校長室
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)
リアクション公開中!
地下施設へ下りた彼らの任務は大別して3つ。爆発事故により発生した火災の消火活動、負傷者の収容・救助、搬出するためのエレベーターの復旧だ。このなかで最も急を要するのは火災の消火だと、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は渡された資料を元に、朝霧 垂(あさぎり・しづり)やメルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)たちとともに火災発生区域を回っていた。 火災発生時に降りたままの防火シャッターにときどき前をふさがれたりもしたが、窓から向こう側の換気が完了していることが確認できればこれを解除して進んだ。 「……ああ、うん。そっか、よかった。……え? んなことあるわけねーって。俺様、なんたって教導団にその人あり! のメルキアデスさまだぜ〜?」 最後尾を務めるメルキアデスは、携帯を用いて定期的に上の仲間と連絡をとっている。それにより、運び出された負傷者たちが病院へ無事搬送されたなどといった地上の状況がこちらも分かるのだが……ときおり真面目さを疑うような気楽な笑いや冗談をはさむ彼の態度は感心できないというように、先頭で先導役を務めているグスタフ・アドルフ(ぐすたふ・あどるふ)は眉をしかめる。 今は任務中だ。不謹慎な私語は慎むべきではないかと思うのだが、しかしそれで何か障りが出ているわけではない。私語ばかりというわけでもなく、きちんと連絡役を務めているのだから咎めることもできないし。 少々悩ましい思いでいると、小次郎がぽつっとつぶやいた。 「テロリスト侵入の可能性、か…。だとすれば、これは人為的なバイオハザードというわけか」 「ふむ。小次郎よ、寺院の仕業であるとは考えられぬか?」 こちらの話題の方がずっと好ましい。グスタフは一考を述べる。 「分からないな。それが最も有力に思えるが、現時点ではほかの勢力の可能性も排除できない。いずれにしても、ここは東の端とはいえ教導団の敷地内だ。だれにも気付かれずに防御システムをくぐり抜けて侵入したとすれば、相当の相手だ」 「でも、これが事故じゃなくテロだとして、こんな隔離施設でこんなことをして、何の得があるのかしら?」 もっともなことを言ったのはアンジェラ・クリューガー(あんじぇら・くりゅーがー)だ。 「ここの研究物を盗みたかったのなら騒ぎを起こすなんて間抜けな仕業だし、教導団にテロを起こしたいのならもっと有用な施設を狙うべきよね」 それにふさわしい答えはだれも導き出せなかった。 結局のところ、必要な情報が不足している。自分たちはここで何が研究されていたかも知らないのだ。 どこかに敵がひそんでいるのはほぼ間違いないだろうが、何人いて、どんな武装をしているかも分からない。 「対処法しかとれそうにないな。だが、警戒するに越したことはない。 リース、頼む」 「はい」 リース・バーロット(りーす・ばーろっと)が全員に向かって禁猟区をかけた。そして自身はディテクトエビルを発動させる。 そんななか、ドアについた窓から暗い室内の様子を伺っていたライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は、ぼんやり立っている垂に気付いてぱたぱたとなりに駆け戻ると、心配そうに下から覗き込んだ。 「垂、大丈夫? なんか、疲れて見えるけど」 ついさっきまで1人で負傷者の地上への搬送を受け持っていたのだから当然といえば当然だが。垂はライゼに見られていたことに気付くと、にっこり笑って見せた。 「何言ってんだ、ばか。あれっくらいでどうにかなる俺じゃないって」 ぴん、と鼻先を指ではじく。ライゼはあわてて飛び退いた。 「んもー!」 「おまえこそどうした。今日はやけにおとなしいじゃないか。もう疲れたのか?」 ニヤリ。ちょっと意地の悪い笑みでライゼを見る。 「そ、そんなこと、あるわけないじゃんっ! 大事な任務中にそんなの、不謹慎だもんっ」 「ふぅん?」 「……あー、あそこっ! 人が倒れてるっ!」 いかにも痛いところを突かれてごまかしてます、といった様子でぱたぱた駆けて行くライゼに、垂はくつくつと肩を震わせて笑う。 「どうせ昨夜夜更かししすぎたんだろ?」 「いいから! 