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リアクション
水上闘技大会第二試合(2/2)
制御を失った飛空艇に縦横無尽に駆け回るバイク。
それだけでも戦場は荒れに荒れているのだが、最後のだめ押しが高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)の取った行動だった―――
ある程度人数が絞られてきたタイミングを見計らってから『死の風』を発動した。
正確にはソウルアベレイターが常に纏っている死の香りのする風を強めた、といった所だろうか。
パートナーであるティアン・メイ(てぃあん・めい)がハートブレイクにより使い物にならないため、玄秀はどうあっても一人で複数人の相手をしなければならない。
最終的には集めた負の感情を解放する『エンヴィファイア』で全てを焼き払うという事も出来るが、まずは『死の風』の効果で場を混乱させて主導権を得ることを選択した。
戦術としては実に面白い、がしかしこれにより面白くないこともまた起こってしまった、それが―――
第二試合に参加していた「ポムクルさん」たちが一斉に混乱状態に陥ってしまったことである。
「そうだ、いいぞ、その調子だ」
銃を構えるポムクルさんの背後から強盗 ヘル(ごうとう・へる)が労いの言葉をかけた。
「だいぶ感覚を取り戻したんじゃないか? 悪くないぞ」
きっと彼らも昔は外敵を撃ち落としていたに違いないと狙撃技術を指南してみたのだが、これが大当たり。彼らは弾の装填から狙撃準備に至るまでをあっという間に修得してみせたのだった。
加えて驚いたことに、初めはたった1体に教えていたはずが次から次へと集まってきて、しかもどこから調達してきたのか準備の良い事に誰もがライフルを持参して集まってきたのだった。
基本的な技術は修得した、人数も揃っている、となれば隊列を組ませようと考えるのは当然の流れであるからして。
(試してみるか)
ヘルは腹を決めて彼らを集めて配置につかせてみた。
「ここからは実戦訓練だ……が、そうだな。ザカコ(ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる))でも狙ってみるか?」
悪戯な顔でパートナーを指した。
彼は一貫して魔法を使わずに戦っている。「いつでも自分の身一つで戦えるよう地力を鍛える必要がある、この大会は修練の場として最適だ」と意気込みを語っていたのを覚えている。つまり彼に模擬弾を撃ち込むことは彼にとっても恰好の修練になるという事だ。
「さぁ、どこまでイケるか」
ちなみに何故にポムクルさんたちが試合会場に居るのかと言えば、第一試合で巻き添えを喰って落下した仁科 耀助(にしな・ようすけ)が自分の護衛につかせる為に呼んだのだそうだ。
レフリーは安全であれ、そうして初めて公正な捌きを貫ける。彼はそう言っていたようだが……どうやら今回も安全は確保されそうにない。
「いえ……あの、本気ですかっ?!!」
耀助よりも先に無数の銃口を向けられたザカコは『極斬甲【ティアマト】』2対を合わせて組んで弾幕に備えたときだった―――
やはり玄秀の『死の風』が全てを狂わせた―――
「おい! どこへ行く?!!」
隊列を組んでいたポムクルさんたちを「死香の風」が襲い包むと、彼らは目を回しながら銃を乱射し始めたのだ。
「あらあら、大変ですぅ」
口調のせいで緊張感は露ほども伝わって来ないが、客席から見ていた佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)にも事態の急変と混沌は一応に伝わったようだ。
彼女の隣の席にはポムクルさんが1体、膝に手を置いて座っている。彼女の真似をしているのか、ちょこんと座っていた。
同一個体ではないが、それは紛れもなく同種個体。闘技場でライフルを乱射するポムクルさんが、隣で大人しく観戦しているそれと同種だなんて……ルーシェリアにはとても思えなかった。
「あら? そういえば」
大人しいといえば、パートナーである佐野 悠里(さの・ゆうり)の声が先程から消えているような……。
水着姿を引っ張るポムクルさんを「ちょっとぉ、やめてよ、脱げちゃうよ」なんてキャッキャ言ってたしなめてた所までは見ていたのだが……。
「あれ? 悠里ちゃん、何飲んでるですか?」
両手を缶に添えて、クピりと一口。悠里は目を見開いて「おいしい!」と応えた。
「ポムクルさんが持ってきてくれたの。とってもおいしいよっ!」
「ポムクルさんが?」
イーダフェルトから持ってきたのかしら。それともどこかの屋台で売られているもの? だとしたらきっとお金は払ってないわね。
そこまで思って微笑んだ時、不意に何かが引っかかった。
………………屋台?
「ちょっ、悠里ちゃん」
慌ててその缶を取り上げた。缶には吉井 ゲルバッキー(よしい・げるばっきー)の顔写真が添えられている。
間違いない、彼が造った怪しげなビールだ。
湖畔の屋台では彼以外にも独自ビールを開発している者もいると聞いている。缶だけがゲルバッキーの物で、中身は全く別物という可能性だってあり得ないとは言えないが……。
「まぁ………………でも所詮はノンアルコールですし、酔ったりすることは―――」
「ママぁ〜、おっぱい飲みたい、おっぱいのみた〜ぁい」
「悠里ちゃんっ?!!」
何てこった。齢13歳の幼子がノンアルコールビールで酔ってらっしゃる!
確かに彼女は未来人でルーシェリアにとっては実の娘、これから生まれるであろう愛娘の「成長した姿」という事になるのだが。
ママと呼ばれる資格はあっても呼ばれたことはない。赤ちゃん言葉は新鮮で感動的だが、どう頑張っても「おっぱい」は出ないし。……いや本当に。
「悠里ちゃんっ! 悠里ちゃん! しっかりっ!」
泥酔悠里の状態も深刻だが、ポムクルさんが持ち込んだノンアルコール問題は「闘技場内」にも派生していた。
悠里にドリンクを手渡したポムクルさんも同じ物を飲んだようで、同じくへべれけ状態に。
更にはそのまま闘技場に上がっては隊列から外れていたポムクルさんたちにこれらを飲むよう強要、総数にして10体のへべれけポムクルさんがここに誕生してしまっていた。
もちろん彼らもライフルを所持しているが故に―――
「あら? あらあら、あらららら」
もはや眺めることしか出来なくとも、ルーシェリアは最後までその様を見届けた。
小型飛空艇は滑空の後に地表をお掃除。暴走するバイクは選手を撥ね回り、『死の風』にアテられた「ポムクル狙撃部隊」と泥酔状態の「へべれけポムクルさん」が誰彼構わずにライフルを振り回しては掃射している。
第一試合に劣らぬ泥試合。
さすがに最後はレフリーがストップをかけたが、その時に闘技場に立っていたのは、ポムクルさんを除けば僅か2名だけであった。