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リアクション
●雪だるま王国近郊
「た、隊長! 輜重兵小隊が、敵の奇襲を受けました!」
「何だと!? くっ、こんな時に……やってくれるな」
輜重兵小隊所属の伝令から報告を受けた第一歩兵中隊隊長、ゴルドン・シャインが、敵の行動に賞賛とも取れる言葉を吐く。彼は、率いている中隊のうち、輜重兵小隊を後方に待機させ、残る三個歩兵小隊で吹雪の中を分け入り、雪だるま王国を抑え込む算段でいた。
しかし、進軍を続ける度に、腹痛を訴える兵士が続出した。今ではその数は、一個小隊に値する。下痢などの症状が見られず、ただ時間毎に増す痛みだけに苛まれることから、敵が何らかの魔術的罠を張ったことが予測できた。
(敵が罠を仕掛ける可能性を、読んでいなかったわけではないが……)
ゴルドンは、敵は雪だるま王国に建設されているという要塞に篭るものと思い込んでいた。籠城の準備に追われ、罠を仕掛ける余裕などないと踏んでいたのだが、敵の中にも胆力を有する者がいるらしい、そう思うようになった。
「すぅ……すぅ……」
「…………」
同時刻、ゴルドンに『胆力を有する者』と称された者たち、ラムズと『手記』は夜通しの作業が影響したか、王宮の一室で深い眠りについていた。あえて起こさなかったのは、彼らの行動を知っていたメイルーンが、カヤノと美央に事の次第を話し、二人がそっとしておこうと決定したためである。二人の分まで戦うことを、誓った上で。
「小隊の方はどうなっている?」
「はい、食料や医療品などは焼かれましたが、燃料や弾薬は無事とのことです。輜重兵は独力で後退を始めており、物資以外は被害も軽微で、撤退に支障はないようです。敵の姿は確認できませんでしたが、攻撃が小規模だったので、人数はそう多くなかったであろうと思われます」
兵士の報告に、ゴルドンは敵の姿がなんとなく見えてきたような思いがした。
通常、輜重兵を狙う場合はその構成員全てを殲滅するのが定石。下手に情報を持ち帰られても困るし、撤退させるだけでは結局は一時凌ぎに過ぎず、戦力を無駄に消費してしまうことに繋がる。
(これを甘いと称するか、人ゆえの優しさと称するか……だが今は、その温情が命取りになるぞ)
これは戦争、結局は命の奪い合いでしかないのだという思いを胸に、ゴルドンは奇襲をされぬよう周囲の警戒を最優先するように伝達する。罠を張るような真似をする敵のこと、もしかしたら要塞を出、積極的に迎撃に出てくる可能性を見越してのことであった。
「吹雪も弱まった……出るなら今、だろうからな」
そしてしばらくの後、前方に出した斥候から、敵兵襲撃の報が告げられたのであった――。
「止まれ、状況を確認しろ」
分隊長の指示で、隊員が一時停止し、周囲の状況を確認する。以前より収まったとはいえ、吹雪は五感を鈍らせ、移動を妨げる。隊員のうち数名が腹痛を訴えている状況では、いくらエリュシオンの軍人といえども、奇襲を浴びれば瞬く間に潰走に陥りかねない。
「……異常なし!」
「よし、進軍開始――」
「ヒャッハー!!」
分隊が行動を開始しようとした直後、地面の雪が吹き上がり、そして突如現れた(彼らにとってはそう見えた)槍を持つ青年が分隊に斬り込む。
「イルミンスール武術師範代、マイト・オーバーウェルム! 命令出してる奴はどいつだ!」
名乗りを上げたマイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)が、手にした槍を振るいながら部隊の隊長格にアタリをつける。組織として厳しい訓練を受けたが故に、隊長を取り囲むように布陣を組んでしまうことが、今回の場合は仇となる。
「お前だな! 俺はお前を倒して、イルミンスール武術を広く認知させる! だから早速倒れやがれ!」
「好き勝手言ってくれる! 一人で乗り込んでくるとは、威勢のいい、だが!」
総勢三〇名の従龍騎士が、それぞれ槍を携え、マイトと相対する。
「へっ、一人じゃねぇぜ」
マイトが答えた矢先、従龍騎士の上空から別の影が彼らを覆い、次の瞬間、まるで爆発が生じたような衝撃が巻き起こる。
「ぐわあぁぁ!!」
衝撃で宙に放り上げられる従龍騎士たち。大きく雪が舞い、やがて風に吹かれて消えた後には、ルイ・フリード(るい・ふりーど)の姿があった。
「そう、一人ではありません! 大切な友人達と共に、私はあるのです!」
地を蹴り、ルイが躍動する。巨体からは想像もできない軽やかな動きを以て、従龍騎士の懐に飛び込んだルイの拳が、纏っていた鎧を打ち砕いて従龍騎士を吹き飛ばし、戦闘不能に持っていく。
「やってくれたな!」
初撃で槍を破壊された兵士が二人、両脇から鋭剣を抜き、ルイに斬りかかる。が、剣はルイの皮膚を傷つけることすら叶わず、折れて使い物にならなくなる。
「この鍛え続けた身体は誰かを護る為に、理想を実現させる為に!」
狼狽えた二人をルイが一気に掴み上げ、上空に放り上げる。空中で衝突した二人はそのまま地面に落ち、うぅ、と唸り声をあげて倒れ伏す。彼らのことは、後方から迫る美央率いる部隊の中に配属された衛生兵が治療をしてくれる手筈になっていた。
(美央さんの言う敵味方双方の犠牲者を出したくないという想い、私も共感出来ます。相手が亡くなればその人の友人、家族を悲しませ憎しみが生まれるでしょう。その憎しみがまた誰かを傷付け、新しい憎しみが……)
無論ルイも、相手が歴戦の強敵で、相手はこちらを殺す覚悟で向かってきていることは承知している。殺さず、戦闘不能にさせることの難しさも、分かってはいた。
(それでも、憎しみの連鎖は、あってはなりません!)