垂、早くここ開けてよ」 てっきりごまかしているだけだと思ったのだが、覗き込んだ室内に本当に倒れている者たちを見つけて、垂も笑みを消した。 「みんな、止まってくれ。要救護者発見」 垂の目が自分からそれたのを見て、ライゼは冷たいドアに額を押しつけてひと息ついた。 (……駄目だ。全然駄目駄目。もっとちゃんと気張らないと。垂、敏感だから気づかれちゃうよ…) 体調管理も軍人の務め。いつ、どのようなことにも対処できるよう、万全でいなくちゃいけない。 具合が悪いなんて言ったら、きっとみんなにも笑われちゃう。そんで、垂はきっと、連れてくるんじゃなかったって落ち込むんだ。気付けなかった自分のせいだって思って…。 「どうした? ライゼ」 「えっ? あ、ごめん。邪魔だよねっ」 ぱっとドアの前から退く。不思議そうな顔をしている垂をごまかそうと、ライゼはことさら元気いっぱいにふるまって室内へ飛び込んだ。 「あ、こら。確認もしないで!」 「大丈夫! それよりこの人たちの救助が先っ!」 ぱたぱた駆け寄るライゼを見て懸念を払しょくした垂は銃型HCで、負傷者の移送を主に受け持っている刀真を呼び出した。 「要救護者を見つけた。N−505区画だ。3人いる。意識は――」 「ないよ。けがも特にないみたい」 順にほおをぺちぺちたたきながらライゼが言う。 「意識不明。外傷は見当たらないから煙にやられたのかもしれない。――ああ。頼む」 目印のマークをドア横の壁に付けていると、ふらりとライゼがなかから出てきた。 「ライゼ? やっぱりおまえ、どこかおかしいんじゃないか?」 どこがどうというわけではないが……その様子にいつもの彼女とは違う、違和感を感じて垂は問う。 「ここで刀真を待って、一緒に救命ブースへ戻った方が良くないか?」 「垂……平気だよ。さっきまでは、ちょっと気分悪かったけど、もう、平気。大丈夫」 心配いらないというように、ライゼはにっこりといつもの天真爛漫な笑顔を見せた。 やがて彼らは地図で赤く塗られた区画へと入った。 防火シャッターを開けて行くうちにだんだんと空気が乾燥し、気温が上昇しているのが感じ取れるようになる。 「この先じゃな」 グスタフが防火シャッターの窓からなかを覗き込む。通路はドアの隙間から漏れる煙で白くけぶっていた。窓には揺れる赤い光が映っている。 胸のあたりの高さで滞留している煙を見て、小次郎は目を細めた。 「どうやら換気システムがうまく作動していないようだな。まずは手動でそのスイッチを入れなくてはならない、が…」 制御盤の場所は地図にある。幸いにも、この防火シャッターをくぐった20メートルほど先だった。 「問題は、この煙が人体に無害であるかどうかだ。地図によるとここは薬剤の保管庫らしい」 「むう…」 そのとき、背後から小気味よい笑い声が起きた。 「なーーーーーっはっはっは!!」 メルキアデスだ。腰に手をあてて高笑っている。 全員の注目が自分に集中したのを見て、メルキアデスはくつくつ笑いに変更した。 「じゃーーーーーん!! これなーんだっ!」 彼が高々と掲げたのは防毒マスクだった。 「ふっふっふ。こんなこともあろーかと、準備は万端! ここは俺様に任せておくがいいっ!!」 と、ライダースジャケットのチャックをぴっちりのど元まで上げる。防毒マスクをかぶり、革手袋をつけ、できる限り肌の露出を避けるという、これだけの準備を整えているのは彼だけだった。 「分かった。任せる」 「ククク……俺様はシャンバラ教導団の頼れる真のヒーロー! メルキアデス・ベルティ様だぜ。これっくらいチョロいもんよ♪ 俺様が合図するまでここは閉めとけよ」 意気揚々防火シャッターをくぐって通路へ入る。煙のせいで腰から下は全く見えない。もし倒れている人がいたら踏んでしまう。つま先で探り探り進むしかないだろう。まとわりつく煙を掻き分け、メルキアデスはゆっくりと前へ進んだ。 と。 ――バンッ!! 「うわおっ!?」 突然顔のすぐ横のドア窓に手のひらがたたきつけられた。反射的、飛び退いた先でバクバクいう心臓に手をあてる。 手はすぐはずれて、窓の向こうに若い女性の姿が現れる。その後ろにはほかにも数人、白衣を着た男性たちの姿があった。 「おおっ! 元気な所員はっけーん!!」 「なんだって!?」 「しかも美人ー!! おねーさんお名前はー?」 女性はメルキアデスの見せた軟派な反応にそばかすの浮いた鼻柱に軽くしわを寄せたものの、ごそごそと白衣の下から何かを引っ張り出す動作をして窓からIDを見せた。