リアクション
「……なんか、大丈夫かねぇ? 鼎さん。ものすごい勢いで走ってったけど」 * * * 「――やめろ……よせ! 俺だ、分からないのか、トゥマス、ガルフォード…!」 御宮 裕樹(おみや・ゆうき)は自分を攻撃するパートナーのトゥマス・ウォルフガング(とぅます・うぉるふがんぐ)とガルフォード・マーナガルム(がるふぉーど・まーながるむ)の姿に愕然となりながらも、必死に説得を続けていた。 「グルルルル…」 「ガルフォー――うあっ!」 差し伸べた腕を、すれ違いざまガルフォードの牙が引き裂く。 彼を通りすぎたガルフォードは木と岩を蹴って跳ね上がると再びトゥマスの元へ戻った。 ガルフォードは狼の獣人だ。今、彼は完全に獣化している。そして温和でのんびりとした風情の普段からは想像もつかない形相で牙をむき、爪を立て、威嚇音を発していた。 「ガルフォード…」 「兄さん、無駄です。彼らは私たちと分かっていて、ああしているんです」 彼を背にかばうように麻奈 海月(あさな・みつき)が処刑人の剣を手に進み出る。 「ガルさんもトゥマスさんも、もう既に心を決めているようです」 「しかし…!」 「心を決める、ってねぇ」 まるで面白いことでも聞いたように、トゥマスがくすっと笑う。 「決めるようなことって何もないんだけどな。敵は倒す、それだけのこと。だろ? それ、裕樹も分かるよね?」 すでに何度も攻撃を受けていながらも、あっさりと自分を「敵」と口にしたトゥマスに、裕樹は動揺を隠せなかった。 それがまたトゥマスの冷笑を買う。 「敵だよ。ルドラさまの意思に反しようとする者は、みーんな敵。裕樹がこっちへ来るっていうんなら考えないでもないけどね。裕樹のことだから「死んでもいやだ」って言うんだろ? 裕樹もイヤ、俺もイヤ。かち合うなら、そりゃまぁやりあうしかねぇやな。なぁ裕樹?」 「――くそ。どうしても……やるしかないのか…!」 「兄さん、心を決めてください。それが私の力にもなります」 海月の心は決まっていた。トゥマスとガルフォードは同じ裕樹のパートナーであり戦友。彼らを敵として戦うことにためらいが全くなかったと言えば嘘になる。だが、一番大切なのは裕樹だ。自分は裕樹にのみ従うと、ずっと昔に決めている。 黒曜の瞳がまっすぐに2人を見据える。引っ込み思案な性格と冷静沈着な地味さ、そして眼鏡の下に隠れて見えないが、彼女は冴え冴えとした魅力を秘めていた。覚悟をもって挑む潔さ、迷いのない無垢さ。 かまえた剣先が語る彼女の純粋な決意は凄絶なまでに美しい。 (やるしかないんだな、海月) 周囲では、とまどいながらも敵と化したパートナーと戦うコントラクターたちの姿があった。 「――なら、あいつらも多分“そういう事”なんだろうな…」 まさか自分までもとは思いたくなかったが…。 一度伏せた目を開く。 ひとたび覚悟が決まれば、あとは早かった。 2丁の銃を手に、歴戦の防御術を発動させる。 そんな裕樹を見て。 「さぁてと。ガルさん、始めるとしようかね」 トゥマスは軽く肩をしゃくって見せた。 ――グオーーーッ! 咆哮とともに、ガルフォードは地を蹴った。地をすべるように疾駆して、まっすぐ海月へと向かう。 めくれ上がった上唇からむき出しとなった牙はただの狼以上に大きく、まともに噛まれたら海月の腕の骨など一瞬で砕ける――いいや、腕ごと引きちぎられてしまうだろう。 海月は油断なくかまえ、アルティマ・トゥーレを発動させる。剣が冷気を発し、刀身がうっすら曇った。 突進し、寸前で跳躍した彼に向かって突き込む。 しかし剣先は爪によってはじかれた。 ――グルルルッ 地に下り立ったガルフォードはすぐさま海月の背に向かって跳躍する。 「はっ!」 振り返ったが遅く、肩を裂かれた。 「……くうっ!」 しびれたような痛みが走り、遅れて激痛が起こる。だがかまっていられない。