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スーパーマスターNPC大戦!

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スーパーマスターNPC大戦!

リアクション



【えっ? 皆で屋台行ったの? ずるい!】

「アッシュもウザいがアレクもウザい。
 ついでに眠い。
 よって俺の安眠を妨害した事を深く反省させてやる」
 投げつけた緑のスリッパを拾い上げて握りしめている陣は、通りを往く集団の殿にいる。
 先陣を切って進むアレクの頭の上はポチの助がのっており、片手には昏倒した壮太の首根っこを引っ張り、背中には眠るティエン・シア(てぃえん・しあ)がおぶさっていた。
「器用な真似しやがって」独りごちる陣に、前からティエンの小さな声が聞こえて来た。起きたのだろうか。
「お兄ちゃん、アレクお兄ちゃんと喧嘩しちゃ駄目……
 こんな時に限ってお姉ちゃん、いないん……だもん……。
 「アッシュなんてギャグでしか使ってもらえなくなった哀れな公式NPCの成れの果て代表より私のお肌の方が大事なの! だから寝る!(――因に非常に本人に似ていた)」って言って寝ちゃうし……
 兎に角……街を、壊しちゃダメ、だよ……むにゃ」
「……ティエンの奴寝ぼけてやがるっ!」
「ふにゃ?」
「陣、余り騒ぐな。可哀想だろ。寝かせといてやれ」
「さっき大騒ぎしてたのは誰だよ」アレクに言い放ったのは勿論ベルクだ。
「マスター、お静かにお願い致します。
 ティエンさんがまた起きてしまう故――」
 フレンディスに小声で言われて、ベルクは陣と同時に溜め息を零した。
「仕方ないな」
「分かった分かった。
 ボケはアレクとティエンとその他大勢に任せてやるから、色々とツッコませろ」
「同感だ」
「私も出来る限り――
 必要だったら、言って下さいね」
 加夜が困った様な笑顔でそう言ってくれるのを励みに、陣は緑のスリッパを握りしめ、ベルクは常備薬の胃薬を握りしめた。
 今、最強のツッコミタッグが誕生しようとしている。

 ――のかもしれない。

     * * *

「いいかいアレク、
 俺が君の側に居る理由は至極簡単だ。
 契約してしまった以上、アレクサンダルに何かあった場合、ジゼルの体調にも影響が出るってことなんだよ。
 死亡だけじゃなくて大怪我・重体・死亡寸前でも駄目だろーが!
 ま、パートナーロスト以前の問題として、アレクに何かあるとジゼルが泣いちゃうので、それは何としても阻止しなくてはならないな。
 という訳で、あまりふらふら変な事に首を突っ込まれては(ジゼルが泣かないか)心配でだね。
 様子を見に来たという事なんだよ」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)にこうした説教を一気に捲し立てられて、アレクは適当に相槌をうちながら、エースの忠実なる執事エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)に「たすけて」と目配せした。
 エオリアは溜め息混じりに二人の間に割って入る。
 覚悟は出来ているが、エースが話しを聞かないのは雰囲気で悟っていたから、話す前から疲れていた。
「エース落ち着いて、アレクさんは強い人です。
 『こんなの』相手では怪我をしたり、まして死ぬような事はありませんよ」
「俺はジゼルを心配しているようにアレクのこともまた心配しているんだ。
 ジゼルが妹なら、アレクは俺にとって弟と同じ様なもの。
 弟が怪我したら大変だと心配するのは兄の務めだよ?」
「何だか訳が分かりませんよエース。
 しかも先程の話、良く噛み砕けばジゼルさんを泣かせたくないだけじゃないですか。
 ああもう突っ込みどころが満載すぎてどうしよう」
 限界を感じたエオリアは、その道のスペシャリストの陣とベルクに「たすけて」と目配せした。
 流石に陣もエースを緑のスリッパで叩くのは気が退けるのか、会話でツッコミ……もとい説得を始める。
「あのさ、聞きたいんけど。
 あんたアッシュの事件が起きたからここに来たんじゃねーの?」
「うん、正直、アッシュの事はどーでもイイと言うか」
「じゃあ何しに――」
「さっきの話しの通りだよ。
 それとアッシュについては――善良な市民の皆さんに通報される前に、駆除しないと、とは思うけどね」
 アレクの明らかな作り笑顔とは違う、洗練された貴族の笑みでそう言われてしまって、皆はもう言葉が出て来ない。
 とても気まずい「誰か何とか言え」という空気の中、アレクはきっぱりと諦観を口に出した。
「皆。このお兄様はもう駄目だ。
 俺より重傷だ。
 諦めて先に進もう」

