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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

リアクション

 リネンとフェイミィが消えた室内では、まだコントラクターとそのパートナーの戦いが続行していた。
「ちょっとちょっと、陣。あれ、本当にティエンなの?」
 陣を背後にかばい、歴戦の防御術と強化装甲、ガントレットで流れ弾的な攻撃を防御しながらユピリアは訊いた。己の目で見ても信じられない姿だった。
 自分のことを話題にされていると気付いたのか、ティエンが2人の方を向く。
 冷めた眼差しで斜にかまえたその姿にはどこか人を超越した色気すらうかがえて、ユピリアは息を飲んだ。神を降ろした巫女とは、こんなふうなのではないだろうか。
 人の姿をしていながら人にあらず。
 その唇から紡ぎ出されるは天上の声。
 地を徘徊せし翼なき者ども、この声の前にありてはただ黙し、頭を垂れ、拝跪せよ。
 ユピリアは己の考えを振り捨てるように頭を振った。
(光霊の衣をまとってたりするから、よけいにそう見えちゃうだけよ。色気なら絶対ティエンには負けないんだからっ)
「陣! あれはティエンだけど、ティエンじゃないんだからね! 間違えないでね!」
「何あたりまえのことを今さら口にしてるんだ? おまえは」
 なにやら戦いとはまた別のところで奮起しているらしいユピリアに、半ばあきれのようなため息をついて、陣は少し離れた所で戦っている燕馬たちの方を向いた。
 そこではサツキが前衛に立ち、ザーフィアの放つエネルギー弾をバリアで受け止めるか、あるいは念動球を用いて効果的に撃とうとする際の集中力の邪魔をしている。
「なあ、おい」
 意識を取り戻したものの自分の足では立てないでいるアスールを支えている健流たち2人を背にかばい立つ燕馬に、陣は声をかけた。
「手ぇ貸そうか? なんか、うちのティエンがそっちの能力増強させてるみたいだし」
 と言って、親指で指したのはユピリアである。貸す「手」はもちろん彼女だ。
「それは――」
「必要ありませんわ。自分のパートナーのケツは自分で拭けますもの」
 答えたのはサツキだった。ザーフィアとの戦いに集中しているように見えて、そうでもなかったようだ。
 表情や手段はかなり意識的に抑えられているものの、かすかに内心の高ぶりが発露した発言だった。
「…………」
 長いつきあいの燕馬はそれと敏感に悟ったものの、眠そうな表情は一切崩さず
「そちらも同じ状態のパートナーがいることだし、彼女を元に戻すことに専念してくれ。こちらこそ、うちのザーフィアが迷惑をかけるかもしれないが、手を出さないでくれるとありがたい」
 と陣に告げる。
「そうか」
 陣も納得して、ティエンの説得へと戻る。
 直後、耳をつんざく爆音がして、サツキのドラグーン・マスケットから発射された銃弾がザーフィアの張った盾形のバリアを貫き、六連ミサイルポッドを破壊した。
 ポッドが吹き飛ばされた一瞬、ザーフィアは苦しそうに目を眇めたが、すぐさまお返しとばかりに真空波を放つ。サツキはバリアで受け止め、散らしたが、彼女の背後の壁には無数の穴が穿たれた。
「ふ……ふふ。あぁ懐かしい……私のときもおおむねこのような感じの殺し愛でしたよね」
「……あのときの俺は、完全に一般人だったけどな」
 どうやら自分とサツキの間では、思い出に齟齬があったらしい。いや、認識に、というべきか。サツキは「懐かしい」と口にしたが、今振り返ってみてもあれは到底そんなレベルの出来事ではなかったと燕馬は思う。
 だが今はそれを擦り合わせているときではないか。
(たしかにザーフィアの問題は俺の……俺たちだけの問題だ)
「サツキ、俺が取り押さえる。補助してくれ」
 燕馬はこのまま彼女の気を引いていてもらうために言ったのだが。
