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リアクション
「全員散れ!!」
そんな氷藍の怒声とともに戦場を離脱した高峰 雫澄(たかみね・なすみ)は、たどり着いた岩場で手をついて、ぜいぜいと切れた息を整えていた。
「あー、びっくりした」
額の汗をぬぐいつつ身を起こす。
「大助くんの合図で散るようにとは言われてたけど、まさかあんな手でくるなんて。想像もしてなかったよ」
周囲の木々をなぎ倒して現れた巨大なロードローラー。その大胆かつド派手な登場を目にした驚きのあまり、まるで車道に飛び出した猫のように硬直してしまった。
(氷藍さん、どう思ったかなぁ)
今思い出すと、ちょっと恥ずかしいかも。
「ね、シェスティン。シェスティンもびっくりした?」
ともに走って逃げてきたはずのシェスティン・ベルン(しぇすてぃん・べるん)を振り返る。そんな雫澄を、凶刃が襲った。
「シェス――うわっ!?」
反射的、飛びずさった彼は斬られた手の甲を押さえ込む。間一髪避けられたが、振り返らなければ今ごろ背中を割られていただろう。
そして自分を切った者の姿を見た。――シェスティン。
「し、シェスティン…?」
振り払われているのは輝く真紅の刃を持つ光刃宝具深紅の断罪。それは今、雫澄の血で濡れている。それを見ても、雫澄は自分を斬ったのが彼女だと認めることができなかった。
「……うるさい……黙れ…」
シェスティンはぶつぶつつぶやくと、再び剣をふるった。
いまだ状況を把握できないでいる雫澄を今度こそ両断しようとする刃を、ホロウ・イデアル(ほろう・いである)が寸前で止める。
「黙れ。黙れ、黙れ!! きさまなど……殺してやる…!!」
(やはりこうなってしまったか)
雫澄を背後にかばい、常軌を逸したシェスティンが叩き込んでくる攻撃を全て受け止めながら、ホロウの心は沈んでいた。
彼は、雫澄たちがここへ向かうと言い出すずっと以前から、こうなることを知っていた。そして、こうならないことを願っていた。
内側が全く見通せない、黒のフルフェイスの仮面に強化スーツ、その上からボロボロの黒のロングコートをまとい、どこか孤影悄然とした空気を漂わせる彼。名を、ホロウ・イデアルと名乗ってはいるが、それが本名かどうかも疑わしい。なぜならhollow idealとは、「虚ろな理想」を意味する言葉だから。あまりに彼に似つかわしく、不可解な名前すぎる。
彼――ホロウは、彼のいた時代では死亡している「高峰雫澄」を救うためにこの時代へやって来た未来人だった。
(俺の知る「過去」では、ここが悲劇の始まりだった)
彼がこの時代に介入したことにより未来は彼の知るものとズレてしまっているはずなのだが、それでも起きてしまったこの状況に、まとった仮面の下で唇を噛む。
それほどこの分岐点は、時間の流れのなかで強力だったということか。
だが彼の知る過去の歴史には「ホロウ」がこの場にいたことは記されていなかった。
であるならば、これを防ぎきれば、確実に未来を変えられるのではないか。そう思い、ホロウは猛然と攻撃に乗り出した。
正気を失っているとはいえ、シェスティンは強い。むしろ正気を失い、ためらいをなくしていることで、ますますその剣筋は鋭さを増している。防戦一方ではいずれ窮地に追い込まれる。
(わずかでも隙を見せたらそこからひと息に切り崩す!)
雫澄を死なせるわけにはいかない。たとえ――この手でシェスティンを瀕死状態へ追いやることになったとしても。
自分はそのためにここにいるのだから。
「……くっ…!」
ホロウのふるう無慈悲な剣がシェスティンを後退させていく。
彼女を傷つける、その攻撃をやめさせたのは雫澄の剣カラドリウスだった。
「雫澄。どきたまえ」
「もういい。もういいから。やめて」
そしてシェスティンへと向き直る。
「シェスティンも。剣をしまって。僕たちはきみを傷つけたりしないから」
だがその言葉はシェスティンには聞こえない。彼女にはこう聞こえていた。
『あなたなんてただのオモチャじゃないの』
白金の髪をした女が彼女を見下ろしている。
「……私は……そんなものではない…」
『ただのオモチヤのおまえに価値なんかない。おまえなんか死ね!!』
「……黙れ」
『死ね!!』
「うるさい、と言っている…!」
『死んじまえ!!』
「黙れ黙れ黙れえぇーッ!!」
我は、俺は僕は私はわたしはワタシはワタシハ!!
私は私でいたいんだ! まがいモノじゃない! 作りモノじゃない! だれかと同じじゃない! 私はシェスティン・ベルンだ!!
