空京

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戦乱の絆 第3回

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戦乱の絆 第3回
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リアクション


良雄2

「――立川 るる(たちかわ・るる)が誘拐された!? 」
 スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は、御人 良雄(おひと・よしお)と共に旧王都市街を駆けていた。
 王宮から離れた場所のため、戦闘の気配は薄い。
 良雄から『手紙』を打ち付けるように渡される。
 そこには、良雄を呼び出す誘拐犯お決まりの文句と、縛られた人質の写真と旧王都内のビルの地図があった。
「って、完璧に罠じゃないか!」
「そそそうですよ! また誘拐されちゃいますよ、良雄さん!」
 駆けながら隣で器用に手紙を覗き込んでいたアレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)が言う。
「分かってるッスよ! 分かってるッスけど行くしかないッスよ!」
 良雄の、いつになく鬼気迫った声が無人のビル間に響く。
「もし……もし、るるさんが殺されてしまったら、オレはッ!!」
「そんだけの気迫が出せるのに、なんでちゃんと告白できてないもんかなぁ」
 スレヴィは、やれやれと頭を掻いてから、
「言っとくけど、ああいう鈍そうな人は、遠まわしなことをやっても駄目だ。あんパンなんかじゃ絶対通じないから!」
「そうですよー、私が言うのもなんですけど、あの人かなーり鈍ちんですよ。だから多分まだ良雄さんのこと、ぜんっぜん意識してないと思います」
「あううううう、なんとなく『そうかなぁ』と思ってたけれど、あえて気づかないフリをしてたかった的確なアドバイスぅうう」
 あうあう、と頭を振る良雄の様子に溜め息をつき、スレヴィは続けた。
「だから、今度こそ、はっきりと伝えるんだよ。ちゃんと二人とも無事にこの件を終わらせて。――俺たちも協力するからさ」
「ス、スレヴィさん……」
「大丈夫! なんとかなりますよっ、きっと! 根性と気合と運で頑張りましょう!」
 アレフティナの気合の入った声が響いていく。




 旧王都市街のビル内。
 和馬たちの前には良雄が一人で立っていた。
「……ちゃんと来たッスよ。るるさんを解放するッス」
「それは、オレたちの目的を全て達成してからだ」
 言ったジャジラッドの肩では、猿轡を噛まされた人質が三つ編みを揺らしながら、『むーむー』と必死に訴えかけている。
 良雄がジャジラッドに強く視線を向け、
「分かってるッスよ。オレは抵抗なんかしないッス。だから、さっさとるるさんを解放して、帝国でも何処にでも連れていけばいいッスよ」
「連れて行く?」
 サルガタナスが、つぅと笑んで、真剣な良雄の表情を舐るように見つめた。
「そんなことを望んでいるわけじゃありませんわ。わたくし達が望んでいるのは、あなたの命、ですわ」
 良雄の表情が揺れ、人質が一層喧しく騒ぎ出す。
「ちなみに……仲間の助けをあてにしても無駄ですよ」
 エトワールに連れられて、アンデッド歩兵に拘束されたスレヴィアレフティナが現れる。
 良雄を助ける者が現れるだろうことはサルガタナスによって予測されていた。だから、網を張っていたのだ。
 サルガタナスがハンドガンをゆらりと構える。
「大人しく殺されなさい。何が起きようと、あなたが生き延びれば人質は全員殺しますわ」
「……っ」
「せいぜい、自身の幸運に祈ることですわね――『どうか、自分を死なせてください』と」
 彼女が恍惚と言った向こうで、良雄がガチガチと小さく歯を鳴らしたのが分かった。
 理解したのだろう。
 ここで死ぬか大切な者を失うのか、そのどちらしかないのだと。
 そして、良雄は、死への恐怖と死に対する覚悟のこもった目を人質の方へ向けた。
「るるさん……オレ……るるさんのこと、好きだったッス。心底から大好きだった。オレにとって、るるさんは世界でただ一人の特別な女の子だったッスよ。――今まで本当に、ありがとう」
 良雄の口元が、かすかに震えながら微笑む。
「さよな――」
 と。
 ふいに何か黒い小さな塊が、ジャジラッドの肩の上へと落ちた。
 それは立川 ミケ(たちかわ・みけ)で、その爪の先が人質の猿轡に引っかかって、猿轡を口元からずらす。
 そして。
 人質が、三つ編みを揺らしながら、ぷはっと口を開き、
「ごめんなさいぃぃーーーーーーーー!!」
 おもいっきり言い放った。
 コキン、と何となくその場の空気は冷たく硬化する。
「…………え……」
 良雄が、ともすればそのまま死ぬんじゃないかというほど情けない声を出し、人質の方は、ひーーんと泣きながら続けた。
「違うんですぅーー! 私はるるさんじゃないんですよぅーー! エメネアですぅ、エメネア・ゴアドー(えめねあ・ごあどー)なんですぅーー!! 一世一代の告白を無駄撃ちさせてしまって、ほんとうにごめんなさいぃーーー!!」
「…………は……へ?」
「どういうこと!?」
 サルガタナスが声を上げる。
 さすがに予想外の影武者の存在だったらしい。
「私は影武者なんですよぅー! るるさんに私の影武者を任命したら、それじゃ不公平だと言われまして、るるさんの影武者に任命し返されたんですぅ」
 そして、髪型だの服だの色々とるる仕様にされていたところを、ジャジラッドに間違って誘拐されてしまった、という流れらしい。
 と、ミケがちょろろっとエメネアの体へと回りこみ、拘束を解いた。
「ななななー! なーななななー、ななな、なななーな、ななーん!」
 どうやら、彼女はエメネアがさらわれた際にそばにおり、以来、どうのこうの……というような内容を言っているようだったが、それが分かる者は何処にも居なかった。
 ともあれ。
「とととととにかく逃げましょうぅー!」
 エメネアがブライド オブ パイクを取り出し――ジャジラッドが彼女を放り投げることで、それを逃れた。
「うひゃあああああ!?」
 勢い良く投げ捨てられたエメネアの錐揉み回転に合わせて、でたらめな威力の光の筋がアンデッド歩兵たちを斬り散らし――スレヴィとアレフティナを解放する。
「まったく、御人は運がいいんだか、悪いんだか……よく分からないなぁ」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないですよー! スレヴィさん!」
「分かってるよ」
 スレヴィが目をぐるんぐるんと回したエメネアを引っ張り上げる。
 そして、彼らは良雄と共に、ミケに導かれるようにして建物の奥へと逃げて込んでいった。
「回り込んで追い詰めるのですわ!」
「分かっている!」
 サルガタナスの言葉に、ジャジラッドらが自らも駆けながらアンデッド歩兵らに命じて、良雄らを追わせる。