「あら?」
 ――じゃあひとつ、ザーフィアさんに最も効果的な方法をお教えしましょうか。

 精神感応で、サツキはとあることを入れ知恵した。
「ザーフィアさん、そろそろ決着とまいりましょう! いきますわよ!」
 宣言するが早いか、サツキはドラグーン・マスケットを腰だめにかまえ、ショットガンのように連射した。龍の角から作られた弾丸を射出するこの大型銃は、レーザー火器に匹敵する威力を持つ。この近距離にあって、ザーフィアが張るバリアはまるでガラスのように張るそばから粉砕されていく。
 ザーフィアの足が止まり、釘づけになった瞬間、燕馬はダークヴァルキリーの羽で彼女に突撃した。
「――くっ! このっ! どきたまえ!」
 体当たりを受け、転がった床の上で、ザーフィアは懸命にもがいた。しかしいくら撥ね飛ばそうとしてもがっちり両手両足を上から押さえ込まれていて、はずせない。それでもなんとかして逃れようと暴れる彼女の手を掴む力を強めて、燕馬はまっすぐ目と目を合わせた。
「いいか、よく聞け。俺は、俺のパートナーになると言ってくれた者に必ず言う台詞がある。それを忘れたというのなら、もう一度言うぞ。
 『おまえの命は俺のモノだ。俺とおまえ以外には、断じて使わせるな』
 そのとききみは答えた!『もとよりこの身は、きみに捧げるひと振りの剣だよ』と!
 思い出せよ、ザーフィア。俺を……俺たちのことを思い出せ! きみの苗字ノイヴィントの、その意味を思い出せッ!」
 ドイツ語でノイは「新しい」を、ヴィントは「風」を意味する。「新しい風」つまりは新風だ。
「きみは、俺の……」
 次の瞬間、燕馬はザーフィアと唇を合わせた。全身全霊を込めて放つ言葉には力が宿るという。先に口にした言葉はまさしく燕馬の偽りなき真実の思いだ。それを、彼女の魂へと吹き込む思いで――というのもまあ全くないわけでもないのだが、ようはこれがサツキ作「ぼくのかんがえたすごいさくせん」だ。
(サツキが言うには、ザーフィアにはこれが効果てきめんらしいが…?)
 はたして本当にそうか? 懸念しつつ唇を離す。燕馬の下で、いつしかザーフィアは暴れることをやめていた。
 顔どころか全身真っ赤っ赤になって、真ん丸にした目で燕馬を見返している。
「え? え? あれ? 燕馬くん……と、いうことは、今の…………あれ? ………………えええぇ?」
 そのやりとりを見て。
 ユピリアは指をくわえた。
「ザーフィアさん、いいなー。白雪姫みたーい。
 陣、もし私があんなふうになったら、キスして正気に返してくれるっ?」
「寝言は寝て言え」
 陣は振り返りもしない。
「あれがおまえだったら俺は全力でぶっつぶす。説得なんざ、まだるっこしい真似はしねえ」
「えー?」
 不服そうに返したものの、ユピリアはうれしくて口元がゆるむのを抑えられなかった。
 それは、彼女に対する思いが彼のなかにないからではない。むしろその反対。ティエンや陣、そしてほかの人たちを傷つけたくないという思いこそユピリアの本意だと知っているから、彼はためらうことなく即座にそういう行動に出るのだ。
 いつもならほかのひとのサポートに回ろうとする彼が、その手で決着をつけるという。その思いすらも自分への独占欲に感じられて、ユピリアはうれしい。
 言いたいことを遠慮なく言い合えて、その言葉の裏の意味もちゃんと理解できてて。
(これって理想的な2人だと思うんだけどなー。なーんでラブラブに発展しないのかしら? ……って、今はそれどころじゃないわね)
 ザーフィアは正気に返り、今また別の場所でクコが霜月とソーマによって捕縛されているのを見て、ティエンは怒りの歌を歌うのをやめていた。
 今が説得のチャンスとみた陣は声を張り上げる。
「みろ! おまえの歌は全然役に立ってねえじゃねーか! 気の抜けた歌を歌ってるからだ!」
 ぴく、とティエンの眉が反応する。
「……の力を過小評価するというの?」
