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リアクション
軍服姿の一団がホールに入ったのは、年越し蕎麦が配られる大分前のことだ。
先頭に立つのは厳めしい雰囲気を纏った一人の青年だ。その青年は部下たちを従えて、主催者のところへとまっすぐに向かった。規則正しい足音は普段であれば規律を示すものだろうが、少々場違いに思えるくらいだった。
だがどこにあってもその立場を崩さず、崩すことは許されない。そういう立場の青年だった。おまけに彼の名はシャンバラ中の人間が知っている程なのだから。
「お招きありがとうございます」
「ようこそ、百合園女学院へ。お疲れではありません?」
「お気遣いありがとうございます。移動は慣れていますので問題ありません」
「これは、失礼でしたわね」
たわいない社交辞令。
シャンバラ教導団の団長・金 鋭峰(じん・るいふぉん)とラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の会話を、団長の随行員の一人、夏侯 淵(かこう・えん)は二人の会話が終わるのを待って、
「ラズィーヤ殿には、この機会に感謝したい」
と、ラズィーヤに話しかけた。
彼女は団長から淵に視線を移すとさらりと、
「それは企画された生徒さんと、その生徒さんを選んだ皆さんのおかげですわ」
「……願いを叶えて実現されたのは貴方だからな」
淵は、何時も通り微笑むラズィーヤに対して、別のことを考えていた。生徒の親睦の他に、各校の繋がりを強化する狙いもあるだろう──と。
そして、予想通り、悠然と笑んではぐらかす──ように、彼には見えなくもなかったが、真意は知れず。
「だから貴女は素晴しい」
淵は称えたが、ラズィーヤの思惑がその通りであったにせよ、各校の繋がりについては、意識的にも無意識的にも皆知っていることだ。それにそもそも学園祭で交流したいと(「強化」という、明確な政治的意図があるかは別として)言い出したのは校長の方だった。
……それはともかく。
淵は機会と団長さえ許せば、と、各校の校長などと挨拶を交わそうと思っていた。
先日の大世界樹に至る戦いでの尽力に感謝し、来たる戦いでの九校連の連携の維持と強化を願う。共同作戦をするうえで、信頼の構築は大切だ。
淵のパートナーのルカルカ・ルー(るかるか・るー)もまた、姿勢を正してラズィーヤに、
「ご招待に感謝します。
百合園の皆様が心を込めて料理を用意して下さったとか。ささやかですが、教導団も中華の点心を用意して参りました。是非皆様でお召し上がり下さいませ」
団長に相談して用意したのは、参加者全員分の種々の点心。勿論急に差し入れしては迷惑だろうと、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が事前に連絡をして話しを通していた。
「ありがとうございますわ。差し入れは大歓迎ですのよ。ね、フランセットさん」
「──ん、あ、ああ」
ルカルカはラズィーヤに話しかけられた長身の女性を見た。
ラズィーヤと団長との間を邪魔しないように少し離れて立っていたのは、知人のフランセット・ドゥラクロワ(ふらんせっと・どぅらくろわ)だった。彼女は軍服──夜会用の礼服──を来ているということは、やはり提督としての参加なのだろう。
ルカルカはその顔を見付けると話しかける。
「学園祭ではカレーをありがとうございます」
「いや、あれくらい大したことは無い」
「そうだ。今度お礼に教導団での食事にご招待とかどうかしら? なんならダリルが腕を振るうわよ」
笑顔で急に飛び出した発言に、ダリルが一瞬顔を顰める。
「それは構わんが、勝手に約束するなよお前は。……食材や好みのジャンルを指定してくれ。いつでも腕を振るおう」
快くダリルはそう言ったが、フランセットはグラスを少し上げて、
「そうそうヴァイシャリーを離れられないのでな。お気持ちだけいただこう。この点心を楽しませて貰えば十分だ」
「そうか、ところで……戻る必要はないのか?」
ダリルはちらと視線をホールの外へ向ける。彼女が賓客としてではなく、部下達の所で行動したいと思ってないかが気掛かりになったのだ。
「分るか?」
「ああ、ルカもよく、現場に行きたい兵達と行動したいと五月蝿いので、なんとなく分かるさ」
「……そうだな、船に乗っている方が性に合っている」
フランセットは軽く頷いた。
礼儀作法は一通り叩き込まれたが、船に乗っている限りは交渉事や政治よりも、海そのものや敵と対峙し部下と共に乗り越えることの方が多い。彼女の従妹殿とは違って常に微笑でもしていたら部下の統率など取れない──そしてそれを幸いに思ってもいた。
要するに現場の方が楽しいのだ。ついでに言えば、堅苦しいところが苦手だった。
「まぁ、その部下たちが今日は腕によりをかけて料理をご馳走するだろう。良ければ食べていってくれ」
「そうだな、料理人としては魚料理も楽しみだ。確かに俺は教導団の医師だが、料理人でもあるんだ、レシピの参考にさせて貰うな」
「料理人? 医師で薬剤師だとは聞いていたが、それは初耳だな。部下はともかく、私は料理が不得手でな」
さて、ダリルはフランセットとの会話を切りのいいところで切り上げると、
「ルカルカは団長の傍にいるからな。点心を並べる指示は俺が──」
と、随行員たちに手順を話し並べさせようとしたのだったが、
「お客様にそれはさせられません。こちらでご用意いたします」
と、ラズィーヤの秘書である前白百合会会長の伊藤 春佳が言い。
「ガイザックも手伝ってくれ」
と、随行員の一人に言われて、彼も搬入口まで一緒にワゴンを運ぶことになった。
一方、点心搬入からルカルカは団長のお供として、会場を回って挨拶をしていった。
(いくらパーティと言っても団長は国軍総司令。こたつにみかんでゲームと言うわけには対外的にもいかないわよね)
ま、勿論団長が望むなら、どんなことだって付き合うけど──と、ルカルカは思う。
やがて時間は順調に過ぎ、教会の鐘が外から聞こえてきて、思わず噴き出した。
「どうした?」
「だって……除夜の鐘なんだかクリスマスなんだか」
淵に問われてルカルカは笑っていった。百合園女学院は教会が付属している、その鐘の音だ。日本ならお寺の例の鐘の音が聞こえてくるところだろう。その教会の鐘の音に遠くから花火の弾ける音が聞こえてきた。
団長の新年の挨拶が終わったころ、少し遅めの年越し蕎麦を教導団一同で囲むことになった。
「団長は一味がいいです? 七味にします?」
「勧めるなら一味にしよう」
団長はルカルカから一味を受け取って、自身でぱっぱっと振りかけた。彼は食通でもあって、何気ないその動作だが細かに調節されているのに、その場の部下たちも気付く。
(パラミタ存亡をかけた年に不退転の決意で私は臨みたい。国防と大陸の存続に身命を賭す事を誓おう)
「団長。運命の年が、明けましたね」
鐘の音が響き終わった頃、ルカルカが言った。
団長は箸を置いた。つられて皆箸を置き、居住まいを正す。
団長は厳しくも凛々しく、良く通る声で、
「……皆、今年は、大変な一年になるだろう。しかし教導団にとっては毎年が運命の年、そのつもりで励むように」
「──はい」
教導団一同の声が唱和した。