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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

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「待ってろ、3秒で策立てる」
 日比谷 皐月(ひびや・さつき)はそう言って、考え込む。
 もはやそれは雨宮 七日(あめみや・なのか)にとって、聞き慣れたフレーズとなっていた。ツッコミを入れる気も起きないぐらい。
 いや、こういうのは慣れてはいけないのだろうと思うが、こうもほぼ毎回聞かされてくると慣れざるを得ないというか…。
 前後左右、どこもかしこも戦闘中だ。攻撃魔法が飛び、剣や槍がつばぜり合いをし、互いに互いを突き崩そうとしている。
 そのまっただなかで、何の策もなく立っているというのは、何だか武装もなしに丸裸で立っているようで落ち着かない。
 ちょっと言い過ぎかもしれないが、大体はそんな感じだ。
「……あなた、よくそんな平気そうにしてられるわね」
 くあーっと大あくびをした五十嵐 睦月(いがらし・むつき)を見て、ひそめた声でこそこそ言う。
「あ?」
 と、ぽっかり口を開けたまま、褐色の悪魔・睦月は七日の方を向いた。
「……ああ。だって僕は皐月の言うとおりに動くだけだもの。作戦とか、難しいこと考えるのは皐月にまかせるよ」
 ゆっくり閉じられた口元はそのまま薄笑いの形で止まる。それが彼の定番の表情だった。微笑でありながらどこか薄ら寒さを感じさせるのは、彼が悪魔だからだろうか。眠たげに半分閉じられたまぶたの下の青い瞳も、彼の内心に通じる感情を何ひとつ表していない。
 それは、「無」というよりも「うつろ」と表すべきもののように見えた。
 本当にそう思っているのか違うのかはともかく、そこまでだれかを信じ込めたならどれだけ楽だろう、と思う。
 何ひとつ疑わず、ただ相手の言うとおりに行動して……思考を停止する。
 しかしそこまでするには、七日は皐月のことをよーーーーーく知っていた。知りすぎるほどに。
 そんなことしたらこっちが危険だ。
「……3秒経ちましたよ、皐月。それで何か思いついたんですか」
「ひらめいた」
 嘘か真か。
 皐月はぱちんと指を鳴らした。



