リアクション
孫権の案内で訪れた店は秋月 葵(あきづき・あおい)が出店している喫茶店『喫茶百合園』だった。場所柄のせいでオープン喫茶となっている。
葵と周瑜とエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)で営業している。
制服は百合園女学院のもので、その可愛いデザインは不良達を引き付けるに充分な威力を発揮していた。
恥ずかしがり屋のエレンディラは調理に徹している。姿が見えないよう、葵は衝立(ついたて)を用意した。
また、店の境界線を示すために簡易な柵を立て鉢植えで見栄えを整えた。
孫権の姿をみとめた葵が元気に「いらっしゃいませ〜♪ 喫茶百合園へようこそ〜♪」と出迎える。
あらかじめ人数をメールで知らせてもらっていた周瑜が、確保しておいたテーブルへ一行を導いた。
その背に孫権がからかうように言った。
「まさかそんな姿を見る日が来るとはなぁ」
「ふふ、私も思ってもみませんでしたよ。さあ皆さん、こちらにどうぞ」
促され、引いた椅子に座るふりをした孫権は、素早い動きで周瑜の頭を脇に抱え──つまり、ミツエ達にはヘッドロックに見えた。
孫権の腕をはがそうともがく周瑜に、孫権はコソッと言った。
「あの葵っ子、この前の攻城戦の時思ったけど小喬に似てるよな」
ピタリ、と周瑜の抵抗がやむ。
「だから、契約したのか?」
「……別に、いいでしょう?」
「もちろん。お前が満足してるなら俺に文句があろうはずがない」
孫権は周瑜を開放して席に着いた。
すっかり乱れてしまった髪を直した周瑜は、できあがった注文品をテーブルに運んでいる葵へちらりと視線を向ける。
その眼差しは、孫権の記憶にあるままのやわらかさだった。
ふわりと満ちた穏やかな空気を、ミツエの声が破った。
「ねぇ、ナガンがいないわ。誰か知らない?」
そういえば、とみんなも見回すが目立つ衣装の長身の人物は影も形もなかった。
迷子かしら、と呟いたミツエにガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)が「心配ない」と教えた。
「何か気になるものでも見つけたのだろう。すぐに戻ってくるだろう。それより早いところ注文を決めないと周瑜が困ってしまうぞ」
「それはいけないわね」
ミツエは慌ててメニュー表に目を移した。
それぞれの注文を周瑜がメモし終えた時、葵に案内されて行方不明になっていたナガンが戻ってきた。
「ちょっと目移りしてたら一人になってて」
ごまかし笑いをするナガンを呆れ顔で見やるミツエ。
和希とガイウスは気づかれないように目配せをしあった。
やはりミツエを狙ってくる奴はいたのだ、と。
ナガンと三人で密かに決めていたことがある。
移動中に不逞の輩を見つけた時は、誰にも気づかれないように速やかに排除すると。実行するのは主にナガンで、一人で手に負えないようならガイウスにも手伝ってもらう。
「優斗、ナガンを減点しておいて」
「何点くらい?」
「五十点」
「ちょっと何の減点!?」
何やらメモ帳に書き込む優斗からそれを奪おうとするナガンだが、ひょいとよけられて伸ばした手が空を切る。
もちろんこれはミツエが遊んでいるだけで優斗も調子を合わせたにすぎない。
ワイワイ騒いでいると、突然柄の悪い二人組みが入ってきた。
「ここかぁ? 百合園の子が出してる店ってのは」
「間違いねぇ、あの制服見ろよ」
入口付近でニヤニヤ笑いを浮かべた二人組みの視線が葵と周瑜に注がれる。
二人は葵に近づきながら、自分達を用心棒に雇わないかと言った。
葵は笑顔のままきっぱり断る。
「間に合ってます」
しかしこれで引き下がるわけもなく。
あまりのしつこさに見ていたミツエが苛立って席を立とうとした時だった。
葵と周瑜が同時に動いた。
拳が蹴りが二人を店の外に叩き出す。
転がった二人を周瑜が冷たく見下ろした。
「私達より弱いようでは、とても用心棒など頼めませんね」
「てめぇ……調子に乗んなよギャッ」
一人が懐からナイフを出した手を葵が容赦なく踏みつける。
「店の前で刃物はご遠慮くださーい」
もう一人はと言うと、ずっと衝立の向こうに引っ込んでいたエレンディラにフォークを突きつけられていた。葵と周瑜を放っておけずに出てきたのだ。
「もう……来ないでください」
形の良い眉を悲しげに寄せて沈んだ声で言われた男は、心にダメージを受けた。かわいい女の子からの拒絶はまさかのショックだったのだ。
この後、『喫茶百合園』は可愛くて儚げで麗しくて強い三人娘が営む店として知れ渡り、ひとめ見ようとか勝負を挑もうとかデートしたいとかの不良達が押し寄せてくることになる。
卍卍卍
葵の店で腹を満たしたミツエ達が特に決まった行く先もなく歩いていると、ポンポンッと軽い破裂音が聞こえた。
興味のままに音のしたほうへ行ってみると、人だかりがあった。
そこは
イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)が出している『宝くじ売り場』であった。
番号の振られたくじ引き券を売るイーオンの後ろの立て札には、
一等百万G
二等十万G
三等一万G
一口三百Gで発売中!
