リアクション
「……久しぶりね」 * 同じく和室にて。 「あ、あれは誰も名前を覚えてくれない守護天使の人だ」 そんな失礼なことを言いながら、哀愁すら漂わせつつひとりトランプをめくる青年に声を掛けた。 隅っこにあるこたつに足を入れて、はんてんを着込んだ一人の守護天使の哀愁漂う後ろ姿に、彼女はそれが“彼”だと気が付いた。 ……実は、彼の顔をはっきりと覚えている訳ではない。 見もせずに思い出して似顔絵を書けと言われても絶対無理だ。いや、実物を目にして書いても、誰なのか分らない絵にしかならないような気もする。 それくらい、これといった特徴が無い──ただ笑顔と存在感の薄さだけが逆に印象に残るその青年の雰囲気を、彼女は知っていた。 「ん……?」 青年は、十三度目になる『今日の運勢』の占いを中断して、きょろきょろと辺りを見回した。 「もしかして、話しかけられた……?」 「そうですよ。えーとアルなんとかさんでしたっけ?」 顔を覗き込んだ彼女に、慌てて青年はトランプをかき混ぜてから立ち上がった。そして顔を見て思い出そうとして。 「……確か、一緒に観光した……えーと、……あー」 思い出そうとして、失敗して頭をかいた。酷く罪悪感にかられた顔をしている。 「……人の名前は絶対に絶対に絶対に忘れないようにしてるんですけど……。……済みません」 それを、彼女はあっさりと受けた。 「そういえば名乗ってなかったっけ。ワタシは笠置 生駒(かさぎ・いこま)だよ」 守護天使がヴォルロスでの『布団の中身誘拐事件』後、とあるゆる族に半強制観光に連れて行かれた時、彼女も一緒にいたのだが、その時は場の勢いのまま双方名乗り忘れていたようだ。 その後も名前を聞こうとしたのだが、これも場の勢いのまま聞き出せずじまいになっていた。 「笠置生駒さんですか。ありがとうございます。……それにしてもこんな僕に声を掛けてくれるなんて……」 はあぁとため息を吐く彼だったが生駒は気にも留めていないようだ。むしろ気になることがある。 「そうそう、名前は何? まだちゃんと聞いてないですよね」 「いや、名乗ってもどうせ……」 再びため息。そんな彼を励ますように、生駒は胸を叩くと、 「大丈夫です今回はこれを用意してきました!!」 力一杯メモ帳と鉛筆を取り出して言った彼女。守護天使はたちまち目を潤ませると、ひしっと生駒の肩を抱きしめた。 「あ、ありがとう! ここまでして僕の名前に興味を持ってくれるなんて!」 「いやそれはいいから早く名前を教えてください」 「勿論だよ! 僕の名前は──」 満面の笑顔で口をあける守護天使に、聞き逃すまいと、鉛筆を固く握ってメモに書きとめようとした生駒だったが──背後で聞き覚えのある声が。 (……うっきっきー?) 振り返って見れば、英霊・ジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)がその特徴ある姿のせいか、ホールから摘まみだされそうになっていた。 ……見なかったことにしよう。一瞥して非干渉を決め込んだ生駒が呟く。 「ここであれがパートナーですと言いたくないなー」 だが、感激が落ち着いたのか、女性に抱きついては非常識だと気付いたのか、生駒を解放した守護天使はしごく真面目な顔になって、 「パートナーなんですか? それは一大事ですね。助けてあげてくださいね!」 「そんなことより名前を」 「あぁそうそう、僕の名前は……」 せかせかと言ったその文字を慌てて生駒がメモに書きつけた途端、それじゃあ、と守護天使が爽やかな笑顔を浮かべ、手をしゅたっと額の横に掲げて行ってしまおうとする。 生駒はそれを追いかけようとしたが──その彼女の背中に、助けを求めたジョージが飛びついてきた! 「うっきー!」 「ぎゃあああ!!」 生駒は思わず手で防いでジョージがしがみ付くのを振り払ったが、哀れ、生駒のおニューのメモ帳は、引きちぎられて紙吹雪となった。 紙吹雪の欠片を慌てて拾い集めた生駒だったが、彼女のメモはアルカ、のところまで再現するので限界だった。それ以降はビリビリに引き裂かれてしまったのだ。 「アルカ……ンシェル? アルカノイド? いや、も、もしかしたら一字飛んでアルミ缶?」 ──結局、謎は残るのだった。 |
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