に内海が埋め尽くされる方が早い気がしますがね」
実はフランシス・ドレーク自身、かつて無敵艦隊を相手に火船をぶつけたことがあったのだが……、
「提督の手元に在るのは大型機晶帆船1隻ってのも理解してやす。だが、艦隊の定義ってなぁ3隻以上の艦艇――つまり現状は艦隊を組めてもいない。
そこは俺達、契約者の手でってんなら、戦えるだけの力を持たせちゃくれませんかね?
投入し得る戦力を投入しないで最悪の事態を招く訳にもいかねぇでしょう。ヴァイシャリー海軍の増援があるってんなら話は別ですがね」
鯱の獣人、シルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)がドレークの言葉を引き継ぐ。普段の優しい目つきも、厳しいものに変わっている。
「ローザは1人の契約者として、1人の海に生きる者として意見をしているんです。
誘い出しが必要なら、あたし達がやります――この海を愛しているというのは、あたしもローザも同じです。内海出身者なのに、こんな危機に直面して平気でいられるわけ、ないですよ」
フランセットは彼女たちの言葉を一つ一つ確かめるように考えた後、こちらも真剣に答えた。
「理解に感謝する。だが残念なことに、イコンの稼働時間は通常24時間、戦闘時で2〜3時間程度と把握している。イコンをここまで運ぶことも難しい。更に、この海にはイコンに補給・修理できる場所がない」
火船を計画しておいて何だが、と彼女は続けた。
「今回の計画は海路をとにかく開くためだ。
ただ、このまま危険な任務を、傭兵とはいえ君たち学生の契約者に押し付けるわけにもいかないと思っている。戦力の増強に関しては、ヴァイシャリーに援軍を頼んでいる。
数日で到着する手筈になっている、どうか待ってくれないだろうか。それに今、その巨大な海蛇の正体についても、心当りがあるという話が出た。ということは対抗策の可能性もあるということだ。
大きな戦いはこれからだろう──その時には君たちの力を貸して欲しい」
と、フランセットが話していると、横から一組の契約者が姿を現した。
百合園女学院に通う二人の少女──尤も、一人は少女というには見た目より年齢が少し上だったが──うち一人は可愛らしいツインテール、一人は騎士鎧を着込んだ美しく大人びた少女だった。
(これだから軍隊はキライ……。だって、明らかにおかしいもの。手段は選ばない。ドゥなんとかっていう軍の偉い人には、何が何でも言ってあげないと)
彼女たちは何かを堪えるようにフランセットに向かって歩みを進めると、口を開いた。
「何で避難を考えないの?」
怒りを込めてそう言ったのは、ツインテールの少女朱 慵娥(じゅー・よんえ)だ。
「貴女は戦う事ばかり。民を護るのもまた、軍人さんの責務じゃないの? 戦う事ばかりで護れると思わないで」
口を一旦開くと、勢いは止まらなかった。
「船が足りないなんて嘆く前にヴァイシャリー家に連なる人間なら避難船の1隻でも調達して。貴女に与えられた権限は、戦う為だけのもの?