「やっぱり適当だわ」
 七日は連れてきていた小型屍龍の横で、ぶつぶつつぶやく。
「でも、そう言いながらも毎回言うとおりにするんだよね。それって信頼だよね」
 またうさんくさいことを言い出した、と横目で見る七日に、おっとっと、と両手を広げて見せる。
「あなたもでしょう」
「そうだよ。僕もね。
 さあ、来たよ。3体かな? どうやらやつらが熱探知するっていうのは本当らしいね。じゃあ僕は、それを利用させてもらおうか」
 時刻はもう日没間近だった。厚い緑の天蓋に覆われた密林は、ひと足先に闇色を増している。スポット的に明かりが差し込んでいるが、圧倒的に光源は不足していた。
 まるで周囲に溶けるように、睦月は姿を消す。その存在感までも。
 彼は敵が自陣まで到達し、襲撃するのを待ってはいなかった。しげみの影から木の影へ。影を渡り歩く。レビテートを用いているため足音は虫の羽ばたきほどもしない。すべるように移動した彼は、やはり先発隊からの情報として得ていた「敵の熱探知範囲外」で足を止めた。
(問題は、僕には高速で移動する手段がないってことなんだけど…)
 ま、なんとかなるか。
 肩をすくめ、彼は動いた。
 木から飛び降り、ミラージュを発動させる。複数の睦月が宙に現れたが、しかし少年たちはだまされなかった。幻影は熱量はゼロだが本物は違う。そして睦月がサイコキネシスで操るさざれ石の短刀を持つのは1人だ。それがたとえ幻影であっても、短刀は本物。目で見ればそれが幻影か本物かは瞬時に判明する。
 少年たちは的確にエネルギー弾を飛ばし、短刀をはじき、睦月を攻撃した。
「ちぃッ! だめか!」
 睦月は即座にフォースフィールドを張るが、落下することで距離が縮まるにつれ、エネルギー弾はフォースフィールドを貫きだす。
 やめさせたのは七日の銃撃だった。
 少年たちは突然の攻撃に身をすくめた。だがすぐにバリアを張って銃弾を退ける。攻撃がやんだ隙に睦月は離脱したが、少年たちの意識は銃撃の来た方角へと向いていた。銃撃の角度から距離を弾き出すや、一斉に跳躍する。
 七日の元へまっすぐ向かう少年の足に、そのとき何かがぶつかった。
 足のもつれた少年は着地できずに地面を転がる。足元に転がったのは木の枝。それが飛んできた方向には、隻腕の少年の姿があった。
 互いを見止める2人の目が交錯する。そのまま木の後ろへ消えて行こうとする彼を追って、少年が跳躍する。熱探知できる少年の目には、彼がまだ木の後ろから離れていないことが分かっていた。回り込もうとする少年に。
「かかったな」
 皐月は野球のバットを振る要領で、己のギター型光条兵器を振り切った。
 木を不断の対象として設定してあったギターは難なくすり抜け、少年を両断する。
「木はおまえたちにとっては障害物だが、オレにとっては何の障害にもならねーんだよ。むしろ、おまえたちの攻撃を遮断してくれもする、恰好の盾でもあるのさ」
 ギターを肩に渡らせて、不敵にうそぶく。
 だが残念ながら同じ手は通用しなかった。彼らは皐月の攻撃方法を知り、ギターの範囲内に入らず遠距離からのエネルギー弾や真空波攻撃をしてきたのだ。
「――ちッ! それならそれで、これはどうだ!」
 攻撃を避けながら、皐月は魔装ルナティック・リープを発動させた。地を蹴り、幹を蹴って少年の頭上高く宙に躍り出た彼は、枝葉をものともせず振り下ろす。
 この脚甲によって機動性を確保した皐月は、イコン装甲に匹敵する硬度を持つ特性を利用した蹴撃を織り交ぜた空中戦を展開した。
「派手ね」
 地上だけでなく空中も利用することで機動性は向上したが、まだ少年たちの高速移動にはかなわない。一撃離脱、攻撃と逃走を繰り返す皐月の攻撃スタイルを見て、ぽそっと七日がつぶやく。
 彼女は小型屍龍を盾としてレイスをサポートに戦う予定だったのだが、敵が全部皐月の方へ引きつけられてしまったため、すっかり手持ちぶさたになっていた。
「や」
 彼女に撃たれるのを警戒してか、わざと葉擦れの音をたてて睦月が戻ってくる。
「あなたもなの」
「ああなると、ヘタに手出したら皐月の邪魔になっちゃう――」
 そのとき、がさりとしげみを掻き分ける音が彼女たちの背後で起きた。
 武器をかまえて振り返った2人の前に現れたのは、黒髪の少女だった。
 黒い髪、黒い瞳。まとっているのはエンペラーローブ。どれをとっても敵の少女型ドルグワントではない。とすれば彼女は敵か、味方か?
「あなたはだれです?」
 慎重に問いかける七日に向かい、少女は突貫した。両手には銃が握られている。
 銃撃ではなく、それで殴ろうとしているのを見て、七日と睦月はぱっと左右に散る。少女は振り返りざま撃とうとしたが、七日の方が早かった。
「そう。敵になってしまったんですのね。おかわいそうに」
 感情のこもっていない声で淡々と告げ、双銃ブレインキャリーを彼女のこめかみへ押しつけた。なかにはドルグワント用にと装填していたカムイカヅチが入っている。通常の弾丸とはまた少し違った特殊効果のある弾丸だが、この距離ならば間違いなく即死だ。バリアを張る間などない。
 少女もそれと知ってか、ぴたりと動きを止める。
「まあまあ。元に戻る可能性があるかもしれないし。殺さないでおこうよ」
 こんな美人さんなんだし。
 ぴく、と七日の眉が反応する。――またぞろ女好きの悪い虫が出たか。
「元に戻る保障があるなど聞いていません。このまま斬って捨てましょう。躊躇すれば待つのは死。ここで取り逃がしてしまえば、被害は拡散し多くの人間が死に絶えます」
「そうかな? 可能性がないとも聞いてないよ。彼女を殺して、そのあと可能性があることに気付いたらどうするの? 救える人間を取りこぼすことだけは避けなきゃいけない。僕が言ってるの、違う?」
「…………」
「流れる血も涙も、少ない方が良い、でしょ?」
 内心ためらっている様子の七日に、睦月はここぞとばかりに言葉を継ぐ。
 そのとき。
「待ってください!」
 切羽詰まった男の声が暗がりから聞こえてきた。
 彼らの見つめる前、やがてがさがさしげみを掻き分けて、先の少女が現れた場所から黒髪の男が息せき切って現れる。
「ま、待って……ください」
 両ひざに手を当て、必死に切れた息を整えている。そんな彼の顔からメガネが落ちた。
「ああっ、メガネがっ」
 あわてて地面に転がったそれをかけ直す。ふう、と大きく深呼吸をして、男はあらためて背筋を伸ばした。
「俺はイルミンスール魔法学校所属の志位大地といいます。彼女は俺のパートナーで、『青い鳥』
 彼女が何をしたか知りませんが、俺が謝罪します。お願いします、彼女を殺さないでください!」
 志位 大地(しい・だいち)はまっすぐ頭を下げた。
 黒服で気づかなかったが、よくよく見れば全身土埃まみれ、あちこちに裂傷を負っているようだ。
「……彼女の面倒をあなたが本当に見られるんですか? 今、彼女は私たちに攻撃をしてきました。私たちは防げたけれど、同じように攻撃されただれかが傷を負ったとしたら、どうするおつもり?」
「そんなことは絶対にさせません! 彼女は俺が元に戻します!」
「本当ですか?」
 七日は疑問を口にしつつも銃をかまえたまま、一歩二歩と後退した。
 危機を脱したメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)が傾いでいた体を起こす。
「さあ、俺と戻りましよう」
 手を差し伸べる大地を、青い鳥の垂直蹴りが襲った。
「うっ…!」
 ギリギリで避けたところへ続けざまに回し蹴りが入る。
(くそっ! やはりまだ戻っていなかったか!)
 両腕でブロックしながら、大地は動揺を隠しきれなかった。
 移動中、突然倒れた青い鳥を抱き起こして意識を取り戻させようと名前を呼んでいると、いきなり銃を突きつけられた。真っ白になった頭でわけが分からないまま今のように防戦しているうちに殴り倒され、昏倒してしまったのだった。
 頭を撃ち抜かれなかったのは、奇跡だったのかもしれない。
「俺です、大地です。敵ではありません」
 必死に説得しようとするが青い鳥が耳に入れている様子は一切ない。あのときと同じだ。
(なぜ? どうして俺のことが分からない? 一体彼女のなかで何がどうなっているんだ!?)
「……っ!」
 苦渋の決断で大地はついに漆黒の刀『蒿里(こうり)』を抜いた。
 七日が自分を試していることには気付いていた。ここで彼女を正気に返すか、制御する力があることを見せなければ、彼女は青い鳥を撃つに違いない。
 防御一辺倒ではまた前の繰り返しになる。むしろこうなったら圧倒的な力で押さえ込むしかない。ヘタに迷いを見せて手加減などすれば、それだけ青い鳥が苦しむ。
 一撃で、終わらせる。
 彼女も知らない彼女の攻撃のクセ、パターンは頭に入っていた。――自分が指導しているのだから。
 左手の動きが右手に比べてわずかに遅い。コンマ数秒の差。そこを狙って肘を打ち上げると腕が跳ね上がって胴があく。
「鳥さん……すみません!」
 あいた脇に飛び込もうとしたとき。
 皐月の蹴り飛ばした少年の腕がまっすぐ飛んで、大地の後頭部に激突した。
「Σはうっ!?」
 一瞬のブラックアウト。
 勢いよく前に向かって倒れた大地は結果的に青い鳥を押し倒し――その唇を奪っていた。



