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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

リアクション

 四つん這い状態からは身を起こしたものの、それからすっかり動かなくなってしまった原田 左之助(はらだ・さのすけ)を、椎名 真(しいな・まこと)は揺さぶりたいのを我慢して、必死に声がけをしていた。
「兄さんっ、兄さん、大丈夫?」
「……ああ。まあ、なんとかな。生きてらぁな…」
 何十度目か。
 やがて、ぐったりと立てた両ひざの間に突っ込んでいた頭を起こして、左之助は背後の木にもたれかかった。
「もっとも、死んでた方がマシな気分だが…」
「そんなこと、冗談でも言わないでよ」
 責めつつも、真は内心ほっとする。これは兄、左之助だと。
「……周りが騒がしいみたいだが……何かあったのか」
「――うん。なんだか、パートナーが倒れて、起きたら、ひとを……襲い出してるんだ」
「そうか」
「兄さん……何が起きたか、分かる…?」
 ためらいがちに訊いた言葉に、左之助は否定を返した。
「いや」
「そう」
 彼が知らないことで、もう一度ほっとした。いつの間にか詰めていた息に気付き、少しやましい気分になってうつむく。
 なんだかここに入ってから具合が悪いだけじゃなく、様子がおかしくて、左之助が左之助でないような気ばかりがしていたから、この騒動ももしかして知っているのではないかと思ってしまったのだ。一端を、担っているのではないかと…。
「兄さん…」
「うん?」
「アストレース、って……だれ?」
 瞬間。左之助の目が強く見開かれた。
「真。何口走ったか知らねぇが、あれぁ俺じゃねえ。俺じゃねえんだ! あれぁマナフってここの幽霊みたいなモンで――」
「うん。分かってるよ」
 いや、幽霊とまでは知らなかったけど。
「だけど、その……マナフさん? そのひと、何か訴えたいことがあって、兄さんに話しかけてるんじゃないかな?
 幽霊ってそういうものでしょ? 言うこと聞いてあげたら満足して、もう出てこなくなるかもしれないよ?」
 真の言うことはもっともな気がして、左之助は「帰ろう」と言うのを断念した。
 こんなうさんくさい場所はこりごりだった。ツァンダへ戻ればまた何事もなかったようにいつもの自分に戻れるのは、なんとなく分かっていた。ときどきあの悪夢にうなされるかもしれないが、それでももう今は分かっている。あれは自分じゃない、ほかのやつの身にあった出来事なんだと。
 だが同時に、分かってもいた。――どうすればいいか知っているのに、それが気にくわないからとただくさいモンにふたをして、なかったフリをするのは性に合わねえ。
 ち、と舌打ちをして、左之助はずりずり背後の木に頼りつつも身を起こした。
 忘却の槍を杖のようにして立つ。
「兄さん、大丈夫なの!?」
「ああ。こんなのは筋肉痛みたいなもんだ。歩いてりゃ、こなれてきてマシになる」
 かどうか左之助にも不明だったが、まあ多分、じっとうずくまっているよりは動いた方がまだ精神的にマシだろう。
「行くぞ、真」
「え? どこへ?」
「遺跡に決まってるだろうが。そのために俺たちは来たんだからな」
 そして彼らは再び遺跡を目指した。真の超感覚で、極力敵に出くわさないよう、ときには迂回もしたりして。左之助の体を気遣いつつの行軍だった。
 だが遺跡を目前にして、ついに敵の少年に気付かれてしまった。
「兄さんはここに隠れてて。じっとして、動かないように!」
 胸ポケットから霜橋を取り出し、戦いやすい開けた空間へ飛び出す。そしてかまえをとり、彼を追ってきた少年と対峙した。
(彼らが高速攻撃をすることは分かってる。投げてもバリアで防がれてしまうから、カウンターでなんとかできれば…)
 最初の一撃だ。それを見極め、かわせれば、十分勝機はある。
 少年もコントラクターの力を学習して、真が一見から手に見えつつもうかつに攻め込めないと思っているのか。じりじりと、互いの出方をうかがいつつ、間合いを足で探るように動く。
 そのときだった。
 突然密林の方から飛んできたエネルギー弾が、少年を貫いた。
「えっ? ……え?」
 意味が分からない、と目を丸くしている真の前、エネルギー弾はさらに飛んできて、だんだん真まで危うくなってくる。
 最初は狙撃手による援護かとも思ったのだが、どうもそうではないようだ。これが狙撃だとしたらヘタクソすぎる。最初の一発はまぐれ当たりだ。
「真、そこは危ねえ。戻れ」
「うん」
 左之助の指示に応じてしげみへ戻ろうとしたときだった。
 エネルギー弾の飛んできた方角のしげみががさがさ動いて、東條 カガチ(とうじょう・かがち)が飛び出してきた。
「カガチ!?」
「あれえ? 真。おまえ、こんなとこにいたのかよ?」
 互いにぴたりと動きを止める。だが次の瞬間、カガチの背後でがさりと葉擦れの音がして、彼ははっと振り返った。
「やばっ!」
 飛び込み前転で地面に転がったカガチの体すれすれにエネルギー弾が撃ち込まれ、地面を穿った。
