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リアクション
「これはまたなんと言うか……すさまじいな」
あちこちで起きている戦いに視線を流し、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は感嘆の息を吐いた。
彼は皇 彼方(はなぶさ・かなた)から要請を受けた山葉 涼司(やまは・りょうじ)が編成した後続部隊としてこの地へやって来た者のうちの1人である。
ここで何が起きているか、ざっと聞かされてはいたが、まさかこれほどとは。
敵との戦闘のただなかにありながらコントラクターがパートナーと同士討ちをしている。にわかには信じがたい思いだったが、こうして目にした以上は信じざるを得ないだろう。
それは、同行者の六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)も同意見のようだった。
グラキエスはちらと肩越しに優希を盗み見る。彼女は周囲のいたる箇所で起きている光景にすっかり絶句して、動転しているように見えた。
茶色の長い髪をポニーテールに結い上げたこの少女は、メガネでちょっと目じりが吊り気味のせいか、どこか生真面目な委員長風の雰囲気がある。ぴんと伸びた背筋や手の動きといった所作にも上流階級の者と分かる上品さが出ていることもその一因だろう。グラキエスの持った印象は「世間知らずなお嬢さま」だった。
そう思った要因として、道中のことがある。彼女は現場取材をして、今度の出来事を記事にするのだと意気込んでいた。
それがどれほど場違いな考えであったか、ようやく気付けたのに違いない。
響き渡る怒号と悲鳴、そして哀願。
「なぜ? どうして? 一体何があったっていうんだ!」
「頼むから元に戻ってくれ!」
「こんなのは違う! こんなの、本当のおまえじゃない!!」
混乱しきった頭でひたすら説得の言葉を口にしながらも、それでも武器を手に向かってくる友人たちと戦わずにいられない。
迷いなく剣をふるう者、それを苦悩の表情で受け止める者。彼らのたてるすさまじい剣げきの音がしている。
そして、そのただなかを攻撃魔法が乱れ飛ぶ。ファイアストームの赤い炎、サンダーブラストの白光があちこちで炸裂し、地響きを伴い穴を穿つ。絶えず空振が宙を走り、台風のように枝葉をざわめかせる。
今もまた、横合いから飛んできた魔法の直撃を受けた木々が、悲鳴のような音をたてて彼らのすぐ近くに倒れ込んだ。
「おっと、あぶない」
枝の1つに巻き込まれそうになった優希の腕をとり、引き寄せる。
「あ、ありがとうございます…」
目をぱちぱちさせ、憑きものがとれたような顔つきで現実に立ち返った優希はグラキエスに礼を言って離れると、ぱんっ! といきなり自分の両ほおを張った。
「優希!? いきなり何を!?」
「よっし、気合い入りました!
麗華さん、頑張りましょう! パートナーの説得をされています皆さんの間に割り込んでお手伝いすることはできませんが、でもその説得をやりやすくすることは私たちにもできますよねっ!」
驚く麗華・リンクス(れいか・りんくす)の前、優希は意気込む。
「あ、ああ…」
「私、頑張ります! そして真実をこの目で見届けるんです!」
現状が思っていたものと違っていたからといって、ここでおいそれと退くつもりなど毛頭ない!
