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リアクション
彼らは一丸となって敵に対処していた。
クローラやキルラスが中距離からの狙撃でサポートするなか、クレアや鉄心、樹といった面々が前線に立って、確実に行動不能へと追い込んでいく。
開戦当初は圧倒的不利だった戦いは、彼らの不屈の闘志と強靭な肉体、これまで培われてきた経験から繰り出される的確な技によっていまや覆され、研究員たちは確実に戦線から排除されていっていた。
だがそれによってタケシが追い込まれたかといえば、そうでもない。
しょせん研究員など彼にとっては不要なもの。人間同士で争っているにすぎない。
目的のアストーの石は手に入れている。このままここにとどまっていても何の益もないのだが、あの密林でのときといい、彼らの用いる技がなかなか興味深くあり、つい観察してしまっていたのだった。
だが。
「もう十分に見た。これ以上ここにいる意味はない」
そう結論して、背を向けたとき。
「あら? そんなことないでしょ?」
彼の行く手に立つ女が、にこやかに告げた。
ゆるい金のくせっ毛が肩口で風になびいていた。こんな非常事態でありながらそんな軽口をたたこうともどこかにくめない、愛嬌のある顔立ちをした少女――ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、外壁へと半ば以上沈んだ肥大した赤い太陽を背に、腰に片手をあてて小首をかしげて見せる。
「私はルカルカ・ルー。シャンバラ教導団中尉よ。あなたは?」
「ルドラだ」
「そう。ルドラ、よろしく。
でね。先の話の続きだけど、私が考えるに、あなたが知らないものはまだいろいろあると思うんだけどなー」
「たとえば?」
「んー? たとえば、こんなのとか」
軽く人差し指を口元に添え、無邪気に考え込むそぶりを見せたあと。ルカルカは己の剣を無造作に放った。
それはウルフアヴァターラ・ソード。『ギフト』と呼ばれる狼型機晶生命体の現身である。彼女の手を離れた瞬間狼形態へと変形し、力強く地を蹴りタケシに向かっていく。牙をむく獰猛な機械獣。それを放つ所作は無邪気さとはほど遠い。
「これは…!」
初めて目にした驚きに目を瞠るタケシの注意が自分からそれた瞬間に、ルカルカは光学迷彩を用いて空間へ溶けるように消えた。
それを見て。
「よし、始まったぞ」
夏侯 淵(かこう・えん)がダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)とカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)に合図を送った。
ふとその目がダリルの上で止まる。
「大丈夫か?」
「……何がだ」
じっ、と面を見る。
冷静沈着、ドライな自信家の彼が、戦闘モードになると普段以上に無口になるのはいつものことではあったが、今日はどこか違う気がした。さりとてどこがといっても、淵にもうまく言葉にすることができないのだが…。
「具合が悪いのか?」
「なぜ?」
質問に質問で返されてしまった。
(あきらかに機嫌が悪いぞ、これは)
むう、と黙り込んだ淵と違い、カルキノスはその点遠慮がない。
「おいおい、おまえもかよ? なんか垂からの連絡だと、あんなふうになっちまう前にライゼのヤツ、相当具合悪かったらしいぜ?」
ほかの者であれば訊きにくいことをズケズケと口にする。
「まさか、途中で豹変したり――」
「それはない」
最後まで聞くことなくきっぱりと否定したダリルの声にはそれ以上の追及を拒絶する響きがあった。
「そうかぁ?」
「そういうおまえたちはどうなんだ」
「俺か? 俺は…」んー? と一応考えてみる。「いや、特にはなんともねーな。ま、ちょっと体が重く感じるが、それっくらいだ」
淵は? と見ると、肩をすくめた。それが返事だ。
少なくとも外見に現れるほど肉体的・精神的な負荷を感じているわけではないのだろう。
「なるほど」
ダリルは納得し、右手を左手に添えた。手甲レンズ部分から、カタールに似た剣が生成されて出てくる。剣の花嫁である彼の光条兵器だ。
通常、彼の用いる武器は銃だった。剣といった近接戦闘用の武器は好まず、あえて使わないようにしてきた。それをふるうこと、それにより生み出される支配的な高揚に嫌悪をもよおすからだ。理性とはおよそほど遠い場所に位置する衝動。
(だが今回ばかりはそういうわけにもいきそうにないからな)
正直、体調は万全とは言いがたい。激しい頭痛に嘔吐感、発熱もしているようだ。
だがやるしかない。
「行くぞ」
剣を手にタケシへと向かっていくダリルの号令に従い、2人もまた、それぞれの定位置へとついた。
跳ねるように地を駆け、飛来するエネルギー弾をたくみに避けるや噛みつこうとする。決してくらいつこうとはせず、すれ違いざま爪や牙で引き裂こうとしてくる狼のような機械。
