空京

校長室

創世の絆 第三回

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創世の絆 第三回
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リアクション



検討と改善(1)

 校舎の東側。
 気候条件さえも不明瞭なニルヴァーナの地にあって唯一とも言えるだろうか、農耕地に作られた「温室」の中でなら農作物の栽培ができるのではないか。そんな期待とプレッシャーを感じつつもそれに支配されないように。意識すればするだけその身を蝕まれる事は察していたからこそ、
「おーし! そんじゃまた、作業頑張るとしますかねー」
 雨宿 夜果(あまやど・やはて)は極めて明るく言って立ち上がった。
「ニルヴァーナの未来は俺たちの肩にかかってると言っても過言じゃないからな。張り切っていくぜ」
「よく言いますね」
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)が呆れた様子で言う。「そんなこと考えた事もないでしょう? どうしてそう大げさに言うのです」
「そんなことないぞ、大事だぞー、雰囲気作り」
「やっぱり過言でしたね。はい、そちらから植えて下さい」
「はいよ。任せとけって」
 袋のまま夜果は種を受け取った。
 温室内の一角、水耕栽培のエリア。水耕栽培となれば適しているのはトマトやレタスだろうと終夏はそれらの種を用意していた。経過や変化を見ていくには決して悪くない選択だ。
「まぁ、最初の栽培だからどうしても思い入れは強くなるけどね」
「ん? 嬢ちゃん、何か言ったか?」
「何でもありません」
 植えた日、植えた種、水の量や温度等。記録する事もまたやるべき事もたくさんある。ニルヴァーナでの本格的な食料作りはこの瞬間から始まるのだ。

 そんな二人と同様にこの地での食糧自給に挑むのが、
「許可は下りたんだけど、機材がねぇ。光量調節の設備が一番早く届くはずなんだけど」
「ただ待っていても仕方がありませんわ。それよりもここの排水路なんだけど」
 機材の到着が遅れている事にモヤモヤしている佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)と、農業専門書の魔道書であるカシキョウチョ 『斉民要術』(かしきょうちょ・せいみんようじゅつ)の二人だ。
「この部分は水はけがよさそうだから畑かな。こっちは水田とかどうかしら?」
「なるほどぉ。そうだねぇ」
「でも、そうなるとため池とかもほしいよね。水路は……こっちから、かな」
「はいはいはい、そうなると、こうかな」
 弥十郎は手慣れた様子で図面を引いていった。
 これらの図面は建築学科に渡し、建築をお願いする予定だ。食糧自給を軌道に乗せるためには、それなりの規模の農場が必要となる。今はまだ学部学科は開講されていないものの開講された時に必要な図面や資料が揃っているならば当然その着工は早まる、結果ニルヴァーナでの完全自給の夢も早まる可能性があるという事だ。
「まぁ、ちゃんと育ってくれれば、だけどねぇ」
「その為にも出来ることを、でしょう? この水に浮かぶレタスみたいな植物って結構おいしいね。『プカプカレタス』という名前はどうかなぁ」
「名前を付けると愛着がわいちゃうよ」
「良いことじゃない?」
「そうでした」
 試せる事は今のうちに。それらも夢に繋がってゆく。光量調節設備や空調設備、植物プラントの一部が届くのはこののち三日後の事であるが、これにより彼らの設計は更に完成度を増すことだろう。

