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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 後編

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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 後編

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■ ただ輝く機晶石洞窟の前 ■



 王 大鋸(わん・だーじゅ)手引書キリハ・リセンは指差しで説明をしていく。
「数は多いですが、大丈夫です」
「順番を間違えた場合は?」
「その時は一度訂正するという作業を入れます。ですが手順は同じですので心配しなくても大丈夫です」
 何度も大丈夫ですと繰り返されている大鋸の手元を黒崎 天音(くろさき・あまね)は、ひょいと覗き込む。
「波羅蜜多実業高等学校のワンちゃんの、こんな姿が見られるなんてねぇ……」
「どういう意味だぁ?」
 妙にしみじみと言われ、思う部分もあったのだろう苦笑い気味に言葉を返した大鋸に、言った本人である天音はひらひらと手を振った。そのままキリハへと視線を切り替える。
「少し聞きたいことがあるんだけど」
「どうぞ」
「クロフォードがロンの誘いを断れなかった理由って分かるかい?」
 声量を抑えた質問に、考える仕草をしてからキリハは顔を上げた。破名・クロフォード(はな・くろふぉーど)の事はキリハでも正確な所はわからないので、全ては推測になると前置きする。
「私は直接その場に居たわけではないですし、妹の言葉を信じれば断ったとは聞いていますが……そうですね、もし仮に誘いに乗ったのなら答えは一つだけです」
「何かな?」
「『求めているものを与えてくれる人』に『求めているものを与えられた』からです」
 それは、欲しがる、また、欲しがっている、という単純なる欲求。と、
 そして、それを満たしてくれる者には絶対たる服従を誓うだろうという断言。
「ただ、本当に今回は自分から断ったんだと思いますよ。でなければ、こうやって話す時間も存在しないでしょう。
 あの人は自分の役割は何かをわかっていて、そしてそれを成し遂げたい人ですから。使用者がそうと望んでいる状況を実現させていない時点で、抵抗していると見ていいです」
 ただ、ここまで現状を進ませている手記ロン・リセンの力技に圧(あっ)さているのも事実で、破名は自力で抜け出せないのだろう。このまま長時間望む環境を与え続ければその抵抗する気持ちも折れ、あとは坂道を転がる丸石の様に状況は一変するだろう。
「役割か……ねぇ、彼が道具として再構成される前の名前って、知ってる?」
 先の騒動で、行方不明扱いになり捜索の途中拾われた過去にあっただろう話に独自の解釈を入れて結果、疑問として問う天音に、キリハは真面目な顔で「知りません」とはっきりと答えた。
「元々古代文字を自在に使用できる『資格者』の作成はクロフォード博士独自の研究だったので、知っているのは博士と資料の管理を任されていた兄くらいではないでしょうか。クロフォード本人は覚えてないですし。混乱を避ける為にか施設内では一度として前の名前で呼ばれたことはないです。
 嗚呼、でも、個体を示すのが名前だと定義するなら、被験者番号なら残ってますよ」
 首の後ろに押された焼き印。クロフォード博士の研究に付き合う為に付けられた連番。装置になる前の純粋たる悪魔を示す名前というのなら、それが当てはまる。
 ″どこにそれがある″とは明確に答えず、キリハは真顔で続けた。
「ただ、あの人はそれを知られるのを嫌がるので、私が話したこともできれば内密にお願いします」
「嫌がるの?」
「前はそんな事無かったんですけどね、現代になってからは嫌がるようになりました」
 髪を伸ばしたのも半分はそんな理由だ。
 孤児院『系譜』の子供達は(彼等も察しがいいもので一切とその事に触れないし口外しない)別として、焼き印の存在を知っている人物に対しては最近こそ軟化しつつあるが、警戒心という名の距離を保っていた。
「こういうのは封印された影響なんですよね」
「キリハさん、君にも難しい事かも知れないけれど、壁の中の小人さんがいなくなったら子供達、随分悲しむと思うよ」
 破名だけではないと言われて、キリハは察する天音の言葉に「そうですね」と返した。
「望まれれば、の話になりますけど……。いつも気にして頂いてますね。本当に黒崎は子供達に優しくて助かります」
 言って、キリハが自然と視線を移した先にはブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)に声を掛けられているシーの姿があった。
「シー、王とお前に任せきりで悪いが、頼むぞ!」
 同胞からまたそれに関連した者達からの羨望を一身に集めるドラゴニュートの少女へと向けるブルーズの言葉には信頼に満たされており、これにシー・イー(しー・いー)は頷きでもって答えた。確かにと応えを受けて、ブルーズは守護者として天音の元に戻り、共に洞窟の最奥を目指す。



