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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)

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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)
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第13章 ナラカの底へ

 巨大良雄防衛に先駆けて、ひとつの事案が浮上していた。
 斯波大尉死亡の後、3号艦の指揮官が不在になることである。
 当初は、長曽禰少佐が兼任しようとしたのだが、とりあえず、誰かに代理を任せよう、という流れになった。

「不甲斐なきことよ。
 ならばこの艦の指揮、わしが率いてやろうか」
 そう言ったのは、御座船から3号艦に移った三道 六黒(みどう・むくろ)だった。
「虎は死して皮を残すが、前の艦長は余程の暗愚と見える。
 残ったのが泥船と有象無象ではな」
「少佐」
 むっとしたパートナーの世 羅儀(せい・らぎ)を抑え、叶 白竜(よう・ぱいろん)が名乗り出た。
「許されるのであれば、私が3号艦の指揮者として立ちたいです」
 ふん、と六黒は白竜を見下す。
「おぬしに務まるのか」
「失礼ながら、その言葉はそのまま返させていただく」
 彼に指揮官を任せたところで、3号艦が統率されるとは到底思えない。
 剣呑な空気になりかけたところを、長曽禰少佐が制した。
「揉め事はやめろ。
 叶少尉、任せる。二人とも、それでいいな?」
「よかろう」
 長曽禰少佐の任命に、六黒はあっさり引き下がった。
「それが決定なら、仕方あるまい。
 後悔することにならねばいいがな」

「煽るだけ煽ったものよな」
 ナラカへ降りてきたパートナーを出迎えた、奈落人の虚神 波旬(うろがみ・はじゅん)は、戻って来た六黒にそう言った。
「余計なことよ。
 おぬしはおぬしの働きをすればよい」
 六黒は一蹴する。
「あなたも、神を名乗っているの」
 魔女のネヴァン・ヴリャー(ねう゛ぁん・う゛りゃー)が波旬に訊ねた。
「お初にお目にかかる、娘。
 わしのかつての名は大自在天。
 今は奈落の民と成り果てているが、いつか完全なる復活を遂げようぞ。
 さて、その仮面は返していただこうかな」
 ふうん、と、手にしていた彼の仮面を軽く玩びながら、ネヴァンは笑った。
「色々いるのね……」
「さて、それでは見に行こうではないか。
 地上最強の力とやらをな」
 船賃分の働きはしようというのだろう、任せよ。と波旬は言った。


◇ ◇ ◇


 轟く爆音や、響く振動。
 1ヶ月間、殆ど自室で寝て過ごしていたフィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)は流石に起き出した。
「もー、何だよ? 折角気持ちよく寝てたのに」
 寝起きの頭をぼりぼりと掻きながら様子を窺うと、フィーアの乗る飛空艦、3号艦は大変なことになっていた。
「あらら……。
 仕方ない、安眠を護る為だ」
 戦うことにしたものの、イコンもスーツも借りるつもりのない生身のフィーアは、デスプルーフリングも持たない為、艦内に突入した敵の排除が主となるが、既に斯波大尉によって艦内白兵戦は終了し、今は、巨大良雄の防衛戦が始まろうとしている。
「……んじゃ、まあ、果報は寝て待てといきますか……」
 敵が現れるまで昼寝でも、と、フィーアは通路の隅に転がった。



「長曽禰少佐、予測装置のプログラムを借りてもいいですか?
 予測の精度を上げられないか、挑戦してみます」
 湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)が、そう願い出た。
「1時間で?」
 長曽禰少佐はぽかんと訊き返す。
「そんな単純なシステムじゃないぞ」
 しかも、それを有効に活用させる為には、1時間では遅い。
 1時間後には終わっているはずだからだ。
「僕のパートナー3人が、ナラカ用に改造して貰ったスーツで出ます。
 改造には、予測装置も含まれているんですよね?
 随時データを送信して貰って、改良を加えて行きます」
「いや、スーツのナラカ用の改良ってのは、ナラカで活動できるように、ってことで、予測装置は組み込んでいない。
 やるなら、うちの支給スーツを装備しないとだな」
 少し考えて、軽く溜め息を吐いて長曽禰少佐は頷いた。
「解った、データを渡す」


