リアクション
* * * 地下施設と地上をつなぐ路は3基のエレベーターしかない。このエレベーターが使えない以上、昇降路内に設置されている点検用階段を用いるしかなかった。あるいは飛行系のスキルを使用するか、アイテム、自翼を用いるか。 センターオープン式の開閉ドアをこじ開け、施設内に入った彼らはまず火災のキナ臭さを感じた。 「煙がそれほど充満していないということは、排気システムはきちんと作動しているようだけど……スプリンクラーが作動してないのかしら?」 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は天井付近を見渡す。 朝霧 垂(あさぎり・しづり)は壁やドアにサイコメトリをかけたが、逃げ場を求めてエレベーターに殺到する人々の姿、そしてエレベーターが動かないと知ったときの絶望感しか感じ取れなかった。 「うーん…。爆発事故の発生現場ですれば、もうちょい分かるかな」 ふむ、と考え込む。 その後ろを、新谷 衛(しんたに・まもる)がきょろきょろ見渡しながら通りすぎた。 「お。さっそく負傷者はっけーん!」 通路の奥で倒れている人間の手を見つけて、ばたばたそちらへ駆け寄る。 「あっ、あのアホ魔鎧! さっき注意するようにと言われたばかりでしょう!」 彼女の分の手袋を持ってあとを追おうとした緒方 章(おがた・あきら)だったが、踏み出した直後くらりとめまいを感じてふらついてしまった。 「アキラ?」 背中にどんっと肩がぶつかって、林田 樹(はやしだ・いつき)が驚く。 「っと、ごめん、樹ちゃん。痛かった?」 「いや、そんなことはないが。どうした?」 「ん? なんでもないよ。ちょっとつまずいただけ」 にっこり笑って、章は衛を追って行った。後ろ姿を見送ったが、特におかしな様子はない。彼の言うとおり、つまずいただけだったのだろう。そう思って視線をはずした直後。 「うわわわわわわわわわわっ!?」 衛の悲鳴めいた驚声が通路じゅうに響いた。 「アホ魔鎧? ――うっ」 追いつき、角を曲がった章も思わず口元を押さえる。 黒ずみ、左右に大穴の開いた通路には、数人の人間のものと思われる身体の一部が無造作に転がっていた。 「ここでも爆発が起きたのか…」 見たところ、生きている者はいないようだが、確認と搬出のために運ばなくてはならない。 「ほら、おまえの手袋だ」 「う、うん…」 足元に転がった腕を凝視しつつ、それを受け取る。 「……なあ、あっきー」 「ん?」 「この爆発……通路のなかで起きてるみたいに見えんだけど……俺だけかな?」 問われて、へこみ、外側へ反った壁を章ももう一度見る。その光景は、章にもそうとしか見えないものだった。 「向こうが騒がしいな」 反対側から負傷者の救出へ向かおうとしていたクレアが、騒ぎを聞きとって足を止めた。振り返り、目をこらすと何人かが走っている。 「何かあったのか――ハンス?」 となりでパートナーのハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)がぼんやりとしているのを見て、名前を呼ぶ。だが聞こえていないようだ。 「ハンス!」 先より強めに呼んで、ようやくハンスが白日夢から覚めたような顔をする。 「あ、す、すみません、クレアさま」 「どうした?」 「いえ、なんでもありません。ただ、ちょっとぼうっとしてしまっただけです」 少し恥ずかしそうな笑顔をつくるハンス。クレアはそれが真実の言葉か探るように彼を見る。 「今は任務中だ。常に気を張っておけ。この任務、いつ何が起きるか分からん」 「はい」 クレアは薄々ではあったが、この施設に違和感を感じていた。 何かがおかしい。なぜ研究員たちはエレベーター前に殺到していないのか? エレベーターが唯一の出口であるなら、われ先に出ようと待っているはずではないか? (それほど深刻な事態ではないのかもしれない。