校長室
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)
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それはさながら疾風のごとき早技だった。わき目もふらず、一音も発せず。ゴッドスピードで一気に距離を詰め、チャージブレイクで溜めた力をスタンクラッシュで放出する。 まさに雷撃の剣技。 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)の振り切った大剣ナインブレードは、ほぼ同時に張られたバリアをも砕いていた。 タケシは背中から木に激突し、動かなくなる。 佑一は今目にした出来事がまだ信じられず、木の下にうずくまった状態のタケシを見、そして真司を見た。 「真司さん、なんて乱暴な…。中身はともかく肉体はタケシくんなのに、殺してしまったらどうするつもりで――」 「大丈夫、死んでない」 ナインブレードを肩に担ぎ上げ、淡々と答える。 とはいえ、真司も内心では、ちょっとしまったかな、とは思っていた。 彼が敵の指揮官のようだったから、おそらくあの少年たちより強敵だろうという読みで全力で不意打ちをかけたのだが、意外にもタケシの反射速度は普通の人間並だった。いや、コントラクター並か。普通の人間だったら自分の身に何が起きたかも分からないうちに真っ二つにされて死んでいただろうから。 バリアで威力を半減させられなかったら、斬り殺してしまっていたかもしれない。 (……まぁ、そのへんはあまり考えないでおこう。そうならなかったんだし) 結果論だが、結果良ければすべて良し、だ。 「どうしてこんなことを?」 「情報を得るのにわざわざ会話をする必要はない。こいつも言っていたが、俺たちの間に信頼はない。言っていることが真実かどうか検証もできない以上、聞いても無駄だ。サイコメトリする方がよほど確実だ」 それは佑一も考えていた。だから隙を伺ってシュヴァルツにヘッドセットへサイコメトリをしてもらおうと考えていたのだ。 こちらの見たいものが見えるわけではないが、少なくとも「事実」が見える。 タケシは気絶してしまったのか、ぴくりとも動かない。サイコメトリをするなら今のうちだ。 近寄る真司の頭上でそのとき、キン! と剣と剣がぶつかり合うような音がした。 2人の人間が交錯し、地へ下り立つ。一方はドルグワント、そしてもう一方は真司のパートナーリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)だ。 「あら真司」 彼の視線に気付いたリーラが振り向いてにっこり笑う。 笑顔は邪気なくおっとりとしたいつもの様子で緊迫感も何もないが、パラサイトブレードで槍と鉤爪に変化した両腕はかなり異様な雰囲気を放っている。 「何かお邪魔しちゃったかしら〜?」 「いや」 「そう? じゃあ私にはおかまいなく、そっちはそっちで続きをどうぞん ♪ 」 語尾に重なるようにして、リーラはドルグワントの突撃を受けた。ひざ蹴りを鉤爪の手でふさぎ、槍を突き出す。相手は身を沈めてこれをかわした。高速のこぶしと蹴りが次々とリーラを襲う。すべてを防御することはできなかったが、龍鱗化した肌がダメージのほとんどを散らしてくれていた。 「おかえしっ!」 相手のタイミングに合わせた回し蹴りがカウンターでドルグワントの背中に入る。よろめいたところで追い討ちをかけるように両肩から現れたドラゴニックアームズが火炎を吐き出した。 炎がバリアに沿って流れるのを見て、今度はそのバリアを打ち砕かんと打撃技を連続して繰り出す。 どう見てもリーラは強敵との戦いを楽しんでいた。 真司はあらためてタケシに向き直る。タケシは先までと変わらず、まるで木の下でうたた寝でもしているような格好だ。真正面に立つと、小さな、カチッカチッカチッという機械音がかすかに聞こえた。どうやら顔のところでしているようだ。 これが彼の油断を誘うフェイクであることを警戒しつつ、髪を掴んで顔を上げさせる。思ったとおり、音は彼の両眼からしていた。 ヘッドセット型パソコンがチカチカと赤い光を明滅させている。角膜に沿って赤い筋のような光も走っている。だがだんだんと光の間隔が長くなり、安定してきているようだった。 「何が起きているか分からないが……今のうちのようだな」 義眼にサイコメトリをかけるべく、指を近づける。触れた瞬間、彼は、こちらに前かがみになって覗き込んでいる壮年の男の姿を見た。四十代後半〜五十代といったところか。 がっしりとした体つき。かといって太っているわけでもない。袖まくりをした腕は白い。髪も白かったが、こちらは年齢による白髪なのかもともと白い髪なのか分からなかった。 『どうだ?』 男は振り返り、そこにいるだれかに訊いていた。しかしそれらしい人物の姿は見えない。 『あなたが3つ頭にブレてます。焦点移動で0.017の遅れがあります。これは酔いますね』 『マシンナーズハイか』 ふむ、と男は腕組みをする。そのとき、別方向から少女の声がした。 『あんりー、あーそーぼー』 『もう少ししたらね。それより、言っただろう? 博士と呼びなさい』 『えー? だって、ざりもたるうぃもみーんなはかせじゃなーい。それよりあそんであそんで! あそんでくれなきゃやだー』 たたたっと軽い足音がしたと思うと、ぽふっという感じで後ろから壮年の男に抱きついた。小さな手と銀色の髪しか見えない。 『ねーねー? るどらもいってー。いっしょにあそぼ、って』 『女神。博士のお仕事のお邪魔をしてはいけません』 (女神? この少女が?) 『むー。るどらのおばか。きのう、ちゃんとなまえでよんでっていったでしょー? あたしは――』 「!」 真司は氷のようなものが背筋に走ったのを感じてサイコメトリを中断した。 今見たものの意味を理解する間もない。無理やり引きはがした感覚に一瞬脳がくらりと揺れたが、無視して周囲に視線を配る。 「そこだ!」 投擲した短剣のナインブレードが突き刺さった木の後ろには、男が立っていた。 隠れていた様子はない。彼は顔のすぐ横に刺さった短剣に動ずることもなく抜くと、真司へ軽く放った。 「きさま、三道か」 真司は宙で短剣を掴み止め、男――三道 六黒(みどう・むくろ)の名を苦々しげに口にする。 「少し遅れたようだが、そこまでにしてもらおう」 「なぜここに?」 彼の言葉に、ふっと愉快そうに片方の口角を持ち上げた。 「わしがここにおるのがそんなに不思議か? わしは、そこが戦場であるならばどのような所であろうが現れる」 それは言いえて妙ではあった。彼が戦場以外に姿を現すことはない。 だがここは戦場ではあったが、真司たちにとってこれは「仲間の救出作戦」だ。敵対する勢力がぶつかり合う場とは違う。 それを聞いてさらに六黒の嘲笑の笑みは広がった。 「仲間か。ではそこの者はきさまの言う仲間ではないのか」 「それは…」 「その仲間を救うために仲間を斬るか。ふむ、それも場合によってはあろう。多数を救うため少数を切り捨てる選択は、しばしば起きることよ」 「違う! 僕たちはそんなことはしない!!」 佑一は反ばくしたが、それで六黒が変わる様子はなかった。 何を口にしようが彼らがタケシを攻撃していた事実は変わらないということだろう。六黒はそれを遠目ながらに目撃していた。 「それがおぬしらにとって不要の者であるというなら、わしがもらい受けよう」 「……結局はそういうことか」 大剣ナインブレードを手にかまえをとる。そこに、ドルグワントとの戦闘を終えたリーラがふらりと現れた。 「ふふん。真司、私は必要かしら〜?」 「いい。下がっていろ」 「あら」 少し不服そうに唇に指を添える。 そこに、ふらりとタケシが立ち上がった。