初めて見るウルフアヴァターラとの戦いに、最初のうちこそタケシはとまどい、面白がっていた。しかし結局相手は四つ足の生き物、狼と大差ない。
「この程度か」
観察し、特に何かものめずらしい攻撃方法を持つわけではないと見定めたタケシは、軽い失望とともに腕のひと振りでこれを退けた。
バリアをぶつけられ、はじき飛ばされるウルフアヴァターラ。
それと入れ替わるようにダリルが斬りかかった。
「では俺が相手をしよう」
ヒュッと風を切る音がして、刃が腕をかすめた。
その手に握られているのは形こそカタールだが、本質は純粋な光、光条兵器である。彼が打ちつけるたび、バリアとの間で白光と空振が起き、びりびりと周囲の空間が震えた。
「はああっ!!」
数度の剣げきで切っ先がバリアに押し込まれたのを見たタケシは、周囲のドルグワントに指示を出す。
「そうくると思うていたわ!」
背後からエネルギー弾を放とうとした少年に、すかさず淵が妨害の弓を射た。少年がそれに対処する一瞬の隙に、カルキノスがフラワシを向かわせる。
何もない空間から突如噴き上がる火柱。見えざる者からの攻撃に、少年は瞬時に防御のバリアを全身に張り巡らせた。
炎熱と氷結で交互に襲わせ、攻撃に転じる隙を与えないようにして、フラワシはじりじりと少年を後退させていく。
「おまえはおよびじゃねーんだよ」
カルキノスがしてやったりと笑う。
だがドルグワントは1体ではない。
「油断するな、カルキ!」
跳躍し、頭上からカルキノスへ襲撃をかけようとした少年に、淵は正面からエンドゲームを叩き込んだ。手加減一切なし、瞬間に爆発的な破壊力を生む淵の攻撃は、少年を破壊しつつ吹き飛ばす。
受け身をとれず地面を転がる少年。全身にひびを入れながらも立ち上がる彼に向け、淵は呪縛の弓で追撃をかける。サイドワインダーで両側から同時に飛来した矢を、少年は真空波で寸断した。
「これならどうだ!」
走る少年を追い、連射する淵。その全てを絶ち、さらには淵へと迫る真空波。淵はこれをときに宙を舞って避け、避ける間も弓を放つ。
眼前の敵に集中する淵の無防備な背中を狙ってなぐりかかろうとしたこぶしを受け止めたのは、ゴッドスピードで割り入ったローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だった。
「くうっ…!」
両手を重ねて受けたが、超人的肉体である彼女を持ってしても強烈な痛みが腕全体をしびれさせる。
そんな彼女に回し蹴りが飛ぶ。
「ローザ!」
とっさに動けず、対処できないでいる彼女を救ったのはフィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)の放った凍てつく炎だった。
ダッシュローラーで距離をとったローザマリアをエネルギー弾の雨が襲う。
彼女の体を紙のように貫いて、地面にめり込むエネルギー弾。しかし次の瞬間、少年の目の前に現れたローザマリアの肉体にはかすり傷ひとつついていなかった。
エネルギー弾に貫けたのはミラージュ、彼女の残した残像のみ。
少年がバリアを張るよりも早くグルカナイフが振り下ろされ、鋭利な刃が少年の体を袈裟懸けに両断する。
「……っ!」
あせったのは上空から様子をうかがっていたライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)だった。
主君の危機だというのに2体のドルグワントが倒され、2体は攻撃に押されて引き離されている。残る1体は新谷 衛(しんたに・まもる)が釘づけにしていた。
この2人だけならあるいは離脱できたかもしれない。彼女が用いているのは等活地獄や鳳凰の拳で、近接攻撃だ。跳躍し、距離をとれば抜けられる。だが林田 樹(はやしだ・いつき)と源 鉄心(みなもと・てっしん)の銃撃とそのパートナーティー・ティー(てぃー・てぃー)の風術がそれを許さなかった。
レガートの足の間に身を置き、思うように動けない体ながらもティーは必死に風を操って研究員たちが近寄れないようにし、3人のサポートをしている。
「もう僕しかいないじゃん!」
腕を負傷して片腕しか使えない――しかもおびえている様子の――イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)はものの数に入らない。
「ルドラさま、今行きますっ!!」
ライゼはチャスタティソードをかまえ、降下した。
それを見て。
「きたな!」
朝霧 垂(あさぎり・しづり)が思わず声を漏らした。
彼女が地面に下りる、この機会をずっと待っていたのだ。
「どけっ!」
前をふさぐ研究員を蹴り飛ばし、なぐり飛ばして彼女の降下地点へと向かう。
「ラーーイーーゼーーーッ!!」
その地を這うような声を耳にしたとたん、ライゼの体はびくんっ! と跳びはねた。これはもう条件反射。
ダリルに後ろから斬りつけようとしていたことも忘れて、そちらを振り向く。彼女に見えたのは、迫りくるグーパンチだった。
「あれほど人様に迷惑をかけるなって言っただろうがぁ!!」
渾身の一撃!
