|
|
リアクション
ライゼたちが教導団の敷地内を離脱してほどなくして、8体のドルグワントが合流した。
彼らはすでに遺跡のルドラから指示を受けているらしく、スムーズにタケシの不在とライゼたちを受け入れる。そしてアストーの石を持つライゼを中心に、隊列を組んだとき。
ばさばさと翼のはためく音がして、西の方角からワイルドペガサスが近付いてきた。
すっかり周囲が闇色を濃くしているためよく分からないが、白衣を着たぼさぼさ髪の男が乗っているようだ。
「タケシさま! ハジメがお迎えにまいりました!! どうぞこのペガサスで――」
と、意気揚々そこまで口にして、タケシがいないことにはたと気付く。
「あ、あれ? タケシさまは?」
ライゼたちは視線で会話をしたあと、斎藤 ハジメ(さいとう・はじめ)を見上げた。
「ルドラさまの分身は捕縛された」
「そ、そうか…」
メガネを押し上げながら、うむむと考える。
ハジメとしてはこれでタケシの覚えをよくするつもりだったのだが、さすがに教導団に1人で殴り込んで助け出す、というのは不可能すぎる。
(しかし彼らの言葉によるとあれは分身で、本体は遺跡にあるようだからいいのか)
それならそれでまだやりようはある。
「では、わたしがアストーさまをひと足お先に遺跡までお連れしよう。なに、このペガサスを使えば遺跡までひとっ飛び――」
「そうはいかん」
暗がりから男の声がした。
月光の下にゆっくりと歩を進めてくる者。それは、薔薇のような深紅の刃を持つ大剣カーディナルブレイドを手にした桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)だった。
「おまえたちが何者で、それが何なのかは知らない。だが、エリーは返してもらう」
「エリー?」
初めて聞く名前に、ハジメはそこにいる面々を見渡す。しかしその名前に反応する者はいなかった。
「いるのは分かっている。出て来い」
煉は確信を持って言う。声も表情も、かなり不機嫌そうだ。
少しためらうような間をおいて、反対側の暗がりからエリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)が進み出た。
現れたときから不穏な赤い光を宿していた煉の右目が、彼女の姿を視界に捉えたことでさらに炎のような色に変わる。
「なぜ俺がここにいるか分かるな? いきなり姿を消して、だれも心配しないと本気で思ったのか。さあ、帰るぞ」
「帰らないわ」
エリスは即座に否定を口にする。
引き結ばれた口元、決意を秘めた緑の瞳を、彼はこれまで幾度も目にしてきた。そのたびに、それが彼女の本気だということもまた。
「エリー」
「私はアストーさまを守る盾。邪魔をするなら煉さん、エヴァ、たとえあなたたちが相手でも容赦はしないわ」
細い腕が、すらりと腰元の薔薇の細剣を抜く。薔薇のような深紅の刃を持つ、可憐な剣。奇しくもそれは、今煉が手にしている大剣とそっくりだった。まるで一対の剣であるかのごとく。
「アストーを守る、か…。ではそれがなくなれば、おまえがそのうさんくさい者どもと一緒にいる理由はなくなるわけだ」
煉のかまえた大剣の切っ先が、中央で大事そうに護られたライゼと、その背後で直線上にいたハジメの方を向いた。
「何を偉そうに……第一、おまえら2人でこれだけの数の相手ができると思っているのか?」
「ふぅん? そっちこそずい分偉そうだな」
煉の背後の暗がりから、突然女の声がした。目を凝らしてよく見ると、可変型機晶バイクにまたがった女らしき姿がようやく見える。煉のパートナーの1人エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)だ。
「そーいうのって、やってみなくちゃ分からないんじゃねぇか?」
にやりと笑ってハジメを見返す。
「ふ……ふん。最初から目に見えてるわ。こいつらは1人ひとりがコントラクター並の強さを誇るんだぞ?」
そのとき、別方向から声が起きた。
「じゃあ俺も加えてもらおうかねぇ」
ひょこひょこといった軽い足取りで現れたのは平 武(たいら・たける)だった。
まるでサークルの集まりにでも参加するようなノリ口調だったが、手には抜き身の白刃の日本刀が握られている。
「たしかにすごい戦力差だけど、いないよりはマシでしょ」
「だ、そうだぜ。手始めに、おまえからやってやろうか? この裏切り者」
「む、むう…」
ハジメの言葉どおり、戦力は圧倒的にドルグワントが上回っている。なにしろ真正ドルグワントが8体、ライゼたちドルグワントに覚醒した者が4名もいるのに対し、相手はたったの3名なのだ。
それなのに強気の姿勢を崩さない煉やエヴァたちの姿に危惧の念を抱き、ハジメはあごを引く。
「……ええい。やってしまえ!」