「追われてるの? カガチ!」
 かまえをとる真に、カガチは複雑な表情を浮かべる。
「いや、追われてるっつーか、なんつーか」
 カガチや真が見つめるなか、カガチを追って飛び出してきたのはカガチのパートナー東條 葵(とうじょう・あおい)だった。
「葵さん!?」
 驚きに目を瞠る真の前、葵はカガチへエネルギー弾を撃ち続ける。そうして彼の動きを止め、呪鍛サバイバルナイフを手に走り込んだ。
「おっと」
 死角を狙って突き込まれるナイフを、カガチは掌打でかわした。だがそうくると読んでいたのか、葵はくるりと回転して肘を打ち込んでくる。そっくり返ってかわしたところに回し蹴りがきて、カガチは吹っ飛んだ。
「カガチ!」
「……くっそ。めっちゃ強えぇでやんの」
 見上げる葵には、あの何考えているか分からない、アルカイックスマイルも言葉もない。貼りついた微笑はただの仮面にしか見えない。
 たまに何か口にするかと思えば
「女神のために。へたに抗ったりしないで、おとなしく死んでよ」
 だ。
 まさに ふ・ざ・け・る・な だ。
「普段の葵ちゃんが言うなら、まだ笑えるんだけどねぇ。今の葵ちゃんに言われても、面白くも何ともない」
 切れた口のなかに溜まった血を吐き出して、カガチは立ち上がった。
「真。一応言っとくけど、手出すなよ」
「分かってるよ。だけどカガチ、大丈夫なの?」
「……うーん」
 それを言われると弱い。
 今の葵はめっぽう強くて、ずっとやられっぱなしだからだ。虚弱なくせに、わが身をかえりみない攻撃をばかすかしてくる。おかげでカガチの方こそ気遣ってやらなくちゃいけない状況だ。
 だがそれも限りがある。心配だからといって、やられてやるわけにはいかない。
「来いよ、葵ちゃん」
 真の存在に気付いた葵が、どちらを先に片付けるべきか算段しているのを見て、カガチは挑発に出た。
「まだ俺は倒れてないぞ。俺に勝てないからってあきらめて、ほかのやつに変えるってか?」
 全身打ち身で激痛がするなか、何でもないように肩を回した。
 葵が彼の方を向く。
「おまえ、避けるばかりでつまらないもの。あとにしてあげるから、そこで待ってて」
「へえ? なに? マジ? 気付いてなかったんだ? 俺は逃げてるフリして戦いやすい場所へおまえを誘導してただけだって」
 うっわー、こんなの常套手段じゃん。そんなことも思いつかないなんて、頭わっるー!
 嘲笑するカガチの前、あきらかに葵が不機嫌になった。不愉快そうに目を眇める。
「せっかく少しでも長く生きられるようにしてあげたのに。そんなに死にたいんだ」
 据わった目で、全身から殺意を放出して。葵はカタクリズムを発動させた。
 力の風がカガチを中心に渦を巻く。翻弄されまいと身を小さくしようとする彼の視界の隅で、きらりと何かが光った。
「ん? って、うわっ!!」
 風に撒かれた含み針だった。気付くのがもう少し遅ければ、今ごろ全部まともに受けていたところだ。
 あやういところで盾とした怪力の籠手に突き刺さる。ほっとしたのもつかのま、次の瞬間彼が含み針にやられたと見越した葵が消えかけた風の壁を突破してきた。
 赤黒い肌。ごつごつとした腕から伸びる骨太い指と婉曲した爪がカガチをとらえようとする。それを、蛟紡の鞘で受けた。
 はじき飛ばすと同時に距離をとる。
「いくぞ、葵ちゃん!」
 一気に鞘走らせて、カガチは間合いへ飛び込んだ。
 鬼神と化した葵はカガチを覆うほど巨大で、その膂力も人としてのときをはるかに上回る。一撃でもまともにくらえばその瞬間肉をそがれ、骨を砕かれるのは必至だ。
 しかし同時に、それは彼の弱点ともなった。何もかも大振りになるゆえに隙もまた大きい。
「せいっ!」
 袈裟懸け、斬り上げ、なぎ払い。すべるような足運びでカガチの剣技はなめらかに次の技へとつながり、流れる水のように美しい。
「どうしたぃ? 全力でかかってこいよ? まだまだそんなもんじゃないだろ?」
 爪と刃でギリギリと押し合いをしながら、カガチはさらに挑発を繰り返す。
 相手がカッときたところですり流し、そのまま斬り上げた。
 入ったかと思われた瞬間、後ろに回っていた腕がカガチをとらえる。まるで棍棒で殴られたかのような衝撃を後頭部に受けたと同時に、カガチは地面へ押し倒された。
 そのまま首の骨を折ろうというのか、押す力はどんどん強まる。カガチのなかで悲鳴のように骨がぎしぎしと音をたて、こすれ合う。
「葵、ちゃん…」
 腕を掴み、押し返しながら、カガチはつぶれかかったのどからどうにか言葉を絞り出す。
 のしかかった葵の姿が視界でブレ始めた。――かなりやばい。
 やめさせようとしていた手をはずして、葵のほおへあてた。
「……あんたの、その緑の目…。ソレと同じ目ぇした人に言われたんだ…。もし、あんたが、何も分からなくなってたら……代わりに呼んでやってくれって」
 もう肺に残った空気も残り少なくなってきた。鉄槌で猛打されているような頭痛がして、ブラックアウトしかけたなか、岩にかじりつくように正気にしがみつく。
 両手で、ほおを包み込んだ。