 一方、こちらは校舎の南側エリア。
 学生や教師たちの生活スペースとなる寮の建設が行われる中で、
「そうですね。良いです、見事です」
 と、金属棒を手にした姫宮 みこと(ひめみや・みこと)は満足げに頷いてみせた。
 金属棒は1フロアの天井から床を抜ける程に長く、また手で握るにはちょうど良い太さをしている。これならば「滑り降りポール」として十分に役割を果たすことだろう。
「図面にある数は設置できそうですか?」
 1フロアに数カ所、それを「学生寮」「教員寮」「来賓棟」のそれぞれに完備する。
 有事の際の脱出方法を確保すること、またそれは急ピッチな建設に組み込む事が可能でなければならない、なぜなら既に建設は始まってしまっているのだから。そんな中、みことが出した結論が「滑り降りポールの設置」だった。
「特に来賓棟は完璧に仕上げて下さい。迅速かつ安全、確実な脱出を可能とするように。お願いします」
 ポールによる脱出と言えど、少しばかりの訓練が必要になることはみことも十分に承知している。それでもこの方法こそが最も安易で、また多くの人を脱出させることが可能な方法だ、という確信もあった。
さるよ」
 みことさると呼んだは本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)。彼女もまた三棟の設備強化に向けて動いていた。
穴蔵も問題ない。今からでも間に合うとの事だ」
「本当ですか? 一階部分はどこも完成間近と聞いてましたのに……」
「必要なものは作る。そうであろう?」
「……なんでしょう。急に不安になってきました」
「無理に言ってきかせた訳ではないぞ? 懇切丁寧にその必要性を説いたまでじゃ。食料庫や武器庫、避難室などは地下に作るのが良かろうて。あぁそうそう、ついでに脱出用の地下通路も掘って繋げるように言っておいたぞ。これもまぁ確実に―――」
「必要な設備」
「その通り。いつ敵の襲撃があるか分からぬからな」
「もう……」
 強引に、また決して折れることなく工員たちを説得したのだろう、みことには容易に想像できた。
 多少不憫に思えたがそれを了承した工員たちにも責任はある。どんな形であれ「やる」と言ってしまった以上は「やる」それが男の……いや女だって同じだ、プライドがあるのなら最後まで「やる」べきだし、「やりきる」べきである。まぁもっとも、規律を重んじる教導団員である以上、工員たちは是が非でも「やってくれる」と信じてはいるのだが。

 各階に「滑り降りポール」を設置する事がみことの答えなら、「建物の壁や床を強化すること」が渡辺 鋼(わたなべ・こう)の答えだった。彼は校舎の北側に建設中の「RE(ギフト研究工場)」の建物自体を丈夫にする事で「外敵の襲来」に備えようとしていた。
「天井は三層、壁面は五層加工にすれば……」
 厚みを持たせるだけの加工は避け、プレス圧縮を軸に層を重ねてゆく。加工があだにならないよう、建物全体のバランスを考えた補強を施してゆくつもりなのだが―――
「あっ! でも上空から攻めてきた場合は、え〜っと、そう! 重力加速度も加算されるから……やっぱり壁面よりも頑丈にしなきゃかも!! ……でも待って…………はっ!! 「黒い種子」は地下から攻めてくるんだよね、だから床も厚くして、え〜っと、それから〜」
 挙げてゆくだけでキリがない。気付けばパンク寸前のパニック状態。そんなの状態は遠目に見たセイ・ラウダ(せい・らうだ)にも明らかに伝わるほどだった。
「落ち着け、セイは重機を止めると軽やかに降りて立った。
「まずは落ち着け。そんなんじゃ、まとまるものもまとまらんぞ」
「そ、そうだよね、そうなんだけど、そうだよね」
 落ち着こうとしているのは分かるのだが。
「あぁあぁ分かった。そうだな、とにかくまずは床だ。床の装丁から始めよう」
 黒い種子による前例はもちろん、それ以外にも地中から侵攻してくる種がいないとも限らない。「RE(ギフト研究工場)」がギフトを扱う以上、敵の襲撃は十分に考えられる。
「床の次に天井、それから壁と続ければいい。機材の搬入はそれからだな」
「なるほど………………よし! わかった。それで行こう!」 
 工場の稼働も大事だが、まずは防衛面の強化と実装が第一。それは研究対象であるギフトの誤発動や暴走への対策にもなる。
「あれ? でも床の強化ってどこの建物にも必要なんじゃ……」
「確かにそうだな。ラクシュミにも進言しておくか」