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【深夜のテンションって皆ちょっとおかしいよね】

 時計の針が真夜中を指す、少し前の事だ。
 アレクは普通の部屋なら置く事すら出来ないであろう幅だけで200センチは越えそうな巨大なベッドを前に、仁王立ちしながら考えていた。
 黒に近い重厚な青色のシーツの上に、コントラストを描いて乳白金の髪が波打っている。
「……うぅん……」
 小さなうめき声をあげて子猫のように丸まったのは、彼が妹と呼ぶ愛しい存在ジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)だった。
 夢でも見ているのだろうか――口元をむにゃむにゃと締まりなく動かして、身体がもぞもぞと動く度に、シーツが掛かっていない部分の透ける程薄い生地の下から眠る暖かさで仄かに桃色に染まった真珠の肌が露になるのだ。
 アレクは考える。
「What should I do?(どうしよう)」
 思ったままが口をついて出た時だった。
「……おにぃ……ちゃ……だいすき……」
 その寝言を聞いた瞬間、アレクの中で弾け飛ぶ様に答えが導き出された。
「Thank you Lord for feeding me.Amen
(神よ、今宵の糧に感謝致します。アミン)」
 その場で膝をつき神への『何か』の感謝を述べ、勢いよくシーツを捲った時だった。

「あーーーーーーーっっしゅっしゅっしゅっ!!」

 豚の悲鳴の様な不快な鳴き声を上げて、何かが開きっぱなしの窓から突っ込んで来たのだ。
 しかし侵入ってきたのも一瞬だったように、その何かは一瞬にして壁へと叩き付けられた。
 裏拳を出したままのポーズで振り返って、アレクは何かの正体を確認する。
「Ash Glock?(アッシュ・グロック?)
 Wow,you are such a dick. (おいお前本当にうぜえな)」
 倒れたままのその生き物は、戌に見えるが、かつての同窓アッシュ・グロックにも見えた。
 アレクは悪態をつきながら戌アッシュの首の毛を掴むと、そのまま高く上げて手を離し、そいつが床に落ちる前に回転力をつけた効き足でそれを窓の外へ蹴り飛ばした。
「Go lost!!(失せろ!!)」
 直後に何かに当たったような、割れたような音がしたけど気にしない。ここ30階だけど、気にしない。
 入ってきたんだから大丈夫だろ。
 そう思いながら気を取り直して例の続きをと振り返ったが――。
「ぅ――おにいちゃん?」
 寝ぼけ眼を擦りながら、浅い眠りから目を覚ましたジゼルがベッドの上に座っていたのだ。
「――起きたのか?」
「うん、凄い音がしたから。ねぇおにいちゃん、今のは何?
 何かとてもうざいものが見えた気がするの」
 か細い声を背中に窓の外を見れば、あの戌アッシュのような何種類もの生き物が通りを駆け抜けて行くのが見える。
「(Tiger,Chicken,Rabbit...Dragon?
 What the hell is that?(虎、酉、兎……龍? 何だありゃ?)」
「へんなのがたくさん……。
 おにいちゃん、ジゼルはまだ、夢をみているの?」
「――そうだよ。ジゼルはまだ夢を見てるんだ。
 あのうざい生き物はお兄ちゃんが全て殺す。撃滅する。
 だから、安心しておやすみ」
 微睡んだままの額に口づけして、兄は妹に誓いをたてた。 
 思いきり、私情込みで。

     * * *

「という訳で俺はアッシュを殺そうと思ったんだ。
 だが豊美ちゃんはそれは良く無いというので、俺は彼女に従うと約束した。
 だから皆、アッシュと交戦する時は駆逐する程度にしておいてね」
 豊美ちゃんにした時よりも色んな部分を包み隠さない丸裸の説明をアレクなりに可愛く結んでみたのだが、高柳 陣(たかやなぎ・じん)の必殺緑スリッパが炸裂音をたてて後頭部を叩いてきた。
「お前……やっぱりやりやがったか!!」
「ヤってねえよ。未遂だよ」
「未遂ならいいってもんじゃねええ!!」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)の突っ込みも、襟首を掴む手も気にせずに、アレクはヘラリと軽薄に笑っている。
「アレックスさん!
 話はしかとこの耳にて……
 ジゼルさんの安全と快眠の日々を保つ為にも、僭越ながら私も助太刀致したく――。
 足手纏いにならぬよう精一杯闘います故、是非ともご同行させて下さいまし!
 マスターとポチも何卒ご協力願います」
 長いポニーテールが地面につきそうな程腰を折っているフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は理解出来ない部分を都合良く端折ってくれたようだが、彼女がその存在を信じるている『親友ジゼルの危機』を運んでいるのは、量産型アッシュの方では無い。
「アレクと住んでいる環境がジゼルの貞操の危機なんだよ!!」
 そう叫びたい気持ちを何とか抑えて、ベルクは引き続きアレクの襟首をガクガクと揺すった。
「うるさいですよエロ吸血鬼!
 まあエロ吸血鬼程度にアレクさんのお言葉が理解出来ないのも無理も無いかもしれませんがね!
 何と言ってもアレクさんはエロ吸血鬼には及びもつかない素晴らしい方なのですから!
 さあそれが分かったなら、その手を収めなさい!」
 アレクの前に立ちベルクにキャンキャン吼え立てたのは忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)だ。
 この豆柴犬は、アレクに完全に服従していたのだ。
「(まさかこの世界にプレミアムドッグフードを遙かに超えた素晴らしい味のドッグフードが存在しているとは思いませんでした。
 いいえ寧ろあれこそが真のプレミアムと呼ぶに相応しいのです!
 今思い出してもあの味と食感――決して忘れられません。

