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リアクション
一方調理場ではお節の仕上げも終わり、百合園の有志たちがこれから提供される年越し蕎麦にとりかかっているところだった。
「お渡しするものには、お名前が書いてありますから。お願いしますね」
会長と副会長があいさつに行っている間は、白百合会役員は交代で調理室にいることになった。
留守を任された琴理はそう言って二人を送り出すと、調理台に向かう。
真剣に、でも楽しそうな顔で蕎麦粉につなぎと水を入れているのは白百合会の庶務七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だ。
「こうやってこねるのね。蕎麦打ちって、お蕎麦屋さんで作っているところしか見たことなかったから……大変そうね」
「今年最後のお仕事ですからね、ちょっと張り切って頑張っちゃいますね!」
えへへと笑って、歩は手首まで白く染めながら、こねこねこね、と蕎麦粉をまとめて大きなひとかたまりにしていく。
──蕎麦だけど、市販の蕎麦を茹でてーっていうのじゃちょっと芸がないし、せっかくのイベントで皆も気合入ってそうだし、蕎麦粉から蕎麦打ったりしてみない?
と、言い出したのは彼女だっただけあって、事前勉強はバッチリだった。
「……こういうのって、ありがちな感想かもだけど、子供の頃にやってた粘土遊び思い出すよね。
あの頃は食べられない物作ってても、何か食べてくれそうな気がしてた気がする……。今考えると、結構ひどいのかも」
と、歩は朗らかに笑う。琴理もつられて笑みをこぼしながら、
「私も泥団子作ったことあるなぁ。本当に食べてくれないーって泣いてた子とかいなかった?」
「いたいた。でも、こっちはちゃんと食べられるから……こねがいがっ! あるよねっ!」
歩はぐっぐっ、と力を込めて蕎麦をこねて固めていく。
それは単に力を入れているだけではない。
「ちょっと調べてみたんだけど、年越し蕎麦って色んな説があるんだね」
「長く細く生きるとか、今年の悪い出来事は断ち切るとか……なら、聞いたことがあるわ」
「基本的には来年も良い年でありますようにって願掛けが掛かってる感じかなぁ」
琴理の頷きに歩も頷き返してから、彼女は真摯なまなざしを蕎麦に向けた。
(だからそんな願いを込めて、あたしも皆にとって、来年が良い年になるように祈りながら作ってみよう)
願いを込めて蕎麦を広げ、麺棒で伸ばして何度も折りたたんでいく。やがて蕎麦が出来あがって包丁でトントンと切っていった。
面が出来上がったので、歩は早速出し作りを始める。こちらは蕎麦打ちと違ってよくある調理の為だろうか、てきぱきと手慣れた様子だ。
(お出汁に醤油とみりん、あと砂糖をいれてっと。色々作り方見てると、かえしは熟成させた方がおいしくなるみたいだけど、時間がなぁ……)
片手の人差し指を顎に当てて、歩は考え込む。
(アクセルギアみたいな感じで、かえしの時間を進める道具あれば良いのに。契約者ってすごい力使えるけど、こういうところで使えるのが欲しいなぁ)
いや、この場合はすごくピンポイント過ぎるけれど──戦闘に向いた能力は数あれど、生活に密着したものは余りないなぁ、などと思う。
済んだ出汁をお玉でくるっと小皿に掬ってから、彼女は味見をした。……うん、まぁまぁの出来栄え。
早速ゆでた蕎麦と具を加えたお出汁を小さな漆の器によそうと、琴理とブリジット、一度戻って来たアナスタシアとヨルにも味見をお願いする。
意地を張るアナスタシアとブリジットの二人には、少なめに。
「どうです? お蕎麦、粉っぽかったりしません?」
「これならお客様に出しても恥ずかしくないわね」
と、琴理。皆も次々に口にする美味しい、との言葉に歩は笑顔になった。
そうして白百合会役員と有志たちで、ホールのお客様にお蕎麦を配り終えると、ヨルが提案した。