ドルグワントは人間の命令などきかないのだが、うまくタイミングが合ったのか、まるでハジメの号令に反応したように8体が一斉に動いた。
「へっ。上等!!」
エヴァが飛び退くと瞬時に可変型機晶バイクは人型へと変形した。フシュッと音を立ててシャッターが開き、内蔵されていたマシンガンが現れるや少年たちを銃撃する。
四方に散った少年のうち、宙へ跳んだ者を追って、マシンガンの光が流れた。
「おまえたちもいけっ」
エヴァの指示で戦闘用イコプラ2体が自分へと向かってくる少年たちに差し向けられる。だがすでに戦闘用イコプラとの戦闘済みデータを持つ少年たちはその動きを読んで、ものの1分とたてずに2体を翻弄し、破壊した。
少年がエヴァへと迫る。彼らに向け、エヴァはあわてることなく真空波を放つ。これをバリアで防いだ彼らを見て、エヴァは不敵な笑みを浮かべた。
向かってくる少年たちは止まらない。それもまた、計算どおり。
バスタードソードを持ち、彼女を斬り捨てんとする彼らを前に、エヴァは驚くべき策をとった。アクセルギアを用いて相手の間合いへ自ら突っ込んでいったのだ。
「いっけえ!!」
高速移動を果たし、ゼロ距離まで間合いをつめた彼女の手元で爆音が起きる。念動式パイルバンカーが、バリアごと少年を貫いた。
胸部を破壊された少年は勢いに押され、あお向けに倒れていく。活動を停止したか、それを見届ける間もなく他方向から一斉にバスタードソードが突き込まれた。あわてることなくエヴァはミラージュを発動してそれをかわすと同時に距離をとる。
エヴァは止まることなく動き、常に人型ロボットと連動して少年たちを翻弄、攻撃していく。マシンガンとパイルバンカー、それを防ごうとするバリアとの間で、絶え間ない火花と爆音がしていた。
エヴァの目的は派手な攻撃で自分に少年たちを引きつけることにあったが、少年たちがそうと気付かないはずがない。彼らの最優先目的はアストーを護ることにある。当然、武や煉にも彼らの攻撃は及んでいた。
奈落の鉄鎖を用いて速度を減退させた少年と、光条兵器の日本刀を用いて切り結んでいる武のそばで、煉もまた大剣カーディナルブレイドを縦横無尽に操り、彼を突き崩さんとする猛攻を受け止め、ことごとくはじき返している。
煉はあせっていた。カーディナルブレイドは剣の花嫁たるエリスとの絆があってこそ完璧な剣だ。
絆はある。彼女が忘れてしまっても、煉への思いが変化しても、それは依然として2人の間に存在する。しかし十全にその力を発揮するかといえば疑わしい。
(短期に片をつけねば…!)
その戦いに集中できないあせりが攻撃を雑にし、防御を薄める。
「――しまっ…!?」
なぎ払おうとした彼の剣を沈んでかわした少年のなぎ払いが、カウンターのように決まった。
とっさに背後へ跳んで逃れたが、剣が走った衝撃が煉の腹部に走る。
「あっぶないわねえ。あたしがいなかったら煉、あなた真っ二つだったわよ?」
まとった漆黒のロングコート、魔鎧リーゼロッテ・リュストゥング(りーぜろって・りゅすとぅんぐ)が言わずもがなのことを口にした。夜風になびくほど薄いコートだが、まともに剣を受けても鉤裂きひとつできていない。
「ふふ。にしても、安心したわ。普段どおり冷静にふるまってるけど、見かけだけ。やっぱり内心は熱くなってるのね」
「……だまれ」
続く攻撃を受け止めながら、煉はリーゼロッテにだけ聞こえる声でつぶやく。
「エリーを奪われたのがそんなに腹立たしい? それでも我を忘れていないのは感心するけど。
感心するといえば、エリーもね。そうやって剣をふるえてるってことは、あなたに光条兵器の使用権を預けているんだもの。深層心理の部分では、支配に抵抗しているのかしら?」
「………………」
ぎり、と奥歯を噛み締めると、煉はカーディナルブレイドを核として煉獄斬を導いた。柄から噴き上がるように現れた炎が刃をおおい尽くす。
「うおおおおっ…!!」
猛々しい咆哮とともに振り切られた刃から、炎が走った。導線上にいた少年が飛び退いて、まっすぐライゼまで道ができる。
己が生み出した炎を追うように、煉は駆け出した。
「させない。いくら煉さんでも……これだけは」
間に割り入り、混沌の盾をかまえたエリスがシールドマスタリーとインビンシブルを発動させ、防御の強化を図る。
「おっと。あなたの相手はあたしだよっ」
横合いからエヴァがタックルをかけ、彼女を押し出した。
転がった先でパッと身を起こし、エリスと対峙する。
「さぁーてエリス。おまえとは一度決着をつけなくちゃいけいと思ってたんだ……まさかこんなかたちで実現するとは思ってもなかったけどね。
もしおまえが負けてもドロー、ノーカンにしといてやるから、さっさと正気に返りな!!」
エヴァからの攻撃をエリスは混沌の盾で受け止める。
エヴァがエリスを食い止めている隙に、煉はアストーの石へ肉迫した。
「これで終わりだ!!」