 そしてあの味を教えて下さったのが……)
 アレクさん!
 僕の事は犬でもモフでも自由に呼んで構いません!」
 一回の餌付けでここまで懐いたチョロ犬は、さあ撫でろと言わんばかりに腹を見てくる。
 アレクはライナーグローブの留め具に毛が巻き込まれてしまわない様にとわざわざ取ってから、ポチの助を撫でくりまわしはじめた。
 舌を出しながらヘッヘッと息をしている豆柴犬は、的確な位置をくすぐられて高い甘え声を上げている。
「――いいな。やっぱり犬だよな」
「犬が好きなんですか?」
 覗き込んで来た次百 姫星(つぐもも・きらら)に、アレクは何時もより幾らか締まりのない口を開いて答える。
「子供の頃何頭か飼ってた」
「どうせ猟犬とか闘犬とかそういう物騒な奴だろ」
「グレイハウンドとボルゾイとドーベルマンとシェパードとボクサー」
「ほらみろ」ベルクの悪態のような呟きを無視して、アレクはポチの助を抱き上げた。
「こんな小さいの飼った事無いな。ぬいぐるみみたいだ」「本当ですねぇ。可愛いですねぇ」「皆さんに可愛がって頂けて貰えて良かったですね」
 空京わんわんふれあい動物園だった。もうたっぷり五分は経っただろうというところで、通り向こうから声をかけられた。

「アレクおにーちゃんじゃん。こんな時間になにやってんの?」
 瀬島 壮太(せじま・そうた)がプラプラとこちらへ歩いてくる。
「――犬と遊……違った――。あー……」
「素で忘れてんだろお前」
「忘れてないぞ陣。俺はアッシュを――
 Annihilation...um...let me see...,Destroy?
 (殲滅……あー……えーと……撃滅?)」
「アレクさん。大分フワフワしてきてます。
 私と会った時は『アッシュ君を止めて、ジゼルちゃんの安眠を守る』って言ってましたよ。それにさっき、あれはアッシュ君じゃなくて量産型アッシュと呼称しようと決めたんじゃ――」
「Yeah.That’s it.thanks.(そうそれ、ありがと)」
 山葉 加夜(やまは・かや)の耳打ちに、アレクは眉根を寄せていた貴族出身の整った顔を、軍人然と『真面目に見せかけて』壮太へ向き直った。
「弟よ。俺は街の平和を守る為、近所迷惑な量産型アッシュを撃滅しにきた」
「今更キリっとされても割と遅いよおにーちゃん。それに街の平和って言うか、どーせおにーちゃんの一番大事な妹絡みでしょ」
「うん。ジゼルが寝ているのを邪魔されたくない。
 あと目が覚めたジゼルの前をチョロチョロされても困る。
 それから折角ジゼルが寝てたからヤろうとしたら邪魔されてクソ腹たったあいつぶっ殺してやる」
 死ぬ程素直な告白にやはり笑うしか無い壮太は、吹き出しながらアレクの隣に立った。
「手助けなんて必要ねえかなとも思うんだけど。見ちまったし、オレも手伝うわ」
「……あ? 素直にお兄ちゃんと一緒に遊びたいって言えよ。
 パイルドライバーきめんぞ?」
 何時もアレクの軍隊仕込みの謎の技ばかりかけられてきた壮太。
 そんな彼に向かって、遂に軍隊で使われないようなただ純粋にプロレス技の名前を出された。壮太は戦慄する。あれはマットに頭を叩き付ける技だ。今ここで、固い地面に叩き付けられたらどうなってしまうだろう――。
「やめて。
 それ本当に死んじゃうからやめうぇえ!?」
 後退っていた壮太を引っ捕まえると、アレクは抱え担ぎ上げた彼を逆さにして、指を五本立ててみせた。
 壮太の頭にもの凄く嫌な予感が過る。
「よし、ピンク頭、ゾン美少女、フレンディス、モフの助。カウントしようぜ」
「カウント……数を数えるのですね。お任せ下さい!」
「アレクさんは最高です!」
「おおおっ俄然盛り上がりますね!」
「さようならミスター瀬島。
 むしろ墓地へようこそかしら」姫星の隣で呪われた共同墓場の 死者を統べる墓守姫(のろわれたきょうどうぼちの・ししゃをすべるはかもりひめ)が、現世へ別れを告げろという視線を壮太へ向けた。
「いくぞ!! ごー!
「ていうか何時に成ったらアッシュと戦うんだよ!」
「「よーん」」
「何々? 盛り上がってんね?」遂にギャラリー、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)までやってくる。
「「さーん」」
「アレクさん駄目ですその技は危な過ぎます!」
「「にーい!」」
「落とさないで落とすなごめんなさいやめて死んでしまいますシャレにならんうわああああ」 
「「いーーー」」
うるっせええええええッッ!!!
 深夜。
 空京の街に男の叫び声と少女の歓声と女の悲鳴、それに緑のスリッパを叩き付ける陣のが怒号が木霊する。
 どう考えても量産型アッシュより、こいつらの方が近所迷惑だった。