「さあ行きましょう! 風上はどちらですかっ、こちらですねっ」
「あ、おい、待て優希。勝手に決めて1人で先々行くなっ。だからうり坊お嬢だと言われるのだぞっ」
闘志を燃やしてずんずん歩いていく彼女の姿に、少々第一印象とは違っていたようだと、くすりとグラキエスは笑う。そして傍らのアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)とエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)に向き直った。
「では俺たちもやるとしよう。
ああ、それと、アウレウス」
魔鎧化しようとしていたアウレウスに待ったをかける。
「今回はあなたも一緒に戦ってほしい」
「……えっ?」
まさかそんなお願いをされるとは思わなかったという顔で、アウレウスはグラキエスを見つめた。だがその言葉を理解するにつれ、徐々に表情が輝き始める。
「おまかせください、主よ! 私は主の鎧にして槍。たとえ相手が何者であろうとも、主には指1本触れさせません!」
「気合い充分といったところか。頼もしいな」
ふふっと目を細めて笑うグラキエスは、大人びた口調で色香すらただよわせる普段の彼と違い、歳相応の少年に見えた。
その表情すらも自他ともに認める主絶対至上主義のアウレウスには自分への信頼の証に映るようで、ぼうっとなっている。
「さあ、行こうか」
木々を飛び移って風のように移動する銀髪の少年の姿を見て、髪と同じ炎色をしたグラキエスの瞳がきらりと光をはじいた。
「ウオオオオオオオオオオーッ!!」
魔力解放――グラキエスの咆哮が天を衝かんばかりに上がった。
到底人ののどから出ているとは思えない、それは獲物を眼前に捉えた肉食獣のおたけびのようでもあった。
(ああなってはグラキエスさまには己を制御することはできません。それができるのは私1人…。
周囲にはほかのコントラクターたちもいらっしゃることですし、敵として向かってくることも考えられます。その者たちを巻き込まぬよう、今一度気を引き締めて事にあたらねば)
金の髪に緑の瞳、妖艶な美貌を備えた外見には一切出さず、あくまで心のなかでエルデネストは奮起する。
(……もちろん、あとで相応の見返りはいただきますよ、グラキエスさま)
秘めた思いにかすかに口端を上げながら。
彼の見守る前、そう間をあけず、バスタードソードを手にした3人の少年が現れた。
夕闇の風に吹き流される銀糸の髪に赤鋼石をはめ込んだような赤眼。無であるがゆえに研ぎ澄まされた刃を思わせる、凄絶な美をまとった少年たち。
敵の特徴として挙げられた、ほおに「D」のように見える傷――刻印――を確認したグラキエスは真正面から突っ込んでいった。
武器を持った3人を相手に突貫とは無謀としか言いようのない手段だったが、魔力解放により狂った魔力に侵された彼の精神は肥大しており、己の身の安全に対する関心が欠落している。
一斉にグラキエス目がけて跳躍した少年たち。
「左は私が引き受けましょう」
エルデネストの持ち上げた手の先から真空波が飛び、宙にいる少年の1人を吹き飛ばす。残り2体。その眼前に、アウレウスが割り入った。
「きさまの相手は私です」
ディフェンスシフトのかまえをとった彼は、龍の咆哮を上げながら猛然と敵の1人に幻槍モノケロスを突き込み、叩き落とす。地に着地した少年が横なぎしたバスタードソードが鎧から露出した彼の肌をとらえたが、かすかに当たった衝撃が伝わってきただけで、龍鱗化した肌はかすり傷ひとつ負うことはなかった。
(主からあのような信頼のお言葉をいただいたからには、決してそのご期待に背くような、恥ずべき戦いはいたしません!)
