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リアクション
一方、戦う彼らの後方では、悠美香とルーフェリアが八斗に走り寄っていた。
ただし、刺激しすぎて逃げられたりしないよう――そして攻撃されないように――ある程度、距離を保っている。
「八斗」
慎重に発せられた声に、八斗はそちらを向いた。
「八斗、戻って――」
瞬間。
ヴェンジェンスから発射されたビームがルーフェリアを襲った。
「うわっ!」
軽業の靴と神速の効果でからくも直撃は避けられたものの、左腕に裂傷を負う。
「ルーさん!」
「くそっ、問答無用かよ!」
彼女たちの前、緑竜の毒液を己に浴びせかけるように振り撒き――もちろん清浄化もかけて――魔法攻撃力の増加を完了させた八斗は即座に追撃をかけた。サンダーブラストの雨を浴びせかけ、ルーフェリアに駆け寄ろうとしていた悠美香とルーフェリアの分断に成功するや手負いとなったルーフェリアへ突貫する。
ヴェンジェンスを振り回す手は、パワーブレスの輝きに包まれていた。
ヴェンジェンスはハルバード型をしているが、切れ味はほとんどないに等しく、打撃用の鈍器である。遠心力と腕力で触れる物すべてを打ち砕く。
今の八斗であれば、ルーフェリアを撲殺することも可能だろう。
「八斗、やめろ! オレだ、ルーフェリアだ!」
振り回されるヴェンジェンスを避けながらルーフェリアは必死に声がけをする。
「さっきからうるっさいなぁ。ひとの名前、軽々しく呼ばないでよ、おばさん」
「おばっ…!」
「あっれー? 何、その顔。自覚なかったの? おばさん! おばさん、おばさん、おーばさんっ ♪ 」
最後は節までつけてリピートする。
「……っ、ざっけんな! 調子乗ってんじゃねえ! このクソガキっ!!」
「おっと ♪ 」
頭を掴もうとした手を沈んでかわし、八斗は後方に跳ぶ。
「ルーさん、カッカしないで、頭冷やして」
どうしたら八斗を取り戻せるか、動揺とあせりから抜け出せずペースを乱されっぱなしのルーフェリアに、悠美香が間に入った。
「あと、その腕も。止血した方がいいわ」
悠美香の言うことはもっともだったので、ルーフェリアはこの場を彼女に譲った。
「八斗。ひとを傷つけてはいけません」
ヴェンジェンスをバトンのようにくるくる回し、上機嫌で鼻歌まで歌っている八斗を、悠美香は母親らしくしかりつける。
なんといっても自分は彼の「母親」なんだから、と。
「そんなことをしたら……そんなこと、したら……」
(ええと……世間の母親って、何をするのかしら?)
「なーにっ?」
悠美香が言葉に詰まっているのを見て、面白そうに目を輝かせる。
(――そうだ!)
「おしりをたたきますからねっ!!」
互いに武器を持ち、戦場にいながらこれはずい分間の抜けた発言に思えたが、意外にも八斗はびくっとなった。――条件反射か?
その隙に距離を詰めた悠美香がヴェンジェンスを奪い取ろうとする。しかし一瞬の差で、八斗が腕を引く方が早かった。
八斗の攻撃をパリイで受け流す悠美香。2人の間でそのまま武器の奪い合いが続く。
「八斗、まだ私たちのこと思い出せないの? 私や要のこと、ルーさんや――」
「あー、もお! しつっこいな! あんたたちなんか知らないよ! べつに知りたいとも思わないねっ!」
ざっと振られたヴェンジェンスが動揺した悠美香の手に当たり、傷つける。
「……それでもいい。私たちのこと、思い出せなくてもいいから、一緒に来て。一緒に帰りましょう?」
「なんで俺があんたたちと一緒にどっか行かなくちゃいけないんだよ! 俺はドルグワントだ! 俺にはアストーさまを護るっていう使命が――」
「八斗」
脇から小さな子どもの声がして、ぴたりと八斗は動きを止めた。
「ねえ八斗、どうしたの? どうしてゆみかとたたかってるの? どるぐわんとって何? あすとーさまって?
八斗…………おかしくなっちゃったの…?」
緑の髪をした獣人の少女が立っていた。金色の目いっぱいに涙をためて、今にもこぼれ落ちそうなそれを必死に我慢している。
両手が、スカートをぎゅっと握り込んで震えていた。
「ねえ八斗。八斗は、みんなのこと知らないって言ってたけど……おとーさんやおかーさんや……みくるのこと、ほんとに忘れちゃったの…?」
「う…」
「みくるね、本当は八斗も未散と一緒で寂しがり屋なの知ってるよ。ときどき、未散と同じような顔してるから…。
寂しいなら、みくるが一緒にいてあげる。ずっと、ずっと、一緒にいてあげる。
だって……だって、みくる、八斗のこと大好きだもん!! 男の子のなかで一番好きだもん!!
……ね? だから一緒に帰ろう?」
「――だけど……でも……俺は……アストーさまが…」
完全に気がそれた、このときをねらって、ルーフェリアが後ろに回り込んだ。
「うわっ!!」
はがい締めされた瞬間、八斗の手からヴェンジェンスが飛ぶ。
「こら八斗!! みくるちゃんにここまで言われて、なんだ、その煮え切らない態度は!! それでも男か!!
いいかげん正気に戻れ!!」
「ちくしょう! はなせっ!!」
じたばた。宙に浮いた足をばたつかせていたとき。
彼ら全員をなぶるようにざっと風が走ったと思うや、次の刹那、周囲の木々が一気に燃え上がった。
「なにっ!?」
一体何が起きた!?
