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リアクション
その後、分隊は美央率いる本隊に投降する形になった。マイトとルイ、朔は美央の『犠牲者ゼロ』の理念を守り、この時点で死亡した敵はゼロであった(必要悪という形で、腕を斬り落とされた隊員や隊長も、命は繋ぎ止めた)。
「……はい……これで、もう痛くないと思います……」
レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)の治療を受けた従龍騎士が、頷いて答える。ここでの戦闘は既に終了しており、その状況では敵も味方もなく、怪我をしているかそうでないかの違いしかない。尤も、怪我をしているのは全て、敵だった者たちなのだが。
「さ〜てと、こいつらどうすんのさ? まさかここに放置ってワケにもいかないんじゃない?」
レイナの護衛をしていたウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)が、美央に尋ねる。周囲は雪に覆われており、昼間であっても凍えるように寒い中、体力の低下した隊員たちを一日放置すれば、死んでしまいかねない。それに、既に彼らは捕虜であり、最低限の命の保証はしてやらねばならなかった。
『ふむ、ではこうしましょう。彼らには、エリュシオンとの戦いが終わるまで、雪だるま王国に住んでいただきましょう。
何でもイナテミスでも、敵として戦った者たちを受け入れる旨を町長が宣告したようです。何もおかしいことではありますまい』
「分かりました、では、それで行きましょう。差し当たっては、ここから雪だるま王国までの移動手段ですが……」
『個々にであれば別の手段もありますが、まとめて運ぶのであれば、葵様のパートナーが搭乗されているイコンを“馬”に、ソリを挽かせるのがよろしいかと。出力が三割とはいえ、十分以上のパワーでしょうから』
こうすれば、例えば敵を眠らせるかビビらせるかして戦闘する意思を奪った際、『その場に放置したことで吹雪による低体温症の発症を防げる』ことになる。それを聞いた葵は、思案の末黒子とイレーヌにそうしてもらうようにお願いする。
『葵ちゃんの望みとあれば、実行するまでです』
『まあ、構わぬが……惜しいのう、奴らに恐怖というものを教えてやれると思ったのだが』
『ダメですよ、殺傷は葵ちゃんが悲しみます』
『そんなことは分かっている』
これで、輸送手段は決まった。次は、輸送するためのソリの作成だ。
「カヤノ、作ってやりゃあいいじゃん」
「あたしが!? ……ま、作れって言うなら、やってあげるけどね」
そう言って、カヤノが氷を組み合わせてソリを作る。……だが、どう見てもソリというか、長方形の箱にしか見えない。
「だっはっはっは! カヤノ、センスねぇなあ!」
「うっさいわね! あんまりからかうと冷凍するわよ!」
そんなこんながありつつ、ともかくソリも完成した。
「後は、この者たちをひとまず今日のところはバケツ要塞にご招待して、監視には……スカサハさん、アテフェフさん、お願い出来ますか?」
朔が美央の守りにと向かわせた二人、スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)とアテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)に、美央が捕虜の監視と、敵が直接要塞を攻めてきた時の迎撃をお願いする。
「むー、女王陛下は平気なのでありますか?」
「私は、皆さんがいますから。それに私、結構強いですから。
それに、雪だるま王国にお迎えした時点で、この者たちも雪だるま王国の国民です。私は女王として、国民を守らねばなりません。
私の代わりに、この者たちを守ってあげてください」
ぺこり、と女王に頭を下げられては、スカサハも従うほかない。
「どうでもいいわ、とにかく守ってればいいんでしょ?」
対象が朔でないからか、乗り気でない様子のアテフェフ(それでも朔に美央のことを頼まれている以上、やることはやるつもりでいた)とスカサハ、それに捕虜を乗せたソリを、黒子とイレーヌが乗るイコンが引っ張っていく。
「さあ、行きましょう。戦いは、まだこれからです」
美央の言葉に皆が頷き、戦場を前へと進んでいく――。
そして、黒子とイレーヌの駆るイコンによって運ばれてきた負傷者(主に、敵の従龍騎士)は、怪我の程度が浅く体力に余裕のある者はバケツ要塞に留められ、より治療が必要な者から優先的に、伊坂 紅蓮(いさか・ぐれん)とナズナ・シザンサス(なずな・しざんさす)が待機する王宮の医務室へと運ばれていった。
(ぐ……怪我人は見慣れているとはいえ、これは……)
運ばれてきた負傷者を目の当たりにし、紅蓮が顔を歪める。ちょっと擦りむいたでは済まない、両の腕が肘の辺りから斬り落とされている患者は流石に、場数を踏んできたつもりの紅蓮でも未体験の領域であった。
(……落ち着け、俺。俺がやらなくて、誰がやる? ここには今、俺とナズナしかいないんだ。本格的な治療はイナテミスの病院で受けてもらうにしても、悪化させないための措置は必要だ。今まで勉強したことを発揮するんだ……!)