褐色の肌の騎士は、目の覚めるようなあざやかな手捌きで幻槍モノケロスを操って、目にも止まらぬ素早さで高速攻撃を繰り出す相手を前に一歩も譲らない。
アウレウスと少年の戦いは続く。
切り結び合う刃の音を背に、グラキエスはあお向けにした手の上、導いた暗黒の魔法エンドレス・ナイトメアをすれ違いざまカウンターでたたきつけた。
「……ち。不発か」
混乱に陥っている様子のない少年を見て舌打ちをする。闇に一瞬視界を奪われはしたが、特に身体的負荷に襲われてはいないようだ。
「ならば、これはどうだ」
剣をかまえて斬り込んでくる少年に、奈落の鉄鎖を放った。そして氷結の魔法、ブリザードを発動させる。鉄鎖に足をとられた少年は避けることができず、己の周囲で荒れ狂う氷雪に翻弄された。
そんな彼の背後を狙って、残る1人の少年がエネルギー弾を放つ。しかしそれはすべてグラキエスに届く前の宙で砕けた。
少年には見えなかったが、彼とグラキエスの間には鉄のフラワシが立っていたのだ。
「グラキエスさまの肉体に、そのような無粋な物で傷をつけるのは許せませんね。……あれは、いずれ私のものになるのですから」
少年の攻撃――エネルギー弾のみならず剣までも完全防御して、エルデネストはくつくつと笑う。
やがて、少年たちの動きが目に見えて鈍った。
自分の目の方が慣れたのだろうか? それともこれは何かの手か? 当たりやすくなった攻撃にあやしむアウレウスの後ろのしげみから、女の声が飛ぶ。
「しびれ粉が効いてきました! ずい分回るのに時間がかかりましたけど、たしかに効いていますわ!」
優希がしげみから上半身を出していた。
「今です、麗華さんっ」
姿は見えないけれどどこかにひそんでいるに違いない、パートナーに向かって声を張り、しげみから飛び出した彼女は先からフラワシの防御を崩そうとしている少年に向かってバーストダッシュで走り込む。
やはり別方向から飛び出した麗華と2人、二分されたエネルギー弾をジグザグ移動でかわしていた2人の体はいつしか前後に重なり合う。
麗華が優希の盾となり、クロスボウ型光条兵器・リンクスアイで攻撃しているふうに見えるように。
(チャンスは一瞬! こんな奇策は2度は通じないでしょう。だから――絶対に、はずせない!)
「やれ! 優希!!」
距離を目測した麗華の声を合図に、優希は麗華へと体当たりを仕掛けた。
バーストダッシュの勢いで吹っ飛んだ麗華は少年にぶつかっていく。少年に麗華がぶつかった、その感触を感じた直後。
「やあーっ!!」
パワーブレスのかかった彼女の手には、深き森の杭と名付けた盾型の光条兵器が握られている。これは一見するとただの盾にしか見えないが、その名のとおり内側に杭という牙を仕込んだパイルバンカーだ。
それを、麗華の背中越しに打った。
捉えたと思った、その瞬間――彼女たちは、自分たちの攻撃の失敗を悟ることとなった。
しびれ粉はたしかに少年の速度を少し減退させていたが、バリアの能力は失われていなかった。少年は麗華がぶつかってこようとしているのを見て、バリアを張った。それにぶつかったのを優希は勘違いしてしまったのだ。
杭はバリアを貫き、少年の手前で止まっていた。
「そんな…!」
麗華の肩越しにそれを見た優希の顔に、一瞬絶望が浮かぶ。
少年はそのままバリアで2人を押し切ろうとしていた。そのあと、倒れた2人に向かってエネルギー弾を撃つつもりなのだろう。
しかし次の瞬間、真上から垂直に落ちてきた槍が少年を串刺しにした。
龍飛翔突。
傾いだ少年の後ろから、アウレウスが立ち上がる。
「ありがとうございます。あなた方が彼の気をひいて、バリアを前方に集中してくれたおかげで攻撃のチャンスに恵まれました」
2人の前に進み出て、騎士らしく礼をとった。
「しびれ粉もです。あれがなければ私たちは今も消耗戦をしていたでしょう」
「いえ……そんな…」
恐縮する2人の目に、アウレウスの肩越し、我は科す永劫の咎を用いて少年の石化に成功するグラキエスの姿が見えた。
もう1体はアウレウスのランスバレストによって、一番最初に倒されている。
「……行くぞ。敵はまだいる」
エルデネストに戦いで暴走しかけていた魔力を沈められたグラキエスが身をひるがえす。
「さあ行きましょう」
「は、はいっ。行きましょう、麗華さん」
「ああ。先ほどはかわされてしまったが、次こそは決めてみせよう」
体当たりを受けた勢いで吹っ飛んでいたリンクスアイを拾い上げ、優希の言葉に同意を返す。
彼らは、次の敵を探して密林を踏み分けて行った。