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リアクション
●イナテミス:ミスティルテイン騎士団イナテミス支部
「来てくれてありがとう、さ、中に入って」
建物の入口で警備をしていたグリューエント・ヴィルフリーゼ(ぐりゅーえんと・う゛ぃるふりーぜ)に礼をして、メイベル一行が中へと入る。中にはフレデリカとルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)、先に来ていたミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)、シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)とデューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)の姿があった。
「……分かりました。では、メイベルさんが提案され、町長さんが決定したイナテミスの方針を、ウィール支城と雪だるま王国の方にも伝えておきましょう。二つの戦場で受け入れ切れない分を、イナテミスで受け入れられるようになれば、治療が受けられないという事態は防げるはずです」
フレデリカが言い、ルイーザがそれらへ決定事項を通達する。
「住民の避難については、ミレイユさんとメイベルさんにお願いします。
精霊塔からの情報をこちらに送ってくれるように手配しました。何かあり次第、皆さんの元に送ります」
既に、中心部以外から中心部へ避難しようとしている者たちがいることが、ソアの観測によって判明し、情報として提供されていた。中心部では今のところ目立った動きはないが、いつトラブルが起きるとも限らない。
「うん、分かったよ。じゃあ、こっちはワタシたちが向かうね。シェイド、デューイ、行こっ!」
「ええ、急ぎましょう」
ミレイユの言葉にシェイドが頷き、二人の背中を追うようにしてデューイが続く。メイベル一行も別の避難民を誘導するために支部を後にし、中はフレデリカとルイーザだけになった。
「篠宮さんの方とも連携は取れている……。もう夜になる、本格的な戦闘は明日から?
でも、雪だるま王国に歩兵が向かっているって話だし……気は一瞬たりとも抜けないわね」
【アルマゲスト】の一員として、拠点である『田中さん家』で情報ネットワークを展開する篠宮 悠(しのみや・ゆう)との連携状況などを呟いて、フレデリカがぽふ、と応対用のソファーに腰を降ろす。
「フリッカ、あまり気を張り詰めすぎないで下さいね? 休める時に休んでおかなければ、肝心な時に力を発揮できませんよ」
「大丈夫、分かってるって」
ルイーザの背中越しにそう答えたフレデリカだが、しばらくしてルイーザが振り返ると、ソファーに横になってすぅ、と寝息を立てていた。
(フリッカ……)
立ち上がり、ルイーザがフレデリカに毛布をかけてやる。
「ん……フィリップ君……」
身じろいだフレデリカの口から紡がれる言葉を聞き、ルイーザが直前のフレデリカのやり取りを思い返す――。
「……あの、フィリップ君のこと、守ってあげてください。
お二人になら、私は安心して任せられます。どうか、お願いします」
フレデリカが、水晶の向こうの相手に告げていた言葉。
あれはおそらく、ウィール支城に向かったフィリップの護衛を、誰かに頼んでいたのだろう。
(二人、と言いましたね。一人はルーレンさんで間違いないとして、もう一人は……)
そこまで思い至ったルイーザが、そのような場合ではないとばかりに首を振る。
(フリッカには、さぞ辛かったでしょう。……今はゆっくり休みなさい、フリッカ……)
ずれかけていた毛布を直してやり、ルイーザが業務に戻る――。
「戦争って聞いて、慌てて逃げてきたんだ。俺たち普段はここに住んでないけど、受け入れてもらえるだろうか?」
「大丈夫、安心して。町長さんが受け入れるって言ってたから。
……シェイド、どう? 他にいる?」
「こちらに居る分で、ひとまず全員のようですね。移動しましょう、ミレイユ」
周囲を確認したシェイドが、ミレイユに移動を促し、ミレイユを先頭に、シェイド、そしてデューイが殿を務める形で、避難民の誘導が開始される。避難場所に定めた『イルミンスール武術イナテミス道場』は大通りに面していることもあって、さしたる混乱もなく到着することが出来た。
道場は、それ自体が訓練生の訓練に耐えられる程度の造りになっており、隣に併設された倉庫はより強靭なシェルターとしても機能する。食料や水も、『イナテミスファーム』と提携を結んでいることもあってある程度は確保されており、まさに避難場所として最適であった。
「いち、にい、さん……うん、全員いるね。避難かんりょー!