気を取り直し、紅蓮が治療を開始する。幸い、医療関連の道具や設備は、事前に準備がなされていたこともあって、イナテミスの病院ほどではないにしろ整っていた。適切な処置を施しさえすれば、少なくとも悪化することはないだろう。
「紅蓮さん、必要な物がありましたら言って下さい。融通の利く物はイナテミスの方から持ってこれるそうです。同時に怪我人の移送も請け負うそうです」
医務室に入ってきたナズナが報告する。これも事前に、ミスティルテイン騎士団の名目で訪れていた風森 望(かぜもり・のぞみ)が補給ラインを繋ぎ、手配を施していたことが功を奏した。前線と雪だるま王国、イナテミスがこれで一本のラインで繋がれていることになる。
「そうか、それは有り難い。分かった、必要な物があればすぐに言う、その時はお願い」
紅蓮の言葉にナズナがはい、と答え、自らは雑務などの治療以外のことに従事する。主な治療を紅蓮が引受け、それ以外のことをナズナが担当する役割分担だ。
(環境は揃った……後は、俺のやるべきことをやるだけだ。それが必ず、犠牲者ゼロに繋がるはずだから……)
決意を新たにし、紅蓮が目の前の患者を治療に取り掛かる。治癒を受けた者は、急を要するものでなければバケツ要塞に返され、一部の怪我の程度が激しい者たちは、雪だるま王国からイナテミスへ搬送され、本格的な治療を受けるために『イナテミス総合魔法病院』へ移される――。
「隊長! 敵の勢いは凄まじく、既に三個分隊が壊滅! 第一小隊は潰走に陥っています!」
前方の部隊から寄越された伝令が、ゴルドンに状況を報告する。僅か数名の敵兵に、こちらの兵士約一〇〇名がやられた計算だ。
「敵は、指揮官狙いに徹している模様です。また、投降した我が兵士を捕虜として扱い、治療も施しているそうで」
「そうか、報告ご苦労。……誠に不相応だが、居たたまれない気分だよ。一小隊を分隊以下の人数で圧倒する敵ならば、既にここまで辿り着いていてもおかしくない。なのに来ないということは……」
呟き、ゴルドンが瞑目する。
果たして、軍人でない者たちを相手に、軍人の戦いをしていいのだろうか、そんなことを一瞬だけ考える。
「我が方の残存兵力は?」
「ハッ、現在三五〇名余りかと」
部下の報告を受けたゴルドンが、自らの方針を口にする。
「三〇〇名で、前方の血気盛んな者たちを止めろ。三倍の兵力を当てれば、さしもの彼らも足が止まる。その隙に、残り五〇名は背後の部隊を強襲しろ。
おそらく背後の部隊は、衛生兵等の非戦力部隊を抱えているはずだ。そいつらを優先して狙え」
「了解しました!」
命令を伝えに、伝令が駆ける。
(……許しは請わない。これが戦争なのだからな)
順調に進軍を続けていた特攻部隊だが、ここにきて敵の連携が回復し始めたか、進行速度が鈍り始める。
(敵が密集し始めたか……流石エリュシオン、混乱からの回復が早い)
朔が剣を振るい、マイトが槍を振るって応戦するが、敵は瞬く間に数を増やし、彼らの前に立ちはだかる。
「ああっ、ルイ! 向こうの人たち、セラを無視して走っていっちゃったよ!」
ブリザードを見舞ったセラが、まるで戦場から外れるように駆けていく従龍騎士たちを見つけ、ルイとリアに報告する。
「まずいぞルイ、奴らはおそらく後方の仲間を狙うつもりじゃないのか?」
「おそらくそうでしょう……ですが、今は美央さんや仲間の皆さんを信じるしかありません! 私たちは何としても、この部隊の指揮官のところまで辿り着かねばならないのです!」
敵の振るったランスを受け止め、取り上げ、そのランスで前方からやって来る従龍騎士たちを薙ぎ払う。力任せに振られたランスは数人の兵士を吹っ飛ばし、雪面に転がす。
「前方に集団を発見! おそらく、敵の後方部隊と思われます!」
斥候の報告を受け、別働隊を率いる隊長がうむ、と頷く。
「一人たりとも逃すな! 逃せば我らの命がないぞ!」
配下の兵士に命じ、そして一行は視界に、ペガサスに乗った少女が率いる部隊を入れる。報告では、彼女が雪だるま王国の女王として部隊を率いているはずであった。
「進めーーーっ!!」
数瞬の間に駆逐できるはず、その思いは直後、見事に裏切られることになる――。
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