 そのころ、立川 るる(たちかわ・るる)は、
「もー、エメネアちゃんもミケもるるを置いてどっか行っちゃうなんて、ずーるーいー」
 何か、のんびりと立腹していた。




「――ま、回りこまれてるッスよ!!」
 良雄たちは、あっさりとアンデッド歩兵たちに追い込まれていた。
 前方からは和馬、後方からはジャジラッドが迫ってきているはずだった。
「わ、わかりました! こうなったら私がもう一度、ブライド オブ パイクでぇー」
 と、未だに目を回したままのエメネアがふらふらと光条兵器を発動させようとして……
「ちょっと――」
 百々目鬼 迅(どどめき・じん)は匕首を突き刺したアンデッド歩兵の体を蹴り飛ばし捨てて、エメネアの頭を小突いた。
「待てっ!」
「はうっ!?」
「そんな状態で恐ろしく物騒なもん振り回されてたまるか」
「そうッスよ! 天井の崩落なんかで生き埋めになる可能性大ッス!」
 迅と良雄の言葉にミケが激しく首をうなずかせる。
 迅は良雄を護るつもりで、彼の足取りを追っていた。
 そうして、たどり着いたビルの中で、先ほど、逃げてきた良雄たちと合流したのだった。
 ちなみにスレヴィとアレフティナは、敵を撹乱するために迅のパートナーのシータ・ゼフィランサス(しーた・ぜふぃらんさす)と共に別ルートを逃げている。
 エメネアが頭を押さえ、くらんくらんと揺れながら、
「あううっ、でも、このままじゃ大変ですよぅー」
「そりゃ分かってる! クソッ、外まで逃げられりゃ俺のバイクがあるんだが……」
 ジャジラッドのパワードスーツによる重厚な足音を立てながら迫る。
 現状、迅たちが彼らに勝てる見込みは無かった。
「なななー! なーーななな!!」
 足元では、先ほどからミケが必死に『エメネアと良雄が契約してパートナーになって良雄がブライドを使えばいいのよ! エメネアはるるちゃんにそっくりだから大丈夫、イケるわ!』と訴えかけているようだったが……
 残念ながら、彼女の言葉を理解出来るものは一人も居なかった。
 迅は舌を打って、覚悟を固めた。
「さすがに、二人と一匹を抱えてバーストダッシュで突破ってのも無謀か……こうなりゃ――」
「自分を犠牲にしてなんて認めないですよぅ!」
 エメネアがふらふらと迅の腕を掴もうとし、ひょいっと避けられ、
 そのまま鈍臭く足をもつれさせて勝手に床にすっ転ぶ。
「ちょっ、エメネアさん大丈夫ッスか……?」
 良雄がエメネアを助け起こそうと寄っていき、彼女を覗き込んだところで、
「ぐっ!?」
「ごっ!?」
 エメネアが勢い良く起き上がり、彼の顎に頭をクリーンヒットさせ、両者はパタリと床に伏した。
「…………」
 しばし後。
 迅とミケが半眼で見守る中、良雄が顎を押さえながら、ずるっと起き上がる。
 彼は、何か所在なさ気に迅たちの方を見やり、言った。
「あの……なんか、オレ……
 今ので、エメネアさんと契約しちゃったみたいなんッスけど……」

 その後、良雄はブライド オブ パイクで和馬たちに立ち向かおうとした。
 が、あまりに強力過ぎる兵器にビビり、彼はそれを投げ捨ててしまい――
 結局、三人と一匹は投げ捨てられたパイクが開けた壁の穴から外へと脱出していったのだった。


 そして、和馬が良雄の件を他言したことは、彼らの“成果”と共にアスコルド大帝の知るところとなり、彼は龍騎士の地位を失った。
 しかし、大帝はそれ以上の咎めを命じることはなかった。