 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)のパートナー、剣の花嫁のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)もまた、同様の依頼を長曽禰少佐にした。
「データ取りの為に、朝霧機にも予測装置を搭載させて欲しいのだが」
 プラヴァーに乗る源鉄心にも協力を仰いでいるが、データは多い方がいいと考えた。
「それは無理だな」
 しかし、長曽禰少佐はあっさり答える。
「何故だ? 後で外せば問題は」
「そういうことじゃなく、元々この装置はプラヴァー仕様に作ったもので、他のイコン仕様に合わせて取り付けている間で1時間は過ぎる。
 戦闘中は、損傷して戻って来るイコンの修理に手一杯だろうから付け替えにさける人員は無いし、スーツ用のは、小型化している分更に精密で、今すぐの改造は無理だ」
「……」
 その指摘に、ダリルは口を閉ざした。
「今ある機能を上手く使って1時間戦い抜け、と言いたいところだが、技術屋として気持ちは解る。
 プログラムは渡すから、好きに使え」



 1時間の防衛戦を乗り切る為に、鉄心も、パートナーのヴァルキリー、ティー・ティー(てぃー・てぃー)と共にプラヴァーにて出撃することにした。
 戦力としてだけではなく、ダリル達がデータ取りをするというので、その試験体も買って出ている。
 魔道書のイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)には、都築少佐の護衛を任せた。
「よろしくね、イコナちゃん」
 ティーが優しく言って、イコナは消沈しつつも黙って頷く。
「お前は、やれば能力は高いんだ。信頼して任せるからな」
 心細げなイコナに、鉄心もそう言って、都築少佐に向かった。
「それでは」
「おう。頼んだ」
 艦橋を出て行く鉄心達を見送り、落ち着かない様子で、それでも言われた通りに都築少佐の側にいようとうろうろしつつ、何も無いところで転んだりしているイコナに、都築少佐は苦笑して頭を撫でた。
「源のお墨付きか。心強いな」
「……でも、いつも、失敗ばかりですわ」
「ま、そればかりは経験だから、仕方がない。
 おまえさんほど強ければよかったんだがな……あいつも」
 語尾は半ば呟くように言って、外を見る。
 イコナもモニタや窓に齧り付いて外を窺い、戦況報告に耳を欹てた。


「飛空艦に向かう虚無霊を確認。数は1、全長20メートル」
「迎撃します!」
 鉄心の言葉に、ティーが返す。
 バーストダッシュで機動力を上げ、プラヴァーで虚無霊の横手に回ると、なるべく味方機を巻き込まないように可能な限り範囲を狭めつつも、付近にいた別の虚無霊や屍龍諸共に、嵐の儀式で吹き飛ばした。
 そして駄目押しに、アサルトライフルを連射する。
 落下していく虚無霊を確認し、すぐに次の索敵をした。
「やはり、普通の索敵に関しては、予測装置は動かないな……。
 具現化されて現れる場合にのみ、か」
 今のところ、自分の脳内が具現化する様子もない。
 イコナが、妙なものを都築少佐の周りに作り出していないといいが、とふと思う。
 そして、もうひとつ気付いたことがあった。
「大型の虚無霊が、こっちに来ないな……」
 イコンの倍やら、飛空艦を越えるやらの虚無霊も確かに大型だが、キロ単位級の大型虚無霊が、艦隊に向かってこないのだ。
 鉄心は、巨大良雄の方を見る。
「あっちに集中してるのか……」
「向かいますか?」
 ティーが訊ねた。
「艦の護衛には、リアさん達もいてくれます」
「そうだな……」
 飛空艦を振り向いて、鉄心は頷く。
 気をつけろよ、と、意図を知ったリア・レオニス(りあ・れおにす)からテレパシーが届いた。
(大丈夫だ。こっちは、任せてくれ)
 了解、と返す。
「絶対に、切り抜けましょうね」
 不意に、ティーがそう言った。
「早く、お日様の下に帰りたいです」
「ああ。そうだな」