目を瞠る彼らの目に映ったのは、旋回するフェニックス。
これを召喚したのはルシェンだった。
「……っくしょう…っ」
あと少しで押さえ込めたのにっ。
未散はうつ伏せになって倒れていた。ぼやけた視界のなか、舞闘傘の柄から指がはずれる。
アイビスの含み針をうなじに受けて、体が思うように動かなかった。即死、昏倒しなかったのは耐性を上げていたおかげだが、それが緩慢に彼女を苦しめていた。徐々に視界が暗くなっていく。
彼女には見えなかったが、後ろの方でやはりハルが同じように倒れていた。
「ルシェン、アイビス、思い出して…」
威嚇するように飛ぶフェニックスの放つ熱風にあおられながらも、朝斗は懸命に2人に呼びかける。
彼女に向かって差し出した手からは、紅蓮のペンダントが下がっていた。
炎に照らされ、淡い光を反射するそれは、鉱石なのにどこか不思議とあたたかなぬくもりを見る者に感じさせる。
「ね? ルシェン。これ、覚えてる? きみが僕にくれたんだよ。僕の身を案じてくれるきみの想いが込められた、僕のお守り。
アイビスはこれ」
と、吊るしてあった想い出の懐中時計を持ち上げた。ふたを開け、なかの音楽を流す。
アイビスがぴくりと反応したのをルシェンが横目で見た。
「あのとき、この歌を歌ってくれたね。僕はこれに歌詞があることも知らなかった。
ねえアイビス、もう一度歌って。ううん、何度だって歌ってほしい。何度だって聞きたい、きみの歌声。そして僕に、その歌を教えてくれない? 僕は――」
――とすん。
そんなふうに、朝斗は感じた。
何かが腹に当たって、とん、と押して…………彼を倒した。
目撃した全員が息を飲む、その前で、朝斗のほおを涙が伝う。そして口元を、血が。
すべてを甘受するかのように、朝斗はゆっくりと目を閉じ、静かにその場にくずおれたのだった。
ルシェンはエクソシアを引き抜き、背を向ける。
「朝斗!!」
「朝斗くんっ!!」
悲鳴のような仲間たちの呼び声がかすかに朝斗の耳に届く。だが彼が一番感じているのは、地につけたほおから伝わってくる、ルシェンとアイビスの足音だった。
遠ざかっていく――彼を置いて、去っていく足音。
(――ルシェン? アイビス? 最後まで伝えられなくてごめん…。僕が言いたかったのはね、それでもこれは、物でしかないってことなんだ…。
どんなに大切な物でも。きみたちがそばにいてくれなかったら……きみたちの想いがなかったら……これはただの物でしかないんだ、って…)
「朝斗!! おい、朝斗!! 目ぇ開けろ!!」
必死に彼を呼ぶ声。
けれど朝斗にはもう、何も聞こえなかった……。
ルシェンのフェニックスが放った炎はあっという間に燃え広がり、今や彼らをそのまっただなかへ閉じ込めていた。
「――ちッ!! 今はこんなことしてる場合じゃないか!!」
要は朝斗を肩にかつぎ上げ、立ち上がる。
「別の場所で戦ってるほかの人たちも危ない!! 炎にまかれる可能性がある!! この近くには村だってあるんだ!! 消さないと!!」
「って、だれか水や氷結系の魔法使えるやついるのか!?」
やはり別の場所で未散を抱き起していたルーフェリアが怒鳴り返す。
べつに2人とも怒っているからではない。炎にまかれた木々の上げる音が激しくて、そうしないと聞こえないのだ。
「うっ」
と要は詰まる。
ちら、とこの場にいる者たち――切札や裕樹含む――を見回したが、手を挙げる者はいなかった。
「……ま、使えても、1人2人の力でどうにかなる炎じゃねえか、こりゃ。ほかのやつらの手借りないと」
「そうですね! 一刻も早く朝斗くんを回復魔法が使える人たちの元へ連れて行かないといけません! 今は脱出を優先させましょう!」
インベイシオンがハルの腕を肩に回し、引っ張り起こす。
ククッと笑ったのはトゥマスだった。
「水ならぬ炎をさされちまったわけだ。
また会おうぜ、裕樹」
意識を失ったままのガルフォードを抱き上げて、トゥマスは炎の向こうへ消える。
そして、八斗――。
「八斗、早くこっちへ! 逃げないと危ないわよ!」
炎のある一点を見ていた八斗に悠美香が言う。
八斗が見ていたのは炎ではなかった。それを越えた向こう、遺跡だ。
「八斗ってば!」
八斗は悠美香を見、ルーフェリアを見、要を見、そして最後にみくるを見て、にかっと笑った。
じゃあバイバイ! というふうに手を振って、トゥマスの消えた炎の道へ走り込んで行く。
「八斗!! 戻ってきなさい、八斗!!」
「待って八斗! みくるも行くっ!! 連れてって!!」
悠美香の手を振り払い、みくるは駆け出した。
「みくるちゃん!? 待っ――うっ」
みくるが走り込んだ直後、木が倒れ、道をふさぐ。
「八斗!! みくるちゃん!!」
「だめだ、悠美香ちゃん、逃げないと俺たちが焼け死ぬ!! とにかく脱出だ!!」
* * *
炎を消し去るのには、全員が力を合わせなければならなかった。
数時間を経てようやく鎮火に成功したとき、立ち上がれるだけの力を持つ者はだれもいなかった。
そしてドルグワントやドルグワントに覚醒した者たちもまた、彼らの前から消えてしまっていたのだった……。