国軍なんて威勢の良い事を言っておきながらいざという時はヴァイシャリーと言う狭い範囲でしか考える事が出来ていないんじゃない?」
フランセットは口を挟まず、静かにそれを聞いている。若干、面食らったようではあったが。
「百合園にもヴァイシャリーにも軍なんて本当に必要? こんな危機的状況に最悪の事態も想定できず動けない軍なんて、要らないわ。
違う? 口だけは国軍のヴァイシャリーって縄張りの中だけの御山の大将さん?」
縁故によるコネを嫌う彼女から見れば、父親のコネ、そしてヴァイシャリー家と血縁関係にあるフランセットの存在自身も許せないのかもしれない。
挑発するように語る彼女に、レオーネ・ミューレンス(れおーね・みゅーれんす)も口を開いた。
(……仕方ありませんね。慵娥の手綱を締めましょう)
本人は芝居のつもり、なのかもしれない。
だが彼女が本気で怒っていることは、レオーネには伝わってきた。
「一度は、その災いによって海上の森は滅びかけたというのなら今度もそうならないとも限らないのでは?」
と、やんわりと彼女は言い添えた。
「軍隊というのは――いえ、上に立つのなら最悪のケースは常に想定するものだと思います。故郷と運命を共にする、などという軽挙、私は看過出来ません。戦う前から敗北を考えるな、と言われようと事態はそれほど深刻なのですから」
フランセットは、彼女たちの考えは分った、と断ってから、一言。
「私は、今回の事件に関しては、海よりも陸地の方が安全だと考えている。
樹上都市に関しては、避難するにしても海路を確保してからでなければ、それこそ避難民を海の上で危険に晒すことになるのでは、と」
「──ないなら、独自に避難計画を考えます」
ダメ押しのように宣言する慵娥に、
「良い案があれば是非教えて欲しい。私でもいいし、議長でもいい」
と言うと、悪いが失礼すると身を翻した。メイドのヴィオレッタと連絡役の部下を残して、これから機晶船で出航するのだった。
「慵娥の非礼はお詫びします。ですが、ヴァイシャリーに軍は必要ないというのは慵娥の本音ですし、私もその意見には同感だという事も、覚えておいて下さい」
背中に追い打ちのようにかけられた言葉に、フランセットは何も答えなかった。
議会場の近く、スパナを持って港に漂う変な雰囲気に戸惑っていた笠置 生駒(かさぎ・いこま)は、そんな中で偶然出会った見慣れた顔に声をあげた。
とはいっても、「何となくこんな顔かな」といった感じで、似顔絵を描けと言われても難しそうな、そんな平凡そうな守護天使……名前も途中までしか判明してなかったのだが。特徴と言えば光翼に神聖そうな模様があるくらいで、だがこれに何か意味があるのかすら判っていない。
「アルカ〜さん無事だったんですね!」
もしかして樹上都市で危険な目に遭っているのかも……と内心心配していた知人の安否が確認できて、彼女は胸を撫で降ろした。
「ああ、笠置生駒さんですね! 良くご無事で、っていうか良く会いますね?」
守護天使はこちらも普段と変わらないあの笑顔だった。
「……? 何でフルネームなんですか?」
「いや、名前を一文字でも忘れられるとなんか切なくなりませんか?」
それともここはイコマ〜さんって呼んだ方が良かったですか? などとぶつぶつ言う彼の言葉を遮るように、生駒は彼の肩を叩く。
「にしても無事で良かったですよ! ところで、何でここにいるんですか? 以前樹上都市に行こうとしたら閉鎖されてるとかなんとか……」
守護天使はそれはですね、と、事情を軽く説明した。生駒はうん、と軽く頷くと、
「つまり族長代理の息子さんで、伝令としていらしたんですね」
意外としっかりした人だったのだなぁ、と見直したようだ。
そんな生駒に守護天使は良かったらどうですかと誘いをかける。
「港を封鎖する予定なんですが、念のため市民には外出自粛するように議会からお達しが出るそうです。このままここにいても仕方ないので、お手伝いしに港に行こうかと思ってるんですが」
「あ! 行きます!」
彼女は咄嗟に声をあげた。避難だけでなく、天御柱学院の整備士である生駒には、修理など、色々と手伝えることもあるだろう。
「そういえばアルカ〜さん、まだ名前を聞いてなかった……」
「ああ、そうでしたね! アルカ<プップー>です!」
「え?」
……折しも港の方から音が響いてきて、よく聞き取れない。
「アルカ<ピー>ア……ですよ。さ、行きましょう! ええっと、念のため“禁猟区”をかけますねー」
港の方から、避難を呼びかけるラッパや音が響いてくる。
守護天使は両手を広げると、光の結界で生駒を包み込み、その手を取った。こうして生駒は結局名前を聞き取れないまま、アルカ何とかアと、二人で港へと走り出していったのだった。
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