シャイン・ユエとある。 「その格好……あなた、救助隊員?」 「はい。俺様そうですよー」 「名前と階級、所属部隊、上官の名前、任務内容、現在の状況についての所見が述べられる?」 「ええと…」 何の意味があるんだろう? 内心頭をひねりつつ、言われるままメルキアデスはすらすらと簡潔に答える。彼女は内容よりもメルキアデスの話し方に注目しているようだった。 「分かったわ。それで、なぜ、どうやってここへ来たの?」 「ここの司令部から救助要請を受けたからです。方法は、エレベーターの昇降路からです。 あのですね、そういうの、あとでいいですか? 火災が発生しているんです。消火のためにもまずここの換気をしたいんですよ」 「……分かったわ。気をつけて」 なんてことないとシャインに手を振って、メルキアデスは任務に戻った。 前へ伸ばした手でここぞという壁を探っていると、制御盤に触れる。煙のなかなので全部手さぐりだ。ロックを解除して扉を引き開け、なかのスイッチをオンにした。 途端、この区画一帯の天井や床との境に設けられた換気用ダクトのシャッターが開き、煙の強制排出が始まる。煙がみるみるうちに引いていき、壁に設置されていた消火器が現れた。 「おっ!」 これは使えると、そちらへ手を伸ばしたときだった。 禁猟区が反応した。 「なんだ?」 「メルキアデスさん!」 「あぶない! きみ!!」 リースとシャインが叫ぶと同時に、きょろきょろ周囲を見渡していたメルキアデスは何か、フックのような物がのどにかかるのを感じた。人の腕だ――そう悟ったときには、強力な力で後ろへ引っ張られていた。 そっくり返った彼の顔のすぐ上に、異様なまでに瞳孔の開いた男の顔が現れる。 青白いほおには血しぶきらしきものが散っていた。 「や……やあ」 思わずあいさつをしたものの、相手に応える気は一切なさそうで。 顔のすぐ横に、サバイバルナイフの先端をつきつけられた。 「う、わわわわわっっ!」 「だまれ」 男は老人のようなかすれ声で命じると、そのままメルキアデスを引っ張っていこうとした。抵抗しようにものどに回った腕はしっかり頭を固定してナイフを突きつけているし、エビ反りになってかかとでようやく立っている状態では満足に力も入らない。もう片方の手も後ろ手に拘束されてしまっている。 「メルキアデスを放せ!」 叫んだのは垂だった。防火シャッターをくぐるやいなや、真空波を放つ。 「ちょ! わーっ!」 真空波は攻撃対象を選別できる、とはいえ、標的にされて気持ちのいいものでもない。彼の顔をなぶるように風が透りすぎ、サバイバルナイフが柄の所から斬り落とされた。男すれすれに飛んだ何発かの真空波が横の壁をうがつ。驚き、ひるんだ男はバランスを崩し、メルキアデスを掴んだまま仰向けに倒れた。 沈みかけていた煙が、ばふん、と舞い上がって、2人の姿が見えなくなる。 自分ではどうすることもできず、横向きに倒れたメルキアデスはしたたかに床へ頭と肩を打ちつけてしまった。 「い、いたた…」 それでもなんとか緩んだ男の手を引きはがして身を起こしたメルキアデスだったが、直後、煙ごしにもう1人、男がすぐ近くに立っていることに気付く。 「うわっ!」 伸びてきた手にがしっと指を組ませ、押し合う格好になった。しかし下になっているため分が悪い。床に打ちつけた肩がずきりと痛む。足に引っかけるようにしてふくらはぎへ蹴りを入れ、体勢を崩させようとした彼を、後ろから、またも男がかぶさるように頭を押さえ込んできて彼を拘束しようとした。 「うぎぎぎぎぎぎ…」 「メルくん!!」 宮殿用飛行翼を作動させ、ライゼが突貫した。 「ライゼ、殺すなよ!」 「分かってるー!」 数秒、4人がもつれ合っているような音が煙のなかで起きる。垂が駆けつけたときにはそこにはもう、うつ伏せに倒れているライゼの姿しかなかった。 「ライゼ! 大丈夫か!?」 「うう……ごめんね、垂。油断した。後ろから、殴られちゃった。メルくん、連れて行かれちゃったよ。どうしよう?」 「もちろん追うさ!」 すっくと立ち上がったとき、シャインがつぶやいた。 「追っても無駄よ。見つけたときにはもう、彼はやつらの仲間にされているわ」 「やつらだと? どういうことだ!」 小次郎の詰問に、シャインは唇を噛んで逡巡した。 自分が話していいものか……エマージェンシーコールが流れてから、自分たちはここにたてこもってきた。