「ね、そうだ、準備が終わったらこれから海軍の人と遊びに行かない? ね、かまくら作ってるよ! 大きいの作ってみんなで入ろう!」
「私も行きます。フェルナンは──」
琴理がホールに目を向けると、パートナーのフェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)は一人の女性をエスコートしていた。
フェルナンとその女性は正装をしている。殆ど後姿しか見えなかったが、ちらりと見えた横顔は控えめで、肌は透けるように白かった。
(接待で忙しいとは思っていたけど、あの人が……婚約者? それは、まだ正式に決まったわけじゃないけど……)
フェルナンに年齢的にも見合い話が多くなり、学園祭の直前にも見合いをしたことは聞いていた。その後両家が前向きに話を進めているようなことも。
お相手の家はヴァイシャリーのそこそこ裕福な貴族。現在の当主は最近妙な趣味に手を出しているとかで資産がかなり目減りしているという話だったが、商家であるシャントルイユ家の当主、フェルナンの父としては貴族との繋がりを欲しているということもあった。
最近まで、海に出るから相手を未亡人にしかねない、と断り続けていたフェルナンだったが、もう断りきれなかったのだろう。尤も彼の本心は分らない。今ご令嬢に向けている微笑は普段通りの、本心を量らせないものだった。
琴理にできるのは、フェルナンとその相手が幸せな結婚生活を送れるよう祈ることだけだ。その時異性のパートナーの存在が邪魔なようであれば彼とは極力離れるつもりではいたが……、できれば契約者に理解がある相手ならいいのだが。
「──忙しそうですから、いいですね」
一同はヨルに誘われて、庭へと出た。
庭では、既にかまくらを完成させたレキがカメラを手にして、ミアや海軍の兵士たちと一緒に写真を撮っていた。
「海軍って聞くと、いつも船の上での生活ってイメージだから。陸の上で一緒に何かするって事少ないと思うんだよ。だから今の内に色々やりたいなって」
白百合会の面々はそこに混じって、それから隣に大きなかまくらをもう一つ建てて、中でお餅を焼いた。
何故だかヨルに連行されてきた守護天使も混じっている。
「ほら、そこの守護天使の……えーとアレンだっけ? トニーだっけ?」
ヨルはどこぞの守護天使に話しかけて、ぺらっと一枚カードを取り上げた。
「トランプ占いの結果は出たの? 出てないならボクが出してあげるよ。──『来年も良い年だ!』 これで決まり!」
皆でわいわい、たわいもないことを言い合いながら、しばらく笑いあう。
……ふと、ヨルが皆の談笑を邪魔しないように、横のアナスタシアに話しかけた。
「今年一年色んなことがあったけど、やっぱり、いろんな人と会えたのが嬉しかったかな。ヴァイシャリーあっての百合園だって思うように、みんながいてこそのボクだと思うんだ」
「そうですわね……私一人ではきっと、今の私にはなれなかったと思う……ことも……なくもありませんわね」
そこでアナスタシアは照れ隠しにか、小さな咳払い。
「……こうやって皆さんと一緒にいられることが、嬉しいですわ。来年も、宜しくお願いいたしますわね。ヨルさんのことも、頼りにしていますわ」
そのままゆっくりと楽しい時間が過ぎていく。雪合戦をしたり、どのお餅が一番膨らむか当ててみたり、たわいのないことで。
やがて、歩が気が付いたように声をあげた。
「──あっ、そろそろ挨拶の準備に行かないと!」
そうしてカウントダウンが終わる頃、役員の面々は着物に着替えて勢ぞろいした。
アナスタシアやヨルと一緒に、着付けを終えた歩は背筋を伸ばし、振り袖姿でごあいさつ。
「あけましておめでとうございますー!」
にっこり可愛らしい笑顔で、元気良くお辞儀する。
「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう」
白百合会の役員たちはそれぞれに華やかな振袖姿で、揃ってホールにて深い一礼をするのだった。