くそお……だれだ……我を否定するのはだれだ! 邪魔をするのはだれだ!
殺してやる! みんな、みんな、ミンナ
「敵だァァァァァァ!!!」
シェスティンは絶叫し、遮二無二雫澄に向かって突貫した。
避けた彼の肩を引き裂き、岩場に手をつくとその反動で一気に岩壁を超える。
「シェスティン!! 戻って!!」
雫澄は叫んだが、彼女が戻ってくる気配はなかった。
「シェスティン、どうして…。僕の声が、まるで耳に入っていないようだった」
「そうだな」
ホロウは剣を収める。
「どうする、雫澄。帰るか」
それも手だ。ひとまずここから遠ざかれば、雫澄の死という事象はそれだけ確率を減らすことになる。だが。
「ううん。追うよ。どこへ行ったか分からないけど。あんな彼女をほうっておけない」
雫澄がそう言うだろうことも、ホロウには分かっていた。
まだ時の流れは雫澄の死をあきらめていない。
ホロウは岩壁の向こうに見える遺跡を指差した。
「彼女はあそこへ向かっている」
「どうしてそんなこと分かるの?」
「………………」
不思議そうに見てくる雫澄に、ホロウは決して答えようとはしなかった。
* * *
ぱちり。目を開くと、自分を心配そうに覗き込む女性の顔が真っ先に見えた。
彼女を知っている。両親の友人
天禰 薫(あまね・かおる)だ。
「大助くん、もう大丈夫なのだ?」
「は、はいっ。だ、だだ、大丈夫ですっ!」
頭の下のふよんふよんしたものが彼女の太ももだと知った瞬間、
真田 大助(さなだ・たいすけ)は飛び上がるようにして身を起こした。
「いきなり動いては駄目なのだ」
「いえ、あの……もうほんとに、大丈夫ですから」
心配して伸ばされた手にそう返しつつ、大助はそれが事実であることにはたと思い当たった。
あれほどの痛みがほぼ解消されていることに、われながら驚く。
まだ完全になくなったわけではないが、それでもピーク時は過ぎたというか、かなりマシになっている。
「よおガキんちょ。起きたか」
反対に、少し先で座っている
熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)や
後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)、
熊楠 孝明(くまぐす・よしあき)たちはしんどそうで悪化している様子だったが、それでも見た感じ、あのときの自分ほどではない。
「んじゃあ真田たちを捜しに行くかねぇ」
よっこいしょ、と又兵衛が立ち上がる。
「たしか、柳玄と一緒に向こうへ飛んで行って、あの辺りに着陸したはずだ」
「じゃあ行って、氷藍さんたちと合流するのだ。大助ちゃん、お母上たちとすぐ会えるのだ」
「……うん」
差し出された手を素直にとって。大助は薫と手をつないだまま、そちらへと向かった。
「もうそろそろのはずだが――って、柳玄!?」
がさがさと掻き分けたしげみの向こう側、開けた場所にうつ伏せになって倒れていたのは
柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)だった。
その横には
無明 フジ(むみょう・ふじ)があぐらを組んで座っている。
「よォ、おまえら」
「どうした? 一体何が――」
氷藍を抱き起こし、目覚めさせようとぺちぺちほおをたたいて揺すった孝明に
「あー、頭打ってっから、あんま振らねー方がいいぞ」
にやりと笑って、今さらのように注意する。
「ッ!?」
「……うう…」
あせる孝明の腕のなか、氷藍が顔をしかめた。
「柳玄」
「ここ、は……って、ゆきむらっ!? ――つっ…!」
身を起こした直後、後頭部を押さえて膝に突っ伏す。
「一体何があったのだ?」
「真田だよ。あいつとうとうイカれやがった」
何がそんなに楽しいのか、ひゃははっとフジが笑う。
「いきなり自分の嫁殴りつけて、行っちまいやんの」
「行った? どこへだ」
いぶかしむ又兵衛に、あっち、とフジが指したのは例の遺跡だった。
「あそこに父上はいらっしゃるのですか?」
「おー真田のガキ。無事だったのか。よかったな」
わしわしわしっと髪をかき回すフジに大助は少しムッとする。その表情が面白かったのか、ますますフジはかき回した。
「で、氷藍。どうする?」
「もちろん、追うぞ! こんなことして……一発殴ってやらないと気がすまない!」
いまだ足元もおぼつかない、孝明の手を借りてようやく立てている状態のくせに、言うことだけは達者で。
フジは口元がニヤニヤするのを止められない。
「んじゃー俺もつきあってやるとすっか。こんなおもしれー場面、めったにお目にかかれねぇしなぁ」
次の瞬間、氷藍は魔鎧化したフジに包まれていた。
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