リアクション
● 「なんだ、あれは!」 誰よりもまっさきに神殿を脱出していたアクシューミが見たのは、倒壊する神殿からゆっくりと頭を出す巨人の姿だった。 それは儀式の間に鎮座していた彫像で、意識を取りもどしたそれは肉体を再び得たのだった。 「あれが……巨人グランドプロス……」 神殿の入り口から巨人を見あげていたリネン・エルフト(りねん・えるふと)は、そうつぶやいた。 「まったく、厄介なことになったもんだよねぇ」と、いつの間にか姿をあらわしていた清泉 北都(いずみ・ほくと)が言う。 リネンはぎょっとして、北都を見た。 「清泉! あなた、いったいいままでどこにいたのよ!」 「どこって、いろいろだよ。主に露払い的なものとかね」 「露払いって……」 リネンが見た先に、白銀 昶(しろがね・あきら)の姿があった。 「やっほー」笑顔で手を振る昶は敵兵やモンスターをふん縛り、ぐるぐる巻きにしていた。氷づけになったり、石化されていたりと、その状態は散々なものだ。リネンは、通りでモンスターの数が少なかったはずだ、と思った。 感心と呆れが混じりあった目で見てくるリネンに、北都は肩をすくめた。 「まあ、いいじゃない、こんなのはどうでもさ」と、ほほ笑みかける。「それよりも、あれをどうにかするのが先決でしょ」 実際、その通りだった。長年の眠りから目覚めたグランドプロスは、神殿を破壊し、それからついに森へとさしかかろうとしていた。巨人ゆえか、あるいはいまだ動きが鈍っているためか、歩みはゆっくりであるものの、ずしん、ずしんと、一歩ずつ進んでいた。が、その先にあるのは街だ。このままいけば、リリアンテ家のあるカナンの街が脅威に晒されるのは目に見えていた。 「それで?」と、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が仲間たちに言った。「どうすればいいのかな? あのままだと、街に着いちゃうよ」 「止めるしかないだろう」レン・オズワルド(れん・おずわるど)が言った。「いずれにしても、このままだとまずいのは目に見えてる。空を飛べる者は飛び、それ以外の者は足と止めるんだ」 「勝てるかな……あれだけの巨人を相手に」詩穂が、すこし弱気になって言った。 「勝てるさ」レンはほほ笑みながら言った。「その為に、俺たちがいる」 詩穂はうなずき、それから仲間たちは、グランドプロスのもとに向かった。 ● グランドプロスの復活には、『乙女の純血』が必要だった。 それを用意したのは六黒と刹那だった。睡眠薬でメルを眠らせた刹那は、彼女に気づかれぬようわずかな血を採取。それを六黒へと届け、イルームの最後の儀式を彼が受け継いだわけだった。二人、そして刹那のパートナーを含む四人は、巨人の肩に乗って大地を見渡していた。そこからは雄大な土地が見渡せ、カナンの荒涼とした大地と緑がわかった。このままグランドプロスが街を襲えば、被害は甚大なものになるだろう。だが、それでよかった。六黒にとっても、刹那にとっても、それが望みだ。もっとも刹那は、悪人商会に属する暗殺者として、平板に任務を遂行してるだけに過ぎないが。 「このままで終わるとは思えんな」と、六黒がつぶやいた。「しぶとい契約者たちのことだ。いまに追いついてくるぞ」 刹那はこくっとうなずいた。そのときである。刹那のそばにいたイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)が、センサーに敵の姿を感知した。 「マスター刹那――キマス!」 「はああああぁぁぁ!」 ペガサス『ナハトグランツ』にまたがったフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が、リネンとともに空からいどみかかってきた。すかさずイブは、武装を開いた。スナイパーライフルが敵を狙い、射出されるミサイルポッドが周りから飛びかかった。一縷の隙もない反撃。フェイミィとリネンは、悲鳴やうめきをあげながら、敵から距離を取った。 「あいつら、悪人商会の連中か!」と、フェイミィ。 「どうやらイルームの味方のようね」と、リネンが言った。 「どうする? いったん、体勢を立て直すか?」 「いいえ」リネンは断言した。「そんな時間はないわ。巨人が街へ着く前に、なんとか、この場で討つ! やれるわよね、フェイミィ?」 リネンの目がフェイミィを見やった。 「へいへい、やってみせるよ」フェイミィは苦笑し、肩をすくめた。「それが、オレたちの役目だからな」 そう、役目だった。同時に、巨人の歩く先にいるレン・オズワルドもまた、そのことを感じていた。 (さて……どこまでやれるか……) レンは拳銃の銃口をかまえ、グランドプロスに狙いを定めた。 いや、違う。狙いはその肩に乗る六黒だ。レンは銃弾を放ちながら、グランドプロスの身体を飛び移りに向かった。 「ノア、後は任せたぞ!」 「はい、レンさん!」と、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)。「グランドさん……あなたを、このままにはしておきません……」 レンの後を継ぎ、ノアは封印呪縛の準備をはじめた。 青白い光を放ち、魔石が輝きはじめる。グランドプロスが動きを止めたとき、ノアはそのなかに彼を封印するつもりでいた。 巨人の身体を飛び移り、レンが六黒のもとにたどり着いた。六黒は悠然と立ち、到着を待ちかまえていた。剣は漆黒を生み、レンの血を欲している。六黒はどくどくと躍動する高鳴りを覚えていた。 「レン・オズワルド……おぬしはまたもわしらの邪魔をするつもりか?」 「違う」と、レンは言った。「俺はただ、このグランドプロスを救いたいだけだ。俺にはどうしても、こいつが自らの意思で戦っているとは思えない。助けを求めているように、思えてならないんだ」 「ほう」と、六黒は笑った。「面白い意見だな。それが果たして本当かどうかは、確かめるすべもあるまい」 「方法は、あるさ」 レンは、右手をあげた。その手には、グランドプロスの両手両足に繋がれた鎖があった。目をつむり、意識を集中させれば、レンの心はグランドプロスの過去と同調する。いくつもの集落。いくつもの森。野生に目覚めようとするグランドプロスは、あるひとりの魔法使いに願いを託した。それは、自らの封印だった。力ある者は、いつかは利用される時がくる。グランドプロスは、自らの力に恐れていた。その大地を割る拳が、いつか名もしらぬ罪なき者を押し潰してしまうのではないかと。私は怖い。だから、頼む、命を守りし者よ。私を闇へ葬り去ってくれ。 レンは顔をあげた。大地の巨人グランドプロスは、心で涙を流していた。 「止めるつもりか?」と、六黒。 「ああ」レンは答えた。「お前に、決して邪魔はさせない」 六黒は笑った。狡猾かつ、血の飢えた笑みだった。 レンは跳び、引き金を引く。六黒の剣が、それに呼応した。 |
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