「被験者、か……慣れているとはいえ不快極まりない言葉だよね」
 呟くジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)は、露出した機晶石の洞窟へと視線を流した。一番高い場所には首を伸ばした砂色の老竜が座している。
「ロン、だったっけか、あの姉さんも目的の為に手段を選ばない結果、目的を見失っている。 ――そんな、感じだよね」
 自身の体験と照らし合わせれば、ちらほらと耳に届く言葉の響きはただ不快でしかなく、どうしてそんな結論に結びつくのか、当事者達の考えは理解し難い。
 壊獣だか何だかは知らないが、その一個体だけでは飽きたらず複数の個体に影響を及ぼす共鳴現象を伴う一斉走査受けて、果たしてそれを死ぬこと無く無事にやり過ごせたとしてもそれは準備段階でしかないと聞く。本番はその後に控えており、その結果人間を辞めるようなことになるのは、またそんな目に遭うのは勘弁願いたいとジブリールは何とかできないかと思うのだ。
 視界の隅に大きく深呼吸をしているシェリー・ディエーチィ(しぇりー・でぃえーちぃ)に気づき、ジブリールは近寄ると少女の名を呼び「あ、そうだ」と続けた。
「シェリー、この間はありがと」
 いきなり礼を言われてシェリーはきょとんと目を瞬く。
「なぁに、ジブリール。私何もしてないわ?」
「オレ、あの時(ロンとの対面時)舞花とオレを頼ってくれてスゲー嬉しかったんだ。
 今も不安だろうけど、大丈夫。シェリエさんや皆が居るし、周りに比べたら力不足かもしれないけど俺も傍に居る」
 スッ、と。ジブリールはシェリーの目を真っ直ぐと見た。
「オレでよかったらクロフォードさんの元までエスコートしてもいいかな?」
 聞かれて、エスコートという単語にときめくような経験をしていたシェリーは反射的に頬を染め、はにかんだ。
「そんな事ないわ。とても嬉しい。私こそ、よろしくね、ジブリール。
 あのね、舞花も一緒に行ってくれるって言うの」
 言って、一旦区切るようにシェリーは御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー御神楽 舞花(みかぐら・まいか)をちらりと見遣った。
 舞花は以前調査された時に作成されたマップを持参し、進み、そして退くことに最適と思えるルートを割出してはシミュレーションに何度もチェックしている。
「舞花だけじゃないわ。皆が来てくれて、とても心強いの」
 ジブリール、とシェリーは声のトーンを下げた。
「本当に私何も知らないの。色んな事を知り始めたのは皆と出会ってからなの。色んな人と出会って知るってことがとても嬉しくて楽しくて少し調子に乗っていたのね。あの、ロンって人を見て、初めて怖いと思ったの。色々と教えてくれるキリハは勿論、些細な事でも話をしてくれたクロフォードは答えるどころか姿さえ見れなかった。
 だから余計に知ってはいけないことがあるじゃないかと、世の中には知ってはいけないものがあるじゃないかと、ロンの″貴女のことはとてもよく知っているわ″っていう、私の知らない何かを知っていると自信たっぷりに語るあの目が怖くて、自分の好奇心を恨んだりもしたわ。
 でも私、此処まで来て引き下がる気は全然無いの」
 本当はね、とシェリーは続ける。
「ほんと言うとね、凄く怖いの。迎えに行くってキリハに言ったけど、ずっと悪いことばかり考えてしまって、前言撤回しそうになるの。だから、その、ね……」
 自分の胸の上に右手を添え、その右手に左手を被せたシェリーは、ゆっくりと視線を巡らし、面々の顔をしっかりと見て、少し赤くなった。
「来てくれて、ありがとう。いつも、たくさん勇気を貰っているわ」
 いつも甘えてばかりね、と照れを隠すように忙しく瞬きして、準備を終えてそろそろ行こうかとのシェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)の呼びかけに大きく頷くのだった。



 陽光よりも綺羅びやかな機晶石洞窟の入り口を前にして、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は、共有した情報を頭の中で反芻しつつ、苦笑した。
「先に僕の自由時間に自由な意思で関与しようとして叱責を受け、今回は身を慎もうと思ってあったところに、突撃命令……か。
 きっつぃね」
「言っても仕方ありませんよ」
 魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)からの窘(たしな)めの言葉にトマスは、わかっていると滲むように浮かべていた苦笑を消す。代わりに見据える目で、その先に居るだろう『彼女』の姿を求めた。
「″手段″や″目的″……まるで哲学みたいだ。
 僕は人を、手段として取り扱いたくはないし、その様に行動してきたつもり。そして、これからもなるべくその様にありたい……とは、思っている」
 子敬は勿論、テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)もパートナーたるトマスを見た。
「軍に籍を置く者としては、甚(はなは)だ取り扱いの難しい哲学だ。
 任務によっては『人を』ではなく『自分自身ですら』を、手段として用いらなければならないのだからね」
 本当に難しい、とトマスは感情を重ね、閉じた唇を引き結ぶ。
 手記ロン・リセン。
 今は亡き死者ロン・リセン教授の妄執。記憶の残り滓に過ぎない魔導書。
 客観的かつ論理的、そして全くの赤の他人という立場から見たトマスが下した判定は、実にはっきりとしていた。
 それは、死者と共に消えて当然だったもの。