空京

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創世の絆 第三回

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創世の絆 第三回
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「お痒いところはありますか?」
 のんびり、はんなり。京都美人な清良川 エリス(きよらかわ・えりす)が、鳥人型ギフトの肩に手を添えてそっとささやく。
「痒い場所とかあらはりましたら、遠慮なく言うわはってください」
「ん。なるほど……なるほど」
 「温泉」に浸かる前の体洗い。エリスの小さな手のひらが、こそばゆく背中を撫でて回してゆく。
「背中は良いのだがな。ふむ。どうも先程から硬くなっているような気がしてならん」
「はぁ……硬く、ですか」
「揉んでくれるか」
「…………あ、はい」
 では先端の方から、と従順素直なエリスは言われるままに鳥人型ギフトの正面に回り込んだ。
 「「おもてなしと言えば、やっぱり「手洗い」ですわよね」」と言ったティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)の言葉をそのまま真に受けて「手のひらシャンプー」を行ったり、
「「貴人をお風呂へってのは、おもてなしの基本でしょう?」」「「うちの子を差し出しますわ」」などと言われ送り出されても、やっぱろ素直に給仕に務めている。
 そんな素直で純粋な娘っ子が、調子に乗り始めた鳥人型ギフトの硬くなった先端部分を柔手で包んで―――
「お待ち下さい」
 クエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)の言葉にエリスが手を止める。それは彼女の手がギフトの「クチバシ」に触れる寸前のことだった。
クチバシが硬くなったように感じるんですよね? ちょっと診察させて下さいな」
「う……うむ。よろしく頼む」
 医者として、体の不調を訴えている者が居るなら診察をする。たとえそれがギフトであっても同じ事だ。エリスに代わり、クエスティーナがギフトの「クチバシ」に手を添えた。
「外傷はありませんね。御口の中を見てみましょうか」
 皆の前に初めて姿を見せたとき鳥人型ギフトは「クチバシ」から地面に突き刺さって着地してみせたと聞く。何をどう考え、どの角度から見たとしても不調の原因はそれだろう。エリスが離れてからギフトが口を尖らせているのが少し気になるが、まぁ今は目をつむるとしよう。
「はい、アーンして下さい」
 あーん、と素直に口を開くギフト。これはこれでどうにも嬉しそうな笑みを浮かべ始めた。意外に分かりやすい男なのかもしれない。
「あーあー、ったく。せっかく良い感じだったのに」
 コンクリート モモ(こんくりーと・もも)がボヤいてみせた。「男心の分からない子だねぇ。診察なんて今はどうでも良いのよ」
 タオル一枚の入浴スタイル。湯船の縁に腰掛けてスタンバイしていたモモからすれば、クエスティーナの診察など邪魔以外の何者でもなかった。
「そのまま素股……じゃなかった素洗いに移行できるチャンスだったってのに。ギフトだって悦……違う違う、喜んでたのが分からないのかしら」
 だからこそ止めたという見方もできるが。ともあれスーパーコンパニオン接待を目指すモモからすれば、ここはすぐに切り替える必要があった。
「はいはい、診察はそこまで。異常は無かったんでしょ? はい、お終い」
「ちょっと……」
「そんなことより。ささ、高純度機晶オイルで喉でも潤して頂いて。しかもあちらにはシースルー襦袢を着た生娘もご用意いたしておりますので」
 強引に手を引いて連れ出した。提供された湯船からは死角となっている一角、そこに敷かれた一枚の布団、そこには「実年齢16歳の生娘、ハロー ギルティ(はろー・ぎるてぃ)」が大股開きで横たわっていた。
「うっふ〜ん!」
 男ならば雄ならば、迷わず飛び込む所だが―――
「ぬっ! お主……「猫」ではないか?!!」
「あ゛?!! おぃ!! 相手が「鳥」だなんて聞いてねぇぞ!!」
 鳥人型ギフトはもちろん「鳥」、そしてハローは「猫」のゆる族だった。目があった瞬間に抱いた印象は同じ「気に喰わない」だったという。
「あ、やんのか!」
「そっちがその気ならば、こちらも行くぞ!」
「ちょっと二人とも止めな!」
 モモの言葉も届かず。
「こんにゃろ! こんにゃろ!」
「なんのっ!!」
 取っ組み合いから、くんずほぐれつ。皆で二人を引き剥がすまで、敷かれた布団の上で「鳥」と「猫」は絡み合い格闘を繰り広げた。
「はぁはぁはぁ」
「はぁはぁはぁ」
 汗だくの二人。引き剥がされて距離はあっても、眼光は鋭いままだった。目を離せばすぐにまた飛びかかることだろう。
「その辺にしたらどうだ」
 サイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)が一言。こんな状況だというのに、
「これから熱い湯の中に入るのだろう? その前に体を温めるまでは良くても、そのように急激に上昇させては危険なだけだ。先程から何度か上昇と下降を繰り返している事もまた気になる所だ」
 と、実に医者らしい助言をしてみせた。
クチバシにも炎症はない。体の火照りが原因だろう。さぁ、汗を流してさっさと湯に入るといい」