軽いライゼは吹っ飛んで、ゴロンゴロン地面を転がっていく。ぺったりしりもちをついて、殴られたところを押さえるライゼの上に、人影が落ちた。
もちろん、垂だ。
無表情ななか、怒りに燃える目がおっかない。どう見ても激怒している。ライゼはごくりと唾を飲む。
「な、なんだよぅ、垂! いくらそんな目で見たって、もうおまえなんか、全然怖くないんだからなっっ!」
あきらかに、どう見ても、だれが見ても、ただの虚勢。
ゆらりと持ち上がったこぶしに
「ひっっ!」
と思わず頭をかばって体を縮める。
しかしそのこぶしはバリアに当たった。ごつん、ごつんと、何度当たってもバリアはびくともしない。ライゼは徐々に落ち着きをとり戻し、バリアのなかであぐらをかくと、フン! と開き直った。
子どもらしい、なんとも憎たらしい表情でねめ上げる。
「いくら殴ったって無駄だよ! これはそんなことじゃヒビだって入れらんないんだからね!」
だが垂はやめない。むしろ打ちつけるこぶしの間隔は短くなり、音は激しさを増していく。
「だ、だから、無理だってば……いくら垂だって…」
強烈になってくる殴打音と、無表情でそれをしている垂がだんだんおそろしくなってきて、ライゼの言葉はしりすぼみに消えた。
――いや、まさか、そんな、ね? あり得ないよね…?
胸をドキドキさせながら見守るライゼの前、ぴしりとガラスが縦割れするような音がして、バリアに亀裂が入る。
「……うわーーーっ!! うっそーーーっ!?」
そんなばかな!?
驚きに目を真ん丸にしたライゼの前、垂は深く息を吸い込み、入魂の正拳突きを打ち込む。バリアは粉々に砕け散る音を辺りに響かせて消えた。
「この、ばかったれ!!」
ゴン!! 頭頂部にこぶしを受けて、ライゼはぴよぴよと目を回す。
胸倉を引っ掴んで持ち上げた垂は、手を突っ込んで強引に剣――光条兵器ブライドオブブレイドを引き出した。
ブライドオブブレイドはコントラクターとそのパートナー、2人の絆がどれほど強いかを目に見える形とした剣。これを見て、少しでも正気に返ってくれたら…。
「垂…」
「この、ばかったれ」
きょとんとした顔で見上げているライゼに、愛情あふれた悪態をつく。
「全部終わったら、みんなの所へ一緒に謝りに行こう。な?」
だが今は、こんなことをしでかしてくれたあの男に一発くらわしてやらなきゃ気が収まらねえ!!
転身し、タケシに向かって走り出そうとしたのだが。
直後、踏み出そうとした足にライゼがしがみついて、垂は派手にすっ転んだ。
「なっ!? ライゼ!?」
「駄目だよ。垂でも、ルドラさまやアストーさまに剣を向けることは許さない」
「おまっ…! まだ正気に戻ってないのか!」
打った鼻頭を押さえて振り返る。まさにそのとき。
目撃した者の脳を揺さぶるような、衝撃的な出来事が起きた。
梅琳がダリルを銃撃し、殴りかかったのだ。