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リアクション
一方、百合園の有志が集った年越し準備隊の方は、ヴァイシャリー艦隊の軍人たちとはうってかえって華やかに、和気あいあいと用意をしていた。
鯉は別として、軽食のサンドイッチのパステルカラー。スコーンやビスケットのバターの香り、焼きたてタルトの甘い香りに色とりどりのお砂糖、真っ白いナプキン。
もちろん今日は人数が多いからお取り寄せの品を暖めたり、盛り付けなおしたり、あるいは、ヴァイシャリー家がよういしたものも多かったのだけれど。
可愛らしいお皿たちの最後の一皿が忘年会早々に運ばれていくと、
「皆様、次は御節とお蕎麦ですわ」
華やかながらも良き妻を育成する学校だけあってか、段取りがいい。
下ごしらえを済ませた食材と料理、まだ済んでいない食材、生徒たちは個別の料理を互いに指示を出しながら、予定通りに調理していく。
「これが噂に聞く“ベテラン主婦のワザ”ですのね」
藤崎 凛(ふじさき・りん)は何度も頷いて感心していたが、
「藤崎さんは、こちらの机で、皆さんとお煮しめのお野菜を切っていただけます?」
急に言われてどきっとしたが、拳をエプロンの胸に当てて決意を改める。
(料理が得意な方には全く及ばないと思いますが、調理実習は何度か経験しましたし、お菓子作りも少しはさまになってきた……筈! いけますわ、きっと大丈夫ですわ!)
彼女は気合を入れて自分を奮い立たせていた。
(それに、お味見はお姉様ですもの……下手なものは作れませんっ)
凛が尊敬している“お姉様”である白百合会の会長アナスタシア・ヤグディン(あなすたしあ・やぐでぃん)は、味見担当になっていた。
彼女は料理ができないし舌が肥えているし、挨拶回りなど会長職もあるからというのは琴理の判断だったのだけれど……、何故か周囲から散々、「つまみ食いしてるの?」と言われていた。
威厳も気品もへったくれもない突っ込みなのだが、お姉様を尊敬している凛の耳にはそんなことは入っていない。
「ま、まずは綺麗に洗って、皮を剥いて……」
土を落とし、汚れを取り、包丁を右手に。その手先がぷるぷる震えている。
「人参は皮の近くに栄養が……まずこう切って……面を取って……あっ」
ぴりっとした軽い痛みが指先に走ったかと思うと、あっという間に血の玉ができていた。周囲を見回せば皆とんとんと手際よく調理している。
「……はぁ、皆さんすてきですわね……はっ、いけませんわ。手が遅い分、集中しませんと……でも血がお料理に入ったら大変ですわ」
「まあ、お怪我はありません?」
回復魔法を唱えようとしたところに、アナスタシアがやってきて、凛の細くて白い指を取った。
「可愛らしい指先に傷跡でも残ったら大変ですわ」
凛が何か言う前に彼女は魔法が短く詠唱すると、傷口は一瞬で塞がった。
「これで水で流せば大丈夫ですわ。ね、落ち込まないでいらして。失敗は成功の母というのでしょう?」
「でも、やっぱり歯痒い気がしてしまうのです……」
しゅん、と落ち込んだものの、
(で、でもでもっ! めげてはいられません)
と気を取り直して調理を再開、何とか味付けにまでこぎつけたが、慎重に小さじ四分の一ずつ入れては味見しているので、アナスタシアは不思議そうな顔をした。
「随分慎重ですのね?」
「私の好みにしようとすると、どんどん辛くなってしまうので……。“普通の人に丁度良い”加減を覚えるには、良い機会ですわよね?」
「そういえば、凛さんは辛党でしたわね」
「将来どんな方と結婚しても大丈夫なように……という気持ちもありますの。必ずしも、お手伝いさんが作ってくれるという訳ではない筈ですもの、ある程度は自立出来るようにしなければ……。
私の味覚は、恐らく家族の影響なのだと思います。お爺様もお父様も、伯父様達もみんな辛党なんですの。お姉様達も、そういう事ってあります?」」
「将来のことまで考えていらっしゃるなんて、立派ですわね。ただ、私の場合……メイドもいない家に嫁ぐことなんて、父が許すとは思えないですわ」
聞いただけでは上から目線な言葉ではあったが、それは事実を述べただけだった。
アナスタシアの実家の場合、彼女自身に結婚相手の選択肢が殆どない。今まで並べられたお見合い写真の相手は、出身が裕福な貴族というのは前提というより当然だった。何となれば選択肢が与えられないという可能性もある。
「そうですわねぇ、我が家には料理人がいますけれど──コック長と下働きのメイドと、複数人いますの──父の好みでしたわね。時々工夫して各地の料理を食べさせてくれることもありましたけれど。
お客様がいらっしゃるときは、その好みに合わせますわね。そうそう、各地のマナーの特訓もさせられましたわ」
凛はそうですの、と頷いて、
「それではお姉様、お味見をお願いします。……いかが、ですか?」
小皿に取った煮物を渡す。アナスタシアは口を付けて、
「……そうですわね……。味が平面的といえばいいかしら。何か隠し味が欲しいですわ」
「ではこれを入れてみて……」
「あら、こっちはどうかしら?」
「お姉様、これはお酢ですわ」
二人は話しながら、味を作っていった。