後はフレデリカさんに連絡を――」
言って、ミレイユが携帯を取り出した所で、ぴた、とその動きが止まる。
「……ミレイユ、ニーズヘッグさんのことが気になるのですか?」
シェイドの言葉に、あはは、と笑って、ミレイユが思いを口にする。
「……何だろう。校長先生も一緒だし、大丈夫だ、って言い聞かせてるのに……不安で仕方ないんだよね。
連絡……取りたいな。でも……邪魔になっちゃうかな」
携帯を弄ぶミレイユに、横に立ったシェイドの言葉が降る。
「ニーズヘッグさんは、ミレイユのことを決して邪険にはしませんよ。
話して、会えるなら会って、不安が解消できるなら、そうした方がいいです。……でないとミレイユのことです、何かあった時に飛び出しかねません」
「も、もう〜。そんなこと……しちゃうなあ、きっと。
……うん、分かった。ちょっと、電話してみる」
意を決して、ミレイユがニーズヘッグに電話を掛ける。
「あっ、もしもし。ワタシ……です。……うん、そうだよ。
今……どこに居るの?」
ニーズヘッグが『しゅねゑしゅたぁん』に居ることを聞き、駆けつけた(もちろんその前に、フレデリカに避難完了の旨は報告した)ミレイユ一行を、同じくニーズヘッグの契約者である五月葉 終夏(さつきば・おりが)と如月 玲奈(きさらぎ・れいな)、関谷 未憂(せきや・みゆう)、そして今は人の姿のニーズヘッグが出迎える。
「イナテミスに来てんのは四人か。他ん所に五人行ってたはずだな。こいつが鳴りっ放しだぜ」
大分操作に慣れてきたらしい携帯を弄ぶニーズヘッグ、そこでミレイユは、足りない存在に気付く。
「あれ? 校長先生は?」
「あ? チビならあっちで何かじゃれ合ってんぞ。構う気も邪魔する気もねぇから放置してきた」
指だけ差して、ニーズヘッグが告げる。宿屋の一室では、もちろん当然のように付いて来た神代 明日香(かみしろ・あすか)が、エリザベートの世話を焼いていることだろう。
「で、だ。オレ自身は、戦場に出るつもりでいた。黙って見ていられる性分じゃねぇしな。ま、契約者のヤツらが来るってんなら、オレも話を聞くつもりだったけどな。
……そしたらよ、こいつら、オレと一緒に行く、って言うんだぜ。ったく、どんだけ危険なのか分かってんのか?」
ニーズヘッグの言葉にミレイユが、ニーズヘッグと共に行く覚悟を固めた終夏、玲奈、未憂に順に視線を向ける。普段と変わらないように見えたり、妙にテンション高かったり、緊張しているように見えたりしつつ、強い意思を秘めているように感じられた。
「ま、他んヤツらも、好きにすればいいだの、一緒に酒を飲もうだの言いながら、行ってくることを否定しなかったな。一人、イナテミスに留まってイナテミスの住民を守ってほしいって意見あったが……そいつには戦場で会えた時にスマン、と謝っとくか」
そんなことを言うニーズヘッグを見ていると、ミレイユの中に、自分も一緒に行った方がいいのかな、という思いが浮かんでくる。
「あ、あの――」
言葉を紡ぎかけたミレイユは、着信を知らせる携帯を疎ましげに取り出し、しかし相手がフレデリカと(正確には、フレデリカが休憩中とのことでルイーザだった)知って表情を変える。
「はい、ワタシです。……はい、今は『しゅねゑしゅたぁん』に居ます。……え? 避難民がすぐ近くに来ている?
……分かりました、ワタシたちで誘導に向かいます」
電話を切り、ミレイユがニーズヘッグへ視線を向ける。
「仕事あんだろ? 行ってこいよ、ミレイユ」
「うん……だけど……」
ニーズヘッグにもしもの事があったら、その思いが胸に引っかかって、次の行動を取れなくしていた。
「あー、なんだ、上手く言えねぇけどよぉ……気にすんな。テメェに迷惑かけるような真似はしねぇよ。
オレなりに必死こいてやっから、テメェも必死こいてやれ。そうすりゃ、なんとかなんだろ」
「……うん、ありがと、ワタシのために気使ってくれて」
微笑むミレイユに、別に何もしてねぇよ、とニーズヘッグが呟く。
「じゃあ、ワタシ、行くね」
「おう、行ってこい」
また、と手を振り合って、そしてミレイユは二人を連れて、避難民の待つ場所へと駆け出す。
「……行っちゃったね。ミレイユさんのためにも、ここにちゃんと帰ってこないとね、ニズちゃん」
「別にアイツのためじゃねぇよ。……つうか、テメェらも戻るんだからな?
そこんとこ、チビも入れて話しとかねぇとな。……ったく、まだ何かやってんのかぁ?」
はぁ、とため息をつくニーズヘッグを先頭に、他の者たちが宿屋の二階へと足を運ぶ――。
そして、イナテミスを覆っていた夜の闇が、少しずつ晴れていく――。
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