リアクション
● 一行はメルの捕まっているという塔を発見すると、一気に階段を駆けのぼった。 その途中にモンスターに出くわすことはあったが、魔法弾や剣技、それにジャンケンを駆使してそれらを蹴散らしていった。 そうしてメルの囚われている最上階にたどり着いたとき、まっさきに部屋に飛びこんでいったのはアガレス・アンドレアルフス(あがれす・あんどれあるふす)だった。 「メル殿! お待たせいたしました! 勇気溢れる白鳩、いや、もとい、ダンディーなこの我輩が、メル殿を助けに参りましたぞぉ!」 なかなか格好良い謳い文句だ。だが、生憎と、アガレスはいま人前には出てはいけないような格好をしていた。 馬のケルピー・アハイシュケ(けるぴー・あはいしゅけ)に乗ってる? いや、それは良い。むしろ姫の救出者には馬はつきものだ。ダンディーな白の口髭と顎髭? それも良いだろう。むしろ、一部のファン層にはウケること請け合いだ。 では、なにがマズかったのか? アガレスは元々、白鳩だ。白鳩のアガレスはチョッキしか着ていない。『レーヴェン擬人化液』で人間の姿になったものの、擬人化液は身体を人間にしてくれるだけなのだ。つまり、チョッキ一枚しか着ていない、下半身丸出しのダンディー親父がそこにいる。馬に乗っていることで局部が隠れていたのが、幸いだったが。 「いいぃぃやああぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!」 そこからはスローモーションだった。 満面の笑みで近づくアガレスに、メルの右ストレートが見事にめり込む。そのままぐるんっと一回転させ、彼女はアガレスを窓からたたき落とした。「ぬおおおぉぉぉぉ」と、アガレスのさけびが遠く消えていく。 「フッ、わかってねぇなぁ、アガレス。メルが欲しいのは王子じゃなく、俺様みたいな強い馬だぜ!」 アガレスを失ったケルピーは、ここぞとばかりにメルにアピールした。キラン、と白い歯が光り、ニヒルが笑みがこぼれた。 「さあ、メル! 俺様の胸、もとい背中に飛びこんでこい! 俺様がお前を連れていって――」 二度目の、右ストレート。 先ほどのリピートのように、ケルピーもまた窓から殴り落とされた。 「もうっ! いったい何なのよですわ! 助けにきたのが変態と馬だなんて!」 「ううっ、お師匠さま、哀れです……」 メルはぷりぷり怒り、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)はハンカチで涙を拭いた。あんな成りでも、アガレスはリースの立派な師匠だったのだ。それがまさか貴族の小娘が放った一発で落下してしまうとは。涙がちょちょぎれる話だった。 「あら?」と、そこでメルがようやく気づいた。「あなた方、何者ですの?」 「ああ、こいつは失敬、お嬢様」 モンスターと戦うときに抜いていた剣を鞘におさめ、筆頭の十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が腰を折った。 「俺たちは君を助けにきた討伐隊の仲間さ。君のお父さんに頼まれたんだ」 「お父様に?」 「そうそう。みーんな、メルさんを助けるために、ここまで来たんだよ」 遠野 歌菜(とおの・かな)が仲間たちを示して言った。相棒にして恋人の月崎 羽純(つきざき・はすみ)はちらりとメルを見やり、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)はにこにこ顔でメルに笑いかけ、寡黙なヒルデガルド・ブリュンヒルデ(ひるでがるど・ぶりゅんひるで)は表情を変えなかった。すると、宵一がきょろきょろとしはじめる。 「あれ? 一人足りなくないか?」 仲間たちもみな辺りを見回し、確かに一人足りないことに気づいた。 「ルカさん、いったいどこに――」と、歌菜が言ったときだった。ぐわしゃんっ、と窓から音がして、そこから一人の娘があらわれたのだ。娘は壊れた窓ガラスが刺さって「あががが……」と哀れな声を出していたが、メルが見ていることに気づくと、きりりと顔を変えた。 「メル、お迎えにあがりました!」 いまさら何を言っているんだとお思いだろうが、これが歌菜たちの探していたルカルカ・ルー(るかるか・るー)だった。 急場でしのいだわりにはやたらと格好良く、メルはすっかりぼーっと見入ってしまっていた。窓ガラスさえ刺さっていなければ、まさに姫を救いにあらわれた王子様と言えよう。ただし、女性だが。 「ルカさん、ルカさん。いったい、なに考えてるんですか?」と、歌菜がこそっと耳打ちした。 「ん?」と、振り向くルカ。「なにって、お姫さまの救出は窓からって決まってるじゃない。お約束事は大事よ、歌菜」 「いや、お約束事って……ルカさん女の子だし、そもそも窓ガラス壊れてるし、だいたい、下からのぼっていったほうが安全……」 「だーっ、うるさいなー! そういうもんだからいいの! そういうことなの!」 