空京

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創世の絆 第三回

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創世の絆 第三回
創世の絆 第三回 創世の絆 第三回

リアクション


巨大イレイザー、砂漠の決戦!

 見渡す限りの砂漠。注意してみなければ、砂ばかりの景色の中で動くものは見分けられないだろう。だが、それは確実にいる。あまりに巨大すぎて、たとえ見えたとしても信じられないだけだ。
 はじめに見えたのは、ニルヴァーナのものと知れる複雑な建築物の形をした遺跡だ。それはよく見れば、砂をかき分け、ゆっくりと移動していた。
「ありゃあ……」
 それを見て、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は思わず声を漏らしていた。
「大きい大きいと聞いてはいたけど、まさかこんなに大きいとは驚きですねぇ」
 建物が一つ、丸ごと背中に乗っているとは、もとから大怪獣みたいなイレイザーの中でも、他の個体に数倍するサイズだ。もはや大々怪獣とでも言うべきか。
「どうするんですか?」
 ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が、ぽつりと聞いた。
「敵が怪獣でも忍者のやることは変わりませんねぇ」
「つまり?」
「後ろを取って仕留める!」
 びし! とレティシアが指を突き出したその先では、後ろを取るために必要なこと……すなわち、前に回ってイレイザーの気を引きつける作戦が行われていた。
「こいつを喰らえ!」
 腹の底に響くような轟音と共に、砂がうごめく前面に向けてショットガンを放つサミュエル・ウィザーズ(さみゅえる・うぃざーず)
「でかい図体でも、痛みを感じないわけじゃないだろ……おおっ!?」
 サミュエルの目前で、どばっと砂が盛り上がった。小山ひとつはあろうかという砂が一斉に流れ出す。それははっきり言って、サミュエルを飲み込んであまりある量だ。
「走れ! 埋もれたらひとたまりもないぞ!」
 ディーン・ロングストリート(でぃーん・ろんぐすとりーと)が、放つ魔法で砂をかき分け、サミュエルの腕をつかんで走る。
「いや、しかし、こいつは……」
 愕然とした思いで、サミュエルはうめいた。今のは何も、イレイザーが攻撃を仕掛けてきたわけではない。
 ただ、砂の中で身を起こしたのだ。弾丸が届くような至近距離では、それだけで砂の中に埋もれてしまいそうになるのである。
 そしてそれは今も続いていた。イレイザーの動きがのろいわけではない。あまりにも巨大すぎて、動作が緩慢に見えるのだ。
「おう、逃げろ! 妾が引き受けてやる!」
 その二人の上空を、箒にまたがったクィンシィ・パッセ(くぃんしぃ・ぱっせ)が通り過ぎる。彼女の目からみれば、イレイザーの首が、盛り上がった砂をかき分けて現れようとしているのが見て取れた。
「ゆくぞ!」
 クィンシィを中心として、重厚な魔力的プレッシャーが広がっていく。自らの魔力を空間ごと引き上げる『魔王の領域』である。
 そのプレッシャーに反応してか、きっとイレイザーの瞳が、砂の中からクィンシィをにらみつけた。
「……こっち!」
 ごう、と炎が噴き上がった。慣れない砂の上を走る馬にまたがったジズプラミャ・ザプリェト(じずぷらみゃ・ざぷりぇと)である。
 ジズプラミャの目的は、イレイザーの注意を引くことだ。そして、そのもくろみどおりにイレイザーが注意を向けた瞬間に、
「……はあっ!」
 イレイザーの頭部にめがけて、クィンシィの氷術が放たれる。それは狙い違わず、額とおぼしき場所に着弾したが、しかしごく一部を凍りつかせただけ。比率で言えば、人間の額にペンで点を打ったようなものだ。
「……おい、まずいぞ!」
 と、サミュエルは思わず声を上げた。というのも、砂から盛り上がるものが頭だけではない、と気づいたからだ。
 いくつもの触手が、砂の中からあふれ始めている。イレイザーの牙が生えそろった触手もまた、大きく……それ以上に、多い。
 だが、サミュエルの警告に、ジズプラミャの返答は素っ気ないものだった。
「……援護してください」
「まだやる気かよ!」
 無謀にも高度を下げて頭部へ突っ込んでいくクィンシィへ向かう触手には、サミュエルの援護射撃。高熱を発するジズプラミャは触手に狙われていると分かって居ても、クィンシィが退くまでは自らも突っ込むつもりだ。こちらはディーンが炎を操り、その身を隠しやすくする。
「……これでっ!」
 クィンシィが身に纏っていた黒い衣を、イレイザーの頭部に放つ。片目を覆い尽くして、その視界を奪うつもりだ。
「どうじゃっ!」
 さらなる冷気を身に纏い、必殺の一撃を放とうとするクィンシィ。だが、その体に向けて、狙い違わず触手が迫った!
「……ぐっ!?」
 どん、っと巨大な質量がクィンシィを打ち据える。箒から投げ出された体に向け、牙が迫り……
「……危ない!」
 どどどどどどっ!
 惜しみなく発車されたミサイルが、その触手を打ち据える。その爆煙に紛れるようにして小型飛空挺で飛来した蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が、クィンシィの腕をつかんだ。
「大丈夫?」
 休息に離脱しながら、朱里が問う。
「う、うむ、なんとか……くっ、まだ、力が足りなかったか」
 悔しげにうめくクィンシィに、しかし朱里は首を振った。
「そうとは限らないよ。ほら、今の突撃のおかげで、離脱も接近もスムーズに進んでる」
 と、朱里は下を示した。
 ジズプラミャとサミュエルらは、アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)の助けを得て(先ほど触手にミサイルを浴びせたのも彼だ)、イレイザーの触手が届く範囲からの離脱にかかっている。注意を引きつけ、砂の中からイレイザーを引きずり出す仕事を終えたからだ。
 一方で、レティシアらは背後から接近して攻撃に当たっている。クィンシィと同様、巨大すぎるイレイザーに有効打を与えることはまだできていないようだが、どこになら攻撃が通用するか、探っているようだ。
「あいつ、目を塞いでも……」
「報告の必要がありそうね」