爆発が起きて死者・負傷者が出たが全体に影響はなく、われわれが来たのもそれを運び出すだけと考えているのかもしれないが……それならなぜ施設責任者が出迎えない?) 情報を得るためにもとにかくここの者を見つけることが先決だ。 「私はほかの者たちと捜索に向かう。おまえはここに残って、負傷者を収容するための救命ブースを用意してくれ」 「分かりました」 クレアの姿が見えなくなるまで見送って、ハンスはふうと息をついた。直後、くらりときて両目に指をあてる。 貧血でも起こしているのか……妙にふわふわとして、現実との乖離感がする。自分が自分でないような違和感。思えば、今朝からずっとそうだった。 (風邪のひき始めでしょうか。こんな調子では、皆さんにご迷惑をかけてしまいます。クレアさまのおっしゃるとおり、いつも以上に気を引き締めてかからなくてはなりませんね) そうしてハンスは、できるだけエレベーターに近い部屋で、負傷者の搬入搬出に最適そうな場所を物色し始めたのだった。 章や衛の手も借りて室内の設備を壁際へ寄せるなどし、設置した救命ブースに真っ先に運び込まれてきたのは封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)だった。 通路で倒れていた負傷者に応急処置をしている最中、倒れてしまったのだ。 「すみません……刀真」 白虎の背から下ろそうとした樹月 刀真(きづき・とうま)の腕のなかで、白花は恥ずかしそうにうつむく。 救助に向かった者が逆に救助されるなど、とんだ失態だ。こうならないようにがんばっていたのに、血のにおいに胸がむかついて、どうしても我慢できなかった。 「いいさ。だれにだって具合の悪いときはある。本人がなろうとしてなれるものじゃないことも分かっている」 なんとも思っていない。むしろ力づけるようにほほ笑んで、刀真は汗で貼りついた白花の前髪をそっと元の位置になでつけた。 「刀真、こっちも手伝って。そろそろ限界」 空飛ぶ魔法↑↑で要救護者を運んでいた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が彼を呼ぶ。 「分かった。 じゃあ白花、俺は行くからな。安静にしていろよ」 離れる際、上掛けの代わりのように刀真はコートを脱いで着せかけていった。 刀真のぬくもりが残るコート…。 ごそごそ顔を半分もぐり込ませると、彼の移り香がした。 (刀真が近くにいるみたいです…) ほうっと息を吐き、目を閉じる。刀真と月夜の話し声をぼんやり耳に入れながら、白花はうつうつと眠りに落ちた。 「白花、大丈夫?」 「ああ。大分前から具合が悪かったようだな。俺がここへ下りるなんて言ったから言い出せなかったのかもしれない。悪いことをした」 もっと早く気付いていたら、彼女を連れて来はしなかったのに……悔やみつつ救護者をハンスの指示どおりの場所へ寝かせていた刀真は、ふと月夜を見た。 「……なに?」 「おまえもか? 顔色が悪いようだぞ?」 「え? ……何ともないわよ。ここ、うす暗いからじゃない?」 嘘だ。実際は、かなり具合が悪かった。頭が割れるように痛いし、手足も泥のように重い。 (でも私まで倒れたら、ますます刀真に迷惑がかかっちゃう) 「そうか」 「それより、ここは彼らに任せて私たちは負傷者の探索に戻りましょ」 顔をそむけ、そそくさと出て行く月夜を追うように刀真もブースを出る。刀真は、のそのそととなりを歩く白虎に、ここで待機するよう命じた。 「白花を護れ」 そう口して、自分でもおやと思う。 護るとは、何から? 分からない。口をついて出た言葉だった。 もしかしたら、無意識のうちに分かっていたのかもしれない。刀真はのちに、このときのことを激しい後悔とともに振り返ってそう思うことになる。 このとき、彼女たちの身に起きていることが何であるか気付けていたなら、あるいは、救えていたのかもしれないと――……。 |
||