と、大きく書かれてあった。
当たりくじを引き当てた者が当選者という仕組みなので、当選者無しという結果もあり得る宝くじだった。
「おもしろそうね。一枚買ってみようかしら」
人だかりを押しのけて最前列に出たミツエに、イーオンが残っている番号の一覧を見せた。
「こういうのって見た瞬間にピピッときた番号がいいわよね……よし決めた! これにするわ!」
「おや、その一枚でいいのか? 他にも買っておけばその分当たる確率は上がるだろう?」
「いいの。お金はこれからたくさん必要になるから、遊びに使うのは少しでいいの」
遊びねぇ……と、何かをたくらんでいるように目を細めるイーオン。
そして、ミツエと目を合わせるように姿勢を低くして、他の客には聞こえないくらいの小声でこんなことを言った。
「おまえの番号を一等にすると言ったらどうする? 確かに単なるくじ引きだが……」
ハッと顔を上げるミツエ。その目には非難の色があった。
私に八百長をしろというのか、と。
大金が手に入っていいではないか、と勧めるイーオン。さらに彼は傍らでおもしろそうに成り行きを見守っていた
曹操にも誘いをかけた。
「一等と二等で百十万G。どうかね?」
「そうだな……ミツエ殿が一等ではあからさますぎよう。朕が一等、ミツエ殿が二等か三等でどうかな?」
「話が早くて助かる」
悪巧み完了、とニヤリとする二人はそっくりな顔をしていた。
その頃、イーオンの命で店の宣伝に出ていた
セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)はしつこいナンパに捕まっていた。
「その券買うからデートしようぜ。全部俺達が奢るからさ」
「大丈夫、いやらしいことなんかしねぇって。健全に祭りを楽しむだけだ」
「お前の顔は健全じゃねぇけどな!」
ぎゃはははは、と上がる笑い声。
付き合う気のないセルウィーにはうっとうしいだけだった。しかも彼らはくじを買う気がないのは明らかなのだ。
やろうと思えば簡単に気絶させてしまえるが、イーオンには決して諍いを起こすなと言われている。
イエス・マイロード。
心の中でイーオンに誓い、セルウィーは何とか諦めてもらおうとした。けれど、予想では彼らが諦める確率は非常に低いので、ゆっくりとイーオンのいる宝くじ売り場へと歩を進めた。
「私、仕事中なのでデートはできないのです。皆さんならもっとかわいい子がすぐに見つかりますよ」
「いやいやいや、キミほどのかわいいコは初めて見たよ!」
埒の明かないやり取りを交わしているうちに、セルウィーはようやくイーオンの金髪を見つけた。
セルウィーの視線に気づいたイーオンは、一時店をミツエに任せてパートナーのもとへ急いだ。
今まさにセルウィーの肩に回されそうになっていた男の手を掴んで止める。
「セル、宣伝ご苦労。ミツエと交代してくれ」
「はい」
ナンパ三人組の目の前から去ってしまう美少女に、彼らは憤りのこもった目でイーオンを睨みつけたが、それはすぐに恐怖に変わった。
彼に掴まれた手首が凍りついている。
イーオンは凄味を効かせて三人に言った。
「一攫千金……実に君達の好きそうな言葉だと思ったが」
三人は喜んでくじを買っていった。
店番に立っていたセルウィーの笑顔がせめてもの収穫だった。