今、この件がどのレベルになっているのか分からない。ここでの研究は極秘とされていた。地上では同じ研究班仲間でもひと言も口外してはいけないと。先にメルキアデスから聞いた様子では、まだ石についての情報は彼らに公開されていないようだ。だがこうして彼らのなかにも被害者を出してしまった。この状況でそれは許されるのか? 背後の3人に、問うように視線を向けるが、彼らにも判断がつきかねるのか視線をそらされてしまう。 シャインは言葉を選びつつ、状況を話した。 「――つまり、ここの職員はかなりの人数が操られているというのか?」 「ええ。石はどうにかしてここから逃げ出して、地上へ出ようとしているようなの。そのために手下を増やしているのよ。なぜそうなったのかは分からないみたい。ここを通る人、何人かに訊いてみたけど、だれも知らなかったわ」 そしてその者たちは皆「脱出路を確保したら呼びに戻る」と言ったけれど、だれも戻ってはこなかった…。 「突然N−857区画で爆発が起きて「研究対象物を持って逃げた研究員がいる、武装しているので研究員は部屋から出ないように」と緊急放送が入って、発砲音や爆発音がしたと思ったら、ばたばたと通路で人が倒れ始めたの。ここは有害な薬品があって気密・防火仕様になっている部屋だから無事だったけれど…。 火災はほとんど、彼らの陽動だったり戦闘で発生したものよ。私たちのほかにも何十人か正気の人たちがいたけれど、シム大尉がエレベーターを停止させたせいで逃げ場をなくして……防火シャッターで分断されてしまったこともあって、みんなどんどん彼らに捕まって、仲間にされてしまったわ」 「なんてこった。 とにかく、きみたちもそこから出てこい」 シャインは首を振った。 「いやよ。ここを出たってどこにも行く場所なんてないじゃない。彼を見たとき、きみたちならって思ったけど、でもやっぱり連れ去られちゃったじゃないの!」 「だからってここにいつまでもこもってもいられないだろう! ここは火災発生区域だ、やつらにやられなくても炎で焼け死ぬぞ!」 いら立ちのあまり、カッとなってつい怒鳴りつけてしまう。 彼を、別室で消火作業にあたっていたグスタフが呼んだ。 「どうした?」 「リースが倒れたのじゃ」 「リース!?」 消火剤の撒き散らされた室内で、リースはアンジェラに助け起こされていた。補助してもらっているが自分の足で立っている。 「ああ、小次郎…」 「どうした? 何があった!?」 「何も」リースは懸命に笑顔をつくり、首を振った。「少しめまいがしただけ……貧血を起こしてしまったようです。すみません」 その言葉は正しいのか、ほおに指をすべらせ、探るようにいまだ血の気を失った青白い顔を見ていると。 「うわああっ! か、感染者だ……やつらの仲間になるぞ! 手を放せ!!」 ドアから出てきた男が突然わめき出し、銃を抜いた。がたがた震えながらリースへと銃口を向ける。 「よせ!」 垂が腕をねじり上げ、銃を奪うとそのまま後ろ手に拘束した。 「は、放せ!! 痛い!! あいつはやつらの仲間だぞ! かばうのか!!」 男は垂に毒づきながらもわあわあとわめき続ける。 「耳元でギャアギャア叫ぶな。うるさい」 「彼を放してあげてください」 「………」 武器は取り上げている。垂はシャインの方へ押し出すようにして男を解放した。 「あれは感染するとこういう症状が出るのか?」 「知らないわ。彼も知らないと思う。ただ口にしてしまっただけじゃないかしら」 背を丸め、痛む手首をさすりさすりまだ何かぶつぶつ言っている姿を見ると、それが正しいように思えた。どう見ても長引く緊張下で神経に障りが出ているようだ。 「接触感染なんだろう?」 「そうよ。それも、石に直接触れた場合だけ。人から人へは移らないわ。だからやつらは彼を連れ去ったの。石に触れさせるために」 「なら、彼女は感染者じゃない」 背後にかばったまま、手を握る。きみは違う、と勇気づけるように。 「小次郎…」 「で、どうする? メルキアデスを追うか?」 追うには時間が経ちすぎていた。しかも敵は彼らよりはるかに多人数だ。要救護者の4名をここに放置していくわけにもいかないだろう。 「一度救命ブースまで戻ろう。李大尉の判断を仰ぐ」 殺されるわけではない。それならきっと助け出せる。 メルキアデスの連れ去られた通路に、断腸の思いで背を向ける。 床を這うほどまで減った煙を洗い流すように、天井部のスプリンクラーが一斉に作動した。