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栄光は誰のために~英雄の条件~(第4回/全4回)

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栄光は誰のために~英雄の条件~(第4回/全4回)

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◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 「荷造り、終わりました」
 がらんとした倉庫の中。剣の花嫁綺羅 瑠璃(きら・るー)は、少し離れた場所でメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セバスチャン・クロイツェフ(せばすちゃん・くろいつぇふ)と話している燭竜(しょくりゅう)主計大尉に声をかけた。連絡を入れ次第、林部隊の元に向かうヒポグリフたちがここへ荷物を取りに来ることになっている。
 「これだけ……なんですの?」
 床に置かれた十個ほどの背嚢を見下ろし、瑠璃のパートナー沙 鈴(しゃ・りん)が言う。
 「銃弾が主ですから、見かけより重いんです。あまり重たくしてしまうと、人も乗騎も身動きが取れない」
 燭竜が言う。
 「今回の作戦で、食料と銃弾の補給、どちらを優先させるかと言えば銃弾です。食料は現地調達ができます。おまけに林の食料調達能力は獣並みですから、非常用の携帯食程度でいいでしょう」
 「なるたけ邪魔にならないように、コンパクトにまとめたから、余計に少なく見えるのかもね」
 背嚢を縛る荷造りバンドをもう一度確認しながら、瑠璃が言った。
 「ご苦労様でした。……さて、話の続きですが」
 瑠璃を労って、燭竜は手にした地図に視線を戻す。そこには、高速飛空艇の動きを示す何本もの線が書き込まれている。
 「……思っていたより、死角になっている部分が広いのですわね」
 その線を目で追いながら、鈴は呟く。敵の心理を考えると、敵の拠点は《工場》と本校を結ぶルート上から死角になる場所だと彼女は考えたのだが、本校の後背にある山の裏側になるので、ある程度の方角が判るだけで、思ったより範囲が絞り込めないのだ。
 「きっと、水のある場所に、拠点があると思うのですぅ」
 メイベルが言った。
 「人間にも、飛龍にも、水は絶対に必要なのですぅ。だから、川とか沼とか湧き水のような水源のある場所に、拠点があるのではないでしょうか?」
 「もっともな意見ですが、川や沼のような、上空から見てもわかるものだけでなく、湧き水まで含めると相当数の水源があります。おそらく、教導団もすべては把握していないでしょう」
 燭竜はかぶりを振った。
 「そうですか……」
 メイベルは残念そうにため息をついた。
 「いっそのこと、飛龍を利用してみては如何ですかな? 飛龍を最後の一匹まで減らし、逃げて行くのを追うのです」
 セバスチャンが皆を見回す。
 「それは難点がありすぎます。まず、最後の一匹が上手い具合に拠点に向かって逃げるかどうかは判りません。飛龍一匹だけであれば、山麓の樹林地帯へ適当に逃げ込むことも可能でしょうし、一匹になっても逃げない可能性もある。それに、飛龍とヒポグリフでは速度が違いすぎて、よほど上手くやらないと振り切られると思います。だいたい、飛龍と高速飛空艇の拠点が同じとは限りませんよ?」
 「そうですねぇ、確かに、拠点が一カ所でない可能性もあるかも……」
 メイベルが唸る。燭竜はうなずいた。
 「ですが、対象を高速飛空艇だけに絞れば、おそらく拠点は一カ所だろうと私は読んでいます。拠点を分散すれば、その分物資の集積に手間がかかります。分散の可能性は皆無ではありませんが、低いでしょう」
 そして、燭竜は、地図上の点を何ヶ所か指で示した。
 「高速飛空艇が垂直離着陸が可能だとしても、樹林地帯で木立ちの中を離発着したり、飛行することは困難です。木のない『空き地』が必ず必要になります」
 「でしたら、そういう場所を重点的に探せばよいのですね?」
 メイベルが手を打ち合わせた。
 「そうです」
 燭竜は携帯電話を取り出した。
 「燭竜です。林の元へ向かうヒポグリフ隊員に召集をかけてください」
 生徒たちは倉庫の扉を開けた。しばらくすると、ヒポグリフ隊の生徒たちが次々に倉庫に入って来た。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 「金髪氏、話し合いは終わったのですかな?」
 セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)は、ヒポグリフに乗って戦場に戻ってきたヴォルフガング・シュミットに声をかけた。
 「ああ。とりあえず、校内から鏖殺寺院を排除するまでは、風紀・査問委員会と協力することになった」
 そう言いながらも、ヴォルフガングの表情は決して晴れ晴れとしたものではない。
 「何か冴えない顔をしていますな。とりあえず糖分補給はどうですかな?」
 セオボルトは、芋ケンピが入った布袋をヴォルフガング目掛けて放った。
 「それは……これまでにも奴らとは色々あったからな。やはり諸手を挙げて仲良くやりましょう、という気持ちにはなかなかなれないし、本国に連絡を取らずにこんなことを決めて良いのか、とも思うし……」
 芋ケンピをかじり、少し首を傾げて、ヴォルフガングは答えた。
 「……まあ、それでも、今は鏖殺寺院の排除が先決でしょうからな」
 気持ちが判るだけに、セオボルトはため息をつく。
 「ヴォルフ、戦場では雑念を捨てなくては」
 エルダがヴォルフガングを諭した。ヴォルフガングはうなずいて、芋ケンピの袋をセオボルトに返した。
 「では、行きますか」
 セオボルトは袋をベルトポーチにしまうと、鞍に下げていた忘却の槍を取った。ヴォルフガングも長弓を手にする。
 飛龍の数が減り、上空では戦闘が展開される場所がかなりまばらになって来ていた。三人はあたりを見回し、一番距離が近い飛龍に攻撃を仕掛けた。ヴォルフガングが轟雷閃を使って稲妻をまとった矢を放ち、それに続いてセオボルトが槍を構えて飛龍めがけて突進する。エルダは盾を構え、両手がふさがっているヴォルフガングに攻撃が及ばないよう、守備に回る。
 矢が命中した飛龍は身体をくねらせて暴れたが、セオボルトに気付いた乗り手が高度を上げて退避行動に出た。
 「フィッツジェラルド!」
 叫ぶと同時に、ヴォルフガングが二射めを放った。上昇のために上げていた飛龍の首ががくりと下がる。
 「おっと!」
 飛龍を追って上昇していたセオボルトは、慌てて旋廻してそれを避けると、乗り手に向かって槍を繰り出した。乗り手が構えた銃の引金を引くより早く、忘却の槍が乗り手の肩を貫く。槍の効果で乗り手が一瞬呆然とした隙に、槍を引き抜き、さらに飛龍の首にもう一撃。ヴォルフガングからの三度目の矢も受けると、飛龍はふらふらと高度を下げ、学校の防壁の外に墜落した。
 「やるな、芋ケンピ男。私たちも頑張らなくては」
 少し離れた場所からそれを見ていたイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)は、そう呟いた。その時、ヴォルフガングの背後に、別の飛龍が回り込んで来た。
 「シュミット、危ない!」
 イリーナは叫んだ。その声に気付いたエルダが、射線上に割り込んで盾で銃弾を防ぐ。
 「飛龍の数が少なくなったからと言って、油断は禁物だな……」
 イリーナと組んでいるイルミンスール魔法学校の緋桜 ケイ(ひおう・けい)が呟く。
 「高速飛空艇が来るぞえ!」
 ケイのパートナーの悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が叫ぶ。イリーナとケイは慌ててヒポグリフを旋回させて二方に散った。
 「多分、氷も炎も効かないよな。だったら雷はどうだ!?」
 ケイは高速飛空艇に向かって雷術を放った。だが、特に影響は出ない。
 「飛行機が雷に強いのと同じ理屈か……」
 ケイは歯噛みした。
 「やはり、こいつらの相手は『光龍』や高射砲じゃなきゃ無理みたいだな」
 イリーナの表情も険しくなる。
 「うむ、距離を保ちつつ、地上からの攻撃の射程に追い込むしかあるまい」
 カナタがうなずく。

 一方、シャンバラ教導団に正式に転校してきた久多 隆光(くた・たかみつ)と、パートナーの英霊童元 洪忠(どうげん・こうちゅう)は、失敗を踏まえて、装備をなるべく軽いものに交換してきた。
 「おお、やっぱりこっちの方が格段に動きやすいな!」
 前回とは比べ物にならないくらい動きが良くなった乗騎に、隆光は目を細めた。武器はハンドガンなので威力は低いが、
 「ふん、威力は腕と技能でカバーしてやるぜ!」
 急所に当てれば良いのだ、と空を駆け回りつつ、果敢に飛龍に攻撃を仕掛けて行く。
 「同じ失敗は繰り返しませんよ!」
 洪忠も、遠当てを駆使して隆光を支援する。時間はかかったが、何とか一匹の飛龍を戦闘不能に追い込んだその時、ヒポグリフ隊の生徒たちに無線で一斉連絡が入った。
 『これより、ヒポグリフ隊別働隊が出発する! 航空、防空要員は総員、援護せよ!』