 イレイザーとの激戦から離れることしばし。
 やはり砂だらけの中に仮に作られた本部に身をすくめるようにして、探索隊隊長ヘクトルはその戦いを見守っていた。
「ポイントへの誘導は、進んでいるみたいだな」
 一人ごとのように、前方をじっと見つめるヘクトルに敬礼を返すものがいた。董 蓮華(ただす・れんげ)だ。
「しかし、アレがイレイザーに通じるでしょうか?」
「立案した本人が不安がってどうする」
 蓮華に肩をすくめて、スティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)が告げる。
「……でも」
「仕込みは済ませたわ」
 ザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)が、衣服の砂を払い、サンドゴーグルを引き上げながら姿を現した。
「仕込み?」
「イレイザーの進路に寄生虫を仕込んでおいた。あの図体でどれだけ有効かは分からないが……」
 ニコライ・グリンカ(にこらい・ぐりんか)が、すでに済ませた作戦について説明する。あの状況で、敵味方に悟られずに密やかに済ませたのだから、かなりの腕がうかがい知れる。
「あの虫が脳まで達すれば、思考力を奪えるはずだけど……時間がかかりそうね」
「長期戦は覚悟の上だ」
 ヘクトルが答える。ザウザリアスは小さく頷くだけで答えた。
「ポイントへ到達する。上へ行こう。イレイザー周辺部隊は撤退を」
 ヘクトルは告げて、蓮華の駆るドラゴンに飛び乗った。高度を上げるドラゴン。眼下では、大部分を地中に埋めたイレイザーの背の遺跡が砂をかき分けて轟々と突き進んでいく。
 イレイザーへの挑発、けん制に当たっていた契約者たちが一斉にその場を退く。理由があった。
 イレイザーの前方。すり鉢状に砂がくりぬかれている。蓮華が作戦開始時刻までに、砂漠の夜の寒さに耐えながら作った、人間用のものに数倍する、巨獣サイズの落とし穴だ。
 地中のイレイザーに対しては、落とし穴としての効果は期待できない。その代わりに、地中に隠れていた体が、勢いよく露出した。
 イレイザーは驚き、体をひねって再び地中に潜ろうとする。
「この期を逃すな。さらに攻め立てろ!」
 ヘクトルの号令が、砂漠に響いた。