     * * *

 リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)がフラメンコを舞い踊りながら、スイトピーを模した大剣を振るう。
 そのリズムに合わせて、パルマローザ・ローレンス(ぱるまろーざ・ろーれんす)は、遠距離から雷と炎の矢を、量産型アッシュに打ち込んでいた。

 超感覚の大きな犬耳と、1メートルはあろう尻尾を生やして街を探索していたリアトリスは、ここまでやってきていた。
 その右目は龍の瞳、手の甲には家紋が浮かび上がり、額には短刀のような角が生えている。
「アッシュで溢れたらみんなが困っちゃう!
 アッシュには悪いけど破壊しないと!」
 悪いけど、と言いながらも全身から力を迸らせている今のリアトリスと対峙するのは、それ即ち死亡フラグという奴だろう。
「かわいいのは好きですが人をうざさで困らせそうですね。これは破壊して止めなくては」
 パルマローザはそう言いながら、戌アッシュの関節を狙って矢を射った。
 戌アッシュは寸でのところでそれを避けるが、逃げた先にはリアトリスが踊っている。

 タタン!
 ッタタタタン!

 複雑なリズムを刻みながら、足は往来をくるくると縦横無尽に動き回り、リアトリスはそうしながら周囲から集めた聖なる力を武器に宿し、強烈な一撃を戌アッシュへと打ち込んだ。
「ぁしゅきゃいん! ぁしゅきゃいん!」
 悲鳴を上げて戌アッシュは何処かへと逃げてしまった。
「あらら」
「逃げられてしまいましたね」
 パルマローザが肩をすくめているが、今追いかけてもあの逃げ足に追いつくのは難しいだろう。
「あっちの皆はどうかなぁ」
 リアトリスは仕方なく剣を鞘に納めて、通りの向こう側へ視線を飛ばした。

「ふああ……ぴきゅうー……何だか大変なものが暴れているねぇ……
 えーっと……アッシュ……だっけ、退治しようなのだ……
 考高、尊さん。がんばろうねぇ」
 おっとりとした声とは反対に、弓をきりりと引き分けながら天禰 薫(あまね・かおる)熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)八雲 尊(やぐも・たける)を見た。
 蹄の音をけたたましく響かせながら往来を走り回る亥――に良く似たアッシュ……否、アッシュに似た亥が、分身した考高に一点に追いつめられていく。
 亥と尊は互いに向かって同時に突進し、雌雄が決するかと思われた。
 だがその間を割って、濁流の如く雄鶏の群れが突っ込んできた。
 恐らく同じ穴の狢なのだろうに、敵味方の判別がつかない程頭が悪いのか、雄鶏に突つき回されて亥は少し離れたところへ逃げてしまった。
「けぇーっ! うぜえのばっか暴れてんのかよ! てめー! このー!
 ったく仕方ねえ……薫!熊!こいつら全部ぶっ飛ばしてやろうぜ!」
「応!!」「うん!!」