「おまえを過小評価なんかしてねえ。おまえの歌の力はな、全然こんなもんじゃねーって言ってるんだよ! もっとすごいパワーがあるんだ! それをなぜ引き出せないか分かるか? おまえはな、その力をひとを傷つけるためになんざ、使ってこなかったからだ!」
「……だまりなさい」
 ティエンの手からエネルギー弾が放たれる。
の歌は完璧よ。彼らが単に力不足だっただけのこと」
「違うわ!」
 陣をかばってユピリアがエネルギー弾を弾き飛ばす。
「ティエンの歌はひとを護って、幸せにするの! そのためにあるのよ!」
「そうよ。は護るわ、必ず。この身に宿る力、全てを持ってしても。はきっと、そのためにこの肉体で眠り続けていたに違いないのだから。アストーさまをあなたたちなどに傷つけさせたりはしない」
「ばかやろう!!」
 陣が一喝する。
 ビリビリと部屋の空気が震えるほどの怒りに、反射的、びくっとティエンが身を震わせた。
「おまえはティエンだろうが! 「この肉体」なんて言うな!」
「いい? ティエン。よく聞いて。
 あなたが大切にしなくちゃいけない人たちは、あなたが生まれてから出会った人たちだけでいいの。アストーとか、そんなひとたちのこと、あなたは知らないでしょう? 知らないひとのために、どうしてあなたが戦わなくてはならないの? おかしいでしょう?」
「あのな、ティエン。護るために戦うっていうのは、ある意味間違ってねえ。けど、おまえは今ここで、何のために戦ってるんだ? そいつを護るためと言ったが、俺らと今戦うことがそいつを護ってることになるのか?
 この行為の奥に、幸せにしたいやつがいるか? 今のおまえの歌は、そいつを幸せにできてんのか?
……は…」
「ティエン!」
 無表情という表情がはがれ、とまどったようなティエンの表情が現れたのを見て、ユピリアが歓喜する。
「もう少しよ! 考えて! そして戻ってきて、ティエン!」
「歌は……幸せにする、力…」
「そうよ。あなたの歌はそのためのものなの!」
 そのとき。
 ティエンの苦痛に陰っていた瞳が何か、決意のような光を浮かべたのを陣はたしかに見た。
「護る……幸せに。――アストーさま」
「ティエン!?」
 あと少しでティエンが戻ってくると思われた刹那、くるっと転身し、ティエンは割れた窓へ走った。枠を蹴って、通路側へ下りるやいなや、駆け出して行く。
「ティエン!!
 陣! 追わなくちゃ!」
「……いや、行かせてやれ」
「えっ? どうして??」
「いいから」
 陣はあの一瞬に彼女はティエンだと感じた。なぜあんな行動に出たかは分からなかったが、きっと、ティエンとしての行動なのだと直感した。あれは自分たちから逃げたわけじゃない。
(なら俺は、ティエンを信じるしかねえ。あいつは何か考えがあってああしたんだと)
「父さん! あの少年たちです!!」
 ティエンが消えた通路の向こうを見て、ソーマが喚起の言葉を発する。
「来ましたか――うっ?」
 近付いてくるかなりの数の足音へと霜月の気がそれた、その隙をクコは見逃さなかった。
 みぞおちにひざ蹴りを入れ、彼が身を折ると同時に窓へ走る。拘束された体ごと、窓を突き破った。
「母さん!!」
 クコを追ってソーマは通路へ飛び出したが、クコはガラスの破片で拘束を解き、少年たちの背後へと回っていた。そのまま、奥のT字路の角から消える。
「母さ――」
「ソーマ。その前に、彼らです」
 クコを案ずるあまり、あきらかに視界に入っていなさそうだったソーマの肩を掴んで制する。
 廊下を埋める少年たちの数は多い。1体1体がコントラクターと同等の力を持つ相手だというのに、その数は彼らを軽く超えている。
 だがやるしかない。アスールと健流は走れない。また、たとえ走れたとしてもこの距離ではすぐに追いつかれるのが目に見えている。
 彼らが武器を手にかまえた、まさにそのとき。
 少年たちの背後で、炎が燃え上がった。