すぐさま剣を握り直し、ガルフォードに正面を向いた。 すでにガルフォードはUターンをすませ、彼女へ向かって走ってきている。 今のガルフォードは獣化し、爪と牙による物理攻撃しかできないが、その跳躍力、スピードは人間とは比べものにならないほど速い。 そして外見と違い、頭脳は獣ではなかった。 明晰な思考力で彼女の攻撃を読み、避け、突き崩そうとしている。 海月は奈落の鉄鎖を用いてその速度の減退を図ろうとしたが、そうくると読んで決して止まろうとしないガルフォードにはかすりもしなかった。 ――ガウッ! 今またその鋭利な爪が海月を引き裂く。 「あああっ!!」 (海月…) 先からずっとガルフォードに翻弄される海月の姿が裕樹の視界に入っていた。 けれど、彼に助力に入る余裕はない。 今もまた、裕樹の気がわずかにそれたのを鋭く見抜いたトゥマスが回し蹴りを放ってくる。どうにか腕で防御し、防いだが、その衝撃で裕樹は横すべりした。 トゥマスは裕樹が二丁を抜いたのを見て接近戦を望んでいると悟り、アンボーン・テクニックを発動させていた。 アンボーン・テクニックとは近接戦闘技術の1つで、格闘と魔法あるいは超能力を組み合わせたものだ。もはや言葉は不要と、トゥマスはひと言も口をきかず、ただ微笑を浮かべたままその技をふるっている。 こぶしひとつ、蹴りひとつにいたるまで、トゥマスの全力がこもっていた。 全力で裕樹を倒す決意だ。 対する裕樹が両手に持っているのはGun−Gnirという銃身の下部に片刃の刀身がついた剣銃、そしてサタナエルだ。 Gun−Gnirは命中率の悪さから銃としてはほぼ使い物にならない代物だし、サタナエルは長大・超重量すぎて近接格闘には向かない。そんなものをただの片手銃のように扱って戦っては、ものの数分で裕樹の関節がはずれて腕が使い物にならなくなるだろう。 (一撃で決めるしかない…!) 絶対に好機はくる。それまでは力を温存し、耐えて耐えて耐えまくるのみ。 トゥマスの一方的な猛攻が続く。 ついにその瞬間が訪れたとき、裕樹は見逃すことなく動いた。 Gun−Gnirを一点集中で連射し、バリアを張らせ、砕く。ゼロ距離でその衝撃にトゥマスの気がそれた一瞬に、サタナエルをあごに向かって突き上げる。 しかしそれは、トゥマスの武器Ca−Li−Barnによって防がれてしまった。 「……裕樹が温存していたように、こっちだって切り札はちゃーんとあるんだよ」 裕樹の武器の長所・短所――トゥマスもそれを知っている。 それを裕樹がどのタイミングでどう使おうとするかも。 あるいは――先ほど見せた隙すらも、トゥマスの誘いであったのか。 「――くそっ」 蹴り飛ばされ、転がった先で、裕樹はトゥマスを見上げる。トゥマスはCa−Li−Barnをかまえ、その銃口を裕樹へ向けていた。 「兄さんっ!!」 裕樹の窮地に気付いた海月が悲鳴のように名を呼ぶ。そしてガルフォードを見た。 いつまでもこうしてはいられない。 「ガルさん……すみません」 片ひざがつくほど低くかまえをとった彼女に、ガルフォードが正面から向かっていく。目ではとらえきれない速さで振り抜かれた剣はガルフォードの横腹を斬り上げた。ガルフォードは突進した先で、どっと倒れる。 肉を切らせて骨を断つ。海月もまた同時に肩に深手を負ったが、かまってはいられなかった。 「兄さん!」 裕樹の元へ駆け寄り、護るようにかまえる。 「トゥマス…」 「なぁに、ちょっと足か腕でも吹っ飛ばして、動けなくするだけだ。一応これまでの付き合いもあるし、トドメは刺さないでおいてやるよ、俺はな。――後ろの連中は、どうか知らねぇが」 意味深な言葉。 トゥマスの流した視線の先、木の影には2人の女性が立っていた。 |
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