覚悟を決め、ルイが身体を前に進める。
今はこの身体が動かなくなるその時まで、前に進むのみ――。
「この先へは進ません!」
瞬く間に半数に減らされた分隊の、隊長を守るべく隊員がルイを囲むように布陣する。
……しかし、労せずして後方につくことが出来た、そのことが彼らにとっては不運でもあった。
「がっ――」
彼らの背後から銃撃音が響き、弾丸を浴びた従龍騎士がぼふ、と雪原に伏せる。何が、と背後を振り返った兵士たちは、筒状の何かを二つ抱えた(エリュシオン軍には機晶姫、および機械技術の類は一部を除き採用されていないため、彼らはガトリング砲がそれだと知らない)リア・リム(りあ・りむ)と、箒に乗り掌に氷の結晶を浮かび上がらせたシュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)の姿を目の当たりにする。
「セラ、ルイを巻き込むなよ!」
「分かってるって! リアも、敵を絶対近付けないでよ? セラ、脆いんだから!」
軽口にも取れるやり取りを交わしながら、しかし二人はきっちりと『指揮官狙いに扮するルイを援護する』役割を果たしてみせる。氷漬けにされ、あるいは弾丸に撃ち抜かれ、ルイの背後に回っていた従龍騎士が次々と戦闘不能に陥らされる。
「ぬぅぅぅん!!」
そして前方では、ルイの振るった拳が従龍騎士を跳ね飛ばし、そのまま昼間の星になる勢いで吹き飛んだ後、地面に落ちて気を失う。
「おのれ、たかだか四人に、こうまで!」
既に数名まで減らされた分隊が、それでも抵抗する意思を失うことなく一行に立ち向かおうとする。
「皆さん、ここは私とカリンに任せ、先を。敵の連携が十分でない今が、各個撃破する絶好の機会です」
そこへ後方から、鬼崎 朔(きざき・さく)とブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)が合流し、ルイとマイトに先へ行くよう促す。表向き渋々といった様子でカリンが、『彗星のアンクレット』を用いて二人とそのパートナーの素早さを上昇させる。
「そう行かせるとでも――」
集団の脇を行こうとした彼らを、従龍騎士の一人が追撃しようとして、振るった槍がごとり、と地面に落ちる。
「……は?」
一瞬何が起きたか分からないといった様子の従龍騎士は、次の瞬間脳に伝わる激痛に悲鳴を上げる。踏み込んだ朔が剣を振るい、従龍騎士の腕ごと斬り落としたのだ。
「……私は、彼らとは違うぞ? 五体満足でいたければ、余計な手出しはせずに国へ帰れ」
雪だるま王国の鬼神、『白魔将軍』の脅威を振り撒く朔に、隊員は背こそ向けなかったものの、じりじりと後退を始める。
「ならば、俺が相手だ!」
痺れを切らした分隊長が、ランスを構え突撃を図る。横、および後ろの守りをカリンに任せ、朔は正面からやって来る分隊長と相対する。
(最初は突き、そこから私が避けた方向へ、薙ぎ払い……!)
敵のちょっとした動作から行動を読み切った朔が、まずは敵の突きを横に飛んで避ける。すると分隊長は、背後に回られるのを防ぐために身体を捻り、ランスでの薙ぎ払いを繰り出す。
しかし、薙ぎ払った先に、朔の姿はない。
「どこだ!? ……まさか――」
上を見た時には、既に時遅し。振るわれた朔の剣が恐るべき切れ味を以て、分隊長の両腕を切り落とす。
「がぁ――」
分隊長としての使命か、悲鳴を上げたりのた打ち回ることをせず、噴き出す鮮血を零しながら、視線を逸らすことなく立ち尽くす。トドメを刺されることを逃げようとしない、覚悟の表れであった。
「……行くぞ、カリン」
「ああ」
そんな分隊長に、朔は一瞥しただけで視線を外し、カリンと共に先行した者たちを追う。
「待て――」
彼が発せたのはそこまで、既に大量の失血をしていた分隊長が、どさ、と雪原に伏せ、難を逃れた隊員が慌てて応急処置を施す――。
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