◇ ◇ ◇


 都築少佐の依頼を受けて、行方不明者の捜索に向かう為、艦橋を離れるテオフィロスを、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)のパートナー、ヴァルキリーのヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)が呼び止めた。
「デスプルーフリングは持ってるの?」
「いや……」
 振り返ったテオフィロスは答えようとしたが、ヒルダが差し出す手を見て言葉を止める。
 その手の上に、リングが乗っていた。
「貸すだけだから。
 生きて返しに来てよね」
「……」
 ちら、とテオフィロスは都築少佐を見た。彼は苦笑して肩を竦めている。
 ヒルダは、じっとテオフィロスを見た。
「パートナーの為にも生き残る。
 それって大事なことなのよ、判ってる?」
「……預かろう」
 テオフィロスは、ヒルダの手からリングを受け取る。
 それは、自分には必要無いものなのだとは言わなかった。
「帰還した折に返そう」


 ライオルド・ディオン(らいおるど・でぃおん)がテオフィロスに追いついた。
「連絡係として、俺達も同行します」
「連絡係? 都築がか?」
「いえ、俺の独断です。
 通信技術と視力の高さには自信があります。同行させてください。
 多分、希望するのは俺達だけではないです」
「……好きにしろ。私に、貴殿らの判断に口を出す権利は無い」
 共にイコン格納庫へ向かいながら、ライオルドは訊ねた。
「念の為に確認しておきますが、携帯は利用できますよね?」
 エリュシオン人であるテオフィロスには、携帯というものには馴染みがないだろう。
 だが契約者となった今、携帯があれば、都築少佐と連絡を取り合うことができる。
 確認してみると、テオフィロスは一瞬考えて頷いた。
「……ああ」
「何、今の間?」
 ライオルドのパートナー、剣の花嫁のエイミル・アルニス(えいみる・あるにす)が言う。
「使い方は聞いている。だが使ったことはない」
 成程、だがそれなら問題はないだろう、とライオルドは頷く。
「……皆、無事でいるといいわね。
 私達も地表まで、問題無く行けるといいけど。
 衝撃波みたいのも来るみたいだし」
 なるべく早く地表に向かっても、何度かは良雄のジャンプによる波動を受けてしまうだろう。
「躱せばいい」
 テオフィロスが、さらりとそう言うので驚いた。
「でも、見えもしないものをどうやって」
 ライオルドの言葉に、テオフィロスは訊ねた。
「貴殿等には見えていないのか?」



「初心者サポートシステムは切るぜ。
 天学生としては、こんなシステムに頼ってられねえからな」
「はい。
 大丈夫、ボクがしっかりサポートしますから」
 斎賀 昌毅(さいが・まさき)の言葉に頷いて、それにしても、と、強化人間のマイア・コロチナ(まいあ・ころちな)は首を傾げた。
「どうしてあの大きな良雄君はジャンプし続けているんですか?」
「カツアゲジャンプつーやつだ」
 昌毅はそう説明してやる。
「カツアゲジャンプ?」
「日本の不良の伝統だなー。
 ああやって、小銭まで搾り取ろうっていう」
「つまり、良雄君はたかられているんですね、アレに」
 貼り付く虚無霊を指差した。
 少し違うが、まあこの状況では間違いでもないだろう、と昌毅は頷く。
「そんな悪い奴はボクが許しません! やっちゃえ、昌毅!」
「あんま気合い入れすぎんなよ。何が具現化してくるか解らねえからな」
 とはいえ、と昌毅は思う。
「自分で言ってて何だが、難しいっての。基本なんだろうけどよ」
 リラックスしつつ集中集中、と心の中で念じる。
「……こんな弱気も駄目だな。気合い入れ直すか」
 はっ。いやいや。
 そんなこんなで2人はプラヴァーを駆りつつ、良雄にとりつくものたちの排除に向かった。
「おっ!」
 行方不明者の捜索の為に、地上に向かって急降下して行くテオフィロスの龍と、同行のイコン達が目に入る。
 そこへちょうど、良雄のジャンプの波動が響いた。
 衝撃波によって、周囲の虚無霊が次々と落とされる中、テオフィロスの龍は、全く影響することなく一気に降下して行く。
「何だあれ!? どうやってんだ?」
 巨大虚無霊の後ろに隠れて波動をやり過ごしながら、昌毅は目を見開いた。