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リアクション
「刀真!?」
もしやまた、とだれもが息を飲む前で、刀真はジーナの上を跳び越えた。
「頭は冷えた。大丈夫だ」
流した視線で一瞬クレアと目を合わせたのは、謝罪の表れか。
まるで闇を切り取ったかのようなブラックコートをひるがえし、ふわりと着地した足で、今度は立ち去りかけたタケシに向かって一気に跳躍を果たす。
(もうだれを犠牲にしてもとは思わない。が)
「きさまだけは許さん!」
振り抜かれた黒の剣が高速斬撃を繰り出す。彼が生み出した、彼だけが用いれる技――神代三剣。
その強力にして無比なる力がバリアを破砕した一瞬後にはもう、白の剣が振り下ろされていた。
ヘッドセットが2つに割れて吹き飛ぶと同時に、タケシの額から鮮血が吹き出す。
「だめーっ!!」
「いやあっ!! ルドラさま!!」
「アストーさまあっ!!」
イコナ、ジーナ、ライゼが同時に悲鳴を発した。
「あ、ライゼっ!」
「ルドラさま!! 今お助けに――」
宮殿用飛行翼を起動し、飛び上がったライゼの手の中にアストーの石が飛び込んできたのはそのときだった。
「――これは…」
自分が斬られると悟った、あの寸前にタケシが彼女へ向かって投擲していたのだ。
タケシは刀真の足下に倒れ伏していた。意識を失ってしまったのか、ぴくりとも動かない。そこに、ほかの者たちも続々と集結しようとしていた。
ドルグワントは倒されてしまった。今の戦力では到底彼を助け出すことは不可能だ。
優先すべきは何か?
アストーをルドラのいるダフマへ連れ戻すことだ。タケシはルドラだが、しょせん義眼にインストールされたプログラムにより動いている分身でしかない。
ライゼは決断した。
「イコナ、ジーナ、行くよ!!」
言うなり、返事も聞かず宮殿用飛行翼を最大速度で上昇させる。それを見て、衛のみぞおちを石突で打って退けるとジーナも一気に舞い上がった。上空へ、敵勢力圏外へ。
そしてイコナもまた、空飛ぶ魔法↑↑を発動させて2人のあとを追おうとする。
「待て、イコナ」
鉄心が、魔道銃の銃口をイコナの背に向けた。
「やつらについて行くというのなら、おまえは俺の敵だ。おまえを撃つ」
「鉄心!?」
ティーが真っ青になって腕にすがりつく。
「鉄心、嘘ですよね? イコナちゃんはきっと何かに操られているだけで……あれはイコナちゃんの本心じゃなくて…っ」
「イコナ。おまえが決めろ。俺の敵となり、ここで撃たれるか」
「鉄心!」
イコナは振り返った。
銃を向けている人間。これは分かる。ばかなひと。あんなの、バリアで簡単に防げるのに。
でも、もう1人のあの女性……あの人は、なぜあんなふうに泣いているのか? あんなにも大事そうに本を抱え込んで…。
そして私は、どうしてこの腕を治してしまわないのだろう? こんなにも…………痛いのに。
動かない腕からじわじわと広がってくる痛みがつらくて、たまらなく苦しくて。
痛いのは腕なのか、それとも胸なのか、もう分からない…。
「イコナちゃん!?」
自分が涙を流していることにも気付けないまま、ふわりとイコナは浮き上がった。
遠ざかっていく彼女を見て苦しげに顔をゆがませる鉄心を、不思議そうに見つめながら上昇して行く。
「――くそッ!!」
闇色を強めた空に小さくなって消えていくイコナに、鉄心は銃を持つ手を下げた。
「なぜ撃たかなった、俺は。死ぬわけではない。撃ったからといって、必ずしも死ぬわけでは…」
だがあの腕。あんなふうにしてしまったのも自分なのだ。
痛そうにかばって……イコナを、さらに傷つけるのか? そう思ったらたまらなくなった。
「いいんです、鉄心。それでいいんです」
己を責めるようにごつごつと額をこぶしで打つ鉄心に、ティーは何度も繰り返した。彼の耳に、心に、届くように…。
「――っくしょお、ジナのやつめ」
ようやく呼吸ができるようになった衛がみぞおちをさすりさすり立ち上がる。
正面で、樹が待っていた。
「追うぞ、魔鎧。行けるか?」
「おうともよ!! 待ってろいっちー、すぐアルバトロス持ってくる!!」
駆け出す衛。
刀真もまた、そちらへ向かいかけたときだった。
がしっと何かが彼の足を掴んだ。
「意識が戻ったか」
剣を持ち上げた彼の前、ぐぐ、と身を起こす。
警戒し、それぞれの武器を手に輪になって囲った彼らの面前で、四つん這いになったタケシが面を上げた。
割れた額から血が流れている。見開かれたグレイの瞳。青ざめ、血の気を失ったほお。そこにいたのは、彼らの知るタケシではなかった。
どこがどうとは言えないが……まるでうり二つの双子の片割れのように。そっくりでも全然違う。
これは全くの別人だと、その場にいる全員が瞬時に悟った。
「あなた、だれ?」
自分たちをだまそうとしているのかもしれない。ルカルカが警戒しながら訊いた。
「……俺は、松原……タケシ、だ…。蒼学の…」
きれぎれの息の下、ようやくといった様子で彼は言葉を発した。
「タケシね? ルドラは? 一体何が起きて――」
「やつが再起動するまで時間がない、聞いてくれ」
ルカルカの言葉をさえぎり、タケシはかすれ声で口早に伝える。
「ディーバ・プロジェクトなんてものは、存在しないんだ。あいつは、幻を……さも本物であるかのように、創り上げようとしている…。狂ったプロ、グラム…」
「ディーバ……えっ? 何?」
「女神……は、神子だ。やつらが創り出した、人工の――ううっ」
突然タケシが激しく苦しみ始める。
「……くっ…! ……うわあぁっ……ああ、っぁあぁぁぁぁぁあ……っ!!」
「タケシくん!? どうしたの!?」
「ルカ」
地面に突っ伏し、頭を押さえて激しくのたうちだしたタケシを助け起こそうと伸ばしたルカルカの手を、淵が制した。
「淵?」
「いいから」
固唾を飲んで見守る彼らの前、タケシはびくんびくんっと地面から浮き上がるほど激しくけいれんを起こしたのち、まるで何事もなかったようにいきなり動きを止め、ぱちりと目を開いた。
その面には痛みも苦しみもなく。感情というものが全く浮かんでいない。
グレイの両眼が赤い人工の光を放っていた。
「まったく、勝手なことを。人間などに温情をかけてもあだにしかならないということか」
むくり、身を起こす。
これはルドラだ。
「ルドラ、あなたタケシをどうしたの!」
「精神を破壊した。もうこのなかに『タケシ』はいない」
ルドラは何の感情もうかがえない声で、淡々と答えた。