 と、格好良く決めたのは良いのだが――。
「てめーらそこで何やってんだよ! てめー! このー!」
 尊が叫んだのも無理は無かった。
 戦う三人の後ろに停まっている『謎肉屋台』に、ぞろぞろと客――もとい妙な連中がたむろしている。
 席を外しているらしい店主の代わりに、真ん中の席でどろりと撓垂(しなだ)れているのは東條 葵(とうじょう・あおい)だ。
「はーいサーシャ!」
「どうしてだろうな。面も声も同じでも、案外同じに見えないものだ」
 わざわざアレクと面識のある奈落人の真似をしてやったのに、醒めた目で答えられて葵は珍しく目を丸くしている。
「ふん? 思ったよりまとも――否、切れ者なのかな。
 ああ、ええと――
 Ja sam アオイ・トージョー.Drago mi je.」
「A? Stvarno!?
Da li vi znate maternji jezik?」
「Da malo znam.
 i,ja mogu govorim engleski.Koji volite?」
「Super!
 でも日本語でいいよ。有り難う」
 生来の放浪癖がある葵は、その影響でアレクの母国語を少しばかり喋れるようだ。南東欧独特の歌う様な発音の所為か、それとも数年振りの母国語での会話が楽しいのか、何時もの平坦なものと違って幾分か明るく弾んで聞こえるアレクの声だが、何を話しているのか分からないというのはベルクと陣にとって気が気では無い状況だ。
 ――これ以上ボケを増やされたらこっちが負ける。
 二人はそう思っていたのだ。
「さーっぱり分かんねえんだけど」
「つっこみどころは無いよな?」
「日常会話だ。安心しろ」
 ハラハラと様子を見守っていた彼らに首を振ってから、アレクは通りの向こうを振り返って手を振った。
 薫達が戦っている事を知っていたのだ。

「あっ、アレクさんなのだ……。
 どうしてここにいるんだろう。い、一緒に戦えるかな……? 聞いてみよう!」
 屋台へ向かって草履をぱたぱた鳴らしながら走っていく薫に、尊は文句を言いながら考高は渋々、場を引き受けている。
「こんばんは薫ちゃん」
「こんばんはなのだアレクさん」
「あのうざい生き物が居なければ良い夜だね
 ああでもそうか、――もしかして俺はあのアッシュに感謝した方がいいのか?」
「何がなのだ?」
「あいつらのお陰で貴女に会えたから」
 直後予想通りに刀をスカしてくれた考高を見て、アレクは人の悪い笑顔を浮かべている。
 恋人の薫がアレクに懐いているのが、そして当の本人のアレクの方は薫をどう思っているのか全く分からないのが、考高の大きな不安要素なのだ。
 確かに偶然薫に会えた事は悪く無いが、それよりも考高の面白い反応を見たいからこそ、アレクはわざわざ普段口にしない社交辞令を述べたのだ。
「あの……良ければ一緒に戦って欲しいのだ」
「薫ちゃんの楽しい仲間達が頑張ってるし、もう俺はいいんじゃねえかと思ったんだけど。駄目か?」
「駄目に決まってんだろいいから早く本題入れ!」
「ベルク。
 いいけどな。俺が出てったらこの話終わるぞ? 何てったって敵はあの【灰を撒く者】残念アッシュだからな。
 【テイフォン級(笑)ぼっち(笑)】の俺と対当に張り合える訳ねぇ」
「ボケに自虐にを混ぜるなんて高度な技しやがって。いいから戦いに行けっつーの!」
 陣に後ろ頭をはたかれて、アレクはだるそうに立ち上がり、クラッシュキャップを脱帽しながら黒檀のように黒々とした前髪をかき上げて、やっと背中の刀を抜いて――

 逆方向へ走っていった。
 バケツを手に、屋台の主人――アレクの宿敵と書いて読みはお友達の東條 カガチ(とうじょう・かがち)が戻って来たのを見つけたのだ。
「わーいカガチだー!! 首寄越せー!!」
「あれに見える我が宿敵アレクではないか。首置いてけ!」
 歯を剥き出しにした素敵な笑顔で鍔競りする仲良しさん二人に、陣とベルクは青筋を立てて叫んだ。

「「いい加減にしろ!!」」