「おいで、キサキ」

「…………っ…」
 鬼神化が解け、元の「葵」に戻った葵のほおに、ひと筋の涙が流れた。視界が沈みかけたカガチには見えなかったが、指先がそれを伝える。
「元に……戻った…? 葵ちゃん」
 そう。
「じゃあ遠慮なく!」
 ドカッとみぞおちにひざを入れた。硬直した葵を突き飛ばすように上からどかすと立ち上がる。
 のどを押さえてげほげほ咳き込みえづくカガチの元へ、真が走り寄った。
「カガチ、大丈夫!?」
「し、昇天するかと思った」
 ようやく呼吸が元に戻ったカガチは、はーっと脱力する。そして、まだ地面に転がっている葵を見下ろした。
 乱れた髪がかぶさって表情は見えないが、その横顔は、どこか泣いているようにも見えた。
「今のでお互い帳消しな」
 と、手を差し伸べる。
「あー、腹へった。こんなのさっさと終わらせて、みんなでうまいメシ食おうや!」
 見上げてくる葵の前、カガチはにっかりと笑って見せた。



「へー、アストレース」
 真から事情を聞いたカガチは、感心したように口にした。
「あの原田さんがねぇ。ついに春に目覚めたか?」
「いや、それちょっと違うと思う」
 ちょっとというか、かなり違う。だがカガチはわざと意に介さない。
「いいねぇ。で、彼女、美人さん?」
「カガチ……不謹慎だよ?」
 聞こえちゃったかな? と左之助の様子をうかがう。
 彼らは今、遺跡のなかを進んでいた。先頭を行くのは左之助だ。ここに来て、大分体が楽になったのか、今ではもう槍を杖替わりにすることもなく、普通に立って歩いていた。
 うす暗い通路を何度も角を曲がり、階段を上がり、隠し扉まで抜けて、もはやどこをどう歩いているかさっぱり見当もつかない。左之助を見失ったら完全に迷子だ。
「だれもいないね」
 真の超感覚はときどき人の気配を感じ取っていたが、どれもぼんやりとしていて、危険性は感じなかった。
「ここは隠し通路だ。たちのような召使いだけが使用する。研究員たちはともかく、科学者たちはプライベートを重んじてか、たちの姿を見ることも、自分たちが見られることも、あまり好んでいなかった」
 その返答に、ぴくりとなった。
 カガチたちも気付いたかどうか視線を合わせると、彼もうなずきを返す。
 その気配を察してか、ふと、左之助が振り返って彼らを見る。
「すまない。彼の体を借りさせてもらった。あの様子では時間がかかりすぎると思ったから…。もう時間がそんなに残されていないんだ」
「……どこへ行くの?」
「5階にあるアストレースの居住区だ。そこに彼女がいる。きみたちに彼女を会わせたい」
 どこか、決意を秘めた言葉だった。それゆえ、真たちは何も言えなくなる。
 黙して彼に従い、はたして最後の扉を抜けて表の通路へと戻ったとき。
 彼らはこちらへ向かって走ってくる師王 アスカ(しおう・あすか)たちの姿を見止めた。
 追われているようで、エネルギー弾や真空波が背後から飛んでいる。
「んもう! しつこいですわぁ!」
 紫銀の魔鎧をまとったアスカが転身する。手にした何か、短刀のような物を投げつけたと思うやバリアに触れて、それが爆発を起こした。
 爆風と黒煙が通路内いっぱいに広がる。
 視界を埋めたそのなかへ、青い髪のマホロバ人――蒼灯 鴉(そうひ・からす)が飛び込んだ。鬼神と化した彼が暴れている姿が煙越しに影絵のように見える。剣がひらめき、エネルギー弾が乱れ飛ぶなか、彼の頭が龍の形にふくれ上がった。そして目の前の人間に噛みつく。
「あなたたちっ!?」
 オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)が左之助たちに気付いた。
「手ぇ貸した方が良さそう?」
 カガチの問いに真がこくっとうなずく。
「葵ちゃん、途中でおかしくなったりしないでね」
 それが意地の悪いからかいと分かっている葵は、じーっと見つめるだけで何も返さず。ただ2人について煙のなかへ走り込む。
 3人の助力もあって、少年たちドルグワントはわりあい簡単に倒すことができた。
 そうして合流を果たした彼らは、揃って通路を進んで行く。
 女神アストレースの元へ向かって……。