ルカは子どもみたいに逆ギレし、歌菜はもうなにも言わなくなった。本人が望んでいるのであれば、言う必要はあるまい。それにメルを助けることにも成功したわけだし、結果オーライだ。 「それで?」と、宵一が言った。「これからどうする? このまま、直接連れていくわけにはいかないだろう? すぐに捕まるのが目に見えてるし」 「そうだね……」と、歌菜はつぶやいて、それからたずねた。「メルさん、ちょっといい?」 「はい?」 「もしよかったら、ちょこーっとお手伝いしてもらいたいんだけど」 そう言って、歌菜はメルの手を取り、近くにあった古びたチェストにももう一方の手を触れた。メルの顔をじっと見て、それから目をつぶり、イメージを固めていく。すると、やがてチェストはぐにゃぐにゃと形を変えて、メルそっくりの姿になった。 「おおっ、こりゃすげー」と、宵一は興奮した。 「これなら、メルさんの囮に使えるし、すこしは時間を稼げるでしょ?」と、歌菜は笑う。その歌菜の頭に手を置いて、「よく考えたな。でかしたぞ、歌菜」と羽純は褒めた。「えへへへ……」と、歌菜が照れくさそうにはにかんだのは言うまでもない。 「それじゃあ、こいつを連れて、まずは俺たちが脱出する」と、羽純は言った。「それから派手に逃げ回るから、頃合いを見て、歌菜、お前たちも脱出してくれ」 「了解。わかったわよ、羽純くん」と、ルカがからかうように言った。「歌菜もちゃーんと守るから、安心してよね」 羽純は顔をぼっと赤くしたが、それを悟られぬよう、すぐに聖邪龍ケイオスブレードドラゴンを呼んだ。口笛を聞いたドラゴンは、すぐさま塔の小部屋まで飛んでくる。偽メルとヒルデガルドを連れて、羽純は竜の背に飛び乗ると、素早く飛び立っていった。 ほどなくして、激しい爆破音や、火の燃えあがる音、兵士の悲鳴などが聞こえてきた。羽純が上手くやっているのだ。窓から外を見れば、ドラゴンが大地すれすれを飛び、神殿の壁や小塔を破壊して回っている。ミサイルポッドの飛ぶ音や、キャノン砲の爆発音は、ヒルデガルドのものと思われた。 「落とせ、落とせ! 娘が連れていかれたぞ!」「翼を狙えー!」「生かして返すなー!」などと、敵兵たちの声が聞こえるに、どうやら敵側はすっかり偽メルに騙されているようだ。 「さっ、僕らも行くでふよ!」 リイムがメルの手を取って、階段を降りはじめた。小さいながらに、その格好は勇敢な騎士そのものだ。英雄の剣に、英雄の盾、マントと鎧を着込み、リイムは果敢に塔を降りていった。が、敵兵の数はないものの、匂いをかぎ分けるモンスターどもは、リイムたちの前に立ちはだかった。 「くっ、まだいたのか、こいつらめ!」 宵一が言い、剣を抜き、モンスターたちに挑みかかった。 「僕らも負けていられないでふよ!」 リイムや、ルカや、リースが、立ちはだかるモンスターと戦いを開始する。英雄の剣はゴーレムの岩を叩き崩し、ルカがゾンビウルフを切り裂き、リースと歌菜は魔法で対抗した。メルはそれを、驚きや、おののきや、恐怖といった、複雑な感情が混ざり合った気持ちで見ていた。うずく気持ちもあった。小さな英雄が戦っている。ロマンを大切にする娘が戦っている。自分は守られている。ドクドクと心臓が高鳴り、居ても立ってもいられない気持ちになる。これは、何なのだろう? そのとき、歌菜がぽんと肩を叩いた。 「メルさん、女の子はね」と、歌菜はメルの目を真っ直ぐ見つめた。「守られてるばっかりじゃないんだよ。戦うことだって、大切なの。特に、自分の気持ちを伝えたかったり、なにかを成し遂げたいと思うなら」 「わたくしは……」 メルが答えようとした。そのとき、さまよう兵士の剣がメルを狙う。 まずい! 歌菜は思った。が、その前に、メルの手が歌菜の手の中にある槍へと伸びていた。ガッと槍を掴んだメルは、そのまま歌菜の手からそれを奪いとり、振り抜いた。ずごんっ、という鈍い音は、槍の穂先に叩き斬られたさまよう兵士のものだった。身体ごと鎧のすき間から真っ二つになったさまよう兵士は、生命の力を失い、がらがらがらと鎧だけになって崩れ落ちた。 はあ、はあ、とメルは息をせき切っていた。だけども、なぜか清々しい。自分の身を、自分で守る。わたしは自分で戦えるのだと、メルは実感した。 「歌菜さま……」 メルは歌菜にふり返った。すると、ぽかんとしていた歌菜は、急ににやりと笑い、右手をすっと挙げた。メルも戸惑いながら、真似をしたほうがいいのかと思って、右手を挙げた。パシーンと、歌菜の手のひらがメルのそれを打った。 「勝利のときにはね。こうするんだよ」 歌菜は言った。メルは笑顔になって、力強く「はい!」とうなずいた。 |
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