 シャワーで汗を流させると気持ちも落ち着いたのか、そのまま素直に湯船へと向かった。それらの課程の中でサイアスの『わたげうさぎ』たちが妙にギフトに懐いたのが気になったが、それもこのギフトが根っからの悪人でない事の証とするなら、ここでこうして彼をもてなしている事もまた無駄ではないと言えるのかもしれない。
「湯加減はどうかな?」
 肩まで浸かるギフトアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)が酒を薦めた。
「風呂といえば月見酒だろう。まぁ、黒い月ってのは少しばかり不吉だがね」
 空に輝く黒い月。灯る光りは何とも怪しく揺れている。
「遠慮せずに。有名な酒だし、味は保証する。私も好きなやつだ」
「どれ」
 グビリと呑み込み、一言「旨い!」
「そうだろう、そうだろう」
 アルクラントも一口、共に煽った。酒の趣味が合う事ほど嬉しいことはない。
「あー……」
 満足げな笑みを浮かべるアルクラントとは対照的に、パートナーのシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)はジト目だった。
「……アル君がお酒持ち出してる」
 それもお気に入りの酒だ。だいぶ気分良くおもてなす事だろう。
「持ってきたわよ」
 頃合いを見て、と頼まれていた「鳥皮酢」を運び込んだ。
「ありがとう、シルフィア。素敵な月に見合った素敵なタイミングだよ」
「そうですか」
 はいはい、と柔らかくあしらって皿を手渡す。「あの……これ」
「ん?」
 皿に乗るは「鳥皮酢」、それを受け取るは鳥人型ギフト。それ故に聞きにくい事ではあったが―――
「食べます……か?」
「ふむ。なるほどなるほど」
 鳥人型ギフトは少しばかり考える素振りを見せて「いや結構、その心遣い嬉しく思うぞ。しかし問題ない、鳥料理は我が好物である」
「あ、ははは、よかった。そうですか、好物ですか」
 笑い所? 言葉通りギフトはペロリと「鳥皮酢」を平らげてみせた。本当に鳥料理は好きなようだ……共食いだろうに。
「私も鍋を作ったのですが」
 葉月 可憐(はづき・かれん)が振る舞うは『謎料理』、見た目は一見すると「薬膳鍋」なのだが―――
「これは?」鳥人型ギフトが訊く。
「それは『冬虫夏草』です。そちらが薬草です」
「なるほど。我輩の体を気遣った料理というわけだな?」
「えぇもちろん。料理もおもてなしも相手を思ってのものですから」
 鳥人型ギフトは知らない、この『謎料理』には『冬虫夏草』や薬草の他に『雑煮』や『あんパン』『蛇の抜け殻』などが入っている事を―――
「はい、あーんしてくださいっ♪」
「うむ。あーん」
 笑顔で一口。信じよう、奇跡を。可憐曰く隠し味に『禁じられた言葉』を、そして『幸せの歌』を歌いながら作ったという。そんな彼女の愛情が鍋の味を奇跡的な美味に昇華させたのだと―――淡い期待をしたのだが―――
「がはっ!!」
ペンギンさんっ?!! ペンギンさんっ!!!」
 ダメだったようだ。見事撃沈、鳥人型ギフトは白目を揺らしてバタンと倒れた。
「どうしました? お昼寝ですか?!!」
 料理を口にした直後にお昼寝て……。しかも堂々の「ペンギン」呼ばわり。可憐は今日も独特な道を歩んでいるようだ。
「お昼寝ですかー? ギフトさんー」
 昼寝と聞いて春日野 春日(かすがの・かすが)が飛びついた。「この羊さん枕使うー?」
 羊型枕をユラユラ見せてアピールしたが、鳥人型ギフトは白目のまま。湯船から出して横たえると、ますますグッタリして見えた。
「ギフトさん、ギフトさんー、一緒にお昼寝しよーよー」
 寝ているのではなく気絶しているのだが……可憐春日も気付いていない。そして同じ勘違いにもう一つ勘違いを上乗せたのがティナ・カナ(てぃな・かな)だった。
「……主様のお誘いを断るとは、何様のつもりなんですかこの鳥野郎。」
 勘違いの上塗りスパイラル。ティナ鳥人型ギフトの首を掴むと、
「……鳥くせに狸の真似事ですか、目を開けて下さいよコノヤロウ」
 と、狸寝入りと決めつけて首をブンブン頭をガンガン叩きつけた。
 「……壊しますよ?」とも「壊れますよ?」とも言っていたが、どうにも冗談ではないようで。春日をシカトした代償はとんでもなく大きいという事だろうか。
「ぅ……」
「お目覚めですかチキン野郎」
「ん。我輩は一体……」
「お昼寝しますよね? 主様と一緒に」
「昼寝? ま……待て、一体なにを……」
「お昼寝しますよね? 主様と一緒に」
 静かなる恫喝、その迫力にギフトは思わず「ぅ、うむ……もちろんだ」と圧されて飲んだ。
 春日は「わーい、やったー」と喜び、ティナは「そうですよね? 当然ですよね?」と念押した。可憐可憐で「それでしたら膝をお貸ししましょうか?」なんてサービスを提案している。そんな様を遠目に眺めて、
「んー、平和だねぇ」
 とアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)がしんみりと言った。湯船に浸かって、のんびりと。
 これらの間に鳥人型ギフトのシルクハットのメーターは二つ、七つ、一つに二つ、最後に一つ積み上がっていた、それらをこの場で見つめてきた。
 雰囲気は、そう「お祭り」、いや「お祭り騒ぎ」だろうか。そこがまた実に心地良い。
 可憐が作った「謎料理鍋」を口にして一言、
「んー。おいし」
 今しばらくこのお祭り騒ぎが続けばいいな。そう感じたのはきっと、アリスだけではないはずだ。