 はじめのうち、大地はくらんくらんする頭で全く状況が掴めていなかった。
 後は割れるように痛いし、視界は大波にもまれた船のように揺れているし。
 だがやがてめまいはおさまり、頭痛はピークをすぎた。そうなると、自分の唇の下にある、やわらかくて温かい、弾力のある感触に否応なく気付かされる。
 密着した体と香りに、呆然となって引きはがすのが遅れてしまった。
「……うわっ!? うわわわわわっっ!
 と、鳥さん、すみませんっっ!! い、今のは不可抗力で、どうしようなくてですね! えーと、俺が狙ってしたわけでわっ!!」
 耳まで真っ赤になって口元に腕をあて、目の前の青い鳥にひたすらペコペコ謝る。とにかく謝らなくてはとの一心で、まだ自分が青い鳥の上に四つん這いになっていることにも気付けていないらしい。
 自分を押しつぶしていた大地の重みから解放された青い鳥もまた、状況を理解するにつれてみるみるうちに顔を赤くし――そしてどかっと蹴りを入れた。
「…………っ…」
 どこに入ったかは、押さえて転がったまま身動きできないでいる大地を見れば、まあなんとなく想像はつくだろう。

「――ばかっっ!!」

 ひと声叫んで、青い鳥は走って行った。
「ま、当然ですわね」
 自業自得、と冷めた目で見下ろした七日もまた、そっぽを向いて去っていく。
 大地は1人残され、ただ声もなくそこに転がっているしかなかった……。